64 買い出し
あの後帰って、私はバタンキューで倒れた。いや比喩じゃなく、ホントに玄関で倒れたんよ。エレナさんが悲鳴上げてベッドまで運んでくれたらしい。
夢も何にも見なかった。
次の朝。
「起きて下さい、ミルヴィア様」
「ん――おはよ」
「はい」
ユアンは幸せそうににっこり笑った。
……久しぶりに、やるか。
「てえいっ!」
「!?」
私は布団を跳ね除けると同時に布団をユアンに絡め、ベッドのスプリングを利用して高く跳ねる。
「何を、」
「うるさい相手をしろ!」
空中で一回転、ユアンの後ろに回ると同時に背中に蹴りを一発。当然のように避けられ、ユアンの手が伸びてくる。当然のように避け、床に固く地面を造る。そこに着陸してから空中に行くため羽を出す――ん!
ユアンが魔力を直接、私の羽根に中ててくる。なにこれ、乱れる!
ええい、こっちに気ぃ取られるよりは!
羽に集中していた魔力を分散させる。もうこの時点で急襲の意味はない。ここまでで決着付けられれば一番だったんだけど。出来なかったなら仕方ない。
一発、取りたい!
魔法じゃなく、体で!
ならばどうする。体だけで、ってのは無理だな。私魔法が得意な方だし。肉弾戦もそれなりに出来るつもりではいるけど、肉弾戦だけではユアンに勝てっこない。
そこで私が用いる方法。唯一ユアンに勝ってる部分、魔法だ。
また跳ねて、ユアンに風魔法を当てる。微動だにしない、とか、どんだけ体幹鍛えてんの!
もう一発ッ!
パアアン!
轟音が響き渡る。それでもユアンは目を細めて音波を取り払った――どうやってんの!?
ああ、遮音結界の応用か。遮音結界を針状に細めて、音波の波に直接当てて音を消すとか。
どうする、どうする、どうする!?
「すごい音がしたけど、何、か」
かちゃ、と軽い音を立ててドアが開く。ユアンは四方八方警戒してたので、それすらも気を奪う。付け込む他ないでしょ。
私は全力の風魔法でユアンに当てると、ユアンは後ろにふらつく。後ろはベッド。つまり。
遠慮は無用、って事だよね!
風魔法で空中で体勢を保ちながら。足を思いっ切り振り上げて。
その足を、ユアンに向かって打ち込んだ。
………………。
打ち込ん、だ?
ユアンの体がベッドに倒れる。私は空中で羽を生やし、ユアンに被らないようベッドに着地。着地と言うには足が滑ってベッドに横たわった形だけど。
「ユアン……本気だった?」
力の抜けたような私の言い方に、ユアンがふっと笑ったのが気配で分かる。
「本気、でしたよ――殺さないところまでは」
「殺すつもりだったらもっと強いって、言いたいの?」
「そこまでは。しかし、甘かったですね、私も。ここまでされるとは、予想していませんでした」
「へえ」
まあなあ、今のはお兄様が来てくれなかったらまただめだっただろうし……うう。
入口に立つお兄様が私の前に立ち、手を差し出してきた。いつの間にかユアンが立ち上がっている。
「朝から何をしてるのかな?」
「いえ、その、久々にユアンに仕掛けたら、何故か一発当てられちゃいまして」
「当てられちゃいまして、って……すごいね?」
「いえ、あのー、いやあ」
どうしよう。
すんげえ受け入れ難い。本当ならもっとヒャッハーしたいんだけど、手加減されたんじゃないかと疑っちゃうって言うか。
私が戸惑っていると、お兄様はひとまず放置を選んだようで、用事を告げた。
「エリアスが来てるよ」
「最近来客多くないですか?」
お兄様の声に、ほぼ被せるように言う。お兄様は苦笑して、ユアンに向き直った。
「夢魔退治の準備だって言ってたな。ユアンは付いて行かなくてもいいと思うよ、エリアスが居るから」
「いえ、付いて行きますよ?」
即答……まあ構わないけど。私大きくなって好きな人できたら、デートとかユアン付いて来んのかなあ。やだなあ。それぐらいの融通は、って。
考えてみれば、ユアンだけじゃなくお兄様も許してくれそうにないんだけど……?
将来を案ずる私に、お兄様がさらに続けた。
「夢魔退治のメンバーは、ミルヴィアとユアンとビサ、でいいね?」
「はい、そうです。魔獣はビサに倒してもらい、技術アップを図ります」
「うん。で、時間は夜だよね?」
「え!?夜なんですか!?夜って魔獣とか強くありません!?」
定番だよね。なんでかは良く知らんけどさ。
「うん、でもビサが居るし平気でしょ?」
「そこでユアンを入れない辺り、徹底してますね」
「ははは」
ははは、って。話は終わりかな。
私はベッドから降り、お兄様に微笑みかけた。
「行ってきますお兄様、買い物に」
「はい、行ってらっしゃい」
私は衣装室で着替え、家を出た。ちなみに、服は黒の長袖の上に茶色いローブ。茶色いツバのついた帽子。靴は茶色のブーツと言う、茶色一色。これが全身隠せてかなり良い!お洒落?それなんぞ?
エリアスは必要品リストを作ってくれたらしく、お兄様は出掛け間際に渡してくれた。上から順に会に行けばいいかな。つっても三つだけだけどね!
最初に買いに行くのは松明。光源だね。私とユアンは『視界良好』があるから結構平気だけど、ビサは持ってないからね、『視界良好』。松明は必要でしょ。火は火魔法を使うから要らない、と。
いくつか、って書いてあるけど、いくつだろう。買いすぎてもかさばるだろうし……。
「三つで十分だと思いますよ。一つ余分に持っていかないと、野宿になった時大変ですからね」
「さらっと滅茶苦茶恐ろしい可能性を……」
男二人と森で野宿とか、絶対やだよ。それこそビサとユアンお兄様に殺されちゃうよ。
ああ、吸血鬼って寝なくていいのかな?だとしたら最高。
次は水筒、と言うより竹筒。これは一個買うだけで、水は水魔法で無尽蔵に出せる。つくづくこの世界って便利だよね。ご飯は明日の朝買いに行けと書かれていた。乱暴だなと思う反面、そこまで気遣ってくれるのかと意外に思う。
にしても、水魔法に関しては魔力総量が少ない人は苦痛だよね。まあだからこそ水道があるわけなんだけど。
「森の道は整備されていませんが、どうしますか?一応、西に真っ直ぐ行ったところとは分かっているらしいですが」
「んじゃあ平気だよ、私の方向感覚舐めないで」
「昨日も道が見えない高さから無事に帰りましたもんね……」
ユアンが半分感心、半分呆れと言った様子でしみじみと言う。すごいでしょ。ここは誇れるところだよ!
最後は私の髪ゴム。その無駄に長い髪を結べ、と書かれていた。これは絶対乱暴だな。
確かに長いけど、今はユアンのゴムを借りている。それでもずっとこれ、ってわけにはいかないから、いつか買いに行かなきゃとは思ってたけど……ついにか。
「赤いゴムがお似合いですよ」
「そうだね、装飾もあまりないのが良いな」
「そうですか?」
「シンプル・イズ・ベスト」
私の座右の銘。
まあとりあえずは松明からだな。
こうして私はお店を巡り、お店で限界まで値切り、夢魔退治を楽しみにしながら家に帰った。
閲覧ありがとうございます。
もしもの時に松明が無くなった時用に余分に持っていくのが森にはいる時の鉄則です。松明を噛み千切る狼とか居るので。
次回、護衛編でユアンと夜のお庭でお話です。




