11 ショッピングモールレベル1
「ルーレット止まったわよ!」
「ああ、これは……」
チャリリリッ!
ルーレットが7のマスに止まり、筐体上部のパトランプがにぎやかな回転を始めた。下の排出口からは、七枚のメダルが我先にと飛び出してきた。
「おお! 大当たりじゃないか!」
「はあ……二十枚じゃないのね、がっかり……」
アリスの場違いなため息が漏れた。
「いやいや七枚だって滅多に当たらないんだぞ! よくやった、アリス偉いぞ!」
「まあいいわ。これでリベンジは成功ね!」
がっかりした表情から嬉しそうな表情に変わり、アリスは俺が頭をぽんぽんと叩くと更に一段階上の嬉しそうな顔で喜んだ。
「よし、この七枚で色々試してみよう」
俺はメダルを両手で覆い、何度も振って支配者のみが奏でることを許される音を楽しんだ。
それから目の前のUFOキャッチャーを睨みつける。いつまでも支配者ではいられない。俺は挑戦者こそが相応しいのだ。
「アリス、どれか欲しいぬいぐるみはあるか?」
「取れるの? そうね、どれにしようかしら……。あっ! この子大好き! このブタちゃんのぬいぐるみ!」
「お前ブタ好きだな……」
UFOキャッチャーは大きな円柱を中心にして四か所に分かれていた。俺はブタのぬいぐるみが入っているゾーンの投入口にメダルを入れ、慎重に狙った。
1ミリの狂いもなく、アームがブタのぬいるぐみ目掛けて下がっていった。掴んだ。持ち上げた。そしてブタのぬいぐるみは運命に導かれるように、排出口に繋がる筒に落ちていった。
「ふん、楽勝だな」と俺は言った。「これがUFOキャッチャー無双だ」
「凄いじゃないあなた! こんな特技があるだなんて知らなかったわ!」
「前にちらっと言ったが、お前が聞いてなかっただけだ」
アリスは小さなブタのぬいぐるみを取り出し、見つめながらにっこりと笑った。
「スマホのストラップがこれと同じキャラだったのよ! 昨日、朝食を食べた後にルーカスに預けたままこの世界に転移しちゃったから、もうブタちゃんとは会えないかと思っていたわ! ありがとう!」
「あ、ああ。そんな感謝されるとなんか照れるな……」
こんな物で喜んでくれるなら他のぬいぐるみも取ってやるかな……。
お、あれなんかアーム当てるだけで落ちそうだな。
でも簡単に取れすぎるのも面白くないんだよな……。
「って、遊んでるんじゃなかった! そのぬいぐるみが魔法とか幻獣的な物かどうか調べるんだった!」と俺は大げさに動きながら一人つっこみを軽やかにきめた。
「アリス、そのぬいぐるみ持ってから何も起きてないか?」
「石板みたいなこと? 何もないわよ、あなたが気持ちの悪い動きをしただけ」
それはただのぬいぐるみのようだった。とは言い切れないが、すくなくとも今のところ変わった様子はない。
「ゲームコーナーにあるからって、全部が全部あのガチャガチャみたいな不思議マシーンじゃないってことか……」
そうなると、片っ端から試すのもメダルの無駄かもしれない。しかし、数多くあるゲームのなかで、どれも意味がありそうでいて、どれもがただのゲームのようにも見える。
「アリス、やってみたいゲームはあるか?」
俺はアリスの直観を頼る事にした。
下手にゲームを知っている俺より、アリスの方がこの異世界のゲームコーナーで隠されたその意味を解明出来るような気がした。
「じゃあ……これがやってみたいわ! なにこれ?」
「決断の後に即疑問か……どうやらお前の直観に頼った俺が正しかったようだな」
アリスは後ろにあるパンチングマシーンを指差していた。それは太ったモヒカンだった。いかにも荒くれ者といった感じのこの人形をパンチし、そのパンチ力を測るという、特に珍しくもないタイプのゲームだった。
「俺が知ってるのより人形がデカいな……150センチぐらいある」
「これでどう遊ぶの?」
投入口にメダルを入れながらアリスは振り向いた。
「ただ人形をパンチするだけだ。キックでも良さそうだけど」
「それだけなの? それの何が面白いのよ」
「まあやってみろって、意外と楽しいから」
俺がそう促すと、アリスはとても黒帯には見えない姿勢から、勢い任せで人形の腹部にパンチを叩き込んだ。
「痛いっ! 手がぐねってなったわ!」
「ちゃんと拳を作らないで殴るからだ。大丈夫か?」
「ええ、このくらい平気よ。これでパンチ力を測るってことね?」
アリスは手首をさすりながら、パンチングマシーンの上部にある少し古臭い画面をじーっと見つめた。
1DMG!! BOOOOO!!
「なによこれ! ブーイングされたわよ!」
「1DMG……1ダメージって事か? 俺が知ってるのはKg表示だったな。もしかして……」
「もう一回できるみたいよ?」
「ああ……。アリス、氷の矢を撃ってみてくれ」
待ってましたと言わんばかりに、アリスは右手を人形に向けて構えた。
「壊れても知らないわよ! アイス・アロー!」
ズシャーー!
放たれた氷の矢は人形の腹部を突き刺した。大袈裟な効果音とともに、人形が少し後ろへと下がる。
68DMG!! YEAH!!
「68よ! 口笛みたいな音が鳴っているわよ!」
「ああ、これで一番後ろまで行って倒れたら勝ちってことか」
間違いない、これはダメージを計測してくれるパンチングマシーンだ。
そう結論付けると、突き刺さっていた氷の矢が消え、同時に筐体画面に3rdという文字が現れた。
「刺さってた場所に痕跡一つないな……」
「そういうものなんじゃない? もう一回できるみたいよ?」
「そういうもんか……まあ、このゲームコーナーはなんでもありってことか」
俺は無理やり納得しながら人形の正面に立ち、頭部を狙って右腕を構える。
「出でよ鎌鼬!」
ザシュザシュッ!
二撃の斬風が舞い、荒くれ男の頭部がX字に刻まれた。
人形とはいえ、その顔面は見るも無残な有様だった。
139DMG!! YEAH!!
「ああ! 私より高い数字じゃない!」
「でも接近しないとだからな……。距離による威力の増減も調べたいけど、それはまた今度だな」
人形が憎まれ口を叩き、ゆっくりと前進を始めた。最初の位置まで戻ると、しばらくしてからけたたましい警告音が鳴り響いた。
「ん? なんだ?」
次の瞬間、人形から衝撃波のようなものが発生し、俺の身体は後方のUFOキャッチャーまで派手に吹き飛ばされた。
「いててて……」
「大丈夫!?」
「あ、ああ……。思わず倒れちまったけど、リアクション程のダメージはないと思う……」
三回で倒しきれなかったらお仕置きってことか……。
いや、これは防御系の魔法とかを試すための衝撃波か?
……なんにせよ。
考えながら、俺は辺りを見回す。
「なんにせよ、説明不足にも程があるぞこのゲームコーナー……。おもしろい! 遊具は用意したからあとはテメーらで勝手に考えて勝手に遊べってことか!」
俺は立ち上がり、アリスの頭の上に手を置いた。
そしてアリスが言っていた頭が固いという言葉を思い出し、この異世界ではこの頭のような柔軟な発想が大事なのだと考えた。
「よしアリス、次はどれがやってみたい!?」
「そうね……じゃあ、あれ面白そうだわ」
「ブタブタパニックか、もぐら叩きゲームみたいなやつだな!」
『アリスはブタが異様に好き』という一文を後で手帳に記入するか悩みながら、俺はアリスとそのゲームの前に立った。
「もぐら叩きならやったことあるわよ! 執事叩きだけれど!」
「執事かわいそうだな……ほれメダル」
アリスがメダルを投入すると、五か所にある小屋の中から、五匹のブタが一斉に姿を現した。
「なによこれ、普通一匹ずつ出てくるものでしょ? これじゃ叩き放題じゃない」
おもちゃのハンマーを持ちながら、アリスは振り返る。
「ここは柔軟な発想の出番だな……。ちょっとそこ押してみてくれ」
「どこよ? ここ?」
アリスは何もない空間を手のひらで何か所か押し込む。
「パントマイムしてどうする……頭柔らかすぎるだろ」
「ああ、ブタちゃんを叩けってこと? あなた押せって言ったじゃない!」
ひそかに期待していたが、まさか本当にやるとは思わなかった。急に押された空間も驚いたようだったが、すぐに気を取り直して爽やかな空気を迎え入れた。
アリスが一番右のブタを叩くと、筐体の真ん中にある少し古めかしい画面にドットが表示された。
◆ショッピングモールレベル 1◆
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「ショッピングモールレベル1?」、俺は表示されているドットをそのまま口にした。「なんだレベルって、このショッピングモールのことだよな……」
「ブタちゃん叩いてみる?」
「ああ、もう一度右端を叩いてみてくれ」
◆マジック・スクウェア EXP◆
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「マジック・スクウェアってなに?」
「このショッピングモールの名前だ。経験値? もう一度叩いてくれ」
◆マジック・スクウェア POWER◆
■■■■■□□□□□
「パワー……。この黒いのがゼロになったらどうなるんだ……」
「もう一回叩くわよ」
◆マジック・スクウェア SKILL◆
SWORD SHIELD MAJIC
「スキル……。ソード、シールド、マジックか?」
「あなた意味がわかるの?」
「いや、単語の意味しかわからん……。叩いてくれ。痛い。いや俺をじゃない」
◆ショッピングモールレベル 1◆
■□□□□□□□□□
「戻ったわね……」
「戻ったな……」
ショッピングモールレベル1……。
これがそのままの意味なら……。
俺は表示されているドットをただ眺めた。
液晶画面に華々しく映し出されるのではなく、古臭いドットで表示されているところがこのゲームコーナーらしい。そんなあやふやな感想を自然と頭に浮かべた。
よく見ると、そのドットすら数か所が欠けていた。