護衛編 あのとき
彼女が目覚めてから初めて会った時。
彼女はカーティス様を追い詰めていた。それを見て即時カーティス様の保護のために動いたけれど、思えば私を見る彼女は、驚いて攻撃の手を緩めたようだった。
やはりあの時から、手加減されていたのだろう。
彼女が私を助けた時。
私の騎士として動いた行動を制せず、私の自尊心を守りつつ行動してくれた。
本当によく出来た人だ。
私とカーティス様で戦闘をしたとき。
彼女について行けなかったのは残念だったけれど、彼女が言うならば仕方ない。
私は潔く引いた。
その後彼女を『師匠』と呼ぶ人が現れ、彼女もそれを受け入れた。
ビサ様との訓練の時。
私は彼女とビサ様が剣を合わせているのを見て、ビサ様に嫉妬したのを覚えている。
私に対してはあんな風に生き生きと剣を振るわない彼女が、自分と同格の相手と戦って楽しそうだった。
ビサ様を倒していいと言われた時、心なしか彼女の護衛として心を許されているように感じた。
ダンスの勉強の時。
エリアス様と踊る姿を、私も彼女と踊ってみたいと思いながら見ていた。
いつか踊れる日が来ればと、秘かに願う。
アイルズ様と会った時。
私は腸が煮えくり返りそうだった。
おそらくその場にカーティス様が、エリアス様が居なければ即行で刺していたと思う。もしかすると切り刻むに至るかもしれなかった。
それくらいに、彼の存在は大きすぎたのだ。
だから彼女が私の方を向くように、仕掛けた。アイルズ様の前だと、誰も止めないと思ったから。思い通りになったけれど、それで彼女が私に対して警戒心を持つかと言ったら、そうではなかった。
信頼されているのは嬉しいけれど、そこまでにゆったりと構えられてしまっては私も手を出せない。
彼女も、いずれアイルズ様に惹き込まれるのだろうと高をくくっていた。
違った。
あの方は理屈じゃない感情論とうまい具合に誘導した言葉で仲間になるよう促した。そこで魔王の権限を使わない辺りが、彼女の良い所だと思う。
舞踏会でのダンスの時。
彼女は私を選んだ。約束があるからとは言われたけれど、それでも嬉しく、彼女が私を信頼しているあかしなのだとも思えた。
それはそれで、物凄く嬉しい事だった。
夢魔退治の時。
私は鬼化した彼女を見て、それを止めるのを躊躇った。
彼女の渇きが言えるのならと、一瞬でも過ぎった考えを否定してから止めに入った。
すぐに、後悔する事になる。
「死んじゃえば?」
心臓を突き刺されたような感覚だった。
彼女は私を警戒し、彼女は私に対して殺意を覚えていた。
それが酷く、悲しい事だった。
口移しで血を与えた時。
もしかすると、これで多少は警戒してもらえるのかもしれないと思っていた。
危機感を覚えてくれるかもしれないと。
的外れな考えだったが。
彼女は私が謝ると、痴れ者と罵りながらも警戒心を解いていた。
それもまた、複雑だった。
昨日。
夢魔からの『お仕置き』とやらで疲弊し、起き上がって水を飲んでいた時、ドアの外に誰かの気配を感じた。入って来るのを待っていても中々来ないので、痺れを切らして声を掛ける。
「こんばんは、ユアン」
彼女は入って来るなり、にっこり笑って挨拶する。
そこまで警戒されていなかったのかと、微かに苛立った。
理由を聞いてみれば、ちょっと、と返って来るだけ。
彼女の事だ、気になったことがあったか、もしくは何か本当に『ちょっと』の用事で来たのだろう。
それがさらに、私の心を苛立たせる。私は扉を閉めた。彼女は目を細めたけれど、すぐに微笑みを浮かべる。
「そんな理由で夜中に男の部屋に入ってくるのは、些か不用心では?」
意地悪でそんな事を言ってみる。これで帰ってくれるのならば、と。
私は襲わない。彼女の信頼を無碍にしたくはない。
ただ、もしそんな理由で満月の夜カーティス様のところへ行ったり、アイルズ様のところへ行ってしまったら。
間違いなく確実に、彼女は食われる。
私はそう思っていたにも関わらず、彼女は髪の毛を弄りながら答えた。
「平気だよ、自衛くらい出来るし」
肩を、押した。彼女がベッドに倒れる。呆然とこちらを見ていた。
そんな、理由で。
彼女は誤解している。
私が我慢しなければ。
カーティス様がカディス様へと成れば。
アイルズ様がその気になれば。
彼女なんて、すぐに食われてしまうのに。それで傷付くのは彼女で、悲しく涙を流すのは彼女なのに。
そうはなって欲しくない。
涙など、流さなくてもいい。
そのためならば、今、この瞬間に私に対する信頼を失い、危機感を覚えてもらった方が良い。
まあ、そんなのは後付けの理由。
今は、私が彼女に対して憤っていたからに他ならない。
「自衛、出来るのでは?」
怒りを灯した冷たい目でそう答えてみれば、彼女はカアッと赤くなった。
「出来るよ!」
もがこうとした彼女に触れて、魔力を分散させる。
彼女の体は動かなくなり、軽い束縛状態に陥った。彼女は震えながら手足を動かそうとするも、私が妨害しているせいで動かない。
「ユアン、何してんの!」
「私の部屋に来る危険性を理解しておられないようなので、教育を」
答えると、ミルヴィア様が声にならない声を上げた。
失望されただろうか?
いや、それでもいい。
私に対して危機感を覚えてもらえるならば。
体が動かない、魔法を使えない。そうなると、彼女が次にとる手段は手に取るように分かった。
「ユアン、やめて。それ以上やると、叫ぶよ」
カーティス様をちらつかせる。
どうだっていい。カーティス様が来て私が彼女と引き離されようと、今の状態では辛いだけだ。
「構いません。叫んではどうです?」
彼女は信じられないような目で私を見た。
それでも私の感情は、表情は動かない。
彼女は賢いから、私のしようとしている事に気付いたらしかった。今度は申し訳なさそうにこちらを見る。
そんな顔をしないでください。
私はただ、私欲のために動いているのですから。
「ユアン」
「何ですか?」
彼女は眉を寄せる。怖がらせただろうか。
彼女は深く息を吸ってから、声を発した。
「私はユアンを信頼してるから、来たんだよ?」
知っていますとも。そうでしょうね、私を信頼しているのでしょう?
私は彼女の肩に置いた手に力を込めた。
信頼されるよりも、警戒してほしいのです。信頼されるよりも、危機感を持ってもらいたいのです。
「あなたは、私が危険だと理解していないのでしょう。今にも襲い掛かると、分かっていないのでしょう。夢魔のように分かりやすい征服欲だけが、すべてだと思いましたか?」
言葉が口からぽろぽろと出て行く。彼女が唇を噛んだ。そして、私の目を真っ直ぐに見てくる。
次の瞬間、私の心が落ち着いて行った。何故か、怒りが冷めていく。
真読魔法……!
魔王の特権だ。人の心を操る。何とか侵入を拒んでも、大丈夫だから、と言うようにするすると入り込んでくる。
拒むのに集中させないように、彼女が声を掛けてくる。
「ユアンが本気で襲って来ない事、知ってるし」
「っ!」
読まれている。それが今は、私の覚悟を台無しにする。
だから。
違うのです。
私はあなたに、そう思ってほしいわけでは無いのですよ。
「油断したのは認めるし謝るけど、用件、聞いてもらえる?」
「……はい」
もう、諦めよう。
今は、この関係でいい。
私はそっと彼女の側から離れる。彼女は伸びをして、ベッドから離れた。
「お腹空いちゃって」
「は?」
思わず声が出る。そりゃあ重要な要件だとは思っていなかったけれど、まさかそんな事で私の部屋に来たのか?
私の方を見て、彼女が真剣に頷く。
真剣に頷かれても。
「だからユアンにもらおうかなと思ってね?」
「レーヴィ様と厨房に行かれてはどうです?」
「いや、そっちじゃなくて。血が欲しくなっちゃってね?」
彼女が唇を舐める。それが妖艶で、思わず見惚れそうになった。
一歩遅れて、彼女の言っている事が理解できた。
血?
ああ、なるほど。大方、レーヴィ様にお預けを食らったのでしょう。
私の見立ては間違っていましたね。
吸血鬼にとっての『吸血』なんて、これ以上ないくらいに大切な事なのに。
ならば私も煽ろうと自分の首筋をなぞる。彼女がぐっと詰まったようにこちらを見る。喉が小さく上下した。
「欲しいのですか?」
「いいの?」
笑みを浮かべて言えば、彼女は期待したように目をキラキラさせた。それに答えるように、騎士服のボタンを一つ開ける。
彼女がさっと目を逸らした。それを見てクスリと笑う。頬に微かに赤みが差していた。
「いいですよ――では」
まあ、ここから先は少しくらいいいでしょう。
ベッドに座り、両手を広げる。彼女が分からないと言うように首を傾げたので、軽く息を吐いた。ぽんぽんと膝を叩くと、彼女の顔がカアッと赤くなり、一歩引いた。
「そこに乗れと!?」
「ええ」
信じられないと言うような顔をする彼女に、微笑みかける。
まあ、さっきと言っている事が矛盾していますしね。
「は、背後から噛み付いちゃだめ?」
「やりにくいでしょう。髪が邪魔ですし」
「……」
彼女にもっともらしい事を言って、座ってもらう。
しばらく見つめ合った後、彼女が顔を逸らすようにして私の首に顔を埋めた。
「じゃ、頂きます」
とたん、体中に電気が走ったようになる。
……これは……。
彼女の牙が抜ける。荒くなりそうな息を整え、心配そうにこちらを見る彼女と目を合わせる。
「痛い?」
「い、いえ、大丈夫です。続けて下さい」
慌ててそう言うと、彼女は気遣わしげにこちらを見た後、また牙を突き刺す。
~っ!
震えそうになる体を制し、彼女の吸血が終わるのを待つ。
どのくらい経ったのか、終わったらしく彼女の牙が抜かれた。
終わったと思った時に傷口を舐められ、驚く。アフターケアまでやるとは、さすがと言いますか。
今度、あの感覚の理由を調べてみないといけませんね……。
ん?
「下りれないのですか?」
「背が低くて悪かったね!」
彼女が下りられずきょろきょろしてたので、抱きかかえて下ろす。不満気にこちらを見ていた彼女は、すぐにぱっと離れて、少し会話をすると出て行った。
私は彼女が出て行った後、しばらく立っていると力が抜けたようにベッドに横になる。
レーヴィ様のお仕置きの後に彼女の所業。
まったく今日は、眠れるのでしょうか。
閲覧ありがとうございます。
ユアン目線での『あの時』でした。ユアンにとって強く心象に残っている事ですね。
誓いの場面はユアン目線だったので、省きました。
次回、ミルヴィアが珍しくユアンと離れて行動します。




