102 誰が為にビーストは
稲妻が迫った瞬間、俺は考えるよりも先に正面に腕を構えて玄武の使役を行った。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
光の甲羅が容易に獣の爪を形どっている紫電を防ぐと、次の行動に移ろうとしていた幻獣使いの男が目を見張った。
「玄武……北方を守護する四聖獣が一つ、その甲羅はどんな猛襲をも防ぐと言う。何故、貴様がそのような幻獣を住まわせている」
ショッピングモールのガチャガチャから出たんだ。
とは言えず、俺は口をつぐんで幻獣使いの男を注視した。
黒いローブ……その下は鎖帷子か?
武器は持ってないな……。いや、ローブになにか仕込んでるのか?
ってか、どいつもこいつもこんなファイトクラブみたいな闘いで殺意剥き出しにしやがって……。
幻獣使いの男の目は赤く、明確な殺意を俺に示していた。
殺意や殺気を惜しげもなく放つタイプと、それを表に出さずに内に秘めて殺しに来るタイプがいるみたいだな……。でも――
幻獣使いの男が再び腕を構えた。
その瞬間、俺は左に3歩分跳びはねてから駆け出した。
「悪いけど、殺意ビンビンの相手は得意なんだ! それに雷獣ちゃんは何度も見たぞ!」
既に青い軌道となって視えている獣の爪が、俺の身体2つ分横を通り過ぎた。
閃絡現象の対策として構えていたダガーに、僅かに紫電が走った。
「くっ……! 少しビリビリしたけど剣閃!」
俺は駆けながら剣閃を放った。
幻獣使いの男は後ろに飛び跳ねながら、手甲で質量を持つ閃光を防いだ。
「出でよ狐火!」
ボオオォォォ!
狐火の射程に入った瞬間、俺は火炎放射を男の足元目掛けて放った。
それを高くジャンプして躱した男の口元が僅かに動いた。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
斜め上空に向けて使役した玄武の前方に光の甲羅が現れ、男が放った刃物のような物を防いだ。
「苦無!? くそ、幻獣使役じゃなかったのか!?」
動いた口元はフェイントで、体力消費の多い玄武を使役させる為だったようだ。
しかし、引っ掛かったとは言え、俺は苦無での攻撃を認識した。次はちゃんと攻撃軌道が視えるはずだ。
加えて一つ、こいつは俺よりも遥かに闘いに精通している。闘い慣れている。
その認識は俺の気を一段と引き締め、集中力を極限まで高める事となった。
男はまだ上空にいる。そして再び腕を構えている。
「襲え鬼火!」
ハッキリと口にして使役される幻獣。人魂のような炎が俺の右側に現れる。
「追撃だイエティ!」
更に、眼前に現れた大木のような腕のイエティがフックを繰り出そうとしている。
レリアも使役していた幻獣だが、こいつが使うとは想定外。
もっと言うなら、二種同時使役なんて青天の霹靂。認識不足も甚だしい。
「出でよ玄武!」
カメエエエエッ!
短時間での3度目の玄武は気が引けたが、それでも得体のしれない鬼火に対してただガードをする気にはならない。
爆ぜる鬼火。いとも簡単にその爆風を防ぐ光の甲羅。
次の瞬間、迫り来るイエティのえげつないフック。
これにはしっかりと足を踏み込んでダガーとガードで迎え撃つ。
結果、男達が作っている輪まで吹き飛ばされる。
「いってぇ……!」
左腕に激痛が走る。骨は折れてはいないみただが、代わりにダガーは柄を残して綺麗に砕け散る。
治癒気功で僅かながらの応急処置。少しだけ痛みが和らいだ気がする。
「降参しろ。貴様には荷が重い玄武を頂く」
と言いながらも、幻獣使いの男はまだ目を赤く光らせている。
「なかなかやるな。じゃあ、これからは足だけじゃなく腕も使わせてもらう!」
俺は挑発を一つ。
そして再び構え、男へと駆け出す。
――刹那、迫りくる2つの青い軌道。その伸びている軌道の元では男が苦無を放つモーションに入っている。
駆けながら避けるのは容易いが、そうすると輪になっている群衆に当たってしまうかもしれない。
と考え、俺は律儀に飛び迫る2つの苦無に対して木霊を使役する。
「出でよ木霊!」
――出たで ――そうやで ――なにさせる気やでっ
悪い、盾になってくれ!
心の中で謝りながら、俺は苦無の軌道予測に木霊を配置する。
残った3体目の木霊はいつも通り階段として使わせてもらう。
直後、飛び迫った苦無を打ち弾く木霊。
と同時に、俺は頭を突き上げた木霊から飛び跳ねて幻獣使いの男の上をとる。
「襲え鎌鼬!」
「出でよ鎌鼬!」
対空鎌鼬と対地鎌鼬が至近距離で激突する。
「っ……!」
その瞬間、競り負けた俺のシャツと薄皮一枚がX字に斬り裂かれる。
「くっ……!」
そのまま着地し、俺は膝をつく。
男は俺の頭部に触れ、勝ち誇ったように、
「上をとっておきながら先制を許すとは未熟。だが、使役してから顕現するまでの時間だけは貴様の勝ちだったな」
と言い放つ。
じゃ、じゃあ勝ち点+1はゲットかな……?
「負けを認めて玄武をよこせ。少しでも反撃の意志を見せたら鎌鼬が頭部を斬り裂く」
いや、でもやっぱポイントは3ポイントにかぎる……よなっ!
俯いていた顔を上げ、俺は頭部に当てられている男の手に触れる。
「襲え鎌鼬!」
「出でよMAX鎌鼬!」
その瞬間、男が驚愕の表情に変わり、同時に素早く跳び退く。
ザシュザシュッッ!!
「ぐっ……!」
男はローブの下の鎖帷子に触れ、薄く斬られたX字の痕を確認した。
二撃の斬風が舞うよりも速く回避行動に出たのは、熟練の成せる技と言えた。
「先制したのは自分で、威力も貴様のより自分の鎌鼬の方があったはず……なのに、何故競り負けた!? 」
「俺のタチさんは危なくてデカいんだ。そうそう負けるハズがない!」
俺はよろけながら立ち上がり、胸に手を当てた。
同種対決でまだ興奮が収まっていない様子の鎌鼬が、俺の胸の奥で熱を放っていた。
*
「いやあ、いい闘いだったねえ。同種幻獣を撃ち合うと鍔迫り合いのようなって、競り勝った幻獣の攻撃のみが相手に届くのか。勉強になったよ」
酒場の地下の隅のテーブルでエールを飲みながら、ナルが言った。
玄武3回とMAX使役1回でフラフラになった俺は、テーブルに突っ伏してナルと幻獣使いの男の話を聞いていた。
「東の国から旅の途中だっけ? 目的はなんだい?」
「とある男に奪われた国宝を探している。詳細は貴様らには言えない。奢って貰って悪いがな」
「ふうーん……。僕らと同い年ぐらいだろうに、苦労しているね」
同い年ぐらいなのか……。
それであんだけ闘い慣れてるってスゲーな。
「任務だからな、苦労とは思っていない。それより、詳細は言えないが一つ聞きたい。金獅子のカイルという男を知っているか?」
「……知らない訳がないよ。最強の幻獣使いの騎士……騎士と言う割には自由奔放みたいだけどね」
「ほう、そんなに有名人なのか。自分の国では噂程度だったが……。その男の所在は知ってるか?」
金獅子のカイルか……。
ピエロをカイルだと思い込んでたから、なんか他人とは思えないな……。
「知らないなあ……。と言うか、帝国の自由騎士だから世界中を飛び回っているんじゃないかな。所在という所在は無いと思うよ?」
「そうか。国宝を奪った犯人は帝国の騎士だったのか。おっと、詳細は言えない、聞かなかった事にしろ」
お前は未来アリスか……。
それ聞いたら東の国の暗殺者に狙われるとかないだろうな……。
「さて、長居は出来ない。ウキキといったな? 明らかに威力が上昇していた貴様のMAX使役というものについて聞いておこう。なんであんな事が出来る」
ん? 出来ないのか?
おっと、大狼との会話じゃないんだから口にしないとか……。
と、俺は突っ伏していたテーブルから上半身を起こして幻獣使いの男……ウヅキという男の視線に相対した。
「お前は出来ないのか? ってか、俺はそれより二種同時使役に驚いたわ」
「同時使役は鍛錬で可能だ。東の国には三種同時使役する者もいる。しかし、MAX使役とやらは聞いた事もないな」
「そうなのか……。いや、フルパワーで出て来いやっ! って感じで使役するだけなんだけどな……」
「曖昧だな。貴様バカだろ?」
く、口が悪いなコイツ……。
「時間を無駄にした。さっさと幻魂の一戦の奪取幻獣を選べ」
ウヅキはそう言ってから長くていびつな形をした陶器に口を当て、エールを一気に飲み干した。
「え、あれって俺の勝ちって事でいいのか?」
「フィニッシュブローで競り勝ったのは貴様だ。それに奪取されても構わない幻獣しか放たなかったからな。自分はまったく痛くない」
無理やり俺の手を取り、手のひらを合わせながらウヅキは言った。