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97 明日があるさ明日がある

『おパンツ様は白にかぎる』


 これは、この異世界で最も強大な西の大陸を治める第5代だか第6代の皇帝だかなんだかが残した有名な格言らしい。ボルサが言っていたので多分間違いない。


 なるほどその格言は正しく思える。賛同もしておこう。しかし、白ければいいというものでもない。

 特に、未来アリスが着ている水色のメイド服の下のドロワーズ。こんなものをおパンツ様と認めてはご先祖様に申し訳が立たない。


「宝もゲットしたし帰還するわよ! タイムリープの制限時間が迫っているわ!」


 と言ってブタ侍に帰還魔法を命じた未来アリスだが、俺はそんな事よりもドロワーズ非おパンツ様論についてもっと論じていたい。


「って……あれ、ここで帰還するのか!? 階段部屋じゃないと――」


 言い切る前に帰還魔法が発動し、次の瞬間には閉ざされた月の迷宮の扉に施されている月の彫刻が視界に飛び込んだ。


「おい! あそこで帰還しちゃったら次また1層からスタートじゃないのか!?」

「あっ……」


 とだけ言い、未来アリスは動かなくなったブタ侍をメイド服のポケットに捻じ込んでから、満面の笑みで振り返った。


「未来から過去への試練よ! 再び5層まで駆け上がるのを願っているわ!」

「お前、階段部屋以外で帰還したら次最初からって忘れてただろ! うわーめんどくせえマジか!」

「大丈夫! あなたとプリティーアリスなら見事試練に打ち勝つと信じているわ!」

「お前――」


 またも、俺は言葉を途中で切らざるを得なかった。

 しかしその理由は先程とは違い、俺の頬っぺたに近づけられた未来アリスの唇だった。


「ちゅっ!」


 思ったようにキスの音が出なかったのだろう、未来アリスは『ちゅ』と口に出して言った。


「って……あれ、マウストゥーマウスじゃないのか!?」

「なによ! 私の頬っぺキスが不満なの!?」

「いや、これはこれで押さえておきたいキッスの一つだけど……」


 と少々の不満を表すと、未来アリスは力いっぱいの頭突きを俺の胸にかまし、そのまま顔をうずめた。


「あなたは過去の私のものよ。それに――」


 最後まで言わずに、未来アリスは離れてから背伸びをして俺のオデコにチョップをかました。


「私は未来のあなたのものよ!」


 今度のチョップもまた、暫く当てられたままのチョップもどきだった。


「……未来の俺が羨ましいな」


 俺は未来アリスの金色ぱっつん前髪を上げて、一文字の大きな傷痕に触れながら言った。


「さあ! そろそろホントにタイムリープの限界時間よ!」


 俺のオデコを開放した未来アリスは、メイド服から懐中時計を取り出して盤面を俺に向けた。


「あと50秒といったところね!」

「そんなにギリギリだったのか! ……お前、未来で俺いなくて大丈夫か? 俺も付いて行こうか?」

「そうしたらプリティーアリスはどうするのよ!」

「いや、よく分からんけど、一緒に未来の俺を見付けたらまた俺がこの時間に帰ってこれば……」

「そんなの不可能よ!」

「そうか……」


 俺は懐中時計の盤面に目を向けた。時計の針は必死に駆け回る事で短い残り時間を告げていた。


「お前、マジ大丈夫か? 泣いてないか?」

「泣いているわ。けれど大丈夫よ!」

「寂しくないか?」

「寂しいわ。けれどあなたを見つけ出すまでの辛抱よ!」

「……そっか、頑張れよ! お前なら絶対見付けられる!」


 自分を見つけ出す事を頑張れと励ますのも変だが、そう言わずにはいられなかった。

 すると、未来アリスは短い魔法のような呪文を唱えて髪の色を黒に戻した。


「絶対見付け出すわ! 未来のあなたは私の優しい希望だもの!」

「……そうだな。未来の俺もずっとお前の事をそう思ってるよ!」


 残り時間を確認すると、秒針君は10秒だぜぃと教えてくれた。


 俺は風でなびいている未来アリスの長い黒髪に触れてから、拳を突き出した。


「お前、今幸せか?」


 未来アリスも拳を突き出し、俺の拳にコツンと当てた。


「幸せよ!」


 未来アリスは俺の大好きな太陽のような笑顔で言った。

 その残響が月の彫刻に当たって跳ね返って来た瞬間、光とともに未来アリスは消えた。


「……さようなら未来のアリス」


 俺は1人残された月の迷宮の扉前で呟いた。





 俺は宙に浮いている拳を下げた。いつの間にか目から涙が零れ落ちているのに気が付いた。


「まったく……。急にやって来て急に帰りやがって……」


 シャツの袖で涙を拭った。まだ溢れようとする聞き分けの悪い奴らは放っておいた。


「だいたい、金髪で水色のメイド服って……。アリスがアリスのコスプレかよ……」


 呟きながら石の階段に一歩目を乗せた。二歩目は暫くの間、宙に浮く事となった。


「待てよ……。金髪でコスプレで夜中のショッピングモールに急に現れたって……」


 ピエロ……。そうだ、ピエロと全く同じじゃないか……。


 俺はそのまま階段を駆け上がり、厚いガラスの天井の下に出た。

 月が見えたが、何番目の月かは気にしなかった。


「あのピエロは、未来の俺か……!?」


 夜中に突然現れ、俺を襲った金髪のピエロ。


 あれが未来の俺だったのなら、無言で俺を圧倒したり、謎のメッセージを残したりしたのにも納得がいった。


「それに、仮面の奥に見え隠れした甘いマスク……。どう考えても俺だろ……」


 そう考えると、逆に何故気が付かなかったのかと不思議に思うほどに、色々な事柄があれは俺だと告げていた。


「って事は……」


 俺は噴水の水を片手で掬って飲んだ。

 ショッピングモールのソードスキルによる淡い灯りが小さな波紋を照らしていた。


 ……アリス、安心しろ! 未来の俺はちゃんとお前の元に帰って来るぞ!


 なんらかの原因で未来アリスと離ればなれになった俺は、なんらかの方法で未来アリスの元に戻り、魔法で金髪にしてもらってからピエロの恰好で過去のショッピングモールにやって来た。


 そうとしか考えられなかった。幾分かは願いと希望が含まれているが、不思議と外れている気がしなかった。


 そうまでして過去に伝えたメッセージの意味を考えた。しかし、今はそれよりも未来アリスにお祝いのメッセージを送りたく思った。


「アリス! お前の優しい希望はちゃんと帰って来るぞ!!」


 なので、とりあえず叫んでおいた。





「ただいまアリス」


 とりあえずチャチャっと風呂に入ってから、俺はアリスが寝ている和室の引き戸を静かに開けた。

 4畳半程度の和室の中には二組の布団が敷いてあり、アリスはちゃんと赤い掛布団に包まって眠っていた。


――なんじゃ、うぬか。


「うわああっ! ……ってクリスかよ。いきなり語り掛けるなビックリするだろ」


――まだ幼体のわらわにそれだけ驚くのなら、成長するのが楽しみじゃな。


 クリスはそう語りながら、布団の上であぐらをかいた俺の膝に跳び乗って来た。


――明日、また母上達の墓に参ろうぞ。


「昨日行ったばっかだろ……。まあいいけど」


――物分かりがよいな。別れの悲しみを学んだのじゃな。


「……お前、未来アリスの件、知ってるのか?」


――知らんが分かる。うぬの目を見ればな。


「そっか……。お前に隠し事は出来ないって事か」


――そういう事じゃ。接吻の件は前髪ぱっつん娘には黙っておこう。魚3匹でどうじゃ?


「いや、お前アリスと喋れないだろ……。でもまあ、あの川の魚だろ? また捕ってやるよ」


――まことか。うぬの魚を捕る腕は確かじゃから期待しておる。


 語りを聞きながら、俺は布団に仰向けになってクリスを胸に乗せた。


「ってか、もう魚なんか食えるんだな……。まあ魚は黒蛇がほぼオートで捕ってくれるから安心しとけ。あと、うぬって呼ぶな」


――楽しみじゃ。明日も、その次の明日も、そのまた次の明日も楽しみじゃ。わらわはずっと先まで楽しみじゃ。


「そういうのは『未来』って一言で言えるぞ」


――そうか。じゃあ、わらわは『未来』が楽しみじゃ。


 そう語ると、クリスは小さな欠伸をしてから俺の胸の上で寝だした。


「そうだな……。未来が楽しみだな」


 俺はその頭を撫でてから、ゆっくりと目を瞑った。


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