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103 嬉しい邂逅

「良い子がいて良かったね、楽しかっただろ?」


 酒場から出て、すぐさま振り返りながらナルは言った。


 疲弊した俺の表情に気付いていながらも、爽やかな表情でそう言い放つこの整った顔立ちの男。

 こいつに対し、『あまり奴のペースに乗せられるなよ』と俺に言ったアナの心配が今は手に取るように理解出来た。


「良い子って、汗臭い漢達しかいなかったじゃねーか……。まあでも――」


 雷属性っぽい幻獣を貰えたからいいか。

 未来アリスが言ってた雷獣、これで月の迷宮4層の雷マークを輝かせる事になるのか……。


 幻魂の一戦を完勝とは言えずとも制した俺は、ウヅキがよく分からない内に行った幻魂の儀とやらにより、雷獣を授与されていた。

 与える意思と受け取る意思。それに加え、両者の手のひらを合わせながら授与幻獣を使役する。


 儀とは言ってもたったそれだけの行為だったが、雷獣は無事に俺の身体に住み着いたようで、俺の胸の奥で静かに熱を放っていた。


『住まう先を気に入らなかったら幻獣は宿主を食い殺す』とは幻魂の儀のあとにウヅキが言った不吉な言葉だが、俺は今からでも声を大にして言いたい。やる前に言えと。


 そのウヅキは俺達よりも先に酒場を出ていた。

 行き先は言わなかったが、また国宝を奪ったという金獅子のカイルを追い求めて旅に出るようだ。

 もう会う事もないだろうが、口が悪くも人柄は良くハッキリと物事を言うので、嫌いなタイプの男ではなかった。


「じゃあ、次の店に行くかい?」

「行かねえよ……。もう夜中だし、屋敷に戻って寝るわ」

「次はちゃんと綺麗なお姉さんのいる場所だよ?」


 なにっ!


「いや……そう言ってまた怪しげな場所に連れて行く気だろ。左腕も痛えし、帰って包帯巻いて寝る」

「そうか、バレてるなら仕方が無いね。残念」


 ニッコリと笑みを浮かべながらナルは言い、『じゃあね』と真っ暗な路地の裏へと歩きながら背中で言い残した。


 俺は段々と闇夜と同化していくように見えなくなったナルの姿を確認してから、領主代理の屋敷へと歩を進めた。


「出でよ木霊!」


――出たで ――そうやで ――真っ暗やでっ


 歩きながら木霊を使役し、少し先に3体纏めて配置した。


「さっきは盾に使って悪かったな、痛くなかったか?」


 無視された。


 まあ無視するぐらいなら怒ってはいないだろう。と少々自分本位に考えてから、赤い四の月が浮かんでいる空に向かって腕を構えた。


「出でよ雷獣!」


 少しドキドキしながら雷獣の初使役を行ったが、やはり二種同時使役はまだ俺には無理らしく、幻獣の顕現は成らなかった。


「戻れ木霊! ……出でよ雷獣!」


ビリビリビリッ!


 黙って宙に浮いている木霊を帰還させてから、再び空に向かって雷獣を使役した。

 獣の爪のような紫電は空を駆け昇ったが、狙った四の月までは当然届くはずもなく、途中でスパークする事もなく消え去った。


「おっと、怒らせちゃったかな……」


 四の月の淵が、一瞬血のような鮮やかな色に輝いた。





 領主の屋敷の前の通りを歩いていると、近くの建物の陰から屋敷を窺うように覗いている華奢な少女の姿が目に入った。


 あれはっ……ハーフエルフ!!


 こんな夜中に領主代理の屋敷を覗いている怪しさよりも、俺はその尖った耳を含めた可憐な姿に注目した。

 大雑把に横で結ばれた薄紫色の髪はサイドテールのようになっており、肩の下まで伸びている後ろ髪と同調するように風に揺らされていた。

 歳は15~18程度に見え、例えるのならば教室の片隅で静かに本を読んでいて、主人公とヒロインのちょっとHなシーンになると少し顔を赤らめそうな少女。と言ったところ。

 アリスはきっとこの少女を見たら、『私と並んで座っても様になる』と、アリスにとって最大の賛辞を贈る事になるだろう。

 それ程に可憐な少女は、しかしこの異世界のエルフおよびハーフエルフの期待値をいたずらに上げる事にもなっていた。最初にマジマジと至近距離で眺めてしまったのがこれだけの美少女というのは、俺にとって不幸と言えるかもしれない。


 ん……? 至近距離?


 しまった。いつの間にか少女の間隣りに立って穴があくほど見つめてしまった。


 変質者に間違われても仕方のない行為を謝ろうとすると、ほのかに潮の香りがするサイドテールが上下に舞った。


「ヒィッ……! すいませんすいません!」


 少女は慌てて涙目で謝ると、潮の香を残り香にしてその場から立ち去ってしまった。


「行っちまった、なんの用だったんだ? ってか、ヒィッって言われた……」


 まあ、X字に裂かれたボロボロのシャツが原因だろう。決して俺の事を変質者と思った訳ではない。多分。


 俺はそう自分を慰めながら領主代理の屋敷の門衛に会釈をし、扉を開けた。





 次の日の朝は早くに訪れた。


 目覚めてすぐに目にしたのはアリスとチルフィーが俺に跨る姿で、体全体で揺らして俺の起床を促していた。


「起きた起きた……だから揺らすな……」

「目を開けたのは起きたとは言わないのよ! 早く顔を洗って来なさい!」

「通路の奥に洗面所があるであります!」


 渋々ベッドから起き上がり昨晩屋敷の時計と合わせておいたのスマホの時間を見ると、素っ気ないデジタルは6時25分と告げていた。睡眠時間は僅か3時間程だった事になる。


「なんでこんな早くに起こすんだよ……。もうちょっと寝かせろ」

「ダメよ! 領主のおじいちゃんが会いたがっているわよ!」


 領主のおじいちゃん……?

 ああ、病気を患って寝たっきりって言ってた領主代理の旦那か……。


「じゃあ顔洗って来るわ……。ってか、昨日俺の寝室がなかったからお前のベッドに潜り込んだのに、それに対してのリアクションは無しか」

「耳の裏の臭いを堪能させてもらったわ!」

「あ、耳が濡れてるのはお前の唾液のせいか……」


 俺は置いてあるハンドタオルでそれを拭きながら、アリスの寝室から出て洗面所に向かった。


「おお……シャワーがある」


 洗面所の脇には元の世界のスポーツクラブにあるようなシャワーの個室があった。

 森の村の大浴槽には無かったので、この異世界ではまだシャワーの発明が成されていないのかと思ったが、ある所にはあるようだ。


 俺は軽くシャワーを浴びてから大きなタオルで体を拭き、Tシャツの上に白い長袖のシャツを羽織った。

 昨夜X字に斬り裂かれた物はアリスに見られたら心配させてしまうので、アリスのベッドに潜り込む前に着替えてからボディバッグに入れていた。証拠隠滅はショッピングモールに帰ってからにしよう。


 さっぱりした身体で足取りも軽く居間に向かうと、アリスとチルフィーとアナがソファーに座ってハニーオレンジを飲んでいた。


「おはようウキキ殿」

「ああ、おはよう」

「寝起きか? 領主様と面会するのだから顔ぐらい洗ってこい」

「いや、シャワーまで浴びたんだが……」


 やや曇った表情のアナに言うと、『そうか』と短く返してから腰を上げた。


「アリスは昨日のうちに会ったのか?」

「ええ、優しいおじいちゃんだったわ! 今日の朝も体調が良いみたい!」

「そうなのか。なんか緊張するな……」


 シャツの襟元を正しながら廊下を歩くと、アナをフワリとジャンプをして追い越したアリスが屋敷の一角にある扉を開けた。


「おじいちゃん! 連れて来たわよ!」


 ガチャっと扉の開く音が鳴ると同時にアリスが言うと、部屋の中から領主の声が聞こえた。


「おおアリス、リンゴ剥いておいたから食いねぇ」


 リンゴの皮は細く、とても長かった。


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