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護衛編 誓い


「もう明日だねえ」


 ミルヴィア様との訓練が終わった時、ミルヴィア様はぽつりと呟いた。明日は夢魔退治、そのことを言っているのだろう。

 夜遅くに私を呼んだミルヴィア様は、訓練をしようと言い出した。ネグリジェのまま魔法を使って大暴れするミルヴィア様は、コナー様が大切にする花や木に被害が及ばないよう最大限注意していた。そこを可愛らしいと思う反面、コナー様を妬んでしまう。


 ミルヴィア様の魔法を私の剣がぶつかり合う勝負は苛烈を極め、結局は最後、体力面の問題でミルヴィア様の勢いが落ちたところで私が攻めて勝った。もしミルヴィア様に体力があれば、負けたかもしれない。

 昨朝も負けてしまった事ですし。


「ユアン、なんか言ったらどうなの」

「ああ、すみません。見惚れていました」

「あのねえ、そーゆーの、本気になった人にだけ言いなさい。私はまだいいけど、本気になる人も居るかもよ?」


 呆れたように言うミルヴィア様は、ふうっと息を吐いた。その愁うような表情も人を惹き付ける。それに気付かないまま、ミルヴィア様は軽い風魔法を放ってきた。木剣を抜き、両断する。それを見て、また呆れたような顔をし、手のひらで風魔法を弄ぶ。


 今日の訓練、ミルヴィア様は風魔法しか使わなかった。

 火は万が一草木に移れば草木が燃える。水は掛け過ぎれば花が枯れる。土はせっかく耕した土を乱す。氷は草木を凍らせてしまう。

 すべて、コナー様を想っての事だ。風魔法であれば、万一の事はない。草木を伐る恐れもあったけれど、足元を狙わなければ大丈夫。

 やはり、妬ましい。


「精度は上がったかな。我武者羅にやっても勝てないしね、ユアンには。精度を上げて、隙を見なきゃ」

「何度かヒヤッとさせられましたよ」

「嘘つき、全部弾いたくせに」


 それは、ミルヴィア様が周りに気を使いながらやっていたからだ。

 ああ、これからは訓練場でやった方が良いかもしれませんね。本気を出せませんし。


「明日は火魔法は使っちゃだめだね。森が燃える」

「そうですね。あと、崖のあるところでは水魔法を止めておいた方が良いと思います。地盤が緩みます」

「あ、そっか。となると氷か風か土ね。うん、乱石にしよう」

「お気に入りですね」

「どっちかっていうと乱石の原理を利用した何か、だけどね?乱石の魔力の流れを使って周りを操る、っていうか……コタツに入りながらミカンを取れるって感じ?」

「コタツ?」

「ああ、なんでもない」


 聞いた事のない名前に首を傾げると、ミルヴィア様がしまったと言う顏で手を振る。聞かれてはいけない事だったのでしょうか。なら、忘れましょう。

 ミルヴィア様は今度は周りの石を自分の周りに浮遊させて回転させる。


 あんなに多数の石を操れるのは、魔力の分割が上手くいっている証拠だ。小さい石には少ない魔力を、大きい石には少し多めの魔力を。

 ミルヴィア様の魔力は無尽蔵だから小さい魔力に莫大な魔力を費やしても全く支障はないのだが、細かい操作が可能になれば、更に精密な魔法を使えるようになる。


「あー、明日はビサに全部懸かってっからなー。ビサ分かってんのかな?」


 昼間に来たビサ様は、魔獣と戦うのを楽しみにしていた。ミルヴィア様や私が一切手出しはしないと言ってもあの自信、ただし身の程を弁えているのはミルヴィア様の教育が良いからだろう。

 ミルヴィア様の与り知らぬ事ではあるのだが、エリアス様によれば昇進の話も出ているらしい。


「まあ、余計なプレッシャーは要らないか。プレッシャー掛けても、『お任せください!』とか言いそうだしね」

「あの方がプレッシャーに負けると言うのもあるのでは?」

「ないない、絶対ない」

「どこからそんな信頼が……」

「だってビサだもん、大丈夫だよ。魔王様に育てられるからちゃんとしなきゃってプレッシャー、全然感じて無い気がする」


 確かにあの方はプレッシャーとは無縁かもしれない。どこか楽観的ではあるものの、ミルヴィア様が程よく褒めている成果だとは思う。それに天性の物もあるだろう。周囲からの期待を頑張って果たそうとし、そして兵長まで上り詰めたのだ。かなりの努力家でもあるのだろう。


 ミルヴィア様はクルクルと回転させている石を宙に上げ、一つにまとめる。合わせただけでなく、あれだとかなりの負荷が掛からないと割れないほどの強度だと見て分かる。


「明日はビサもユアンも死なないだろうけどさ、怪我する可能性はあるよね?」

「はい、ありますね」

「……治癒魔法の練習してた方がよかったかな」


 手のひらを見ながら言うミルヴィア様は、頼もしくあるが、もっと楽をすればいいのにと思う時もある。魔王という称号が、ミルヴィア様を縛っている気がしないでもない。

 だからつい、言ってあげたくなってしまう。不要と分かっていても、彼女を手助け出来たらと思ってしまう。


「私が守ります、ミルヴィア様を」

「……へえ」


 ミルヴィア様は驚いたようにこちらを見て、パキンと音を立てて石を割る。それから悪戯っぽく「そっかあ」と言うと門扉の前の方まで歩いて行く。私も付いて行くが、その間ミルヴィア様は「そっかそっか?」と言いながら楽しそうな足取りで歩く。

 そして不意にこちらを向くと、にやっと笑う。月明かりを浴びたその姿は、儚く見えた。


「私を守る?」

「はい、守ります」

「私を救う?」

「必要ならば、何時でも」

「私と居る?」

「永遠に」


 ミルヴィア様はそこまで言って、少し頬を染めると、黒い目で真っ直ぐ私を見据える。


「何に、誓う?」

「そうですね、太陽教に因んで、万物を照らし暖める太陽に」

「……」


 ミルヴィア様は、そこで目を細めた。気に入らなかったか、と危惧する私に、ミルヴィア様は考え込むように顎に手を当てた。


「吸血鬼に太陽って、似合わないな」

「そうですか?」

「うん。だからさ」


 決意したように強い眼差しで私を見つめながら、小さく風が吹く庭で。

 吸血鬼らしく妖しく笑いながら。

 彼女は言った。


「月に誓ってよ」


 天を指差し、真上に浮かぶ月を指差し。

 ミルヴィア様は答えを求めてこちらを見る。


「太陽の行き届かぬ場所を照らす月に――真夜に空を見れば浮かぶ月に」


 闇夜を思わす髪、その中できらりと光る眼。

 なるほど、ミルヴィア様に、熱い太陽は似合いませんね。


「……月に誓って、あなたを守り通しましょう」


 暗く冷たく、それでもすべてを照らしてくれる月が良く似合う。

 魔王とは人族が省く者を守り、照らす立場なのだ。


「よろしい。では寝ようかユアン。出発は明日の夜だよ――よーく、寝なくっちゃ」


 ミルヴィア様はそう言い、満足したようににっこりと笑った。

閲覧ありがとうございます。

ミルヴィアは太陽が照らせないものを照らす月、という印象があります。

次回、いよいよ夢魔退治に出発です。

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