100 寒い友達が訪ねてきたよ
領主代理の要請は極めて単純なものだった。
「円卓の夜の間の、村人の受け入れですか」
俺が復唱すると、領主代理は頷いてからキセルに刻みタバコを詰めて火を付けた。
「甥の視察を受けて決定した方針がこれさ。お前達のショッピングモールとやらは中々興味深い物が多いみたいじゃないか。武器も食料も豊富だと聞いたよ」
一呼吸おいてから領主代理は続けた。
「ウキキもアリス嬢ちゃんも敵対する意思はない。突然領地に現れたショッピングモールも歓迎しよう。だからこその協力要請さ」
逆に言えば、協力しないと敵とみなすという事か……。
と考えていると、隣に座るアリスがソファーから立ち上がった。
「もちろん構わないわ! と言うか大歓迎よ!」
「そうかい。アリス嬢ちゃんはいい子だねぇ」
領地代理は顔のシワを隠そうともせずに微笑みながら言った。周りに紫煙が立ち込めた。
「俺も構いませんけど……クワールさんは知ってるんですか?」
「クワールかい……まったく、厄介な男が村長になったもんだよ……。村の人間は誰も知らないよ、言ってないからねぇ」
「じゃあ大丈夫なんですか? クワールさん達はミドルノームの城やこの街への避難を希望してるんじゃ?」
その辺で軋轢が生まれないかという心配を込めて聞くと、
「大丈夫よ! 楽しみだわ、むしろすぐにでも引っ越して来るべきよ!」
と何故かアリスが俺の心配を制した。
「あの男は頑固だけど村人の事を優先して考えるだろうよ。だからアリス嬢ちゃんのいう通り、そこは心配ないさ」
「領主代理のおばあちゃん……もしかして、昔クワールおじさんと付き合っていた? なんだかそんな感じがするわ!」
……えっ!?
「……大昔の話さ」
……えええっ!?
*
あまり聞きたくなかった衝撃の事実のあと、俺達は広くて立派なダイニングで豪華な食事を頂く事となった。
馬鹿デカいテーブルには知らない男が1人。
話を聞くと、ファングネイ王国の騎士との事だった。
「まさかアラクネの封印が解かれるとはね。僕がいたら華麗な薔薇の如く討伐したんだが」
騎士の男は紺色の長い前髪を掻き分けながら言うと、そのままの姿勢でアリスに視線を向けた。
「可憐なお嬢ちゃん、初めまして。僕はファングネイ王国騎士団薔薇組のナルシード。ナルと呼んでくれ」
「私は園城寺アリスよ! アリスお嬢様でいいわ!」
「なるほど君は高貴な生まれだね? そのオーラが滲みでているよ」
ナルと名乗る男が言うと、鎧を脱いで革のコート姿のアナがナイフとフォークを皿の淵に置いた。
「こちらも紹介しておこう。ウキキ殿とチルフィー殿だ。ウキキ殿は幻獣使いで、チルフィー殿は風の精霊シルフだ」
「であります!」
チルフィーは小分けにしてもらった食事から一旦手を休めながら言った。
「風の精霊シルフ……お初お目にかかります。こんな愛くるしい精霊様と食事をともに出来るとは光栄だなあ」
ナルは立ち上がり丁寧に頭を下げながら言った。
……これは、女には丁寧に接して俺はスルーのパターンだな。よし確認しておこう。俺はこいつが嫌いだ。
「それから、ウキキ君か。年齢は僕と同じぐらいかな? よろしく」
あろうことか、ナルは微笑みながら俺に握手を求めた。
「よ、よろしくでっす!」
予想外の行動に、つい声が裏返ってしまった。
「いやあ、こんな勇士達とテーブルを囲めるなんて嬉しい限りだ……。領主様、今夜のお招き本当に感謝致します」
「招いたのは騎士団長だったはずだけどねぇ。まあいいさ。ゆっくりしていっておくれ」
領主代理がテーブルに置いてあるベルを鳴らした。
新たに運ばれてくるフルーツやらデザート、それに数種類のアルコール類。
元の世界でも滅多にお目にかかれない贅を尽くした食卓に、俺は感嘆の声を漏らした。
*
「いけ好かないな……ウキキもそう思うだろ?」
「……領主代理の甥、いたのか」
屋敷のバルコニーから街の夜景を眺めていると、甥がワイングラスを片手にフラフラとやって来た。
「ナルシード……若くしてファングネイ王国騎士団の薔薇組副組長になった野郎。死ねばいいのに」
「口が悪いな……酔っぱらってるのか?」
「ボクだって戦いなら引けを取らない! ホウーアチャー!」
甥は闇夜のバルコニーで見えないなにかを相手に手刀を繰り出した。
「ボクらだって女にもてたい! イケメン死すべし! そうだろウキキ!」
「俺を巻き込まないでくれるか? 俺、キッスした事あるし」
と話していると、当の本人であるナルがガラス戸を開けてバルコニーに出て来た。
「もう領主代理の相手はいいのか? ……ってあれ、甥行っちゃうのかよ」
ナルと話したくないのか、甥は無言で部屋の中へと戻って行った。
「僕は嫌われてしまったかな? 残念、彼とも仲良くなりたかったんだが……まあいい、今、話をしたいのはウキキ君だ」
片手に持っているグラスを手渡しながらナルは言った。
「ああ、サンキュー」
断るのも悪いので受け取り、一口飲んだ。シェリーのような酒だった。
「幻獣使いか……相当な手練れなんだろうね。同じグラディエーターとしてシンパシーを感じるよ」
「ぐ、グラディエーター!?」
思わず、俺はその意外な単語を条件反射で口にした。
「知らないのかい? 僕ら〇〇使いは古代の剣闘士を始祖とした兄弟のような関係さ。己の命を削ってでも敵に打ち勝つ為に生み出された業さ」
その話の内容に驚いていると、ナルは持っていたグラスをバルコニーの手すりに置いた。
「幻獣使い、剛体術使い、魔剣使い……そして――」
途中で言葉を切り、鋭い眼光で俺の目を射抜いた。
「死霊使い……か」
先に言ってやった。
「……言っちゃう? 僕の作った間を見ていただろ? せっかくウキキ君の反応を見ようと思ってたのになあ」
「反応を見てどうするつもりだったんだよ……。もしかして、俺が死霊使いじゃないかって疑ってるのか?」
ナルは『まさか』と、おどけた顔で言ってから、
「死霊使いと言えば、レリアちゃんの従者の話は聞いたかい?」
と引き続き人懐っこい表情をしながら言った。
「ああ、馬車で来る途中にアナの従者から聞いたわ。ずっと黙秘を続けてるんだろ?」
「そうみたいだね。ファングネイ王国にとっても新たに現れた死霊使いは脅威なのに、嫌になるよ」
「そうだな……。で――」
俺は先程のお返しとばかりに、たっぷり間を取ってから続けた。
「お前はなに使いなんだ?」
「……僕かい? 僕は――」
ナルが俺の目の前に片手を向けて広げた。
そのままゆっくりと下げられる手を見ていると、突然黒いモヤモヤが手の周りに現れた。
「っ……!」
死ビトを連想させるその黒いモヤモヤは段々と伸びていき、やがて剣の形となった。
「僕は魔剣使い」
ま、魔剣なのかこれ!?
「勝負だウキキ君! おっと、グラディエーター同士は挑まれた闘いから逃げる事は出来ないよ?」
ナルの構えるサーベルの赤い薔薇のような鍔が闇夜を彩った。