特別編 負
「……なんで!」
あたしは黒の空間で足踏みしながら、空間全体に目線別で映る神楽と仲間達を見ていた。
なんなの、何なのあいつ!
「自分の感情を少し弄ってもすぐに立ち直る、周りを弄れば神楽が戻す!」
なんなの、どうしてなの、何故――!
あたしは泣きそうになるのを堪えて、自分の中に渦巻く感情を思いっ切り地団駄を踏むことで発散させる。それでもまだ、黒の空間は割れない。
あたしはあいつに、そんな、そんなに悔しくッ……!?
六年前。
あいつが死んで、ここに来た。生前は神々を楽しませてくれた子だったから、皆どんなところに転生したいか、聞いた。あの子は生前では考えられなかったように虚ろな表情で、こう言った。
「どこにもいかない」
それを聞いた時あたしはしてやったりと思った。あたしは彼女が嫌いだった、大嫌いだった。
万智鶴を知らぬ間に誑かした。
セプスに興味を持たせた。
ニフテリザに助けたいと思わせた。
そして、そして。
「ゾーロ、がっ」
ゾーロ。
あたしが大好きな神様。ゾーロは彼女を好きになった。大好きになった。
嫌だ、あいつ、ゾーロにまで手を出した。
他にもたくさんいる。ルスキニアは彼女に羽を上げた。神の一部をもらった神楽は、幸福を齎しやすくなっている。
冥府の門扉を守るクーストースも彼女に自由にここに来るよう言った。
有り得ないでしょ、どうしてあたしが頑張って上り詰めた神の位に、あいつが付こうとしてるわけ?どうして皆、あいつの肩を持つわけ?
あいつはあたしの天敵なのに。
あたしは魔王達の天敵なのに。
感情を操る真読魔法を持つ魔王と、感情の神であるあたしは、どう頑張っても相容れないのに。でもいつも、あたしの方が上だった。上だったはずなのに。
あいつはもう真読魔法を自由に使える。あたしが怒らせるように手を出しても、あいつが落ち着かせるのと相殺されると思う。
なんであいつは、どうしてあいつは!
「何なの何なの何なの何なの!」
「随分と荒れてますね」
あたしは聞き慣れない声が黒の中に入って来たのを見て、思わず糸で攻撃した。その糸も、彼女の周りで雲散霧消する。
直後私は平静を取り戻し、糸を回収してにっこり笑う。
「びっくりしたなあ。なあに、万智鶴さん!」
「いえ、なんでもありません」
なんでもない。
でも多分、それは神楽の事に関する話。あたしは目を瞑って受け入れる覚悟を決めた。
「嘘吐きだなあ。嘘はだめって、神様が人に言ってる事じゃん!」
「私は場合によっては嘘は認められるべきと考えていますよ」
万智鶴。
セプスに余裕で勝ち、ニフテリザに勝て、ゾーロとは同位のあたしが、こいつとクーストースには負ける。一瞬で殺られる。
最近の神の間で、神楽の事を知らぬ人は居ない。
ましてや、その創造を直接した万智鶴ならば、あたしの暴挙を見逃すはずがないとは思ってたけど、まさかこんなに早く。
「ところで、最近どうですか?楽しく過ごせています?――そう聞こうと思って来たのですが、この繭を見る限りそんな事無いようですね」
「鋭いなあ。最近は苛々してばっかだよ」
「そうですか」
万智鶴は腕を羽根に変える。美しい、白い鶴の羽根の形に。それを腕に戻して、きょろきょろと辺りを見回す。
殺される……?いや、あたしは上位の神だから、殺されはしない。乱れを生むから。
「ご心配なく、新しい繭を築く事は不要です」
そう言って万智鶴は、スパッと黒の空間を切り裂いた。この所業。この糸がどれだけ頑丈だと思ってるの?神剣でも切り切れないのに。
それは単純に、万智鶴の破壊力は神剣を上回るという事だ。
「すごいなあ。ところで何の用なの?もう嘘はだめだよ?」
「分かっているでしょう?あの子に手出しは不要だと言いに来たのですよ」
「酷いなあ。それであたしのゾーロが苦しい思いしてるのに」
「ただの恋煩い、それは分かっているでしょう」
「酷いなあ。あたしはゾーロが欲しいだけ」
あいつにあげるなんて嫌だ。ゾーロはあたしの
「大切な者ですか」
「分かってるなあ!そうそう、大切な物!」
「大切な、物?」
「大切な、物」
万智鶴は一瞬、底冷えするような表情で辺りの気温を下げた。それでも、糸で創った服を着ているあたしには影響はない。とはいえ、露出した部分が結構寒い。凍りそうなくらい、
「ゾーロは者であって物じゃないですよ」
「神なんて全部物、それがあたし達共通の認識だよ?」
思わずいつもの前置きを忘れて言った。万智鶴はニコリと笑って割れた空間からあたしごと外に出す。と言ってもいつの間にか外に居たと言うだけで、あたしも原理が理解できなかった。
「そうですね。でもあの子への手出しは止めて下さいね」
「嫌って言ったら?」
「ここで消します、あなたを」
笑顔の中に、覚悟がある。万智鶴はあいつのために、乱れを生む事すら厭わない。
そう悟って、目を瞑る。どちらがいいか。
ゾーロを手に入れられず生きる数千万年か。
ゾーロを手に入れられずに、でも最後まで足掻く一瞬か。
「あたしは感情の神様だよ」
「ですから、どうだと言うのです」
「何もしないとあたしの存在意義が無くなる。その途端あたしは消滅する。だから、その話は聞かない。でも、あの子に直接の手出しはもうあたしも御免だから止めたげる」
「ありがとうございます。ところでトワル」
今回初めての名前呼び。万智鶴は信用出来ると思った時に名前で呼ぶ。
神楽の名前だけは、神々の前では言わない。それが、人に入れ込んでないと証明する方法だから。逆にそれをするぐらいに、万智鶴は。
「あの子の事は、他の世界の神には口外しないよう」
「どうして」
「あの子が他のところに移ってしまうと、あの星はすぐに亡くなるからです」
「え」
あの子が居なくなると、星が亡くなる?
「あの子は星の均衡を保つ存在です。魔王が居なくなれば魔族が荒れる、魔王が居なくなれば人族は調子に乗る――馬鹿らしいですが」
「馬鹿らしいと思うんだ」
「思いますよ。たまにあの人達を弁護する人が居ますが、信じられません。もちろんあなたはあの子がそんな存在だなんて許せないでしょうけれど」
万智鶴は笑顔のまま言い切った。そこまで言われても、あたしはピンとこない。あの子がそうだと言われても、まさかとしか思えない。
ってかだってあの子、逆ハーレム作ってるんだよ?
そんな子が星の均衡を保つ存在?
「あの子ほど重要な人は居ませんよ?」
「そう?あたしは青髪の子が好き」
「私はお兄さんですかねえ。ああでも、お医者さんも中々」
「意外かも」
「秘密を抱えた存在ほど面白いものはありませんよ?」
「やっぱり意外じゃない」
そう、万智鶴はこういう奴なのだ。
魔族を裏切った、秘密が大好きな奴なのだ。
閲覧ありがとうございます。
トワルは感情の神様なので、代々魔王と敵対してきました。もちろん魔王達はそんな事知らないのですが。
次回、踊るパートナーが判明します。




