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110 Jのアプリコット

 ラウドゥルの炎を纏った剣が横一閃に払われた。


「ごはっ……!」


 革製の鎧に鋭い剣の軌跡が走り、血が滲み出る。

 膝をついて倒れ込む大男。しかしそれを許さず、ラウドゥルは男の襟元を掴み、強烈な拳を顔面に叩き込む。


「がふっ……」


 今度こそうつ伏せで洞窟の地面を舐める大男。その坊主の頭頂部に、ラウドゥルの剣先が触れる。


「勝負あったな……」


 しかし、ラウドゥルも無傷ではないようで、くすんだ色のサー・コートを大きく揺らしながら崩れ落ちた。


「大丈夫か!」


 その元に駆け込み、俺は肩を貸して壁際まで歩かせた。


「見ていたのか……。他の者は無事か?」

「ひとりは大ケガでもうひとりは無傷だ。反乱のメンバーっぽい奴は縄で縛ってある。他の奴らは全員、荷を奪って去ったよ……」


 壁を背に座らせながら言うと、ラウドゥルは大男に視線を投げた。


「こいつは置いて行かれたのか、哀れだな」

「よく関係性が分からんけど、まあそういう事だろうな」


 薄暗い洞窟を松明の炎が照らしている。導術師の男が岩の上の水筒を手に取りラウドゥルに手渡すと、「ケガをした者の治癒を頼む」と言ってから口で蓋を開け、ゴクゴクとなかの液体を喉に注ぎ込んだ。ワインだろうか、ほのかにブドウの香りがする。


「ケガの人、包帯巻き終わったら眠ったわよ!」


 と言いながらアリスがやって来た。幼顔のナイチンゲールの背には赤いリュックがあり、紐から伸びているブタ侍が揺れていた。


「ご苦労さん。チルフィーは?」

「まだ寝ているわ。いい寝床が無いようだから、リュックのなかに入れたわ!」


 無駄に動き回るアリスのリュックの中こそ、快適な場所とは言えないのでは?

 と考えていると、アリスは倒れている大男に近づき、ゲートボールのステッキで坊主頭を突いた。


「寝ているの?」

「いや、伸びてるんじゃないか?」


 アリスは、『あら、そう』と言いながら、リュックから包帯を取り出した。


「巻いてやるのか? ……ラウドゥル、構わないか?」

「なんでも治ると言っていた物か? にわかには信じがたいが……まず縛り上げるから待っていろ」


 片手をついて立ち上がったラウドゥルは、既に導術師の男が仰向けにして革製の鎧を脱がしている大男の元へと歩いた。





「ほう……これは興味深い。私のヒールと同程度の治癒力があるようですね」


 ござの上の大男に巻かれている包帯を眺めながら、導術師は呟いた。

 更に聞いていると、どうやら即効性は導術の方が優れているようだ。しかし包帯でそれなら、直接飲んだ時の噴水の水の効果はこの異世界においても類を見ない物かもしれない。


「こんな包帯を持っている変わった格好をしたお前達。……何者だ? ハンマーヒルの兵団の馬車に乗っていたとは言え、兵士ではないだろう?」

「俺が何者かはどうでもいいんじゃなかったか?」


 俺はアリスがリュックから出したポテトチップスを一枚口に入れてから言った。梅味をチョイスした高貴な私を褒めなさいと言っていたので、軽く頭を撫でておいた。


「そんな事を言ったか?」

「言っただろ……。でもまあ、俺達はともかく、あんた達が何者かは聞いておかないとな。拉致られた上に仲間割れにまで巻き込まれたんだ、それぐらい聞く権利はあるだろ?」


 鋭い眼差しを松明の炎に向けるラウドゥル。

 そこから一旦視線をずらしてござの上の御者や大男に向けると、結ばれた一文字を静かに開けた。


「我々は滅んだグスターヴ皇国の者だ。今は生き残った殆どの者がとある集落で生活している」


 俺は口を挟まず、再びラウドゥルの口が開かれるのを待った。アリスもボリボリと音を立てないようにポテトチップスを食べている。が、それは気を使っているというよりは普段からの食べ方なのだろう。


「驚く様子が無い所を見ると知らないみたいだな。獄炎に焼かれた亡国グスターブ……聞いた事ないか?」

「いや……ないな」


 ただ一言だけ返すと、ラウドゥルは滅んだ原因を詳しく話し出した。俺達が知らないという事が饒舌にする潤滑油となったのかもしれない。


 ラウドゥルが皇国騎士として仕えていたグスターヴ皇国。島国であるこの国は貿易も盛んで、とても豊かだったらしい。


 そんな一国が滅ぶまでに至った経緯の発端は12年前まで遡る。


『皇室に双子が産まれるとき、同時に月光龍が産声を上げ、国を祝福する』


 グスターヴ皇国ではそのように信じられており、事実12年前に双子が産まれた際、国中の人間が天を昇る龍の姿を目撃したらしい。


 それからグスターブ皇国は繁栄を極め、世界で最も豊かな国と呼ばれるまでになった。

 しかし、その栄華は4年前、当時8歳となったばかりの双子の皇子のうちの1人が流行り病によって亡くなったのを機に、終わりを迎える事となった。


『皇子のひとりを死なせた事に月光龍が怒り狂い、獄炎で国土を焼き尽くした。というのが生き残った者達の証言だ。円卓の夜だった事もあり、それであっけなく滅亡さ』


 悲劇はそれだけに留まらず、島国は毒霧に侵され人が近づけない地となってしまったらしい。

 国を離れていて助かったラウドゥルは祖国の地を踏む事も出来ず、それから同じように悲劇を逃れた者や生き残った僅かな者で集落を造り、暮らしているみたいだ。


「祖国から遠く離れた地で盗賊的な行為をしてでもオレ達は生きる……。そしていつの日かグスターブ皇国を再興する」


 ラウドゥルはそう言ったあと、強い意志を目に宿しながら最後に付け加えるべく口を開いた。


「希望はある。帝国に魔法留学していて難を逃れた皇子のひとりが集落で元気に育って――」

「団長、その事は……」


 導術師の男がラウドゥルの話を遮った。首にぶら下げているネックレスが揺れ、先に付いている2つの月が松明の炎に反射した。


「話し過ぎたか……。お嬢ちゃんには退屈な話だったみたいだな。寝てしまった」


 均等に俺と壁にもたれ掛かっているアリスはいつの間にか眠っており、スピースピーと寝息を立てていた。





 アジトの洞窟で迎えた早朝。外に出てみると平原を霧が覆っており、昨夜の騒ぎに聞き耳を立てていたであろう草木は朝露を滴らせていた。


「どんよりとした天気だけれど、空気は凄く美味しいわね!」


 数時間仮眠しただけの俺と比べ、育ちがいい割にはどこでも熟睡出来るアリスがいつもと変わらぬ元気な声で言った。


「チルフィーはまだ寝てるのか?」

「ええ、さっきリュックの中を見たら、いびきをかいて寝ていたわ!」


 急に朝の体操を始めたアリスに目を向けると、近くで話している導術師と御者のやりとりが視界に入った。


「これを差し上げましょう」


 導術師の男が御者になにかを差し出した。


「これは……なんですかい?」

「グスターヴ皇国で広く信仰されていた月の女神を冠する首飾りです。私は他国の人に治癒を施したら、その後の無事を祈って贈る事にしてるんですよ」


 それは導術師の首元にある物と同じで、三日月が2つ付いているネックレスだった。


「月の女神……。なんで、飾りの月が2つなんですか?」


 空に浮かぶ月の数は3つ、それなのに先の飾りは2つ。

 もし月の数と合わせるのなら飾りは3つであるべきだし、女神様に合わせるなら1つであるべきだろう。

 

 その疑問を俺は遠慮なくぶつけた。すると――


「月の女神は双子なんです。それを冠する首飾りの月も、当然2つであるべきでしょう」


 導術師の男は俺の瞳を覗き込みながら言った。


 霧の一部が晴れ、朝の日差しが洞窟の入り口を照らした。


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