66 無双
弁当屋で弁当を買った後は、ちょっとゆっくり夢魔退治に出かけた。と言っても真っ直ぐ歩くだけだし、方向を見失わなければ大丈夫。そして何より、私の方向感覚があるからね!
森に入る。ゆっくり、周りを警戒しながら。魔獣に襲って来られてもすぐ対応できるように。ま、対応するのビサだけどね!
それに気付いた途端、私の緊張が緩む。ユアンも居るし平気でしょー、みたいな?
結果的に言えば、それが良くなかったんだろーねー。
ガサッ!
「!」
「ミルヴィア様!」
襲ってきたのは体が獅子、頭は人間(とはいっても相当獣っぽいけど)、大きく避けた口に蝙蝠の羽、蠍の尻尾。
大きさはそうだな、大体五メートルくらい?
――マンティコアじゃんこれ!?
初っ端から!?と思いながら、剣を抜こうとしてビサが既に抜刀しているのを見てバックステップ。しかも抜刀の際に足を斬っていたらしく、シュウッという音が響く。ユアンは私の前に立ち、警戒を怠らない。つーかこんな強い魔獣いるとか聞いてないんですけど!?
ビサが跳ぶ。大した跳躍力は無いものの、迫るマンティコアの尻尾は躱せた。次の攻撃は爪。それも避け、眼前にある爪を一閃。
すげー、ユアンに教えられた技が活きてる。ビサって物覚え良いよなー。つか、マンティコア羽使わないの?
マンティコアは巨体を持ち上げ、全身でビサに掛かって行く。
「馬鹿だ」
「馬鹿ですね」
普通の人なら怖気づいたりするだろーけど、私達の育てたビサはそうじゃない。
真上から圧し掛かるように落ちてくるマンティコアを見て、ビサは瞬時に逃げ出すより迎撃が賢明と判断。反対の腰に差してあった短剣をマンティコアに向けて放ち――
ジュンッ!
短剣がマンティコアの腹に刺さって勢いが落ち、素早く腹の下に入り込むと腹を両断――もう、マンティコアは動かない。
でも。
「アフターケアがまだまだ、かな?」
両断してもマンティコアは落ちてくる。ビサは咄嗟に剣で迎えようとしたけれど、無理でしょ。剣折れるよ?
私が合図したので、ユアンが一瞬でビサの元へ行き、マンティコアを切り刻んだ。えぐい。ぐろい。途中で目を逸らした。いや、これ細かく字面にするとめっちゃ怖いよ?言おっか?
以下、読みたい人はどうぞ。グロ注意です。
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血は出ないものの羽はもぎ取られ尻尾は生気を失って六等分にされ、足の爪も転がっている。人の手のひらほどもある爪は転がっているだけで威圧感があった。四本の足は爪の近くに転がり、人間の頭も本体とは切り離されている。胴体は輪切りにされていて、マンティコアの残骸の真ん中にユアンとビサが立ち、肉片を眺め……うっ!気持ち悪っ!
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うわー、字にすると酷いわあ。そしてこれを瞬きする間に殺ったユアンって何者なの?
じりじりと二人から離れる私を見て、ユアンが苦笑。ビサは考え込むように顎に手を当てていた。私とユアンが戦いの後は考えろって言ってるからね、ほっといてあげよう。
ビサは感覚派じゃない。考えないと全然分からないタイプだ。だからさっきの映像が頭に残っている間に、どうしたらいいのか考えた方が良い。考えて、やって、体で覚える――これがビサに対しては有効だ。他の人?知らん。流派通りにやった方が良いんじゃない?
「師匠、私と打ち合いをしてくれませんかな?」
「んー?どして?」
「ちょっと気になる事があったので」
「ふーん」
でも、さっきみたいにいきなり魔獣が襲い掛かってくるって事も有り得るしなあ。帰ってからじゃだめかな……あ。
ビサ、本気の目してる。こりゃ、やっとかないと後で面倒だな。
「あーはいはい、やるか。やろう」
「ありがとうございます」
ん?
いつもだったら元気にお礼言うのに、元気がないな。どうしてだろう。
そう思いながら、ユアンの長剣を勝手に抜いてビサと向き合う。
「ミルヴィア様、私の長剣を使うのが当たり前になっていませんか?」
「お、分かる?手に馴染むんだよねーこの長剣」
私の言葉が終わり、ビサと目が合った瞬間、ピリッと緊張した空気が流れた。
「――開始」
ガキンッ!
ユアンの合図とともに、私とビサの剣がぶつかる。
っ、お、も、
「師匠……」
ビサが訝しげに呟く。そして、殺られたと錯覚するほど早く振られた刃は私の足元を狙っていた。剣を弾き、バックステップで、避け――る?
あれ、今、防御に回れば良かったんじゃ……。
呆然とする私の前にビサが立ち、剣が振り下ろされる。遠慮の欠片もない一撃。ギリギリで受け止め、撥ね返そうと思うのに重すぎて出来ない。
なに、これ、重いっ!
ピキ……
長剣の軋む音がした。え、これ折れたら死ぬよ!?
ぐっと耐える私。その真横で、物凄い轟音が鳴り響いた。
「ウオオオオン!」
聞こえてきた咆哮。私とビサはすぐに剣を声の方に向け、ビサが突進していく。私はユアンの横に並ぶ。
茶色い毛並みの狼が五匹ほど、私達を取り囲むように並んでいた。隙だらけだし逃げようと思えば逃げれるけど、ビサはやる気満々だ。ここはビサの考えを尊重してあげよう。やるのビサだし。
「ウオンッ――――キャイン!」
ビサの剣が一匹の狼の頭を吹っ飛ばせた結果、声を発して動かなくなった。次に向かってきた狼も、首がちょん切れる。狼はかなり素早いのに、ビサは物ともせずに斬っていく。
二分もすれば、そこらは狼の死体ばかりだった。
ビサ強ぇ!私が指導したとか誇りに思えるけど、なんかそう思うのが申し訳なくなるほど強ぇ!
なんなのアレ?才能?だとしたらズルくないすか?だとしたら指導が私じゃなかったらもっと強くなってたかもしれないんでしょ?
「ビサ様は鍛錬を怠っていませんから、成果が出ているのですよ」
「おーおーおーおー、私も頑張ってんですけどねー?」
「ミルヴィア様は近頃ダンスの練習もあって中々訓練が出来ていないでしょう」
「遊んでもいないけどね!」
むしろいろんな方面で頑張ってたよ!
でもこの世界の子供って遊ばないのが基本だから、遊んでないっていうのは大した自慢にはならないんだよねー。
改めて現代日本のありがたみを思い出すわ。
ゲームとかしてなかったし、たくさんあそんでたってわけじゃあないんだけどね。
「師匠、終わりましたぞ。先に進みましょう」
「あ、うん。早いね」
「何の、師匠達に比べれば、まだまだです」
「いや、私多分今ビサと戦ったら負けるよ」
さっきほんとにやばかったもん。なんでだろうなあ、本調子じゃないっていうか。
進むか。確かめるのは後ででも遅くない。
……でももし風邪とかだったら、ビサとユアンに迷惑かけちゃうな、夢魔退治本番で。
別にユアンには迷惑どんだけかけたって構わないんだけど、ビサは困らせたくないなー。私がビサに対して強がりたいって気持ちもあるんだろうけど。
私の横で、ユアンが警戒する。なんだろう、と思ったら、周りを狼に囲まれていた。
五匹?違う違う。
三十匹。
「ミルヴィア様」
「とりあえずビサにやらせる」
「ですが、この数では」
「何かあったら私が出る。ユアンは無用、見てて」
「……仰せのままに」
ユアンが下がる。ビサが前に出る。私が四方八方警戒する。
突然、狼の一匹が襲い掛かって来た。ビサじゃなく、私じゃなく、ユアン狙いだ。それでもユアンは、私に見てろと言われたから剣を抜かない……肝据わってるなあ!
狼はビサに一閃され、命を落とす。うあ、やっぱ慣れないなあこの光景。ビサはプテラノドンの時に吹っ切れたのがあるみたいだけど。
狼たちがじりじりと包囲網を縮めていく。ビサが見て取って、リーダーを探す――けれど見つからない。どうしてだろう、狼は群れを形成してるはずなんだけど。それにはリーダーが居るはずなんだけど。
襲い掛かる狼達は、ビサが脅威と判断したのだろう、先に仕留めに掛かった。五匹いっぺんに。ビサは正確に首に狙いを定めて、貫く。
その後に襲ってきた九匹も、ビサが殺った。残りは半分。
「グルルルル……」
低く唸る狼は、どう考えても焦っていた。足踏みをし、今にも突っ込んできそうだった――って来たぁ!
私に襲い掛かって来た狼は私のわきを通り過ぎた。ギリギリで躱したから。二の腕が痛い。焼けるように痛くて、膝から崩れ落ちそうだった。
いっ、痛、痛いっ!
あ、あれ?私を襲った狼は……
そして狼の末路を見た途端、私の背筋に悪寒が走った。
もう、狼は居ない。居ないと言うのはつまり、完膚なきまでに叩きのめされていた。血も肉も残ってない。ただそこには、物凄い殺気を放つビサとユアンの姿があった。
「師匠」
「ミルヴィア様」
「はい……」
思わず敬語になってしまうほど、二人には迫力があった。
こっ、怖い……。久々に言った気がするこの台詞……。
「ここらへんの狼、すべて殺し尽くしても?」
「ここら一帯の魔獣、すべてを惨殺しても?」
「ユアンのはやめたげて……」
二人が殺気を放ちながら行った狼狩りは十五匹を十秒で終わらせました。
閲覧ありがとうございます。
怒った二人は多分エリアスとお兄様が二人掛かりでも抑えられないと思います。全員怒ったら、どうなるんでしょう。
次回、三人が休憩します。




