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1 俺と少女は異域の花を摘んだ

 気が付いたら俺は、ショッピングモールごと異世界に転移していた。


 まあ転移する時に辺りが突然光ったとか、地鳴りがしただとか、色々あった気はするのだが、細かい事をゴチャゴチャと考えるのは止そう。

 大事なのは、これまでよりこれからなのだから。


 なので俺はすんなりと運命を受け入れ、持っていたメモ帳を取り出し、異世界生活の幕を自ら開ける様に最初のページに大きく記入した。



『俺は気が付いたらショッピングモールごと異世界転移していた』



 このページを境にこれから起こるであろう様々な事を乗り越えるべく、俺は立ったまま日が高いのに姿を覗かせる自己主張の激しい3つの月を見上げながら、一つ深呼吸をして気を引き締めた。


 こうして俺の異世界冒険は始まった。



 さて、とは言っても俺はこのショッピングモールに来るのは初めてだ。


 引っ越ししたてのこの街では何でも揃うショッピングモールと言えばここだけで、ただ単に暇潰しでブラブラとしていただけだ。

 なので、このショッピングモールの規模や入っている店についてはよく知らない。


 そこで、まずはこのショッピングモールについて色々と調べてみる事にしよう。


 地方都市にそびえるこのショッピングモールはそれ程大規模ではなく、三角形の角に位置する2階建ての3店舗を核店舗としていて、それぞれを結ぶ通路に数多くのテナントが入っている。

 核店舗とは、まあそのショッピングモールのメイン扱いのような店らしい。


 その核店舗は、北に位置するジャオンというスーパーマーケット。

 東に位置するのが、ビイングホームというホームセンター。

 そして西に位置するツゲヤという、書籍やレンタルDVD等を扱う店。


 これら全てが一つの大きな三角形の建物の様になっており、通路や噴水のある中庭の天井は厚いガラスに覆われている。

 その中庭では、週末にミニステージを使った色々なイベントが行われている様だ。


 ショッピングモールの入り口は、それぞれ三角形の角にあるメインゲートが三つと、業者用の搬入口が細かく何か所かある。


 ここまでと、『マジック・スクウェア』というショッピングモールの名前までがパンフレットに書いてある情報で、後の細かいテナントや業者用搬入口の位置はこれから調べるしかない。


 取り敢えず俺は、現在位置から一番近い北側のメインゲートを目指し、そこから探索をスタートする事にした。


「ほんと誰もいないな。あっスマホは……」


 スマホを取り出し電波を確認すると、当然圏外だった。

 充電は満タンだったが、これからの事を考え、電源を落としズボンのポケットにしまった。


 そして、転移する前にショッピングモール内のファストフード店で買っていたハンバーガーを袋から取り出し、歩きながら食べ始めた。


 歩いていて今頃気が付いたが、やはりどの店も電気は点いていなかった。

 今はまだ天井の厚いガラスから日が射し込んでいて気にならないが、夜になれば真っ暗になる事が予想される。


「さてと……。ここが北側のメインゲートか」


 もっとも、元の世界に存在していた頃の北側メインゲートなので、今も北側かは不明だった。だが便宜上そう呼ぶ事にした。


 北メインゲートから外は、見た事もない様な草原が広がっていた。

 大型駐車場があった辺りは大きい岩場になっていて、その脇には小さな池の様なものがあった。

 更に遠くには大きな森があり、いかにも何かが潜んでいそうに見える。


 地面のコンクリートと土の境目を見ると、なにか奇妙な感覚に襲われた。

 なにかで切り取った様なその境目は、このショッピングモールがスッポリと異世界に転移した事を証明している様だった。





 俺は探索をスタートする前に、北メインゲート付近のベンチに腰を下ろし、ファストフード店で買った飲み物を飲んでいた。


「一応ショッピングモールの見取り図を描いて、店舗を記入しながら歩くか」


 持っていたトートバッグからメモ帳を取り出し、三角形を大きく描いて現在位置である北メインゲートを記入する。


「そういえば……。もしかして魔法使えたり……」


 唐突にそんな事を考え、頭を振り否定した。

 いくら何でもそんな事が出来るわけがない。

 出来るわけないけど、もしかして……?


 なんとなく、周りの空気を何か所か手のひらで押してみる。

 ひょっとしたら、自分のステータスウィンドウが現れるかもしれないと思ったが、当然そんな物は出て来ない。


「だよなー。自分のステータスなんて表示されるわけがないよなー」

「ステータスってなによ? なんでパントマイムしているの?」


 えっ!?


「なに驚いているのよ、私のお爺様はどこにいったの?」


 驚き過ぎて、なにも言葉が出てこない。

 このショッピングモールごと異世界転移したのは、俺だけではなかった!?


「なんとか言いなさいよ。あなた誰? 見た事ないけれど、うちの執事?」


「冴えない顔ね」と付け加えた小学校高学年ほどに見えるその少女は、客観的に見てとても可愛かった。


 長いストレートの黒髪。前髪は揃えてカットしてある。白いシャツに黒い長めのスカートを穿いており、そのスカートにはヒラヒラが二段になって付いている。


 服のブランドに疎い俺でも、値段が張りそうに見える。


 スカートの下には黒いタイツの様な物を穿いていて、少し底の高い黒靴には赤いリボンが付いていた。

 その姿はさながら、これからピアノの発表会でも行うかの様だった。


「なに変な目で見ているのよ変態! ジェームズがここにいたら、あなた撃たれるわよ!」

「あ、ああすまん。いや、俺だけしかいないと思ってたからビックリしちゃってさ……」


 隠す物があまりなさそうな胸元を、手で覆い隠しながら少女は少し顔を赤らめた。その少女に訊いてみる。


「パントマイムってなんだ? 俺そんな事したか?」


 すると少女は立ちながら、自分の周りの空気を手のひらで何か所も押した。


「ほら、こうやっていたでしょ?」

「あははっ! 本当だパントマイムみたいだ!」


 少女が自分のステータスウィンドウを探す行為は、まさしくパントマイムの様だった。それが凄く可愛く見えて、思わず俺は笑ってしまった。


「なに笑っているのよ! 私は悪役令嬢よ! 私に対してそんな態度を取ってただで済むと思っているの!?」


 腕を組みながら言うその姿は、なるほど悪役令嬢の様だった。

 だが、なんだか少し背伸びをしている様にも見えて、更に可愛さを引き立てていた。


「お前……どこかのお嬢様か? さっき執事がどうとか言ってたけど」

「ちょっとあなた! 私の事をお前って呼ばないでくれる!?」

「だって俺、お前の名前知らないもんよ」


 俺がそう言うと、少女は暫く無言になった。天井の厚いガラスから見える3つの月は、それぞれが思いおもいの色で輝いていた。


「……ちょっとあなた。まさか私から名乗らせるつもり? ラデエに対して失礼じゃない!?」

「ラ、ラデエ?」

「レ、レディよ。ああごめんなさい、ここは英語圏ではなかったわね」


 天然で間違えたのかはわからないが、少女は少し慌てている。


「俺は三井ユウキ。21歳でニー……」

「ニー? あなた膝なの?」

「ニ、ニューヨークで普段働いているエリートサラリーマンだ。マイルがエグい事になっている」

「へ、へー……。そうなの、あ、あなたも英語圏仲間なの」

「Yes I do!」

「お、OK!OK!I am pretty!」


 ニートと言いかけて咄嗟に変な設定を盛ってしまったが、まあここでは問題無いだろう。と言うか、正確に言えば休職中なのだが。


「ヘ、HEY!Mr.Yuuuuki!」

「いや、英語のくだりはもういい。普通に話そう」

「ぐぐ……あ、あなた本当に失礼ね……まあいいわ、名乗ってあげましょう」


 少女はクルリと一回りしてからスカートの左右の裾を手で持ち、丁寧にお辞儀をしてから名乗る。


「私は園城寺(おんじょうじ)アリス。お爺様は大企業の会長よ。つまり私は生まれながらにして特権階級のお嬢様。いい事? これからはアリスお嬢様と呼びなさい?」


 丁寧にお辞儀をした後に、いつの間にか両手を腰に当てている。


 大企業の会長の孫娘ね、世間知らずそうだな……。


「わかったアリスお嬢様。で、歳はいくつだ?」

「小学5年生の11歳よ! 給食のプリンは2つ頂くわ! 特権階級ですもの!」


 俺はクスっと小さく笑いながら立ち上がり、アリスの頭に手を乗せながら言う。


「じゃあプリン食べに行くか? 丁度そこにジャオンがあるから、探索ついでに」

「ホント!? 行く行く! ぷっちんってなるやつよね!?」

「ああ。多分ぷっちんってなるやつだ」


 世間知らずが故なのか、11歳にしては少し幼くも思える。


 それはそうと、今のこの状況わかってるのかな。……まあ、探索しながら話すか。


「あっ! あのお花きれい!」


 すぐ隣のジャオンに向かおうとすると、アリスがなにかを見つけて走り出した。北メインゲートから10メートルほど外に咲く、黄色いパンジーの様な花だった。


「おい! ちょっと待て!」


 俺はメインゲートの外に出ようとするアリスの腕を掴み、制止させた。


「なにするのよ! 離しなさいよ!」

「ダメだ! ここの外はなにがあるかわからないから出るな!」


 ショッピングモールから一歩外に出れば、そこは異世界の未知の草原だ。

 なにかに襲われるかもしれないし、花だって本当にただのきれいな花かわかったものじゃない。

 どんな危険があるかわからない以上、安易な行動は取るべきではない。


 アリスは暫く俺の手を振り解こうとしていたが、やがて諦めたのか静止した。


 そして悲しそうな表情で言った。


「だってあのきれいなお花を、お父様とお母さまのお墓に供えたいんだもん……」


 不意に聞いたその言葉は、アリスの生い立ちや性格が手に取る様にわかるものだった。

 いや、手に取る様にわかると言ったら言い過ぎかもしれない。しかし、それでもアリスの優しさの様な物と悲しみの様な物が、同時に俺の心を強く叩いた。


「そっか……。きれいな花だもんな、きっと御両親も喜ぶよ」

「じゃあ取りに行ってもいい!?」

「いや、駄目だ……。俺が先に行ってからだ」


 俺はアリスの腕を離し、意を決してメインゲートの外に一歩を踏み出す。

 その足は自分の記憶よりもはるかに重い。それでも、俺は無事に歩を進める事に成功した。

 もしものちに、この出来事を語る機会があるならば、俺は迷わずに『異世界人にとっては小さな一歩だが、地球人にとっては偉大な一歩だ』と話すだろう。そう心に決めた。


 そんな事を考えながら歩き、黄色い花まで辿り着く。俺は心臓の鼓動を早めながら、その花に手を伸ばす。


 ……なんともない、ただの花の様だ。


「おいアリス! 大丈夫そうだ、こっち来ていいぞ!」


 アリスに向かって手を振りながら言うと、アリスはその短い歩幅を大きく開いて、俺と花の元に駆け寄ってきた。


「わあ! ホントにきれい!」


 俺達は二人並んで、その黄色いパンジーの様な花を摘んだ。


 花を髪飾りにして、アリスは太陽のような笑顔で喜んでいた。その姿は、自ら設定していた悪役令嬢とはおおよそかけ離れている様に見えた。


 そんなアリスを眺めながら、俺はメモ帳の最初のページを破り捨て、新たに記入する。



『俺と少女は気が付いたらショッピングモールごと異世界転移していた』



 ページいっぱいに紡いだ一小節は、俺だけではなく、アリスと二人の物語の幕開けを意味していた。

 これからなにが起こるかわからないが、二人で乗り越えようという俺の一方的な意思表明でもあった。


 花を摘み終え、異世界での最初の小さな冒険を済ませた俺達は、北メインゲートへの短い距離を歩いた。


 途中、黄色い花に振り返ったアリスの口元は、咲いていてくれた事に対する感謝を言っていた様に見えた。



 こうして俺とアリスの異世界冒険は始まった。

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