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111 朝霧の乱る先へ

「世話になったな。……いや、違うか。迷惑をかけたな」


 ラウドゥルは俺やアリス、それに治癒をして貰って大腿部のケガが全快した御者と握手をしてから言った。


「いや、まあ全員無事だし咎めねーよ。でもハンマーヒルの兵団には起こった事をそのまま話すぞ?」

「構わん。集落の場所は伏せているしな」


 ニッと笑うラウドゥル。それに合わせ、俺も笑みを浮かべて見せる。


「ではさらばだ」


 そう言うとラウドゥル達は背を向け、朝霧がまだ残っている平原を翔馬を引いて歩いて行った。

 反乱を行った大男とその仲間は縛られている両手から伸びる縄の張力に逆らわず、黙ってそれに続く。


 ……滅んだグスターブ皇国の再興を夢見る男……か。


「ラウドゥル!」


 俺はラウドゥルのサー・マントを見つめながら、一つ叫んだ。


「俺の本当の名はユウキだ!」


 なんとなくだが、あの男に嘘を言ったままでいるのが嫌だった。なので、何故か定着してしまった愛称ではなく本名を告げた。


「ウウキか、変な名だな! ウキキの方が似合っているぞ!」


 ラウドゥルは振り向き、俺に負けず劣らずの大きな声を上げた。

 そして手を小さく上げると、そのまま黙って去って行った。


「ウウキじゃねーっての……。この異世界の人ってユウキが発音しにくいんか?」


 ソフィエさんも出会ってすぐにそう間違えていたので、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

 ウウキからウキキになった経緯はよく分からないが、まあ細かい事は考えないでおこう。


「よし、じゃあ中継地に行くか! ソフィエさんにも会えるかもしれないぞ!」

「ええ行くわよ! ここからそう離れていないのは意外ね!」


 アリスは歩き出し、無駄に飛び跳ねながら拳を上げた。





「疲れたわ!」


 平原を歩く事1時間。

 空は青く、濃い霧は晴れ、穏やかな緑の景色が目の前に広がっていた。

 

 『ゴブリン討伐の中継地なら恐らくあそこだろう』


 とはラウドゥルの言葉で、舗装されている道を景色でも楽しみながら歩けばそう時間も掛からずに着けるだろうとの事だった。


「疲れたと言っているでしょ! おんぶしなさいよ!」

「あーウザイ、飛びつくな!」


 フワリとジャンプをして強引に俺の背に飛び乗るアリスを振り解くと、その場でペタンと座り込んでから、


「私だってもう5年生よ、ダダをこねるつもりは無いわ! けれど少しぐらいおんぶしてくれても良いでしょ!」


 とダダをこねた。


「だから翔馬を貰っとけば良かっただろ……。なんでラウドゥル達に譲ったんだよ」

「だって、これから国の再興でしょ? 翔馬もきっと必要になるわ!」

「……じゃあグダグダ言わないで――」


 と話していると、アリスの赤いリュックの中からチルフィーの微かな声が聞こえた。


「スプナキン……どこに行くでありますか……」


 俺はアリスと顔を見合わせ、静かにリュックを開けて中を覗いた。


「チルフィー……寝言か?」


 アリスの作った急造のタオルベッドの上で眠っているチルフィーは、しかし俺の声には反応せずに再び寝息を立てた。


 と思ったら突然目を開いた。


「おはようであります!」

「お、おはよう……」


 とりあえず朝の挨拶を返すと、アリスが向けているリュックから元気よく飛び出し、辺りをフラフラと飛び回ってから俺の頭に着地した。


「チルフィーおはよう! スプナキンって誰!?」


 あくまで直球。アリスの質問に変化球はないらしい。


「おはようであります! あれ、なんでスプナキンを知っているでありますか?」

「さっきお前が寝言で呟いたんだよ」


 俺がリリーフを引き継ぐと、蝶のような羽をはばたかせてアリスの頭上に移動してから口を開いた。


「スプナキンは幼馴染のシルフ族であります。旅に出ていてずっと会っていないでありますが……そう言えば夢に出て来た気がするであります」


 チルフィーは見たばかりの夢の話を始めた。と言っても僅かな小節で終わるような物だったが、風の精霊シルフが緑色のポニーテールを揺らしながら夢を語る姿はなんだかとても神秘的に見えた。


 シルフ族がまだ里に住んでいた頃、世界を見て回ると言って旅立ったスプナキンを見送った時の夢。

 ただそれだけの白昼夢だったらしいが、淡々と語ったにしては寝言に悲しみの感情が籠っていた事が気になった。


 ……シルフの里が崩壊した理由はまだ聞いてないんだよな。

 気になるし、いっそ今ここでアリスが突っ込まねーかな……。


「チルフィー! ポテトチップスあるわよ!」

「高貴な梅味でありますね! 食すであります!」


 しかし俺の思惑をよそに、アリスはチルフィーの為に取っておいたポテトチップスをリュックから取り出した。


 ……投げろよ剛速球! ……まあいいか。チルフィーや族長が語りたくなるのを待とう。


 と考えていると、歩き疲れが癒えたようで……と言うか、疲れたという思考がどっかに飛んで行ったようで、アリスはチルフィーを頭に乗せたまま再び舗装された土色の道を歩き出した。



 正味2時間半といったところだろうか。それだけの時間を歩く事だけに費やした結果、俺達は無事ゴブリン討伐の中継地に辿り着いた。


 小高い丘の下には体育館ほどの敷地にテントやら木造の小屋があり、相対的にゴブリン討伐の本陣の規模もかなりの物である事が容易に想像出来た。


「着いたわよ!」

「走るな、転ぶぞ」


 駆け出そうとするアリスの肩を引いて緩やかな坂を下っていると、中継地の反対側の道に本陣から戻ったと思わしき馬車が小屋の方向へと向かって行くのが見えた。


「あの馬車、本陣から戻った兵士が乗ってるのかな……」


 一つ呟くと、馬車は俺の予想通り小屋の前で停まり、数人が降りてから直ぐに何名かの兵士が乗り込んで再び来た道を戻って行った。


「ここで休憩してから、また討伐に戻るのかしら」

「だろうな……。ドッシリ腰を下ろして2週間ぐらい掛けてゴブリンを討伐するって言ってたし、中継地はかなり重要だな……」


 逆に言えば、それだけの時間を掛ける程このファングネイ王国領の東部の地はゴブリンで溢れているのだろうか?

 2年前の円卓の夜では、死ビトの氾濫に乗じたゴブリンの軍団がミドルノームも合わせて2国間で暴れ回ったらしいが、今回はそうはさせないと言う気概が中継地を通じて見て取れた。


「おお、ウキキ! 生きとったんかワレ!!」


 とりあえずアナを探そうと小屋まで歩いていると、聞き覚えのある声が後ろから飛び込んだ。


「ゴンザレスさん! い、生きてますよ!」

「そうか良かったのう、アナから馬車の横転事故を聞いて心配したんじゃぞ! おお、アリスお嬢までおるんかいのう!」


 ゴンザレスさんは俺とアリスを大袈裟に抱擁しながら言った。……いや、大袈裟というのは当事者だから言える事で、心配していた者からしたら当然の反応かもしれない。


「御者はどこじゃ? アナは横転現場から消えた2人を心配しとったが」

「俺達と別れてハンマーヒルに向かいました。……アナは小屋の中ですか?」

「いや、アナはワシらが合流して引き継いでから翔馬でウキキ達を探しに行ったぞ」

「マジですか、大丈夫かなアナ……。電話もメールも出来ないとこういう時に不便だな……」


 それならば取り敢えずゴンザレスさんに起きた出来事を話しておくかと考えていると、その様子を感じ取ったのか、ゴンザレスさんは俺達に小屋の中に入るよう促した。


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