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98 くもりガラスの向こうは

「『迷わず落ちろ、行けば分かるさ』……か」


 眩しい朝の日差しを手のひらで遮りながら、俺は川原を歩き手頃な大きさの岩に腰を下ろした。


「まったく意味が分からんな。どこか大穴的な場所があって、そこに落ちろって事か?」


 もう一度ピエロが残したメモの意味を考えたが、解釈次第でどうとでも取れそうなので深く考えるのは止めておいた。まあ、分かる必要が来た時に分かるのだろう。


 俺はメモを冒険手帳に挟んで腰のケースに入れてから、川のほとりでクリスとしゃがんで水遊びをしているアリスに視線を向けた。


「7年後のあいつとキッスしたんだよな俺……」


 おっと危ない、思わず声に出しちまった……。

 アリスに聞かれたら何言われるか分からんからな……。


 という懸念や宇宙ヤバいという事もあり、未来アリスとの一件は黙っていた。

 まあ俺がピエロを自分だったと認識しても宇宙はヤバくないっぽいので大丈夫かもしれないが、それでも嬉し恥ずかしな初キッス体験を喋るのは気が引けた。


「18歳になったお前とキッスしたわ。とか言える訳がないよな……。うふっ……うへへ」

「あなた、なに気持ちの悪い顔で笑っているのよ」

「うわああっ!」


 自然とニッタニタな笑みが零れた俺の目の前に、アリスがヌっと顔を近づけた。


「なんでこんな絶世の美少女を間近で見てそんなに驚くのかしら」

「突然だからだよ! しかも真顔のお前は少し怖いんだよ!」

「顔が赤いわね。怪しいわ……」

「怪しくない!」


 更に顔を近づけるアリスを躱し、立ち上がってウトウトとしているクリスの元まで歩いた。


「クリス眠そうだし、そろそろ帰るか」

「じゃあ私が抱っこして行くわ!」


 俺からクリスを奪いながらアリスは言った。

 しかし平たいアリスの胸に抱かれた途端、クリスは短い手足を存分に振り回して抵抗を示した。


「お前の胸じゃ不安で嫌だってよ……」

「おかしいわね。万物に愛されるのが私なのだけれど……」


 と言いながら、アリスはもっと強くクリスを抱きしめた。


「けれど観念しなさい! 私は離さないわよ!」


 想いが伝わったのか、クリスは指を甘噛みするに留め、そのままおしゃぶり代わりにしてアリスの胸で眠りについた。


「眠ったわ。可愛い妹のようだわ、うふふ」

「魚を食う姿は早くも獣まる出しだけどな……」


 俺はアリスのゲートボールのステッキを代わりに持ち、緩やかな傾斜の坂まで歩きながら言った。


「おととい村に持ってったのより軽いステッキだな。ってか、よくこれで杖技を閃いたな……」

「あなたにおパンツ狩りされない為よ。けれど閃きと言えば、私はハテナマークの技を1つ閃き待ちなのよね。どんな技かしら」


 アリスは坂を駆け上がりながら言った。


 あるいは、前に閃いた杖技がハテナマークによるものだったのかもしれないが、まあツッコまないでおいた。

 かく言う俺も剣技を1つ閃き待ちだが、閃き依存症の事もあり、あまり積極的に閃きたいとは今は思っていなかった。


「まあ、思う思わないは関係なさそうか……」


 ゲートボールのステッキと言えば、おととい村に行った際にも村のおばあちゃんへのプレゼントと言って俺にいくつも運ばせていた。

 健康の為に運動して欲しかったようで、アリスはおばあちゃんや子供達にルールを教え、ともに楽しんでいた。アリス自身も元の世界で祖父とよくやっていたらしく、中々の腕前に見えた。



 ショッピングモールに戻ると、チルフィーとシルフ族が北メインゲートの前で俺達を待っていた。


「あれ、チルフィー早いな。まだ昼前だぞ?」

「そうでありますか?」


 既にガラスのドアを通過して中に入っているチルフィーが、フラフラと飛んでアリスの頭に着地した。

 俺は鍵を開け、他のシルフ族に歓迎の念を抱きながらドアを開いた。


「さあ、みんなも入ってくれ」

 

 チルフィー以外のシルフ族は11名おり、俺とアリスが歓迎した事によってシールドスキルに阻害される事なく少し曇ったガラスのドアを通って中に入った。


 前に話していた必要物資調達の件だったが、一昨日約束した時間よりもだいぶ早かった。どうやら、この異世界では元の世界よりも時間にルーズというか、おおらからしい。


「さあさあ! みんなジャンジャン運ぶであります!」


 チルフィーは先頭を切ってショッピングモールを駆けまわった。

 事前に物色していた物を効率よく運び、俺とアリスも手伝った事によって考えていたよりも早く片が付いた。


「鏡やらライターやらロウソクやらか。ライターで火を起こす精霊とか、あんまり見たくないな……」


 シルフ族は手分けして袋に入れた荷物を持ち、そのままシルフ族の隠れ家へと帰って行った。

 チルフィーは残って遊んで行くらしく、彼らを見送った後にアリスと一緒に和室へと向かって行った。


「傷みかけの食品まで持ってってくれて助かったな……。肥料に使うのかな」


 シルフ族は、ジャオンやテナントの片付け損なっていた食品を綺麗さっぱり持って行ってくれた。

 処分に困っていたので助かったが、ファストフード店の物は時間が経っているにもかかわらず、傷んでいる様子がなかったのがリアクションに困る点とも言えた。


「ハンバーガー食いたかったけど、なんか怖いからな……」


 呟きながら北メインゲートを閉めていると、外からヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえた。

 少し警戒して外に出ると、革の鎧とマント姿の男が馬から降りてこちらに目を向けた。


「ウキキ様でいらっしゃいますか?」


 馬じゃなくて翔馬かな。と考えていると、その男が近づきながら声を掛けて来た。


「そうですけど……。あなたは?」

「アナ様の従者です。ウキキ様とアリス様をお迎えに参りました」

「アナの……。お迎えに?」


 俺はふんだんに込めた疑問を遠慮なくぶつけた。


 話を聞くと、どうやら領主代理がアラクネ討伐の礼を正式にしたいらしく、それで俺とアリスを領主の街『ハンマーヒル』に招待したらしい。


「馬車は近くに停めてあります。そこまでは徒歩での移動となりますが、今出れば日没までにはハンマーヒルに着けるかと」

「分りました。ちょっと相談やら準備をするので、待っていてもらえますか?」


 相談って言っても、アリスに話したら絶対目を輝かせて行くって言うよな……。


 そう考えながら、俺はショッピングモールに入り和室へと向かった。


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