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各視点 吸血鬼

<ミルヴィア>


 私は前に居た男性に斬りかかった。当然のように防がれ、ちょっと面白くない。

 素直にやられちゃえばいいのに。そしたら楽になれるのに。


「死んじゃえば?」

「ッ!」


 無表情でそう言えば、男性が苦悶に満ちた顔でもう一度剣を振った私の剣を弾いた。なのに反撃して来ない。それもまた面白くない。悪いなーとか思っちゃう。思いたくないし思わなくてもいいのに。

 今度は手を狙う。剣を持った方の手を。顔を狙えばとか思うけど、なんかやっちゃいけない気がする。

 なんで?ころしちゃったほうが楽なのに。


「なんで抗うの。負けるよ」

「あなた、には、負けられません……ッ!」

「あなた弱いもん、負けるよ」


 びっくりするほど弱い。この人、私の大事な人だっけ?

 私、大事な人は強い人じゃなかったっけ?

 あれ?

 まあいいや。ころすのはなしで、戦えないようにしちゃおう。


「動かなく、なっちゃえ」


 今度は短剣を逆手に持ち替えて、飛び掛かる。



<ユアン>


 驚いた。

 心底、強いと思ったのだ。ミルヴィア様が本気になれば、こちらがやられかねないと初めて意識出来た。

 赤月のように赤く染まった瞳は惹き込まれるようにこちらを見つめていて、向かってくる短剣を弾くだけで精一杯だった。


「どうしてそんなに頑張るの?」


 手加減されている。私は物凄いスピードで繰り出される短剣を弾く事で喋る余裕などないのに、喋らなければ負けそうなのだと察されてしまう。

 話している間も猛攻が続き、唇を噛みながら応答する。


「あなたを守ると誓ったので!」

「なら、今すぐそこを退いて欲しい」

「あなたがそう言うなら、指を切りますよ。私の血を流しましょうか」

「いい、あなたに用はない。動かなくなってくれればそれでいい」


 冷酷な声。それさえも妖艶に聞こえ、耳を侵す。

 もしかして、『魅惑』も入れているんじゃ?

 一応、そっちの方面も警戒しながら防御に徹する。


<少年>


 あいつらの戦いは苛烈だ。一見すると剣の一族が持ってるように見えるが、実際のところ魔王が押している。一瞬でも魔王が殺る気になれば剣の一族は息の根を止められる。

 それは別に構わない。剣の一族が潰える事なんて俺の最も望む事なんだから。

 けど、魔王がああなのは困る。


「お主!」

「ッ、夢、」

「うるさい、少し黙っておれ」


 口を夢魔に塞がれる。いくら俺に『魅惑』が効かないと言っても、耐えるには限度がある。ここまで接近されっと弱ぇんだよなあ。

 そんな事を考えながら、『魅惑』に引きずり込まれそうになるのを抑える。

 ていうか、こんな形だけど、この夢魔軽く三百歳は越えてるだろうから俺らよりも年上なんだよなあ。

 全然見えねえ……。


「神楽め、我が眷属を一掃してくれおって。まさに儂が従うに値する人材じゃな」

「ああなってる奴相手に何言ってんだよ。鬼化の影響で正気失ってんだろ」

「ほう、お主にはそう見えるんかの?よく見ると良い、神楽は正気を失ってなぞおらん。砂漠で人が水を求めるように、空腹の人間が馳走の前に齧り付こうとするように、ただ血を求めているだけじゃ」

「それは……」


 つまり、まだ安全?あいつに血を与えれば、水を得た魚の如く、大人しくなる?

 そんな考えは、隣の夢魔によって無情にも打ち砕かれた。


「あの状態で血をやれば、更なる満足を求めて暴れるじゃろうな。そして森の魔獣を一掃した後、血の出ぬ魔獣に飽き飽きし、結果的には森を焼き尽くすやもしれん」

「は、それはだめだろ!」


 あいつは知らないかもしれないが、この森は城下町にとって重要なものだ。この森から木材を得、苗木を植え、森が絶えぬよう守って来たものだ。

 

 魔族なんざどうでもいい。父さんや母さんを殺した種族なんて、潰えてしまえ。

 でも。

 俺みたいな子供は。

 あの戦争で魔王に巻き込まれ、猫族に親を殺された子供は。

 魔族なんざどうでもいい。

 それでも潰えてしまっては、俺みたいな子供が可哀想だ。


「どうにか……」

「正気に戻すすべが在るのかの?無いんじゃろ、なら大人しく静観に徹するんじゃな。上手くいけば、あの若者が戻してくれるかもしれんし」

「無理だろ……あれを見て分かんねえのかよ。剣の一族が勝てるわきゃねえ」

「ならあの弟子に賭けてみるか?」


 夢魔はそう言って、森の奥で寄ってくる魔獣を相手にしている天智を指差した。あいつは魔王を気にしながらの戦闘、かなり苦戦するはずが、苦戦どころか一分で片付けてしまっている。

 あいつ、どんな教育したんだよ。


「無理だな、あいつもあいつで忙しい」

「じゃろうな。だとすれば城下町に居るという兄者かのう。来てくれればよいが、これから間に合うとも思えんな」

「お前、何が言いてえんだ」


 面白そうに笑う夢魔に問う。夢魔はその小さい体を楽しそうに弾ませてこちらを見た。銀色の、妹と同じ色の目が俺を射る。

 その眼には妹にはない色気と艶美な視線が混ざっていて、見られるだけで普通の者なら腰が砕けて立てなくなりそうだ。実際、天智のヤツは魔王に攻撃されなければ魅入られていただろうし。


「儂の主様じゃよ、あのお方は」

「だから何だってんだ。町で待ってる妹が心配しねえ時間帯には帰んなきゃいけねえんだよ」

「それは無理じゃな。分かっておるはずじゃろ?」

「分かってねえな、全然。俺は帰るぜ、魔王がどうなろうと、知ったこっちゃねえ」


 そう夢魔を突き放すような事を言えば、夢魔は面白そうな笑みを深めた。

 なんだこいつ、調子狂う……。


「お主の頭を少し侵した」

「!」


 生粋の夢魔は、夜には異性の頭を侵す事が出来る。その場合記憶や好悪、愛憎、考えまでも浸食してしまう。そのため夢魔に成り立ての者は失敗して物凄い頭痛に襲われるらしいのだが。


 さすがに三百年生きた夢魔は、成り立てとは程遠いよな。


「お主は魔王が居んと困る。違うかの?違ぅたら言うてくれていいぞ。儂も考えを改めないまでに頑ななわけじゃないしの」

「お、前」

「お主の目的のためには、魔王と剣の一族が必要なんじゃろう?お主の計画には、魔王と夢魔が入っておるんじゃろう?」

 

 夢魔は面白いくらい凄惨に、すべてを喰らい尽くしそうなくらいの殺気を放った。


「お主の仲間を眠り連れ出すためには、魔王と根源である剣の一族と夢に介入する儂と主様の兄者と」


 そこで、夢魔は一拍置いた。まるで無理だと言わんばかりに。出来得ないと言わんばかりに。


「冥府に干渉できる霊魂族が必要なんじゃろう――?」


<ミルヴィア>


 ああ鬱陶しい。


 魔獣の声が鬱陶しい。

 戦いの音が鬱陶しい。

 人の叫びが鬱陶しい。


 血の出ない魔獣なんて居なけりゃいいのに。私に血を与えてくれれば戦わなくていいのに。戦わなければ叫びなんて発せられないのに。

 面倒くさい、鬱陶しい。


「ねえ、もう終わろうよ。限界なんでしょ?辛いんでしょ?」

「っ……」


 私と剣を交えている男性はもう口も利けないほど追い込まれていて、それでも諦めてない。それも、鬱陶しい。

 諦めれば?必要ないんだから、諦めちゃえば?

 私の事が大切なんでしょ?そんな私からころす気で攻められるのが苦しいんでしょ?そんな私を力尽くで止めなきゃいけないのが嫌なんでしょ?


「次の一撃で、私はあなたを倒す」


 一歩下がってそう言う。手が狂えばころしちゃうかもしれないけど、まあ、良いよね。ころしても死ななそうな顔してるしさ。

 男性は追っては来ず、ぐっと唇を噛んで黙り込んだ。


「そうしたら血を流す?」

「血など流しません。あなたが普通の時であれば、あなたを守るためであれば流しましょう。しかし今は流せません。あなたを狂わすものを、私が流すなど」

「そう」


 残念、と呟いて、短剣を逆手に持ち、飛び掛かった。

 前からでも後ろからでも右からでも左からでもなく、上から。

 瞬間的に羽を生やし、上から短剣を投げた。

 その短剣は男性の長剣を弾き、手放させた。


「さてと」


 この人はだめ。

 じゃあ、誰の血を流そうか。

閲覧ありがとうございます。

次回、ミルヴィアが暴れまくります。吸血鬼として。

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