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76 血を求む

 夜中。

 私は布団の中でもぞもぞしながら、レーヴィを窺っていた。レーヴィは真上を向いて寝たまま、ピクリとも動かない。

 

 食事中……かな?

 だとしたらユアン、少年、ご愁傷様です。

 一応手を合わせておく。まあ、成仏は出来るっしょ。


 それにしても眠れない。さっきのレーヴィの煽りがまだ効いてるらしいな。血が欲しくて欲しくてしょうがない。ったくレーヴィも、何て事してくれたんだろう。

 とにかく、レーヴィが起きたら、エリアスのとこにでも行って……


『血?なんで俺がやらなきゃいけないんだ』

 

 ……。

 うん。

 うん。

 だよねー、そう言うよねー。あのエリアスがすんなり血くれるわけないって。

 断って締め出されるのが易々と想像出来るわ。

 かと言ってお兄様のところは、お兄様が夢魔が来て混乱してるだろうからゆっくりさせてあげたいし、少年のとこに行ったら……


『寝ろ』


 バタン、終わり。

 絶対そうなるって。とすると。

 和郎改めユアンかな。でもなー、あいつんとこに真夜中に行くって言うのはちょっといただけない。最悪襲われかねないし、その場合ユアンに失望しちゃう。

 ユアン以上に強い人とかそうそう居ないだろうし、護衛が居なくなるのはちっと困る。でもお腹減ったし、うーん。

 やっぱ、行ってみよっかなー。

 そう思った時、食事が完了したらしかった。


「……ふう」


 レーヴィがため息を吐いて、口元を拭う。それからこちらに気が付くと、にやりと笑った。食事の後のせいか、妙に妖艶だった。


「何じゃ、お相手の心配か?安心せい、上手くやったぞ」

「ん、偉い偉い。ところでお相手って?」

「わろ……じゃなく、ユアンの事じゃよ」

「ユアンねー」


 うん、行こう。お腹減って堪らない。

 私が起き上がると、レーヴィはにやにやしながら寝返りを打った。


「逢瀬か」

「違う。ただの『吸血』」

「ほほう、ならばさぞ艶美な絵柄じゃろうな。美青年の首元にお主のような綺麗な者が顔を埋め、牙を立てて血を吸い上げる……中々見れんよ」

「茶化さないの。じゃ、行ってくるから。寝ててね」

「ああ、そうじゃな。さすがに疲れたわい」


 レーヴィはそれっきり目を閉じてしまった。

 あー、戦い終わったばっかりだったのにお兄様と少年に対していろいろやって貰っちゃって、申し訳ないな。

 せめてご飯が美味しかったことを祈ろう。


 そっと部屋を抜け出し、抜き足差し足で歩く――と言っても足音が消せないので、小さ目の羽を生やして床から十センチくらい浮いたところを飛んでいく。魔力消費も訓練して節約しやすくなったし、結構楽だなこれ。

 ユアンの部屋は、えーっとこっちだったっけ。

 私の場合考えなくてもささーっと行っちゃえば合ってるので、ほとんど適当に進んで行く。途中途中、誰かに会いそうになったらぱっと近くの部屋に隠れて。


 本当に適当に進んで行くと。

 着いちゃったよ、ほんとに……。

 扉を目の前にして、立ち尽くす。

 うー、どうしよっかなあ、今からでも帰ろうかなー。

 ここまで来ちゃうと、何だろう、『男の人の部屋』って感じがして入りづらい。ドデカイ壁があるみたいな。

 そう思って足踏みしていると、内側からノックの音が聞こえてきた。

 うおっ!?

 ビクッと肩が跳ねる。


「どうぞ、入ってください」

「……」


 ユアン、あなた何者よ。

 ふーっと息を吐いてから、扉を開ける。ユアンは騎士服のままで椅子に座っていたけど、私を見た途端驚いたように目を見開いてから立ち上がった。

 ふむ、さすがに私が来たって事までは分かってなかったか。


「こんばんは、ユアン」

「ミルヴィア様……どうしてこちらへ?」

「んん、ちょっとね」


 私がそう言うと、ユアンの目が細められた。そのまま私の脇を通り過ぎると、パタンと扉を閉めた。ていうか閉められた。

 まあ、『吸血』のシーン見られちゃ堪らないし、良いんだけどさ。


「そんな理由で夜中に男の部屋に入ってくるのは、些か不用心では?」

「平気だよ、自衛くらい出来るし……っ!?」


 肩を軽く押された。

 それだけで私の体は傾き、倒れた。

 やばっ!?

 羽を生やそうにもその間だけでは無理で、私はそのままベッドに寝転がる形になった。っちゃー、ちょっと油断したかな?

 私の前にユアンが立ち、冷ややかな目で見下ろしてきた。


「自衛、出来るのでは?」

「出来るよ!」


 起き上がろうとすると、上から肩を押さえられる。それだけなのに、体の身動きが取れなくなった。なんなの、ユアンがやってるのは合気道なの!?

 ピリッと指先が痺れた。うわ、もしかして魔法も使ってる?あ、これ魔力分散させるやつだ!

 こいつ、守る対象に何やってんだ!


「ユアン、何してんの!」

「私の部屋に来る危険性を理解しておられないようなので、教育を」

「~っ!」


 こいつ!

 でもマジでやばい、魔力を集中させる事すら出来ない。しかもユアンの顔が真剣で、襲ってくる気がなさそうって言うのも大きい。本当に、怒っているようだった。

 それに、何とか動かそうとする気力は残ってるけど、完全に力を抜いた途端意識が落ちそうな気がする。


「ユアン、やめて。それ以上やると、叫ぶよ」


 叫んだらお兄様が来るよ?

 そのつもりで言ったのに、ユアンの目は冷ややかで、私を押さえ付けたままだった。

 その目に、ゾクッとする。見られる、というより、視られている、気がした。


「構いません。叫んではどうです?」

「……!」


 いや。

 警告するだけだったし、それに叫んでお兄様が来ちゃうとユアンクビになっちゃうし。

 ユアンは別に襲ってるわけじゃないし、ただ私に恐怖を植え付けてるだけに思える。


 ……ああ、私がユアンに対して警戒心を持ってないから怒ってるのか。

 なるほどね。


「ユアン」

「何ですか?」


 発せられた言葉の冷たい事。私は気を奮い立たせて、言葉を発する。


「私はユアンを信頼してるから、来たんだよ?」

「あなたは、私が危険だと理解していないのでしょう。今にも襲い掛かると、分かっていないのでしょう。夢魔のように分かりやすい征服欲だけが、すべてだと思いましたか?」


 あー、これ、やりたくなかったんだけどなあ……。

 私は何とかユアンの目を見ながら、真読魔法を伝えていく。じわじわと、ユアンの心に落ち着くよう呼びかけて行った。


「ユアンが本気で襲って来ない事、知ってるし」

「っ!」

「まあ、うん、油断したのは認めるし謝るけど、用件、聞いてもらえる?」

「……はい」


 ユアンは私を押さえていた手を退けた。ふう、自由になるって素晴らしい!

 伸びをしてから、ベッドを離れる。ここに居たらなんかまた怒られそうだし。


「お腹空いちゃって」

「は?」


 ユアンが間の抜けた声を出す。そんな事で来たのか、と言いたげに私を見ていた。私はそんな事なの、と頷くと、言葉を続ける。


「だからユアンにもらおうかなと思ってね?」

「レーヴィ様と厨房に行かれてはどうです?」

「いや、そっちじゃなくて。血が欲しくなっちゃってね?」


 唇を舐めつつそう言うと、ユアンが目を見開く。それから急に微笑むと、自分の首筋をつうっと撫でた。だから、なんでこんな屋敷の中には妖艶な奴ばっかなの!

 叫びたい衝動を堪え、更に渇きを訴える喉を落ち着かせようと躍起になる。


「欲しいのですか?」

「いいの?」


 希望を込めて聞いてみれば、ユアンが騎士服のボタンを一つ開けた。着崩した騎士服も様になっていて、見惚れそうになる。

 いやまあユアンはカッコイイし?

 見惚れたって別に良いんだろうけどね?

 負けた気がすんだよねー。それはちょっとやだよねー。


「いいですよ――では」


 ユアンはベッドに座ると、両手を開いた。


「?」


 首を傾げると、ふうっとため息を吐かれた。

 なんかゴメンナサイ。

 ユアンはぽんぽん自分の膝を叩く。察した私は、一歩引いた。


「そこに乗れと!?」

「ええ」

「は、背後から噛み付いちゃだめ?」

「やりにくいでしょう。髪が邪魔ですし」

「……」


 私は渋々、ちょっとずつ進んで行ってユアンの膝に座った。

 ……近くて嫌だ。

 あーっ、もうさっさと進めようそうしよう。


「じゃ、いただきます」


 白い肌に、牙を突き立てる。


「ッ!?」


 ユアンの肩がわずかに跳ねる。

 い、痛かったかな?

 反射的に牙を抜いた。そのすぐ後、ユアンの肩の力が抜けた。


「痛い?」

「い、いえ、大丈夫です。続けて下さい」


 ほんとかなあ?

 もう一度牙を刺すと、また震えた。痛いのか、よし、早めに終わらそう。

 喉に通って来た血は、甘い味わいで、何て言うか、うーん、りんごを齧った時みたいな瑞々しい味。甘くて美味しい、綺麗な味わい。


 んーっ、美味しい!

 でも吸い過ぎると死んじゃうので、ここらへんで止めておくか。

 残念だけど、そっと牙を外した。傷口をペロリと舐めると、傷は消えていく。

 

 よし、下りるか――って、どうやって下りるんだ?

 足が地面に付いてないので、非常に下りにくい。ぐいぐいユアンの肩を押しながら移動しようとしても無理だ。

 さっき飛び乗ったのが良くなかったな。うーん、どうするか。

 這おうとしても無理だし、かと言って後ろに倒れたら痛いし。

 考えていると、ユアンが私の腰に手を回した。何かを察したらしい。


「下りれないのですか?」

「背が低くて悪かったね!」


 八つ当たり気味に言うと、ユアンが私をひょいと持ち上げた。そのまま床に下ろしてくれる。別に飛んで下りてもよかったんだけど……まあいいか。

 私は出口まで歩いて行くと、じゃ、と手を挙げて扉を開いた。

 ん?そう言えば。

 気になることがあって、振り向く。


「起きてたって事は、お仕置き受けてないの?」

「受けましたよ。終わった途端、ショックで目が覚めました」

「へえ、どんなだったか、お聞かせ願いたいけど」

「これ以上ここに居られては私の心が持ちませんので、どうか勘弁してください」

「はあい。んじゃ、明日ね」

「ええ。お休みなさい、ミルヴィア様」

「お休み」


 廊下に出て扉を閉める。

 美味しかったなあ……。

 でも、その前にユアンに怒られたことを思い出して、ちょっと嬉しかった。

 ユアンには絶対、絶対に言わないけど。

 ユアンの株、一つくらいは上がったかな?

閲覧ありがとうございます。

吸血鬼なので、血を求めるのは普通ですが、ミルヴィアはまだ慣れていないのでちょっと罪悪感を感じてます。

次回、三百四号室でエリアスと吸血鬼についてです。

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