68 開始
「我が主と成り得る者と呼ぶのはかなり長いのでやめておくかの。お主、真名は何と言う?」
「ま、真名?」
「そうじゃ、真名じゃ」
ロリババアに唖然としてる私の隣に居る少年は、拍子抜けしながら周りを窺っていた。ユアンも予想外だったようで笑顔のまま困ってるらしい。ビサだけは、ぼうっとしていた。夢魔の『魅惑』が効いてるの?
私も『魅惑』をオンにする。ゆっくりとビサの心に真読魔法を侵入させ――あ。
これ、無理に解くとビサの心が壊れるな。
あちゃー、本物ってここまですごいのか。私みたいな真似じゃなく、お兄様みたいな紛い物じゃなかったら、本心にこびり付くんだな。
「ビサ」
「ッ!」
声を掛けてから、腰に付けていた短剣で斬りかかる。ビサは眼前を通り過ぎた短剣をぎりぎりで避け、私を見た。
よし、正気。
「少年、少年に『魅惑』は効かないの?」
「あれ、好きな奴が居ると効かねえよ?」
「マジすか。いや、どっちかっていうと少年の好きな人が気になる」
「ぜってえ言わねえ」
だろうね。それは不満じゃないんだけどさ。
あれ?
「てことは、ユアン好きな人居るの?」
「ええ」
「誰」
「あなたですが?」
「やめれ」
洒落にならん。こいつはそうだ、単純な精神力で打ち勝ってると考えた方が現実的だな。こいつ以上に精神力が強い人居ないだろうし。
私達がそんなギャグみたいなやりとりをしていると、夢魔がおい、と声を掛けてきた。
「儂を無視するんじゃない。寂しいじゃろ。『魅惑』がルール違反だと言うのなら止めてもよいぞ?その代わり、お主らの固有魔法もやめてもらうが」
「それは困る。別に良いよ、四人中三人が平気なんだしさ」
逆に言えば、その程度って事だ。
まあ、これから戦うんだし、義理として真名くらい教えてもいいかな。
っと、その前に。
「少年、真名って教えても平気なものなの?」
「ん?別に良いんじゃないか?これから眷属に成るんだろ?」
「……成らなかったら」
「弱点を握られたことになるだろうけど、おい、魔王、負ける気で居んなよ。俺の立場がねえだろ。あの狼と霊魂野郎に色々言われたくない」
「狼と霊魂野郎って」
お兄様とエリアス?考えてみれば、少年って種族で呼ぶんだよね。
となると、ビサって何て呼ぶんだろう。
「は?こいつか?天智」
「なんで?」
「人族から省かれた奴って、大体天才だろ?で、天才って呼ぶのは癪だから天智」
「天智天皇?」
「誰だよ天智天皇」
そこに肖ったわけでは無いのね。ならいいや。
私は五歳くらいの少女に向き直ると、覚悟を決める。
「神楽。神楽が私の真名だ、夢魔」
「ほう、神楽、とな?それはまた随分と思い切った名じゃ。儂は何であろうとお主をそう呼ぶがの。お主はその呼び名で良いか?」
「別に構わない。で、お前は何と呼べばいい」
「好きなように呼ぶがいい、神楽よ。ただし戦闘の後じゃ――どちらが勝っても、恨みっこなしじゃぞ」
かかっ、と夢魔は笑った。楽しそうだ。夢魔は別に戦闘種族じゃなかったはずなんだけど。
銀色の髪が、吹いてきた風に靡く。綺麗だな。五歳の少女と言えど、夢魔だしね。
徐に、夢魔が私達を指差す。
「お主らの好みに合わせてこの格好で出て来たが、どうかの。十歳が良いと言うのなら十歳にもなれるぞ」
「え、何その容姿を変えられる設定。じゃあ三十歳とか言ったら出来るの?」
「おお、出来るぞ!」
夢魔は嬉しそうに飛び跳ねると、その場でクルクルと回った。次の瞬間、大人っぽい綺麗な女性が居た。さっきまでの容姿を知ってると、すごい違和感。
夢魔はまた回転して、元の容姿に戻る。
「じゃがこの容姿が気に入っとるんでな。これで勘弁してくれ。お主らと戦うのは儂の眷属よ。一体一体が強いから、心してかかると良い。お主らの準備が整うまで待つぞ」
「さっきからいちいち寛容なのはなんで?」
夢魔は一瞬きょとんとしてから、朗らかな笑顔で言った。
「だってのう、お主ら、儂の眷属を殺しに来たんじゃろう?嬉しいんじゃよ、儂の眷属が裁かれるのが。人様に迷惑をかけてたんじゃ、当然じゃろ」
「思いの外常識人だね」
「そうかの。逆に言えば儂の眷属をどうにか出来ねば、儂はお主の眷属には成らんよ。それでも良いって言うのなら戦おうぞ」
「いいよ、戦おう。ウチのユアン強いし、ビサもまあまあ。少年の実力は知らないけど、私以上ユアン以下って感じかな?」
「それ、全然比較になってねえから。お前と剣の一族の間の壁がすげえから」
まあね。しばらくしないと越えられないよ、その壁。
私は魔王だから、いつか越えるけど。それは確定だし。
そうだな、これからは夢魔がたくさん出てくるから、リーダーは少女と呼ぼう。
「では始めよう、我が眷属とお主らの戦いを!」
夢魔、改め少女が両手を広げる。とたん、辺りから物凄い量の気配を感じる。私達は背中合わせで周りを見た。
ざっと数えて、うーん。
180くらかなあ。
くらいかなあ、じゃない。
あー、これ、多勢に無勢、じり貧かも。
ユアンが居なければ、だけどね。
「ユアン、戦闘を許可する。てゆーか、思う存分やっちゃいなさい」
「仰せのままに」
ユアンが長剣を抜き、ビサが長剣を抜き、少年が短剣を抜き、最後に私が短剣を抜き。
夢魔対私達の、戦闘が始まった。
閲覧ありがとうございます。
少年はここから長く出る事になると思います。
次回、ミルヴィアの体調不良です。




