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10 オチ担当じゃないわよ!

「よし、出来たぞ」

「うわーい! シャワーの完成ね!」


 アリスが飛び跳ねながら万歳をした。

 ジャオン2Fの女子トイレの蛇口にホースを繋げ、その先にシャワーヘッドを取り付けただけの簡易シャワーの完成だった。


「水を出すわよ!」


 蛇口をひねると、シャワーヘッドの細かい穴からそれぞれ水が飛び出してきた。アリスは物理学者のような目つきで指を近づけ、無事に指先が濡れると、反重力実験の成功を祝う助手のように喜んだ。


「少し勢いが弱いけど、まあ普通のシャワーだな。これでもないよりはマシだろ?」

「マシどころじゃないわ! シャワーはレディの必需品よ、ありがとう!」


 素直にありがとうと言われると、なんて返事をしたらいいのか困惑した。

 アリスみたいなお嬢様にこんな物で喜ばれ、なんだか少し申し訳ない気分にもなった。


「今度ビイングホームからレンガとセメントを運んで風呂を作ろう。浴槽あったら良かったけどなかったからな」


 言いながら既にめんどくさくなったが、あまり喜んで水浴び出来る気温でもないので、やはり風呂は必要だと思い最後まで言い切った。


「そうね! じゃあ出て行ってくれる? 今回は特別に入ることを許可したけれど、今後は立ち入り禁止よ?」

「…………」


 では、俺はどこでシャワーを?

 という疑問を感じつつ、言われるがままに女子トイレを後にした。


「くそ、風呂は男子トイレに作って独り占めしてやるか……」。そんな復讐を考えながら、なんとなくゲームコーナーを回った。


「結局ガチャガチャ最初に回しただけだな……。アリスがジャンケンゲームなんかやらなければ、もう一回ずつ回せてたんだが」


 ガチャガチャ以外のゲームも気になっていた。

 ガチャガチャからあんな魔法が出てくるのであれば、例えばUFOキャッチャーに入っている小さなぬいぐるみにも何かしらの意味があるように思えた。


「どっかにメダル落ちてねーかな。他を試そうにもメダルがないと……」


 初日にゲームコーナーを探し回ったが、もう一度だけ探してみることにした。まずは小さい事務所からだ。

 

「一番ありそうな場所はやっぱここだよな……。お! ああ、普通のメダルか……」


 激しい既視感を覚えた。昨日と全く同じ流れで事務所を探していただけだった。


「ないな。ってかこういうのは別の人が別の視点で探さないとあっても見付からんだろ」


 俺はメダルを諦めて、事務所のドアを開けて出た。

 そしてすぐに入り直した。


「待てよ……カギを探して筐体開ければいいんじゃないか?」


 こんな異世界の誰もいないゲームコーナーで律儀にメダルを投入する必要はない。カギさえあれば、俺はこのゲームコーナーの支配者だ!


 俺は野望を胸に秘めてカギを探し回った。きっとこの事務所のどこかにあるはずだ。


「ないな……ってかこの金庫が怪しいな」


 今度は金庫のカギを探した。

 筐体を開ける為のカギが入っていそうな金庫を開ける為のカギを探すという、ゲームのお使いクエストのような行為がとてつもなくめんどうだったが、支配者になる為に俺は頑張った。


「おお、あったぞ! そして金庫も……開いた!

そしてそして中にカギが……ない! バカにしてるのかこの野郎!」


 思わず金庫の扉を力任せに叩きつけると、側面に立て掛けてあったバールのような物が乾いた音とともに床に倒れ込んだ。


「こうなったら力ずくでこじ開けてやる……」と、バールのような物を握りしめながら俺は呟いた。

同時に、アリスの元気いっぱいな声がゲームコーナーに響いた。「メダル出てきたわよ!」


事務所から出ると、アリスは両替機の前にいた。「ほら見て!」とアリスは言った。

 目を輝かせながら小さな指先がつまむメダルは、確かにこのゲームコーナーの物のようだ。


「両替機から出てきたのか?」


 訊きながら、両替機をよく観察してみた。両替機は二台あった。

 大きい方は千円札を百円硬貨に。小さい方は五百円硬貨を百円硬貨に両替する為の物だった。


「どうして出てきたんだ? まさか氷の矢でぶっ刺したのか?」

「違うわよ! これを入れたのよ!」


 ポケットから何かを取り出し、アリスはそれを向けてきた。


「……鉱石の欠片か」


 俺もポケットから欠片を出して、あらためてよく観察してみた。『万物は循環する』、昔どこかで誰かが言っていた言葉が脳裏をよぎった。


「なるほどな……で、どうやってこれを入れたんだ?」

「もう! あなた、なんでこんな簡単な事がわからないの!? 頭硬すぎよ!」


 アリスは取り出した鉱石の欠片を、当たり前のように千円札の挿入口に入れた。


チャリーンッ……


 すると、それが当然の機能であるかのように、排出口にメダルが飛び出してきた。


「癖になりそうな良い音だな!」

「ヘ長調ね!」


 紙幣挿入口は本来の物より縦に広がっていた。明らかに千円札ではなく、鉱石を投げ入れる形になっている。


「おお……俺の手がすっぽり入る」

「私も同じことをしたからあまり強くは言えないけれど、まぬけな絵面ね……」

「五百円の両替機も同じなのか?」


 俺は持っている鉱石の欠片を、同じように投入口が広がっている小さい両替機に投入してみた。


「そっちに入れても何も出てこないわよ?」

「えっ!」


 アリスの言う通り、小さい両替機は一切の反応を示さなかった。条件反射で脳内に高い音が響き、パブロフの犬がワオーンと鳴いただけだった。


「先に言えよ、欠片が一つ無駄になったろ……」

「言う前に入れるからでしょ! 私も最初はこっちに入れてみたのよ!」

「よく最初に入れて何も起こらなかったのに、大きい方の両替機に入れる気になったな……」


 残っている欠片を大きい両替機に投げ入れ、俺は出てきた三枚のメダルを手のひらに乗せた。プチ支配者の気分になれた。


「これで豪遊できるぞ!」

「喜んでいて何よりだけれど、そろそろ私の腕を掴む理由を教えてもらえるかしら」


 アリスは俺の手の甲をつねりながら言った。


「お前、絶対いつの間にかいなくなってジャンケンゲームするだろ」

「私をいつまでもあんなゲームに夢中になる子供だと思わないでちょうだい!」

「フリにしか聞こえねえ……。いいか? 絶対やるなよ? 絶対だからな?」

「しつこいわね。それより、私の二枚とあなたの三枚どうする?」


 俺はゲームコーナーを見回した。アリスも追随して顔を大げさに振り回した。


「まずは、やっぱりガチャガチャで戦力補強だな。この先なにが起こるかわからないし」と俺は言った。そしてガチャガチャまで歩き、七台を順番に見ていった。


「剣とか槍や杖のマークはまあ武器だろうけど、拳ってなんだろうな」


 あごに手を添えながら呟き、それから視線を少し離れた場所にある黒一色のガチャガチャに向けた。


「あと、あの三台も気になるな……。真っ黒でマークすらないのは、何か意味ありげで不気味だ」

「悩んでいるなら私から回すわよ?」

「ああ回す回す。……やっぱまずは獣だな、既に扱ってるから安心感がある」


 俺はアリスに見守られながらガチャガチャにメダルを投入して、少し緊張しながらレバーに手を添えた。


ガチャッ……ガチャッ……


 前回と同じように回すと、やはり前回と同じような白い野球ボール程のカプセルが出てきた。


「なんかドキドキするな……開けるぞ」

「ちょっと! こういうのは、せーので開けて楽しさを共有するんじゃなかったの!?」

「あれは初回限定イベントだ。毎回やってられるか」


 カプセルをゆっくり開けると、中には緑色でいかにも森にいそうな人型のミニチュアが三体入っていた。

 

「おお三体もあるぞ。これは……木の精霊?」

「頭が大きくて可愛い! それぞれ形が違うわね!」

「か、可愛いのかこれ? 少し不気味な気がするぞ……」


 三体のミニチュアの可愛さを模索していると、鎌鼬のときと同じように宙に浮き、そして強い光を放ちだした。


――木霊こだまやで ――そうやで ――エグいで!


 三体の言葉が、それぞれ違う方向から俺の頭に語りかけられた。少し頭がくらくらとした。脳を揺らされたような感覚だった。


木霊こだまか……」と、こめかみを指で強く押しながら俺は言った。すでに光とともに三体は消えている。


「やっぱり消えちゃうのね。獣のガチャガチャ可愛いのばっかりでずるいわ!」


 胸の奥に新たな熱が宿り、また少しだけ体温が上がったような気がした。

そんな俺をよそに、アリスは獣ガチャガチャの前で仁王立ちし、メダルを天高く掲げる。「私も可愛いのが欲しいわ!」


ガチャッ……ガチャッ……


「赤いカプセルよ!」

「おお、レア感のある色だな」

「どんな可愛いのが入っているのかしら!」


 目を強く輝かせながら、アリスはその赤いカプセルを開けた。中には小さいタワシのような物が入っていた。


「か、可愛くないわね……」

「これは、タワシのように見えて……」


 真顔になっているアリスから受け取り、俺はそれでガチャガチャ台の錆びている部分を擦ってみた。


ゴシ……ゴシ……


「ただのタワシじゃねーか!」

「酷いわ! はずれってこと!?」


 バラエティ番組のはずれ景品のようなタワシを無の彼方へと放り投げ、俺は七台のガチャガチャを窺うように見回した。突然生まれた緊張感が、額に嫌な汗をにじませた。


「はずれがあるとか聞いてないぞ。ここは堅実にいきたいが、どれが堅実なんだ……?」

「堅実なのはいいけれど、どうしてまた私は腕を掴まれているのかしら」

「説明は省く。アリス、もう一回先に回せ」

「じゃあ……やっぱり魔法ね! 今度はどんな魔法かしら!」


ガチャッ……ガチャッ……


「また小さな石板ね。えっと、アイスキュ――」とアリスは呟いた。それからすぐに、やはり前回と同じようにに硬直した。

 油性ペンでもあれば切り揃えられた前髪の下に何か面白い文字でも書いてやりたかったが、ペンを探す時間をアリスと石板は与えてはくれなかった。


「……また文字が頭に浮かんで見えたわ。今度のは――」、アリスは自動販売機に右手を向けた。


「バカ! どんなことが起こるかわからないのに気軽に初詠唱するな! 自動販売機に恨みでもあるのか!」


 俺はアリスの右手を無理やり下げながら言った。


「もう! じゃあどこで撃つのよ!」

「あとで外でやろう! 気持ちはわかる、俺も早く木霊を使役したくてたまらん!」


 必死の説得にアリスは顔をしかめながらも納得し、俺は残りのメダルの使い道を考えた。

 拳マークやハテナマークも気になる。しかし、使いこなせるかどうかは別として、やはりここは武器にしておくべきだろう。堅実な俺は今までとは一味違うのだ。


「となると、剣、槍、杖のどれかか……。まあ、ここは剣だな」


 少し迷った挙句、俺は剣マークのガチャガチャにメダルを投入した。


ガチャッ……ガチャッ……


 出て来たのは、魔法マークや獣マークと同じ白いカプセルだった。この中に小さな剣が入っていて、それが実際の物に変化でもするのだろうか。

 恐るおそる開けてみる。俺の立てた予想が音を立てて崩れ落ちた。


「あれ、なんか思ってたのと違うな」

「それなに? 木の札?」

割符わりふみたいだな……」


 中には小さい割符が入っていた。何も書いていなかった。これをどこかで剣と交換でもするのだろうか。

 カプセルから出してよく観察していると、割符を薄い膜のような光が覆いはじめた。水銀灯のようにそれはだんだんと強くなり、10秒ほどで直視していられないぐらい強い光に変わった。

 それからすぐに、今度はだんだんと光を失っていった。割符は光の後を追うように運命をともにした。やはり10秒でその現象は終わり、最後には何も残らなかった。


「き、消えた……。おい、武器はどこだ! 俺のエクスカリバーはどこにある!」

「何かが頭に浮かんだとかもないの?」

「ああ、一切なかった。くそ、メダルを無駄にしたか……」


 俺は手の中のメダルを強く握りしめた。

 この最後のメダルの使い道は最初から決まっていた。


「ほらアリス、最後の一枚」


 俺はメダルをアリスに渡し、最後のオチを託す。


「ラストね。もう一回魔法ガチャガチャか、それとも園城寺流を活かして拳マークにしようかしら」

「拳マークも何も起きない気がするぞ。……ってかお前、本当に武術使えるのか?」

「ええ、黒帯よ。あなたぐらいなら簡単にぶち殺せるわよ」

「黒帯って……相当修行したのか?」

「私ぐらいになると、30分の座学で黒帯取得よ!」


 アリスは俺の太ももに水平チョップをぶち込んだ。そこそこ痛かった。


「……じゃあ拳マークは止めとけ。ってか、最後の一枚をお前に渡した時点でその使い道と流れを理解しろ」

「流れってなによ?」


 俺はアリスの手を引っ張ってジャンケンゲームの前まで連れて行き、憎たらしくグー、チョキ、パーとドットの中で繰り返している画面を指差した。


「これしかないだろ! お前の腕を掴むくだりを二回続けたのに、そのあとメダルを渡してからはフリーだったろ! 流れを理解しろ、オチ担当はお前だろ!」

「オチ担当じゃないわよ! でも、そうね……リベンジね!」


 アリスはそのまま素早くメダルを投入し、リベンジマッチを開始した。


「アリス、パーは止めておけ! 俺はガキの頃にジャンケンで姉貴にパーで負け続けて、お前は頭パーだから負けるんだよという酷い言われように傷ついた苦い経験がある!」

「それ、私がパーで負けてもあなたが黙っていれば済む話じゃないの?」


ジャン……ケン……


「もう適当に押すわよ! えい!」


……ポンッ!


 アリスが適当に押したボタンはチョキだった。

 そして、画面に表示されているのはパーだった。


フィーバー!


「勝った!」

「勝った!」


 俺たちはほぼ同時に言った。


「今、私の方が先に勝ったって言ったわよね!」

「いや俺の方がコンマ2秒速かった! 俺の勝ちだ!」


 どっちが先に言ったか対決の勝者を決めかねていると、電子音とともにルーレットが回り始めた。


「これどうなるの? このルーレットはなに?」

「この1.2.4.7.20と書いてあるどこかでルーレットが止まって、その枚数が出てくるんだ」

「20なら20枚も出てくるということ? なによそれ、私どうなっちゃうの!?」

「もし20枚なら豪遊だ!」


 そして、ルーレットが止まった。


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