エリアス編 屋敷では
魔王が出て行った後、俺は本を読むのを再開した。今は九時。十時くらいには読み終わるだろうと思いながら、ページをめくる。
魔王が飛んで行って十分後。ユアンは落ち着かない様子でそわそわしていた。視界にちらちら入って鬱陶しい事この上ない。
「落ち着け」
俺が言うと、ユアンはかなり驚いたようだった。一秒動かなくなった後、いつもの笑みを浮かべる。
ったくこいつは、気味が悪い。
しかもいつの間に立ってたんだ。
「ミルヴィア様がいらっしゃらないと、どことなく違和感がありまして」
「はあ?あいつが居ないと違和感?なんだそれ」
俺が顔をしかめると、ユアンは嘲るようにふっと笑う。イラッときた。思わず氷塊でも飛ばしそうになったけれど、寸でのところで思いとどまる。
「あなたには分からない事ですよ」
「はっ、お前もあいつから男扱いされてないくせに。可哀想で涙が出るな」
「同情して頂き光栄です」
からかいが通じやしない。俺は諦めて文章を読み始める。
……この登場人物、序盤とかなり性格違うな……。
十時。
「ミルヴィア様、遅いですね……」
「ゆっくりしているんだろう」
俺は本を閉じ、違う本を手に取る。これを読むのは何度目だったか……。
十一時。
「ミルヴィア様、どうかされたんでしょうか」
「うるさい。どうせ昼食までには帰って来るだろう」
まあ、あいつがユアンと居ないのは珍しい。だからすぐに帰って来るだろうと踏んでたんだが、違ったみたいだな。
どうやらかなり単独行動がしたかったらしい。
十二時。
ノックの音があり、エレナとかいう侍女が入って来た。ワゴンを持っている。その中には三つの昼食があった。
「あれ?ミルヴィア様は……」
「出掛けている。俺はもらう」
「私は要りません」
侍女は素早く俺の前に昼食を置くと、素早く退散した。カーティスにこの事が伝わると少しばかり厄介だが、俺の知ったこっちゃない。
俺はスプーンを手に取り、豆の料理を一口食べる。
ん、美味い。
午後一時
「ミルヴィア様、さすがに遅くないでしょうか」
「大丈夫だろう」
昼食は既にさげてもらい、魔法図鑑を読んでいた。魔法原理の書かれた本だが、恐らく魔王は読んでいない。
ページをめくる。この本は、もう暗唱できるくらいに読んだんだが。
午後二時
「何をしているんでしょう……」
「……さあな」
さすがに遅い。どれだけユアンと居るのが嫌だったんだ?煙に巻けば良かっただろうに。
次の本は何にしようか。そうだな、『戦歴戦記』でも読もう。
午後三時
「エリアス様」
「何も言うな」
おかしい。
あいつがこんな遅くまで出歩くか?ビサとでもあってるんだったら別だが、あいつは今日は五時まで軍の訓練だったはずだ。
だとすれば狐族か。いや、あいつは神出鬼没だったはず。会いに行ったとは考えにくい。可能性はゼロではないが。
俺は、『戦歴戦記』のページをめくった。
午後四時
「エリアス様、これは」
「……」
おかしい。
何なんだ?どうしてあいつ、帰ってこないんだ?魔王がユアンを置いてお出掛け?それはいい。魔王が、ユアンを置いて『八時間も』お出掛け?
有り得ない。有り得ないだろう。
「エリアス様、私は」
「待て……今は帰路の途中かもしれないだろ」
どうだろうか。有り得るか?
『戦歴戦記』のページをめくる。魔法図鑑の半分ほどの厚さしかない『戦歴戦記』は、まだ半分も読めてなかった。
午後五時
「エリアス様、私は行きますよ」
「待て!」
こいつの単独行動ほど信用出来ない物はない。俺はユアンを引き留めると、『戦歴戦記』を本棚に戻す。どうするかを考えて、深呼吸をした。
なんだ?どうする?あいつが、どうなってるんだ?
「エリアス様、もしあなたがずっと考えているようでしたら、私はあなたを無理やりにでも振り解きます」
「……じゃあ、カーティスに伝えに行こう。少し怒られるかもしれないが」
「そんなのどうだっていいですよ」
ユアンの殺気は錚々たるもので、俺でも直視できなかった。しょうがないだろう。魔王が絡むと周りを気にしない。
俺はタフィツトに向かう途中、会う侍女に話しかけられても無視した。答えようとする度に、ユアンが凄むのだ。顔を見なくても、分かる。恐らく、今のこいつには笑ってる余裕すらない。
金色のプレートのかかった部屋の前で、思わず立ち竦む。これからどうなるか。
迷っていても仕方がないな。
ノックすると、すぐにはい、と返事が返ってきた。中に入ると、カーティスは僅かに目を細めた。魔王が居ない事に気が付いたらしい。
それで厄介事と気付いたか。
とりあえず、当たり障りのない事から聞くか。
「ここにミルヴィアは居ないか?」
「居ないけど」
かなり邪険だな……。これをあいつが知ったら驚くんだろうなあ。
こいつ、俺とユアンの事はかなり嫌ってるから。
「ミルヴィアに何かあったの?だとするとユアン、それは許し難い契約違反行為だけど」
「……すみませんがカーティス様、早々に用件を済ませてくれませんか」
ユアンが底冷えするような声で言った。
「おや、奇遇だね。僕もあの子の事となると、手加減出来ないんだ。さあユアン、『早々に用件を済ませ』ようか?」
カーティスが怒りをひそめた声で言った。
「……」
「……」
二人の間に火花が散る。
っあー、だからこいつらは嫌なんだ。魔王は俺をストッパーだとでも思ってるのか?
「おい、そんな場合じゃないだろう。あいつがどこ行ったのかを今は考えるのが最優先で――」
「それ、本当だろうな!」
俺が閉め忘れたドアから声がする。
そこには、緑の髪を振り乱して叫ぶ、白色の鈴を手に持った少年が立っていた。
厄介事+1。
「俺の妹が行方不明だ。お前ら、何も知らねえのか?」
「とりあえず、お前誰だ」
「俺は魔王から少年って呼ばれてる猫族の長の孫だ」
「!」
「あなた……」
ユアンは知り合いのようで、猫族を見て呆然としていた。猫族はこっちを睨んでいた。訳が分からない。なんだ。なんなんだ?
あいつは居ないしユアンとカーティスはピリピリしているし。
「俺の妹は狐族の銀狐!さあ、お前ら心当たりねえのか!」
「無いね」
「チッ!ここでもない――どこ行ったんだよ!」
「落ち着け」
「これが落ち着いてられるか!」
ここで、魔王なら静穏の真読魔法で落ち着かせるんだろうけど、生憎俺にはそんな力はないわけで。最後の手段として、怒気を顕わにしてこの場に居る全員を静かにさせる。
予想通り、全員がシンとする。
「『落ち着け』と、言っている」
「……エリアス、でもね、これはまずい事態だよ。ミルヴィアが居なくなった、だって?なんだい、それ。エリアス、ユアン、あの子をどこへやったの?」
「一から説明する。とりあえず、座れ」
俺は速攻で土魔法で出来た椅子を造り、座らせる。ユアンだけは立っていたが、そこはまあどうでもいい。
俺は魔王が単独行動を希望し、飛んで行ったと説明する。
カーティスは思いのほか落ち着いていたが、恐らくあいつが怪我したとなれば、暴れる。暴れに暴れ、怒りまくる。
「それで、エリアス、これからどうするつもり?」
「とりあえず、ビサとアイルズに連絡を取るつもりだ。それから、正式な捜索として私・ユアン・カーティス・ビサで捜す」
「私は正式には動きません」
まずい。
網に気が付いたか。だけど、こいつを野放しに動かすわけにはいかない。下手すると、もし魔王が誘拐されていた場合誘拐犯を殺す。
いや、下手せずとも、誘拐犯はこいつとカーティス、ビサに殺されるだろう。
もし誘拐だとすれば、誘拐犯、なんて厄介な奴を捕まえたんだ。
「俺は妹を捜す。一つだけ言っておくぜ、あいつはSOSを出してた。それだけは確かだ。鈴が鳴らされてたからな」
「それが分かってるなら、なんでここへ来なかったんですか!」
「知らねえよ!俺だって妹捜すので必死だったんだ!」
ユアンが怒鳴るが、猫族も負けじと怒鳴り返す。身内を優先させるのは分かる。実際、ユアンだって猫族の立場だったら魔王を優先させるはずだ。
それでもユアンは許せないようで、怒りに震えていた。
「……もういいです。私が捜します」
「ユアン!」
だめだ。行かせるわけにいかない。俺は慌ててユアンの手首をつかんだ。
そこで初めて、ユアンの顔を見る。ユアンは目線だけで人を殺せそうな、鋭いと言うより無関心を顕わにした目でこちらを見ていた。
だめだ、これは。
魔王、どんな方法で誑かしたんだ!
「エリアス様、今の私には余裕がありません。加減が利きませんので、恐らくあなたを殺してしまいます」
「殺せ、上等だ。今は動くな。せめてビサに連絡を取ってから――」
「嫌です。ビサ様の元へ行っているなら、ビサ様が連絡を寄越すはずでしょう」
こいつ……本当に行くつもりなのか?今のこいつは、道にある建物全部を斬って進みそうだぞ。
俺は何とか思考を働かす。
「いいから……落ち着け。あいつなら大丈夫だ」
「何の保証があって、そんな……!」
「魔王だからだ」
「っ!」
その言葉で、ユアンの感情が昂った。剣を抜いて、俺の首筋に当てる。そのまま首を刎ねなかっただけ、制御の利いた方なのだろう。
「五歳の子供が!行方不明なんですよ!?魔王だろうと何だろうと、心配になるのが当たり前でしょう!」
「……五歳だろうと、魔王だ」
「エリアス」
確かにユアンの言う事はもっともだが、どうせ魔王なのだからと声を発すると、カーティスがユアンの剣を持つ。刃に当たって血が出ているが、それを微塵も気にしない。
こいつら、本当、魔王に心酔しすぎだ。
「僕達はミルヴィアが心配なんだ。魔王が心配なんじゃない。魔王の地位なんてどうだっていい、僕は妹が行方不明なんだよ」
「それが?」
「ねえエリアス、生死を心配してるんじゃない。分かる?あの子が悲しんでないか、あの子が不安じゃないかを心配してるんだ」
「だから?」
「エリアス様、冷たすぎやしませんか?」
「俺はお前を動かしたくない、それだけだ」
俺達の間に火花が散る。
そこで口を挟んだのは、この件に関してはまったくの部外者だった。
「知らねーよ、魔王がどうかなんて。お前らはお前らで動け、俺は妹を捜す」
おそらく、だが。
こいつら全員、協力する気はないようだった。
閲覧ありがとうございます。
エリアスは魔王の実力を知ってるので、大して心配してないんです。
次回、引き続き屋敷での事をやります。ユアン目線です。




