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68 夢魔退治

 突然現れた少年に、私は呆然としつつ席を譲った。サンキュ、とか言いながら座る少年は、にやにやと子供心溢れる笑顔をしていた(訳・ムカつく笑顔をしていた)。


「おっせえなあ。あと三十分は早く来ると思ってたぜ、俺は」

「私は来ないと思ってたよ」


 てか来る可能性を考えてもいない。

 狐ちゃんも言ってなかったし……ん?


「もしかして、悪人退治の中に今回のも入ってるの?」

「ああ、入ってるぜ。つーかこっちが本番?あの医者にお前を今回連れて来いって言ったの俺だしさ」

「嘘!?エリアス嵌められてたの!」

「嵌められて、って、人聞き悪ぃな」


 少年は呆れたように耳をかく。この場合の耳はもちろん猫耳で、猫耳がぴょこっと動いた。

 可愛いっ!萌えるっ!

 少年はともかく、猫耳萌え!


「ただ俺は、『魔王のヤツを連れて来たらぜってえ捗るんだけどなあ、多分あいつは手加減しねえし、お前が来るより役立つぜ』って吹き込んだだけ」

「嵌められてんじゃん!エリアス嵌められてんじゃん!」

 

 しっかりしてよエリアス!

 絶対エリアスが来た方が早かったって!

 私が叫ぶと、少年が唇に指を当てる。しゅるりとした尻尾が前に来た事も相俟って、色っぽい。ま、ユアンとかアイルズとかカディスとか笑った時のエリアスには負けるけど!

 ……そう考えると、誘惑的なキャラ多くない?ガチでコナー君とビサだけじゃん。


「叫ぶと魔獣が寄ってくる。戦闘中に魔獣が来るのは戦闘の音に反応するからなんだ。あと血の臭いな。土で埋めたのは正解だぜ、供養って事になって土が血のにおいを消すからな」

「そ、そう」


 安全地帯の少なさに愕然とする私はおざなりに返事をし、ユアンを見る。


「ユアンは少年が来ること知ってたの?」

「いえ、知りませんでした」

「俺が剣の一族に肩入れするかよ。魔王は一応許してっけど、お前は許さねえ。いくら魔王が親のやった事の責任は子供にはないと言っても、俺は許さねえよ」

「別にいいけど」


 私は無闇に攻撃したりしなければ、恨もうが祟ろうが別に良い。分別はあるみたいだし、今のところ放っといても問題ないでしょ。

 ユアン、絶対負けないし。


「一応、妹は納得したみてぇだけど」

「マジ?ちょろくない?」

「ちょろいだろ?お前の言い方があいつに響いたってのも正しいと思うぜ。あいつの親、結構な罪やらかしてるし」


 やらかしてる?

 私の目が少年を射る。場の空気が変わったのが分かった。

 

「……それって」

「俺からは言わねえよ?それとその視線、控えた方が良いと思うぜ。周りの男が引くし」

「周りの男、ってそれ嫌味?」


 視線をいつものものに戻して聞くと、少年はますます楽しそうに笑った。

 ムカつくけど、やっぱカッコいいんだよねえ。

 この国は美形大国か?


「お前くらい男侍らせてる奴居ねえよ」

「侍らせてるわけじゃない。勝手に付いてくんの」

「なんだそれ自慢か?」


 だって本当だもん。なんでだろうね、前世じゃ一回も告白された事無いのに。

 ああ蘇る寂しい一人の青春よ。


「魔王としての人徳かなあ」

「違います」


 ユアンとビサの声がハモる。目を瞬いてそちらを見ると、二人は真剣にこっちを見ていた。少年が下手な口笛を吹く。

 な、何……。


「私はミルヴィア様に救われました。だから従い付こうと思ったのです」

「私は師匠に教えてあげると言われました。だから付いて行こうと思ったのです」


 う。

 なんか私が悪い事言ったみたいじゃん。

 助けを求めて少年を見ると、少年は考えるように顎に手を当ててから、ゆっくりと口を開いた。何を言うんだろうとドキドキする。


「俺は、魔王が眷属や主従関係じゃなく友達になろうと言ってくれたからか?同年代のヤツ居なかったし、弄られキャラだし」

「最後の要る!?弄り倒す気満々でしょ!」


 Sキャラばっかり!一人くらいMが居てもいいんじゃないの?私?SかMか?Sに決まってんじゃん。私がMとか、有り得んね。

 私が喚くと、また少年が静かにのポーズ。叫ばしてるのあんたでしょーが!


「魔王って案外お喋りなんだな。前にギルドで見かけた時は全然そんな感じしなかったぜ?ああ、猫被ってんのか」

「猫からそれ言われても」


 それとどっちも本当だから。猫被ってないから。

 ふと空を見ると、木と木の間から月が見える。もう月が傾き始めていた。


「やば!もう行かないと!」

 

 咄嗟に立ち上がると、目の前が揺れた。立ち眩み?

 どうにか踏み止まると、頭に手をやる。心なし頭痛もするし……やっぱ風邪かなあ。帰ったら薬飲もう。


 そうそう、治癒魔法の事だけど。

 あれは外傷を治すのが一番簡単で、風邪とかを治すのは私は出来ない。

 だからエリアス辺りに頼むのが妥当かな。


「あの、師匠、もしや……」

「ああうん、大丈夫。ちょっとふらっとしただけ」

「本当ですか?あの、」

「ホントに平気だから」

 

 やばい、まだふらふらする。

 これ、マジでやばいかもしれない。


「ミルヴィア様?」


 いきなり現実に引き戻される。危ない、倒れるところだった。

 あー、頭痛治まって来たかも。良かった。せめて夢魔退治中は倒れそうにならないといいな。無理か。もし無理そうだったら見学してよう。


 少年も加わった魔王一行は、森の奥地に着きつつあった。

 途中で魔獣が出れば、私と少年は下がってビサに一任する。ユアンはもしもの時の援護。

 そして、湖のあるというところ。そこで私達はもう一度休憩を挟もうとしていた。

 けれど。


「おお、待っていたぞ」

 

 どこかで聞いた、静かな落ち着いた声。

 その声がした方向を向くと。


「さあ、我が主と成り得る者よ。我が眷属と戦い、その実力、測らせてもらおう」


 真っ白な髪を腰まで伸ばした、妖艶な声で囁く夢魔の姿があった。銀色の目は月の光を受けて爛々と輝き、およそ魔獣とは思えないほど生気に溢れた楽しそうな笑みを湛えている。

 月明かりを浴びて立つ姿は私よりも夜の姿が似合いそうで、闇夜の色をした私と正反対の色をした夢魔は、肌は私と同じく真っ白だった。

 けどさ。


「……ロリババア?」


 その姿は幼く、私とそう変わらないくらい、だった。


 ……あの図鑑の写真は!?

閲覧ありがとうございます。

夢魔登場です。綺麗なお姉さんが出てくると思っていた皆様、すみません。一応すごく綺麗です。

次回、夢魔退治の開始です――ミルヴィアの体調不良の行方もお楽しみに。

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