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63 仰せのままに

 選ばれたユアンは、唖然としていた。まさか、という顔で、お兄様も意外そうでコナー君も、他の人もまた然り。ただ、エリアスだけは「だろうな」と呟いていた。


「み、ミルヴィア様……?」


 ユアンが手を取るか迷っていて、私は内心ドキドキから苛々に変わって行った。

 早く取れよっ!ユアンは戸惑ってるだけなのに周りからしたら嫌がってるように見えるかもじゃん!

 私はユアンに向かってもう一度手を突き出し、睨むと言っていいくらいにじっと見た。


「嫌だったら、エリアスと踊ります」


 次の瞬間、私は何が起こったのか分からなかった。気付いた時は真ん中に踊り出ていて、ユアンがリードする形で踊っていた。

 ん、なっ!?

 驚く私と周りを余所に、ユアンは私の耳元に唇を寄せると、魅惑的な甘い声で囁いた。


「エリアス様と踊られるくらいでしたら、これくらい」

「……ん」


 努めて冷静を装いながら、ステップを踏む。

 ユアンは私を魅せる動きをしていた。それはなんとなく分かる。エリアスもそう躍ってたから。だけどたまにユアンを魅せるように――これが意外と難しい。


 ユアンは背が高い。だから踊りにくいかと思ってたけど、ユアンが合わせてくれてるおかげで踊りやすい。なんでだろ、相性がいいとか言われたら絶対やだけど。

 なぜか、私も良く分からないけど、周りからは羨望の眼差しが送られているような気が。

 ユアンモテるなあ……注目浴びるのも今日が最後にしたい。なのでユアン、私と歩く時は帽子を被りなさい。


 一歩進むと下がり、右へ、左へ、前へ前へ後ろへ。

 かなりこれが楽しい。魔族流らしいけどね。だから人族領に行っても何やってんだか分からないらしい。不便だよね。


 ……にしても体が引っ付く。離れた、い!?


 私が少し体を動かそうとする一瞬前に、ユアンが私の体を引き寄せる。

 チッ、誤魔化せないか。面倒なヤツ。


「アイルズ様は良いのに?」

「良くない」


 小声で呟きながら、踊る。踊り、絶え間なく注がれる好奇の視線の間を縫うようにあちこちに動く。

 思ってたより楽しいな。エリアスと踊ってる時も楽しかったけど、ふわりふわり揺れるドレスの感覚も楽しい。


 シャラ……


 音楽もそろそろ終わる。この世界の音楽はかなり短いので、一つ一つのダンスも短い。だからこそたくさん流して、様々なバリエーションを楽しむんだけど。

 まあそれも、『音声記録機』が高いし(値段的にも価値的にも)効率的とは言えない。区切りを入れずに記録したら、忙しなくなるしね。


 ララン――


 音楽が終わった、その直後。

 爆発したかと思うほどの、物凄い音が響いた。

 何!?う、うるさ――?

 そしてすぐに、周りの人が手を叩いていると気付く。隣の人と、頬を赤らめて楽しそうにしながら喋るご婦人達も、感心したように頷きながら手を叩いている人も居る。

 お兄様は苦笑しながら手を叩き、エリアスは目を細めて手を叩き、コナー君は思いっきり手を叩き、ビサも思いっきり手を叩き、アイルズは事務的に叩く。

 一人、狐ちゃんだけが一心不乱にご飯を口に運んでたけど。


「どうして私を選んだのですか?」


 ユアンの声は、何故かすごくよく聞こえた。まるで耳元で喋ってるみたいに。

 なんで、と言われても。だってさあ。


「約束したじゃん」

「約束?」

「誰とも踊らないって。約束は守りたい」

「……それは」

「私エリアスとも踊ってみたかったよ?こういうとこではどうやって踊るのかなーとか。お兄様とだって踊りたかったし。でもさ」


 私は横目でユアンを見て、仕方なく呟く。


「約束は約束、ね」

「……」


 拍手がようやく止み、アイルズが進み出た。目は鋭く、ユアンを睨んでいる。

 あ、薄く殺気も放ってるや。ライバルって言うより敵だな。


「素晴らしい踊りでした」


 それを合図に、今度は私に対する挨拶が始まった。

 いつまでそうしていたのか、しばらくして


「ではこれにて、舞踏会を終わらせて頂きます。皆様、此度は多忙の中、まことにありがとうございました」


 というアイルズの言葉で、舞踏会は終わりを告げた。

 これで舞踏会は終わり。

 意外と呆気なかったな。あんなに練習したのに、一回しか踊らなかったし。

 もっと踊りたかったわけじゃないけど、うー、やっぱり他の人にすればよかったかなあ?


「ミルヴィア様」

「ん?」

「ありがとうございました。約束を守って頂けて、光栄に思います」


 なんだろ、他の人とか言うのはだめだな、うん。

 いいか、ユアンも上手だったし。

 とりあえずは、ここに立ってないと。


 貴族達が三々五々帰って行く中、私は「魔王様、ありがとうございました」とか言ってくる貴族の相手をした。中には興奮してダンスに付いて延々語る人が居たりしたけど、その人は家族に引っ張られて帰って行った。

 エリアスも貴族の相手をしていたけど、何だか慣れてる気がした。やっぱ、あんなおっきい病院だと貴族もたくさん来るよね。聖ランディッド病院に私も行ったんだし――あ。

 魔王って貴族か。貴族って言うか、ピラミッドの頂点か。

 おお、すごく気分良くなってきた!


「では、また次の機会は来ていただけるか?」

「はい、もちろんです!」


 やべ。調子に乗って次とか言っちゃった。

 後ろでユアンが更にご機嫌オーラを出す。待ておい、次はお前とは踊らない。

 

「次は私と踊ってくださいね?」

「うわ!?」


 いきなり耳元で聞こえた声に驚いて一歩下がり、妖しくにこりと笑うアイルズを睨み付ける。

 っ、危ねぇ!今のユアンも感知出来なかったんじゃない!?アイルズが暗殺者だったら一瞬だな。まあ死なんけど。


「お前とは、踊らない」

「どうしてです?ピッタリだと思うのですが」

「次に踊る人は決まってる」

「ほう、誰です?」


 いや決めてないんだけどね?


「――エリアス」

「へえ?」


 アイルズが挑戦的にエリアスを睨む。エリアスはその視線を受けて、恨みがましく私を見る。私は素知らぬ顔であさっての方を向く。

 エリアスははあ、とため息を吐いてから、驚くほど落ち着いた態度でアイルズを見る。


「俺がミルヴィアと踊るとして、どうする?横取りでもするか?」

「いいですね、しましょうか横取り」

「僕が許さないよ?」


 不敵に言い放つアイルズに、お兄様が笑顔で言い放つ。


「師匠に何かあれば、小僧、許さない」


 ビサは物凄い剣幕で言う――多分ビサじゃ勝てないけど、その心意気は嬉しい。


「アイルズさんが何をしようと思ってるのか僕よく分からないけど、じゃあ、僕がずっとミルヴィアに付いてるよ」


 コナー君がにっこり笑って言った。天使の一言に尽きる。


「そうですね、その場合は私も躊躇しませんよ」

「……ユアン、あなたには聞いていません」

「今回踊ったのが私だったもので」

「お前はいつだって私の邪魔を」

「お前らうるさい」


 私はいつまで経っても終わらなそうな言い合いに、ズバッと言ってやる。

 本人差し置いて何やってんだか。


「皆がそう言ってくれるのはすごく嬉しい。嬉しい、けれど、私が次踊るとしたらエリアスだし、その次はお兄様。その次はコナー君、その次はビサ」

「そして最後にお兄ちゃん」

「……まあ、いいけど」


 少年、ねえ。

 踊る踊らない以前に、ステップ知ってんのかな?


「アイルズは執事だから、踊らない。それにさっき踊っただろう」

「あれは」

「アイルズが最初だ、それでいいだろう?」


 私の言葉に、ユアンがピクッと反応する。うわあ、もう迂闊に何も言えないじゃん……。

 あーあ、嫉妬ばっかの男は嫌われるよ~?


「終わりだ。お兄様、帰りましょう。コナー君も、帰ろ?妹ちゃんは、えっと」

「もう帰るの。お兄ちゃんに今日の報告もしたいし、なの」

「了解」

 

 何押し付けられんだろーなーと考えながら、皆と一緒に会場を後にする。


「じゃあな、アイルズ。また」

「はい、また会える日を楽しみにしております。出来ればその時まで、純粋なままで」

「……相手が居ないからな」

「大勢の男に囲まれておいて、良く言いますよ――ではまた」


 アイルズは最後ににこりと笑い、私達を送り出した。

 ああ、外の空気って美味しいなあ。それに肩の荷が下りた気分……やっぱ緊張してたんだな。


「お兄様、空から帰っていいですか?」

「え?んー、そうだね、方角、分かる?」

「はい。私の方向感覚すごいんで」

「?そっか。じゃあ、後でね」

「はい、また後で。エリアス、ビサ、コナー君、妹ちゃ……はもうやめて、狐ちゃん、さようなら」

「さようなら」


 四人が一斉に言い、私は魔力を込めて羽を出す。ゆっくり進むし、なるべく大き目にしよう。

 最後にもう一度てを振ってから、羽ばたく。


 疲れを癒すために羽を伸ばす、って言うには、文字通りか。

閲覧ありがとうございます。

約束は守る主義なんです、ミルヴィア。忘れて無ければ、ですが。

次回、夢魔退治に行くための準備のため買い物です。

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