69 体調不良
戦闘が始まり、各々が夢魔に飛び掛かっていた。
ユアンは鮮やかに長剣を振り、一撃で夢魔を仕留める。夢魔は一体一体が綺麗なお姉さんなので、若干勿体ないというか可哀想。でも斬られた時に血が出ないと、すぐに魔獣だと考えを改める。
生きても死んでも居ない魔獣だと。
ビサは夢魔の戦闘能力を低める事を主として動いていた。そこにユアンや少年が掛かって行って止めをさす。足を斬って動きを遅くしたり、手を斬って攻撃手段を少なくしたり。
少年は木と木の間を巧みに移動して、陰から夢魔を仕留める。夜目が利くらしく、暗い森の中でも素早く動いていた。猫らしく。
たまに木に登っては木と木の間をジャンプして移動。本当に猫だ。
私?
私は皆のサポート。
魔王がサポート役になるなって?
しょうがないんだよ、さっきから頭痛があるんだ。だから数を一気に仕留めてふらふらしてる夢魔から攻撃されそうになるユアンとか、反撃に出られそうなビサとか、後方が疎かになってる少年とかを守っている。
これ、結構ユアンの役割だと思うんだけど、ユアンは何か察してくれたのか主力になってくれていた。
「ほう、お主の仲間は強いの!仲間になった後も頼りになりそうじゃ!」
「私の仲間だし、ね!」
後ろから忍び寄る夢魔を仕留める。それをするごとに少女が辛そうな顔をするのがこっちまで胸が痛むけど、仕方ない。
にしても、血が出ないのは良いな。私血ぃ見ると正気を失うし。
ズキッ
っつー、痛いな、頭。ふらふらするし、一旦休もうかな。
そう考えたけど、戦っている皆を見て休む気が失せた。これ休んじゃだめだわ。さっきじり貧とか言ったけど、剣も持たない夢魔は殴る蹴るしか手段がなくて、圧倒的にこっちが優勢だった。
これだけやると、蹂躪してるみたいで可哀想になってくる。
その度に、冒険者ギルドでお兄様が受けた批判を思い出す。これはやるべき事だと言い聞かせる。言い聞かせても、人型の魔獣って事もあって積極的に行こうとは思えない。
皆すげえなあ、私は無理だわ。
とか言いながら仕留める私は説得力無いか。
あ、頭痛酷くなってきた。けどさすがに多勢なだけあって中々減らないし、休んでる暇はないか。
ふらふらする体を支えて、短剣を振るう。
って、こいつ素早い!
襲い掛かってくる夢魔に短剣を振るうけど、こういう素早いタイプは少年の得意分野だ。私も素早さ重視タイプだけど、少年には負ける。
考えてみれば、私って飛びぬけて得意な物はないから器用貧乏て感じなんだよね。
あ、そうだ。短剣より私魔法派だった。
バックステップで夢魔を避けてから、不言魔法で風の刃を創り出す。
お、上手く行った。
それを投げて、夢魔の頭が割れる――う、やっぱり見てて痛い。
次は土塊を夢魔の足元に当てて行動を制限する。
そうだ、ここでいろんな魔法使ったら訓練にならんかな?
次は乱石で石を集めて塊にし、磊塊を造る。う、これはまあまあ魔力消費するな。
磊塊を行動制限をかけた夢魔の全身に中てて仕留める。
次は冷塊トリオ。
不言魔法で左手に水塊を造る。これ、周囲の空気中に漂う塩分を凝縮してあるので威力があるんだよね。高濃度の塩分が入ってるから。
右手には雪塊を作り出す。これは水魔法と火魔法の合体魔法で出来上がった、私オリジナルの魔法。最近使ってなかったからねー合体魔法。これ出来た時は奇跡だ!と思ったよ。
左手の水塊、右手の雪塊。
その間の空中を漂う氷塊は、かなり鋭く造られている。当たったら体の一部が弾け飛んじゃうくらいにはね。
氷塊の顕在、これをするにはすごい量の魔力を消費する事が分かった。
まずは水の顕在。次にそれを維持するための微風。次に低温度にするための氷、氷は出せる大きさに限りがある。
だから水魔法と合わせて、氷塊を造り出す。
水塊も合体魔法と言えば合体魔法だし、これらすべてが合体魔法と言う高度な技術で造り出された冷塊トリオ。
これを高速で造り出すまでには十日もかかった。
私は飛び掛かってくる夢魔に対して、微笑みかけた。
「ごめんね」
思いきり、手を合わせて前に突き出す。
水塊雪塊氷塊は、夢魔の右手、左手、額に向かって飛んで行った。
「冥府で安らかに眠りなさい」
そしてこれは、私の予想していなかった事だけど。
すべての冷塊が一斉に弾け、細かくなる。すべての飛礫が月明かりを受けて光った。
幻想的で、命の散る瞬間を見たような気がした。
「師匠、危ないです!」
んん!?
ビサめ、感動の邪魔しおって!
飛び掛かってくる綺麗なお姉さんたちを仕留めて、三人の方を見る。あれ、結構数減ってない?私もかなり仕留めた方だと思うけ、ど……
ユアンを見てみると、周りには夢魔の山。百体くらい。
百体くらい?マジで?有り得ない――本当だ。
自分で言って自分で突っ込むという、実に悲しいやり取りがここに完成した。
つーかユアン一人で百体なんだから、他の人もかなり仕留めてるでしょ。
そう思って周りを見ると、案の定、死体の海だった。うあ、夢に見そう。
「おい、魔王」
「うわあ!少年!?」
いつの間にやら後ろに立たれていて、慌てて飛びずさる。少年は大げさな、と言いながら一滴の血も付いていない短剣を鞘に納める。
ていうか、戦闘中なのに何なんだろう。
「お前、さっきからふらっふらしてるけど、大丈夫かよ。辛そうだぜ?」
「ん、平気。風邪かな」
「かもな。ったく気を付けろよ。少なくとも妹に移すんじゃねえぞ」
「妹ラブ?」
からかうつもりで言ったら、一瞬考えてから首を傾げた。意味がよく分からなかったらしい。
「妹大好き?」
「まあな。無種族狩りの後でずっと一緒だったし、少なからず助けてもらった事もある」
「へえ、そうなんだ」
って、私達は何戦闘中にのんきに喋ってるんだ。
ほら、もう少年の後ろに生き残りの夢魔が……ってうおい!
「危ない!」
叫んで、咄嗟に少年に飛び掛かる。夢魔の腕は少年の頭があったところを通り抜け、近くにあった岩にぶつかった。
危なかったあ……もうちょっとで少年の頭が粉々になるところだったあ……。
「い、いってえ。おい、助けてもらったのは感謝するけど、退け」
「え、ああ、ごめん」
少年に覆い被さるようになっていたため、慌てて退く。あ、やば。
囲まれてる。
「少年」
「俺が右、お前が左。俺はたまに空中から援護」
「待って、少年が地上から攻撃して」
「は?」
「久しぶりに飛びたい気分」
バサ、と羽が広がる。少年はため息を吐いた後、しょうがないな、と呟いた。
少年の優しさに感謝感謝。
少年が踊るように地上で剣を振るって舞い、私が地上から風刃か何かの塊で夢魔を仕留める。
少年を襲う夢魔を私が仕留め、私に木から飛び移って来る夢魔を少年が仕留める。
私達結構相性良いかも?
しばらくした後、とうとう私達を囲っていた夢魔は全滅しつつあった。
よし、これで、良い――
ぐら……
あ、これ、やば。
「ミルヴィア様!」
「師匠!」
「魔王!」
皆がそれぞれに私を呼ぶ。その声さえも、今は遠い。
飛んだまま意識を失いかけ、私は空中を落ちていた。しかしそれもすぐに終わる。
「魔王、いっつ!」
少年が、石を持った夢魔に腕を切られる。その夢魔はすぐに殺され、死んだけど。
でも、切られた少年の皮膚からは、とくとくと流れ出るものがあった。
―――――血―――――
私の意識が急速に回復する。羽を広げ、飛び、すぐ乱暴に着地する。
血が流れているところを探す。無い。血が、ない。
すぐに一人の少年に目が行った。腕から血を流し、こちらを警戒する少年。
ああ、血が。
喉が、乾く。
胃が、空腹を訴える。
頭が、血を欲する。
周りを女性に囲われる。風の刃で一掃する。
あれ……?
頭を斬ったのに、血が出ない?
ならあなた達に用はない。
「死になさい」
驚くほど冷たい声が自分から発せられた。周囲の女性をすべて殺した後、少年の方へ向かう。
血が流れているあの人は、私に血をくれるかな?
一瞬懸念が過ぎったけれど、別に良い。くれなければ斬ればいい。
風の刃で、短剣で、氷塊で、木で、石で、爪で、歯で。
血を流せばいい。
「ミルヴィア様!」
私の前に大人の男性が降り立つ。
すん、と匂いを嗅いでみる。あ、血、匂う。
でも無駄に殺すのはだめだから、許してあげよう。
「ミルヴィア様、しっかりしてください!」
「……」
男性は私の肩を掴んだ。
そっか、邪魔するんだ。
そっか……じゃあ。
「死になさい」
私は持った短剣で、本気で、殺す気で、男性に斬りかかった。
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次回、各視点での本編です。




