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101 グラディエーター

 片手で軽く握られたサーベルは日本刀よりも反りがあり、一分の隙でも見せようものならすぐさま斬って捨てられるような鋭い威圧感を放っていた。


 それをフェンシングのようにやや斜めの姿勢で構えるナルシードはユラユラと体を揺らしており、攻撃を仕掛けるタイミングを窺っていた。


「構えないのかい? さっきも言ったけど、グラディエーター同士は挑まれた闘いを断る権利は無いよ?」

「いや、普通に断りたいんだが……。それも、こんなバルコニーでって」

「ウキキ殿の言う通りだな。剣をおさめろナルシード」


 突然、アナがガラス戸を開けて言い放った。


 するとナルはニコっと笑ってからサーベルを黒いモヤモヤに変え、消し去った。


「冗談だよ。大昔のグラディエーターの習わしなんて、今じゃ一部の陶酔者しか知らない。それに……」


 ナルは手すりに置いたグラスに手を伸ばしながら続けた。


「魔剣をも砕くヴァングレイト鋼の剣。それを振るうアナさんに楯突いても仕方が無いからね……。優れた武器には相応しい名がある。アナさんの剣は?」

「……名はまだ無い。思案中だ」

「そうなんだ、勿体ない」


 剣の名か、それならダガーを貰ったお礼もまだだし……まああれは折れちゃったけど、とにかくお礼に俺がカッコイイ名でも……。


 と考えていると、突然腕を掴まれた。


「じゃあウキキ君、僕ら健全なる男子は夜の街に繰り出すとしよう。いい店があるって聞いているよ」


 なに!


「そういう事だからアナさん、領主様によろしく。あ、朝帰りになるかもしれないから寝室の用意はいらないよ」


 アナの返答を待たずに、ナルはそのままバルコニーから地上の石畳に飛び降りた。


「さあウキキ君も! 早くしないと良い子がいなくなっちゃうよ!」

「み、身軽な奴だな……。ここ3階ぐらいの高さだぞ……」


 俺は下で手を振っているナルを見たあとに、部屋で領主代理と楽しそうにお喋りをしているアリスに目を向けた。


「じゃ、じゃあアナ、アリスを頼む!」

「構わないが……あまり奴のペースに乗せられるなよ?」


 というアナの言葉を背中で聞きながら、俺は下に向けて木霊の階段を配置し、駆け下りた。





「いい店ってどんなのだ? ってか、この街にエルフのおねいさんいたりするのか!?」


 俺はこの異世界で一番気になっていた事を切り出した。

 聞こう聞こうと思っていて毎回聞きそびれていた最重要案件だが、『この異世界』というフレーズは止めておいた。


「エルフはこの辺りにはいないと思うけど、ハーフエルフならいるよ。あ、ホラあそこの子」


 ナルの左手で包んだ右手の人差し指の先を見ると、耳が尖がっていて茶色い髪をした女性がバスケットを手に歩いていた。


 いた……!!

 この異世界にはエルフが実在した!!


「イヤッホウ!!」

「い、イヤッホウ? そんなにハーフエルフが珍しいのかい?」

「珍しいもなにも初めて見た! 耳のフォルムがたまらん! あとは猫耳娘はどこだ!?」

「猫耳? ああ、ビーストクォーターの事かな? どうだろうね、ファングネイの王都にはいるけど、この国では見た事ないなあ」


 いないっ……!

 けど獣耳娘も存在する!!


「ハーフエルフとビーストクォーターの騎士がいるから、今度機会があったら紹介するよ」


 おおっ! ファングネイ王国騎士団薔薇組の副組長いい奴だな!


 と、歩きながら握手を求めていると、目的の店に着いたのかナルは足を止めた。


「さあ、入ろうか」

「ドキドキするな……俺、金銭的なの持ってないけど大丈夫か!?」

「僕が奢るから心配いらないよ」


 しっかりとした木造の店。

 元の世界のキャバクラみたいなネオンの看板はないが、それでもきっと綺麗なお姉さん達が優しく迎えてくれるのだろう。


「ああ、いらっしゃい……。なんにするよ?」


 しかしナルの後に続いて入店してみると綺麗なお姉さんは1人もおらず、武骨で不愛想な男の接客の声と、カウンターやテーブルに座る男達の鋭い視線が身に刺さった。


「騙された……。これは綺麗なおねいさんがいるキャバクラじゃなくて漢達の酒場じゃないか……」


 ナルはエールとやらを2つ注文すると、『いいからいいから』と店の隅にある階段を下りて行った。

 それに付いて行き地下の空間に足を踏み入れた瞬間、吹っ飛ばされた男が俺の目の前で壁に激突して崩れ落ちた。


「なっ……なんだここ!?」


 部屋の中央では勝者とおぼしき男が片手を掲げながら雄たけびを上げ、周りの男達がそれを称えるように拳を振りながら歓声を上げていた。


「腕に自信のある男達が集まる酒場さ。まあ、観戦目的の素人の方が多いみたいだけどね」


 ニコっと笑いながらナルは言った。


「こんな場所に連れて来てどうするつもりだよ……」

「決まっているだろ? ……この人、挑戦希望でーす!」


 と語尾を伸ばしながら、ナルは俺の背中を強引に押して男達が織りなす輪の中央に放り出した。


「うおい! ちょっと待て!」


 俺の拒否虚しく、中央の巨体の男はニヤリと口角を上げてからロングソードを振り上げた。


「小僧、死んだら三送りする者はいるか?」

「ちょ……おい、真剣かよ!」

「いなそうだな。……じゃあ死なないように気を付けろ!」


 巨体の男が両手で握るロングソードは当然のように振り下ろされ、俺はそれを後ろに飛んで躱した。


 男達が囲んでいるこの空間は体育館のバスケットコートの半分ぐらいで、戦いのリングとしてはまあ丁度いい広さと言えるかもしれない。


 俺はそのスペースをフルに使い繰り出される剣戟を何度か躱してから、群衆に紛れているナルに対して声を上げた。


「おい! せめて術式紙風船着けないのかよ!」


 逃げ回る俺に対しての男達の怒号でかき消されそうだったが、俺の声が届いたらしく、ナルはニッコリと笑ってからメガホンのようにした両手を口に当てた。


「こんな酒場であんな高価な物を使う訳ないだろ! 覚悟を決めてアラクネを倒した実力を見せてくれよ!」


 くそっ……! 勝手な事を……!


「おい小僧! よそ見をしてると危ないぞ!」


 危ないと言う割には殺意剥き出しの赤い目で放つ横一閃の剣戟。俺はその青い軌道を見てからダガーを抜いた。


「打ち弾き!」


 重い一撃を打ち弾いた瞬間その振動が手に伝わり、同時に巨体の男は体勢を崩した。


「出でよ鎌鼬!」


ザシュザシュッ!


 打ち弾いても尚、強く握られているロングソード。その剣身を二撃の斬風が真っ二つに斬り裂いた。


 その破片を見ながら巨体の男は膝をつき、赤い目を元の状態に戻した。


「幻獣使いか……。やるじゃねーか小僧!」

「決着って事でいいのか? ……あんたの殺意剥き出しの一撃も、重くて恐ろしかったわ」


 手を差し伸べながら言うと、巨体の男は力強くその手を取って立ち上がった。


「殺気や殺意無しで剣なぞ振るえんからな! ガハハハハッ!」

「ガハハハハッって……まあいいか、じゃあ俺の勝ちって事で、上でなんか飲もうぜ」


 と、男達の輪の中央から外周へと歩いて行くと、満面の笑みのナルがもう一度俺を中央に押し戻した。


「どこに行くんだい? 勝ち残り方式だよ?」


 はい?


 頭の上に浮かんだハテナマークが消える間もなく、次の挑戦者が中央の黒ずんだ床の上に立った。


「見学だけのつもりだったが、まさかこんな場所に幻獣使いがいるとはな……。同門対決も悪くはない」


 フード付きのローブの男はそう言ってから、ゆっくりと腕を俺に向けて構えた。


「幻獣使い同士の闘いだね!? じゃあ伝統にのっとって幻魂げんこんの一戦はどうだい!?」


 いやにワクワクしているナルが、なにかを焚き付けた。

 すると幻獣使いの男は、


「面白い。いいだろう、乗った」


 と、なにかを承諾した。


「げ、幻魂の一戦ってなんだよ!?」

「その一戦で放たれた幻獣を勝者が敗者から1体奪えるんだよ!」

「なんだよそのえげつないシステムは! ってか幻獣って奪えるのかよ!?」


 『両者合意の元でならな……』と注釈を入れた幻獣使いの男は、そのまま流れるように使役幻獣の名を口にした。


「襲え雷獣!」

「っ……!」


 その瞬間、稲妻が迫った。


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