77 『吸血』
翌朝、私は思いのほか早く目が覚めた。
『吸血』の後で上手く眠れなかったせいかもしれないけど、あれだけ働いたんだからもっと寝ようと思ってたのに。
しゃーない、三百四号室で暇潰しと行くかな。
レーヴィはまだ寝てるし、体感的にも時間は早めだからユアンも来ないだろうし、久々の一人で読書を楽しもうかな。
行く途中何人かのメイドさんにすれ違ったけど、特にこれと言った出来事もなく三百四号室に着いた。ドアノブに手をかけて、扉を開ける。
何読もうかな。森の魔獣に関しての詳しい本とか読んでみたいかも。ああ、その前に吸血鬼に関しての書籍、あるのかな。あるかどうかも分からない本とかも多いしなあ。
「……」
「あ」
扉を開けると、そこに座って本を開いてたのは眼鏡をかけた男性。それを見て思わず硬直する。それは相手も同じだったようで、ページをめくる途中だった手をぴたりと止めた。
……何故にエリアスがここに。
「早起きだな」
「そっちこそ」
「俺はぶっ通しで起きてた」
「へえ、すごいね。徹夜は無理だな」
話しながら、本棚から適当に一冊抜いてエリアスの正面に座る。にこにこと笑っていると、エリアスがため息を吐いた。それから、私の手元を見ながら呟く。
「読まないのか?」
「エリアスこそ、読まないの?」
私はこんな本より、エリアスとお話ししたいなー。
意思が伝わるようににっこり笑うと、エリアスはまた深いため息を吐いてから本を閉じて机の上に置いた。よしよし、良好。
私も、ついさっき手に取った本を机に置く。
「何の用だ?」
「そう言えばね、私鬼化したんだ」
「はあ!?」
さっきまでの気だるげな雰囲気はどこへやら、エリアスは勢いよく立ちあがるとすごい形相で睨み付けてきた。私は落ち着いて落ち着いて、と言うとエリアスを座らせる。
エリアス、胃の穴が増えないといいなー。
「何か血を見ちゃったらしくて。なーんかその間の記憶は無いんだけど、ユアンに血を飲ませてもらって目ぇ醒めたんだよね」
「待て待て待て待て。どうやって飲ませた。正気を失っているんだから無理だっただろう」
あー、それ聞いちゃう?それ地雷だよ?いいの?
じろりとエリアスを見ると、訝しげに眼を細められた。ああもう、どうにでもなれっ!
「口移しで」
「ぶはっ!」
「笑うな!」
まさか笑われるとは思わなかったよ!
エリアスは口元を手の甲で隠しながら、面白そうに笑う。
「くくっ、まさか、お前がそれを甘んじて受け入れるとはな」
「違うもん!戦闘中でいきなりだったから抵抗できなかったんだもん!」
「ほんとかあ?」
「ほんとだし!」
真っ赤になる顔を隠したいけど、そんな余裕あるはずもない。
羞恥心で体が燃えるんじゃないかとすら思うほど熱かった。
何ならいっその事、このままユアンにやるようにエリアスを攻撃してしまいたいっ!いっその事この部屋から出て行きたいっ!
「ほんとにやめて!?」
「ああ、悪い悪い。で、鬼化して、鎮火して、どうした?」
エリアスがまだ余韻でぷるぷる震えながら聞いてきた。
地雷踏んどいてそれ?ねえ、何なの、今にも攻撃しそうなんだけど?
「その後レーヴィの血ぃ吸った。でさ、『吸血』の時って痛いの?」
「……いや、痛くはないはずだが」
「ふうん。なんか、レーヴィもユアンも変な声出すから。痛いのかなあと思ったんだけど」
「ああ、それはな」
エリアスがなるほどと言う様子で頷いた後、説明してくれる。
ふむ、やはりエリアスは博識ですな。
「一説によれば、吸血鬼は『吸血』の際痛みを誤魔化すために対象に一時的な快楽を与えるんだと」
「へー」
「は?というか、いつユアンの血吸ったんだ?」
「昨日の夜」
「はあ!?」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。ほらほら、興奮は体に毒よ」
「お前は俺の何なんだ!いや、これは落ち着けないぞ!お前、夜中にあいつの部屋に行ったのか!?」
「行ったけど、何もされなかったよ?」
首を傾げつつそう言うと、エリアスは力が抜けたように椅子にもたれかかった。
大げさだなあ。
「ユアンは安全でしょ」
「あいつ、不憫だな……」
「なんで?良いじゃん、信頼されてるって事だよ?」
「安心されすぎて何も出来てないって言ってるんだ」
「?」
「で、何もされなかったのか?本当に?何も?口移しの続きも、口説かれもしなかったのか?本当に?」
「まあ、ベッドに押し倒されはしたけど――」
「はあああああ!?」
「落ち着いて!」
エリアスがいよいよ立ち上がって信じられないと言うような顔をしたので、静穏の真読魔法で落ち着かせていく。それでもちょっと時間がかかった。
うん、今のは私の言い方が悪かったな。もっとソフトに言うべきだった。
「ユアンにベッドに押さえ付けられただけだよ」
「一緒だ――!」
エリアスはとうとう頭を抱えた。うわ、可哀想。見てられない。
いや、でも他にどんな言い方があったんだろう。あれ以外の言い方が思いつかない。語彙がないからかな?
「どうする……カーティスにどう言えば」
「言わなきゃいいんじゃない?」
「ああそうだな、そうしよう……俺が悩む事じゃあ無いものな……」
その後の事を詳しく話すとユアンの膝に乗っかって首筋に噛み付いたんだけど、まあこれ以上頭痛の原因作らなくてもいいでしょ。
それにしても吸血鬼の固有魔法、結構楽だねー。疲れも全部とれるみたいだし、調子もいい。まあ、魔力停滞は睡眠でしか予防・治療出来ないから、寝る必要はあるんだけどね。
「それより、私血の味憶えちゃったじゃん?」
「?ああ、そうだな」
「それってさ、これからも血を欲するって事でしょ?」
「……ああ、ここから先の話の展開が見えた」
私は立ち上がると、夢魔にもらった『魅惑』を全開にして、さらに真読魔法で睡魔を引き寄せる。
現と夢の境目を有耶無耶にするためだね。
え?非道?
何言ってるの、これはあれだよ。夕飯お預け喰らった子供が、お母さんにお腹空いたーって情に訴えるのと一緒さ!(違う!)
予定通り、エリアスは椅子の肘掛に手をついていた。それでも唇を噛みつつ耐えるところは、さすがと褒めておこう!
私はぺろりと唇を舐めた。
「血、ちょうだい!」
「断わる!」
「なにさケチ――!」
私はエリアスの後ろに回ろうと立ち回る。それも上手く防がれて、どうにもならない。
「うがー!血をくれー!」
「何なんだ!――ッ、カーティスは!」
私が跳びかかって行くと、エリアスが防いで更に私が向きを変えようとするのをまた防ぐ。
ぐっ、こいつ、力技じゃなくて巧い!
「――――あなた達、何やってるんです?」
扉から聞こえてきた冷静なユアンの声で、私はとうとう正気に戻った。
閲覧ありがとうございます。
『吸血』の説明回でした。エリアスは血を飲ませるのを嫌がってるんじゃなくて、『操霊』を渡すのを嫌がってるんですね。
次回、ユアン目線で閑話的なものをやります。それが終わると一章が終わりになります。長かった……。




