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104 北の大魔導士ダスディー・トールマン

 領主の部屋には大きな窓があり、少し控えめな朝の陽を迎い入れていた。

 ベッドはその陽が直接当たらない位置にあり、その上で端に腰を当てて足を伸ばして座っている領主のお爺さんが俺を見て微笑んだ。


「お前さんがウキキか。なかなかの好青年じゃねえか」


 領主はそう言いながら、綺麗な模様の陶器の皿を俺に差し出した。

 俺は乗せられている綺麗に剥かれたリンゴを1つ取り、「あ、ありがとうございます」と言ってから口に運んだ。


「私の従者なのよ!」

「違います」


 そのやり取りに、領主は『はははっ』と小さく笑ってからベッドに腰を下ろして足をブランブランとさせているアリスの頭を撫でた。


 おじいちゃんと孫みたいだな……。


 昨夜顔を合わせたばかりのはずなのに、既に2人はアリスが赤ん坊の頃から接しているように親しく見えた。


 アリス……自分の爺さんを思い出してんのかな。嬉しそうだな。


 無邪気に笑っているアリスを見て俺も嬉しく思った。

 と同時に、早く元の世界に帰してあげなければなと考えた。


「今日は暖かいので窓を開けましょう」


 アナが大きな窓の元まで歩きながら言った。


「おお、頼む。……それでアナ、妻の領主代理の仕事ぶりはどうでえ? 上手くやってるか?」

「問題ないと思います、もう1年も代理をこなしていますからね。が、外に少々敵を作り過ぎているかと。領主の立場を誇示するのは良いですが、人当たりは悪いですね」


 臆面なく言うアナに、


「そうか。まあ、それがあいつの強さの秘訣でもあるからなぁ……。サポートしてやってくれよ」


 と柔らかい笑顔に乗せた鋭い眼差しで領主は言った。


「私、領主代理のおばあちゃん好きよ、ステキなおばあちゃんだわ!」

「そうか、あれを好きと言ってくれるかい。アリスは人の良い所を見て評価出来る優しい子だなぁ」


 シワを伸ばされている手とは逆の手で、領主はもう一度アリスの頭を撫でた。





 午後、俺は昼食を領主代理やアナと取った後に、居間のソファーに座って冒険手帳をペラペラと捲っていた。

 アリスとチルフィーは領主の部屋でずっと過ごしており、昼食を食べてからショッピングモールから持って来た本を読んであげているようだった。桃太郎やら浦島太郎やら、領主がどれを気に入るかとても興味深い。


『うちは子供がいないからねぇ。突然、孫が出来たみたいで嬉しいんだろうよ。アリス嬢ちゃんが来てから体調もいいみたいで何よりさ』


 領主代理は昼食時、アリスと仲睦まじい領主をそう評した。

 それから領主の昔話を始めたので、俺はパンを頬張って頷きながら聞いていた。


『北の大魔導士ダスディー・トールマン』


 かつて、領主はそう呼ばれていた。

 しかし実際にその実力を見た者は少なく、その僅かな目撃者もトールマン家の莫大な資産に目がくらんで証言した者……というのが世間一般の領主に対する認識らしい。

 北国の魔導士の館で高名な大魔導士に師事していたのは事実らしいが、途中でヘコたれて実家に逃げ帰り、そのままなし崩し的にトールマン家の家長になった。

 そして当時メイド長だった領主代理と出会い、恋に落ちた。


『あの人は美人に目が無いからねぇ』とは羊肉のソテーを豪快に頬張る領主代理の言葉だったが、そこは聞かなかった事にすべき点かもしれない。


 俺はその話を要点をまとめて手帳に記入し、閉じてから深くソファーにもたれかかってボケーッと天井を見上げた。


 魔導士としては芽が出なかったけど、統治者としては民に尊敬される良い領主みたいだな……。

 でも、大魔導士の弟子なら俺の首筋のひし形の刻印についてなにか知ってるかな。

 後で聞いてみるか……。


 と考えていると、居間の扉を開く音が聞こえた。


「ウキキ殿、退屈そうだな」

「ああ……アナか。いや、昼飯食って眠くなってきたわ」

「夜遊びするからだ。ナルシードも朝方帰って、荷物を纏めてそのまま帰ったぞ」

「あれ、あいつ帰ったのか。……とんでもない奴だったわ」


 しかし、ともにいて中々面白い男。

 それがファングネイ王国騎士団の薔薇組副組長であり、魔剣使いでもあるナルに対する俺の評価だった。


「副組長か……。色々大変なんだろうな」

「まあ、あいつもあれで人の上に立つ男だからな。しかもファングネイ王国の兵団が昨日から大規模なゴブリン討伐に向かっている。兵団の留守中、騎士団もなにかと忙しいだろう」


 ゴブリン討伐……か。

 恐ろしい響きのような、ワクワクする響きなような……。


「我が国の兵団も後方支援で参加する。円卓の夜前に討伐しておかなければならないゴブリンの群れだからな」

「えっ……。じゃあアナも行くのか?」

「わたしは参加しない、騎士だからな。今回の作戦はファングネイとミドルノームの兵団連合の任務だ」

「なるほど。兵団っていうと、ゴンザレスさんとか森の村に来てた人達か」


 アナは『ああ』と肯いてから、俺の隣に座り革のコートの裾から伸びる長い脚を組んだ。


「ソフィエ様も送り人結盟に依頼されてファングネイ兵団に参加してる。その護衛の任に就きたいと直訴したが、却下された」

「えっ……ソフィエさんも行くのか!? 戦えないのになんで!?」

「なんでって、死人がでたら三送りする為に決まってるだろ。それでも送り人の数が足らないらしく、修行中の者が明日出立するミドルノーム兵団に同行するらしい」


 戦闘になれば死人がでて、その死人を放っておいたら四併せになり、いずれ死ビトとなって地上を歩く。なるほど言われてみれば戦闘集団に送り人が同行するのは、当たり前の事かもしれない。


「ソフィエさん、その為に森の村からこの街に来てたのか……」

「この街には送り人結盟の支部があるからな。まあ要件を聞いたのは着いてからだろう」


 ソフィエさんと言えば、程よい大きさのお胸様の他にも気になっている点が一つ。


「あのさアナ……。聞きにくいんだけど、ソフィエさんの手首に縄で縛られてたような痕がずっとあるだろ? あれどうしたんだ? 知ってるか?」

「ああ……。アリス殿から貰った赤い装飾品を付けて喜んでいたな。あれは――」


 アナは上半身ごと俺に向け、視線を絡ませてから一度口を閉じた。俺に言うべきかどうかを迷っているようだった。


「……ソフィエ様は送り人結盟史上初の、結盟公認の流浪の送り人だ。その意味は分かるか?」

「いや、流浪って意味は分かるけど……」

「流浪の送り人とは、結盟の方針に縛られない送り人の事だ。……目の前に死体があれば、多くの送り人は三送りを行うだろう。しかし、貴族と平民、豊かな国と貧しい国……そのどちらを優先するかと言えば、百人中百人の送り人は前者を選ぶ。いや、選ばざるを得ない。それが結盟の方針だからな」


 一度、言葉を切ってからアナは続けた。


「ソフィエ様は貧しい者にも等しく三送りを……。という心に従い、その為に流浪の送り人になる事を選んだ。しかし、ソフィエ様はただ脱退するだけでは無く、伝統に則って決別の試練に自ら挑んだ。あの手首の痕はその試練で付いた物だ」

「し、試練って……?」


 しばしの沈黙のあと、アナは重い口を開いた。

 俺に話しても大丈夫と判断してくれた、アナの俺に対する信頼感を嬉しく思った。

 

「座敷牢で、立ったまま両の手首を縄で縛られて十字の姿勢で半年間すごす。それが決別の試練だそうだ。食事も睡眠も排泄も、すべてがその姿勢のまま行う。まあ付き人がいるとは言え、わたしには到底無理な事だな。挑んだ送り人は数多くいれど、成し遂げたのはソフィエ様だけだ」

「立ったまま手首を縛られて半年間……」

「ああ……。しかし、その影響で手首の痕は消えず、横になって眠れずに立ったままじゃないと眠れない身体になってしまった。しかも毎日数十分で起きてしまうそうだ」


 立ったまま、毎日数十分の睡眠……。


 それを聞いた瞬間、俺は初めて村に訪れた際に見た、アリスの隣に敷いてあった乱れの無い布団を思い出した。


 いつの間にか眠気は消えていた。


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