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107 月の下で人に恥じ

 横転した馬車の傍らには木片が大腿部に刺さって激しく出血している御者と、そのケガに噴水の水の包帯を巻こうとしている俺。

 そばの転がっている樽の中には、ハンマーヒルで寝ているはずのアリスとチルフィー。


 そして――


「矢で狙わせている、動くな。さもなくば、その男の死因が出血死ではなくなるぞ」


 俺達の周りには、武装して5メートル程の間隔で包囲している男達。


 その姿ははっきりとは見えず、空の闇に浮かぶ3つの月と死ビトを焼いている炎が、発言している男の姿を僅かに照らしていた。


「俺達2人をどうするつもりだ? 金なら……ボディバッグに入ってるけど、動かないと取れないぞ?」


 俺は、動くぞ? というようなゼスチャーをしてから、ボディバッグに手を突っ込んで財布を取り出し、それをリーダーであろう男の足元を狙って投げた。


 ニヤリとした笑みを浮かべながら財布に手を伸ばす男。その隙に、俺はアリスとチルフィーが入っている樽にさり気なく足で蓋をした。


「ちょっと、なんで蓋をするのよ!? なにが起こっているの!?」

「静かにしてろ……!」


 男達はまだアリスとチルフィーには気が付いていない。それは、『俺達2人』と言っても無反応だった事が証明していた。


 この状況で、好材料と言えるのはそれだけ……。

 どうする? 御者さんのケガも放っておけるものじゃないし……。


 見える範囲に、目を赤く光らせて殺意を示している者はいない。

 それなら、とりあえず従っておくか? と考えていると、


「安心しろ、殺す気はない。俺達が欲しいのはその散らばっている荷だけだ。それに、その男のケガも治してやろう、悪くない取引だろ?」


 男は片手を上げて、部下と見られる者達に武器を下ろすように指示しながら言った。


「ケガを治すって……。そんな事が出来るのか?」

「出来るから言っている、大人しくついて来い。……妙な真似をするなよ?」

「つ、ついて来いってどこに……?」


 男は俺に近づき、革の鎧の上に纏っているくたびれたサー・コートから長い紐を取り出した。


「……俺達のアジトさ」


 その紐で俺の両手首を縛り、自虐的に見える笑みを浮かべながら男は言った。





「中々いい翔馬だな」


 30歳ほどに見えるリーダーの男は奪った翔馬と、荷台を引いている自分達の馬を見比べながら言った。

 荷台には御者が乗せられており、アリスとチルフィーが入っている樽やら食料やらに囲まれて低い声で唸っていた。


 この一団は、リーダーと8人の武装した男達。

 弓を携えている者が先頭となり、平原を東へと進んでいた。


「なあ、御者さんに包帯巻いていいか? どんなケガでも治る包帯なんだ」


 荷台の隣を歩いているリーダーの男に聞くと、


「包帯? いや、駄目だ。出血は止まっている、余計な事をしないでもアジトで治療してやるさ」


 冷静な表情で答えた。


「じゃあ、治癒技してあげていいか?」

「治癒技だと……? 出来るのかそんな事?」


 俺は縛られている両手を荷台に掛け、跳び乗ってからリーダーの男を見下ろした。


「出来るから言ってんだ」

「言うじゃないか。じゃあやってみろ」


 御者の元で膝をつき、患部に手を当てて治癒気功を放った。そして――


「アリス、俺達は盗賊みたいなのに掴まってる。暫くその中で大人しくしてろ、返事はするなよ」


 樽の中のアリス達に向けて小声で発した。


「了解よ!」


 すると、花まるを付けたくなる程の元気な返事が返って来た。


「……御者さん! 痛み、和らぎましたか!?」


 前髪ぱっつんバカの声と気配を紛らわせようとわざと大きな声で言うと、御者は頷いてから目を瞑った。

 多少は傷も塞がったようだが、やはり応急処置にしかなっていないように見える。


「効果は薄いようだが、ちゃんとした治癒術だな。魔法か? 導術師には見えないが」

「さあ……? 俺にもよく分からん」


 ガチャガチャから出た割符で閃いた技を、なんだ? と聞かれても返答に困る。

 この異世界に俺達とショッピングモールを転移させた神は、説明不足で不親切な神なんだ。


 って、まあ俺の転移は神の所存じゃないか……。


 と考えていると、歩いている平原の先に大きな岩々が見えて来た。


「あそこの洞窟が俺達のアジトだ」


 親切に指を差して場所を伝えるリーダーの男。


「……目隠しもしないで俺達を連れて来てよかったのか?」

「目隠ししたら、その男を治癒した後に連れて帰れないだろ? それに、アジトと言っても仮住まいだ。お前らが戻ってから兵団を引き連れたとしても、その頃にはオレ達の姿はないさ」

「なら、俺のこの紐もいらないだろ? 切ってくれ」


 荷台から降り、リーダーの男に両手を向けて言った直後――


「調子に乗るなガキが!」


 怒号と、背中を蹴られたような衝撃。

 前詰まりになり転びそうになったのを踏ん張ってから振り向くと、坊主頭のいかつい大男が腰に帯びている剣を抜く。


「団長、やっちまいましょうや!」


 大男の言葉に、黙って近づいて顔を近づけるリーダーの男。


「やめとけ、俺達は盗賊じゃない。月の下で人に恥じるような行為をするな」


 その言葉に、納得のいかない様子ながら大男は剣を収め、「ケッ……!」と横に唾を吐いた。


 ……一枚岩じゃないみたいだな。

 ってか、荷を奪っておきながら盗賊じゃないって……盗賊だろ。


「……紐を切れって話だったか? それは出来ない。男の治癒を終えて大人しく帰ってもらうまでは、妙な真似をして欲しくないからな」


 俺と目を合わせずにどこか憂い気に言うと、リーダーの男は突然なにかを差し出した。


「どこの国の金だ。それに、なんて書いてあるのかサッパリ分からない」


 先ほど投げ渡した俺の財布だった。


「返してくれるのか?」

「ああ返す。それにお前が何者かもどうでも良い。だが、名だけは聞いておこう」

「……ウキキだ」


 不本意ながら、俺は愛称を名乗った。とても本名を名乗る気にはならなかった。


「変な名だな。オレはラウドゥルだ……握手をする気も親交を深める気も無いが、まあ名前ぐらいはな……」


 そりゃ、拉致られて深まる親交なんてねーだろ……。


 と思ったが、また蹴られたら鬱陶しいので言わないでおいた。


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