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109 殺し合い

 死ビトが現れる時の黒いモヤモヤのように。

 或いは、死ビトを包んで連れ去る黒いモヤモヤのように。


「黒瘴気が発生したら、もう止められません」


 黒瘴気くろしょうき――


 導術師が言う、黒いモヤモヤの本来の名称であろう黒瘴気は若者の全身を包み込む。


「き、消えていく……」


 やがて黒瘴気は若者の死体とともに薄くなっていき、俺が思わず呟いてから暫くすると完全に消え去った。


「なにも残っていない……。これじゃお墓も造ってあげられないじゃない……!」


 いつの間にかアリスは俺のシャツの裾を掴んでいて、無意識だろうか、強く引っ張りながら声をあげた。


「これが四併せ……。あの若者はいずれ死ビトとなって地上を歩くのか……」


 誰にともなく俺は言う。若者が横たわっていたござを、洞窟の隅に立ててある松明が虚しく照らしている。


「辛い思いをさせてしまったな、お前らが気に病む必要はない。あいつが死んだのも、三送りしてやれなかったのもオレの責任だ」


 ラウドゥルがアリスの肩に手を置きながら言うと、まるで言い終えるのを待っていたかのように後方から野太い声が続いた。


「その通りだ、全部あんたの責任でさぁ」


 全員が振り向く。視界に映ったのは、剣に付いている血糊をボロで拭く大男の姿。


 おいおい、マジで仲間割れは止めてくれよ……。

 御者さんのケガを治癒したら俺達を開放するって話だったろ……。


 と考えていると、大男が続けて口を開いた。


「送り人なんざ、支部を襲って無理やり三送りさせれば良かったんだ。滅んだ国の元騎士様がいつまでも亡国の理念にしがみ付いてんじゃねーよ!」


 吠える大男。それに相対するラウドゥルは、「他の者はどうした?」と冷静に切り返す。


「俺達に同調しない奴は斬り捨てた。もうあんたの義賊団ごっこは終わりだ、翔馬も荷もすべて頂く」

「そうか、ならさっさと出て行ったらどうだ? 1人でオレに最後の挨拶か?」


 腰に帯びている剣を抜くラウドゥル。同時に、左手の指先を大男に向けた。


「ファイア・ボール!」


 火の玉が宙を走り、大男に迫る。


「きかねーよ!」


 剣を横に払い、火の玉を真っ二つに斬り捨てる大男。

 弾かれた炎は洞窟の壁に激突し、駆け出したアリスの影を一瞬だが伸ばした。


「って、どこ行くんだアリス!」

「チルフィーがまだ樽の中に隠れているわ! 奪われたら食べられちゃうわよ!」


 そう言いながら、アリスはフワリとジャンプをして大男を飛び越え、洞窟の入り口に向かった。


「アイス・チェーン!」


 と思ったら、一瞬だけ振り返って地面から伸ばした氷の鎖を大男の足に絡ませた。


「ちっ……! なんだあのガキは!」


 強靭な足を振って鎖を解こうとする大男。


「さあな……。精霊術師だったのか、子供なのに見事な術だ」


 氷の鎖を見ながら返すラウドゥル。


 そして、2人の戦いの行く末が気になりながらも、アリスを追って駆け出す俺。


「ラウドゥル、ここは頼んだぞ! 御者さんもいるんだし負けるんじゃねーぞ!」


 拉致されたうえに、現在進行形で仲間割れまで引き起こしている義賊団。その長のラウドゥルだが、それでも応援せずにはいられなかった。





「アリス待て!」


 洞窟の前を走るアリスに向けて俺は叫んだ。かなり必死に叫んだつもりだったが、ピューっと風のように走っているアリスには届いていないようだ。


「マジで止まれ! そんで俺の両手の紐を切ってくれ!」


 未だ縛られている両手を向けながら、もう一度叫んだ。


 すると、前方のアリスが高くジャンプをしてなにかを飛び越えた。

 走りながら目を凝らすと、それが剣を携えている人だと言う事に気が付いた。


 くそっ……! 敵か、あまり敵じゃないかどっちだ!?


 その相手は俺に気が付き、剣を大げさに掲げながら走り迫った。


「敵かよ! 反乱のメンバーか!」


 交錯する瞬間、片手で握られている剣はまるで丸太でも割るかのように躊躇なく振り下ろされた。


「遅いっ!」


 俺はその一撃を躱し、男の後方に回り込んだ。

 知らない男の認識していない初撃なので青い軌道は見えなかったが、相手がただ黙って斬り捨てられる事を前提とした力任せの大振りなんて、今更食らう理由がない。


「酔っぱらってるのかオッサン! もっと腰を入れて振るえ!」


 俺は挑発を一つ。


「!!!」


 効果抜群だったようで、男は殺意を示した赤く光る目を見開き、両手で剣を握り直してから振りかぶった。


 ありがてえっ……!


 俺は縦一閃に伸びる青い攻撃軌道に、縛られている紐の遊び部分を重ねた。


「!!!」


 振り抜いた剣先で1ミリの狂いもなく紐を切断する男。そのいかつい顔が驚愕の表情に変わる。


「あざっす! ……出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


「うがああああああ!」


 紫電の爪に焼かれて膝を落とす男。一度食らった事のある身として言える事は、死にはしないが暫くは身体が自由に動かないであろうという事。


 俺は男に少しだけ同情しながら剣を奪い、鎌鼬で切断して投げ捨ててから再びアリスを追った。


「くそっ、こうして走ると意外とデカイ洞窟だな……!」


 と言っても30メートル程度だろうか、ジグザグになっているので実際の距離よりも入り口付近の空間まで長く感じた。



 最初に座らされていた場所まで着くと、アリスが倒れた男の元で膝をついて体を揺さぶっていた。

 坊主の大男かその仲間にやられたのだろうか、男の腹部はドス黒い血で染まっていた。


「アリス! チルフィーは!?」

「この人、まだ生きているわ! 包帯を巻きたいけれど、私のリュックはチルフィーと一緒に樽の中よ!」


 俺は荒れた洞窟内を見回した。樽や食料は無くなっていて、それらがあった場所に悲壮な目をして壁にもたれかかっている男がいた。


「他の奴らは!? どこにいった!?」


 男は震える腕を上げて、ただ黙って洞窟の入り口を指差した。

 俺はそれを見るなり隅に落ちているボディバッグを手に取り、アリスに投げ渡してから風が吹き荒れている洞窟の外へと駆け出した。


「アリス、なかに包帯がある! その人に!」

「了解よ!」


 アリスの声を背中で聞きながら外へ出ると、今まさに荷を積んだ馬車が出立したところだった。


「待ってくれ! その樽は置いていけ!」


 離れて行く馬車を全速力で追い掛けながら叫ぶと、


「追って来るぞ! 早く逃げろ!」


 荷台に乗っている数人が俺の姿を見て騒ぎだした。


 その内の1人が揺れる荷台で木箱に片足を乗せ、こちらに向かって弓を引いた。


「っ……!」


 鋭い矢じりが風を切って飛び迫る。

 次の瞬間には俺の肩を掠め、火鉢を当てられたような鋭い痛みが全身に走った。


「ぐっ……!」


 闇に浮かぶ赤い光は尚も狙いを定めて矢を射る。


「出でよ玄武! 飛べ黒蛇!」


 俺は矢の青い軌道を視てギリギリの位置で躱し、荷台の樽に狙いを付けて黒蛇を飛ばした。


 シャアアアアッ!


 蛇頭が樽に巻き付いた感覚。

 次の瞬間、急速に縮んで俺の元にチルフィーが入った樽を連れて来る。


「チルフィー!」


 夜の闇に消えていく馬車の荷台にはもう赤い光は無く、樽の一つぐらいくれてやるというような捨て台詞のみが聞こえてくる。が、風の音で遮られて半分以上は聞き取れなかった。


「大丈夫かチルフィー!」


 俺はチルフィーの無事を確認しようと、急いで樽の蓋を開けた。


「グー……グー……であります」


 なかで、アリスの赤いリュックに押し潰されながらいびきをかいて爆睡していた。


「よ、よく寝てられるな……」


 俺は白いワンピース姿のチルフィーを軽く掴み、その幸せそうな寝顔を見つめながら呟いた。


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