12 高さは2階かそれ以上
◆ショッピングモールレベル 1◆
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「ショッピングモールレベル……そのままの意味なら、このショッピングモールにはレベルという概念があるってことだよな……」
俺は表示されているドットの意味の解明に努めた。
レベルだけではなく、他にも気になる単語が並んでいた。アリスからおもちゃのハンマーを受け取り、自分で操作してみる。
◆マジック・スクウェア EXP◆
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「この経験値が貯まればレベルが上がるってことか」
「レベルが上がるとどうなるの?」
「わからん……」
次の項目に移動する。
◆マジック・スクウェア POWER◆
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「これが一番気になるな。ゼロになったらこのショッピングモールが爆発するとかじゃないだろうな……」
「爆発するとどうなるの?」
「吹っ飛ぶ」
次のスキル項目は単語から推測できそうだ。俺は表示されているドットを凝視する。
◆マジック・スクウェア SKILL◆
SWORD SHIELD MAJIC
「このソード、シールド、マジックを選択できないかな。……お、左右の選択はその隣の二匹のブタか」
初めて使うスマホアプリのように、試行錯誤を繰り返す。なるほど、だいたい掴めてきた。
「操作方法わかったの?」
「ああ。右端がメニュー。その隣の二つが左右のカーソル移動で、残りの二つがそれぞれ決定とキャンセルっぽい」
スキル画面を再び表示させ、ソードの項目で決定ブタを叩く。
◆ソードレベル 1 ポイント 0◆
□
「これもレベル1か。ポイント0……。このポイントで下のゲージを埋めてレベルを上げるっぽいな」
ポイントが1あれば、レベル1のソードスキルが取得できそうだ。しかし、今はそれは叶わない。
「シールドとマジックも同じか……」
「理解できたの?」
「ああ、なんとなくだけどな」
ここまででなんとなくわかったことを、頭にハテナマークを浮かべているアリスにざっと説明する。
「経験値を貯めてレベルが上がるとスキルポイントが貰えて、そのポイントでスキルを取得するみたいだな。ただ、ショッピングモールのスキルって言っても、どんなものかはさっぱりだ」
「なによそれ、異世界語?」
「いや日本語だ……。まあゲームやらない人間にはわからないかもな」
それから、俺はもっとも疑問に思ったことを口にした。
「レベルを上げるとして、じゃあ経験値はどうやって貯めるんだろう」
「両替機じゃない? 大きい両替機がメダルで、小さい両替機がその経験値なら、さっき入れても何も出なかったのも当たり前よね?」
なるほどそういうことか!
いや、欠片を入れても何も起きないから、怪しいとは思ってたんだ!
と俺は心の中で言った。だが、口から出てきた言葉は違っていた。
「あ、ああ。そうなんだけど……それは俺も知ってたわ。じゃなくて、その欠片はどうやって得るかを言ってるんだ」
「さっきみたいな敵が落とすんじゃないの?」
こやつ、たまに意外な鋭さを発揮しおる。
しかし俺は認めない。アリスの頭に手を置き、俺は成人男性のプライドを見せる。
「まあ、そういう話じゃないんだけど……アリスにはわからないか。うんうん、この話は終わりだ」
「なによそれ! あなた私にずばずば当てられて、変なプライドで知っている振りをしているでしょ! 私の前ではそんなちっぽけなプライドは捨ててちょうだい!」
アリスは両手を腰に当て、背筋をピンと伸ばして頼りない胸を張る。このぺちゃパイが。と言いたいところだが、俺はまだ負け戦とは認めていない。
「うんうん、そうだな。そういうことにしといてやるよ。……ちょっと喉が渇いたな、アリスもなんか飲むか?」と、俺はお茶を濁す。アリスは目を輝かせる。「オレンジジュース!」
額に汗が湧き出る。11歳の女子小学生に追い詰められてかいたそれをTシャツの袖で拭いながら、俺は財布が入っているリュックを取りにレジカウンターに向かう。
「いてっ……」
右腕のかさぶたが剥がれて鋭い痛みを発した。汗を拭ったとき、どこかに引っかけてしまったみたいだ。
血が滲み出て、少しずつ広がっていく。それは勝手に占われた運勢のように、ひそひそと腕を這って無言で結果を突きつける。
「傷が……塞がってない……」
*
「出でよ木霊!」
――来たで ――そうやで ――おこるでしかしっ
俺たちは噴水の前にあるミニステージ上で、ガチャガチャから得たものの初お披露目会をしていた。
少し緊張しながら木霊を使役すると、手のひらから1メートルほど離れた空中に三体が現れた。
同時に、左腕に巻いた包帯を目の端に捉える。
右腕の傷が癒えていなかったという事実は、俺に強い衝撃を与えた。
では何故そのような結果になったのか原因を考えると、ペットボトルに入れた水だったからではないか? という仮説が浮上した。それを検証するため、俺はあれからすぐに噴水の水を直接飲んだ。
するとゾンビもどきの剣がかすった傷はすぐに塞がり、それから数分経つと傷痕までもが完全に消えた。
その時点で俺の仮説は概ね正しかったことになるが、同時に改善の必要性に迫られた。
改善案はすぐに思い浮かんだ。俺はジャオン2Fの生活用品売り場からプラスチックの平べったい容器を持ってきて、それを噴水に浮かべ、その中に噴水の水を入れてから、解いた包帯を満遍なく水に浸かるように容器の底に沈めた。
そして十分経ったあとに取り出してしぼり、自分の左上腕部にナイフを軽く入れ、血が滲んだのを確認してからその包帯を巻きつけた。
いわゆるPDCAサイクルに則ったわけだが、今はそれで言うところのCにあたる、チェック待ちと言ったところだった。
まあ一言で言うと、ペットボトルの水が効果なしなら浸した包帯はどうだ? という実験の結果待ちだった。
「なにぼーっとしているのよ! コダマちゃん帰っちゃったわよ!」
「えっ、帰るとかあるのか」
気が付くと、三体の木霊は消えていた。俺は再び腕を突き出す。「出て来いやっ! 木霊!」
――また来たで ――そうやで ――なんでやねんっ
「こいつら毎回喋るのか。俺にしか聞こえてないみたいだけど……」
「可愛い! 見てあの子、足をぶらぶらとしているわ!」
三体が三体とも宙に浮いて、脱力を誘うような動きをしている。
「こいつらなんの役に立つんだ……」
「マスコットキャラってことじゃない?」
「ありえるな……」
試しに一体に触れてみる。木の精霊というわりには、石のような感触をしていた。
「アリスも触れるか?」
「さっき消える前につんつんしたわよ? 冷たい石みたいだったわね」
「やっぱ感想は石か。宙に浮いて触れられる石……」
突然、一体が空中からミニステージの床にすっと移動した。
「移動したわよ!」
「ああ、蹴れる位置に移動しろって思ったら移動した……。石なら蹴って敵にぶつけられるかなって」
床の木霊に近づき、一応尋ねてみる。「木霊、蹴ってもいいか?」
無視された。
「……蹴る前に持ってみるか」
無視されたので蹴るのは気が引けた。蹴るのが駄目なら投げてみよう。
「あれ……触れるけど持てないな。ってか一切動かない」
「乗れないの?」
「乗る? ああ木霊にか」
アリスに言われ、俺はそのまま床の木霊に飛び乗ってみた。特に怒っている様子はなかった。
「そのまま動かせないの?」
「乗って移動できるってことか! ……あれ動かないぞ」
「じゃあ、他のコダマちゃんを移動させて、それに乗ってみたら?」
アリスが何を考えているのかいまいちわからない。しかし言われるがまま、今度は移動させたい位置に手を向けながら念じてみた。すると、その位置に二体めの木霊が当たり前のように移動した。
「おお、ピッタリ思ってる位置に移動したぞ! ……で、どうするんだ?」
「だから、二体めのコダマちゃんに乗ってみたら?」
俺は頷き、宙に浮かぶ二体めの木霊の上に移動した。
ソフトボールほどの大きさなので、片足で踏みとどまっているのが結構難しい。俺は両腕を伸ばしてバランスを取り、なんとかそのままの姿勢を保つ。
「空中に立ってるみたいだ! ……で次はどうするんだ?」
「三体めをまた近くに移動させるのよ!」
なるほどと頷き、同じ要領で三体めを近づけさせ、少し足を震わせながら飛び乗った。
「1メートルぐらいの高さか? バランスには自信あるけど、結構この高さでも怖いな……」
「一体めはもう消えちゃったわね」
「あれ、本当だ……でもアリスがやらせたいことがわかったぞ」
アリスはまるで監督のような目つきと素振りで頷いた。俺は床に飛び降り、もう一度木霊を使役する。
「出でよ木霊!」
――人使いあらいで ――ホンマやで ――ででよっ
そして三体を階段のように空中に配置し、助走をつけるために少しだけ後ろに下がった。
「これ結構、度胸がいるな……」
「落ちて元々よ、頑張りなさい!」
「落ちたくない! だから頑張る!」
前のめりで走り出し、一体めに飛び乗る。そのまま二体め三体めと駆け上がり、足の指に力をこめて身体を軽く沈め、三体めから一気に飛び跳ねる。
「おおっ……!」、自分でも驚くほど高くまで上昇している。ショッピングモールの2Fの手すりに届きそうなぐらいだ。
「すげえ! 2Fかそれ以上まで空中を昇れたぞ! ……ってあれ、次の階段がない」
再び一体めを移動させて足場を作ったつもりだったが、木霊は既に三体とも消えていた。俺はそのまま落ちて、硬い石畳の上で尻もちをつく。
「いてて……消えるの早いな。一度乗ったら終わりと思ったほうが良さそうだ」
「でも凄いわねコマダちゃん!」
「ああ、思ったより使えそうだ」
アリスの小さな手が目の前に差し出された。体重を乗せてその手を取るわけにもいかないので、俺はぎゅっと握りながら自力で腰を上げた。
その瞬間、何か女性の悲鳴のような声がかすかに聞こえた。「……ん? アリス、今なにか聞こえなかったか?」
アリスは首を横に振る。「なにか? なにかってなによ」
俺は目をつむり集中して、深く耳を澄ませる。
キャアアアアアアア!!
「ほら、聞こえただろ!?」
反射的に身体が反応し、俺は西メインゲートへと駆け出す。悲鳴はそっちの方向から聞こえた。
「ちょっと、どこに行くのよ!」
「聞こえなかったか? 悲鳴だ! お前はそこで待ってろ!」
背中で聞いたアリスの問いに前を向いたまま答えた。すぐに答えになっていないと気がついたが、気にしないで突っ走った。