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61 感情の混乱

 あちゃー、聞きたかったのに、物語でお決まりのヤツになるわけ?なんで引っ張るの?


「ミルヴィア様」

「何?」


 大音量で音楽が掛かる中、どうしてかユアンの声だけはよく聞こえた。ユアンの声って良く通るからな、つくづく羨ましい奴。

 ユアンは私の隣に立つと、スッと手を上げて真ん中を指差した。そこには、高位貴族の何人かが出て踊っている。おお、優雅ー。


「ミルヴィア様が踊るのは一番最後です。誰と踊っても構いませんが、しかし、貴族では無い若者の方には行かない方が良いと思います。貴族から反感を買い、彼らの人生が滅茶苦茶になりますから」

「分かった」


 怖ぇ……。

 

「貴族の反感ほど恐ろしいものはありません」

「実体験?」

「カーティス様に」


 ああ、お兄様ね。なんか納得。

 後ろを見ると、狐ちゃんはいつの間にか立ち直り、置いてあった白身魚をぱくぱくと食べていた。そういえば、私、何か食べるとか決めてたのに何も食べてないな。


 そう思い、ぱくっと白身魚を食べてみた。


「うっ」


 気持ち悪い!なにこれ!?飲み込みたくない!

 なんか体が拒否する。アレルギーって事じゃないと思うけど、無理やり飲み込んで目を瞬く。もういい。食べない。

 ユアンが訝しげに見ていたので、白身魚を指差す。


「食べて」

「は!?」

「いいからっ!」


 まずいのかな。狐ちゃんが味覚音痴なだけ?

 私は確かめるべく、白身魚を小さいフォークですくってユアンの口に持っていく。


「早く!」

「え、は、はい」


 ユアンは戸惑いながら口に含み、咀嚼すると、こくんと飲み込む。私が感想を待っていると、「美味しいですよ」と言った。嘘を吐いている風でもない。

 なんだったんだろう、食欲がない、のかな?うーん。


「何かあんまお腹空かないなあ」

「それは大変なの。空腹が来ないって事は、この世の終わりなの」

「そんな大げさな」


 しかし狐ちゃんの表情は真剣。真面目。本気なのかー。マジかー。

 いやでもまあ空腹が来ないとご飯を食べないわけで、つまりは死、即ちこの世の終わり!そういう事だね!そうじゃないとは言わせない!


「で、問題は誰と踊るか、だけど」

「難しい問題だよね?」

「うわっ!?」


 側で声がしたと思ったら、お兄様が驚いた?と言いたげに両手を広げていた。驚きましたよ、大いに。なのでもうやめてください。

 狐ちゃんは初めて会うお兄様に目を細め、じろじろと観察した後、興味なさげにぱくっと白身魚を頬張った。相当気に入ったらしい。

 

 それにしても、心臓がバクバク言ってるんだけど。

 かなりきつい。


「お、兄様、今度からは正面から来て下さい」

「そんな表情されると癖になるなあ」

「やめて下さい」


 癖にならないでください。お願いですから。

 お兄様がニコニコ笑いながら、正面を指差す。そちらを見てみると、エリアスが貴族の対応をしていた。


「別にエリアスと踊ってもいいんだよ。僕としては家庭教師であるエリアスは避けてほしいのが本当だけど、踊る相手が居なければいい。もちろん、僕でもいいよ」

「え、お兄様でも?」


 それは意外。身内でもいいだろうとは思ってたけど、お兄様からその言葉が出るのは超意外。

 てっきり我関せずかと思ってた。


「大事な妹が、変態貴族に狙われては堪らないだろう?」

「変態貴族」

「取り消すつもりはないよ」


 お兄様はあっけからんと言って、手を振った。

 それにしても、お兄様はホント、私の事大事に――ッ!?

 

 悪寒が走る。後ろが怖い。何かが近付く。

 そう思ったとたん、私は迷いなく魔力を集めて魔法を造り、後ろを振り向いた。


「だれ……っ、あ」

「び、びっくりしたぁ。ミルヴィア、どうかしたの?」

「え、あ……ううん、なんでもない」


 そこにはコナー君が居て、降参するように両手を小さく上げていた。私は拍子抜けながら、自分の造った魔法を見て固まる。


 さっき形成した氷の結晶。

 こんなの、造ってたか……?

 私がさっき造ろうとしたのは確か、ぶつかっても大して害のない、空気砲のような風魔法だったはずだ。それも、小さいダンボールをくり抜いただけの。


「……」


 唾を呑む。これがもし、誤ってコナー君にぶつかってたら。

 考えるだけで恐ろしい。無害な相手に魔法を放つなんて、言語道断だ。

 冷や汗が流れる。どうして、今、氷を。

 これは、マズイ。


「難しい事考えてる時の顔、なの」

「え」


 狐ちゃんの声が聞こえて振り返ってみると、狐ちゃんは今度は白身魚ではなく、キノコのグラタンを食べていた。こちらを見る目には、心配そうな色も、悲しそうな色も、何も浮かんでいない。

 それが逆に、安心する。


「お兄ちゃんが無種族の話をするとき、大体はその顔なの」

「その顔?」

「眉が寄って苦しそうで、今にもすべて投げ出しそうな」

「狐ちゃ」

「無種族?」

 

 私が何か言う前に(何言おうとしてたんだろ)、アイルズが口を開いた。アイルズはコナー君の後ろに居て、眉をひそめる。直感的に、関わらせちゃだめだと思った。


「アイルズ」

「無種族が、どうした」

「何なの、女臭い。近寄るんじゃないの」

「無種族が、何なのですか――教えて頂けますよね、お客様?」

「どうして私があんたに何か教えてやる道理があるというの?何もしないで何かを求めるなんて、図々しいにもほどが」

「言え――お前の旧種族は」

「黙れアイルズ」


 私は氷塊を、アイルズの首筋に当てた。多分、ひんやりしてたと思う。アイルズがビクッとなる。


 私の内心?

 ヒヤッヒヤですよ!氷に掛けてるわけじゃなく、もう何が何だか分かんないよ!

 関係図ぐちゃぐちゃじゃない!?


 自分の事を棚に上げてそう思いながら、アイルズの首筋に当てた氷塊をさらに密着させる。アイルズは狐ちゃんに対する警戒心を弛めず、ただ攻撃する気は失せたようだった。

 興醒め、とも言えるかもだけど。


「魔王様、私は無種族には恨みが」

「職務中だ、慎め」

「ですが」

「うるさい。黙れ、音楽が聞こえない――ユアン、もしアイルズが暴れ出したら、斬っていいからね。お兄様も、是非お願いします。妹ちゃんも、是非。何なら、魔王が直々でもいいが――お前の本望じゃないだろうから、せめて妹ちゃんにやらせてやる」

「……っ」


 我ながらよくつらつらと出て来たなあと思うよ、今の。ていうか、狐ちゃんを妹ちゃんって言い換えちゃうと、私とキャラが被るんだけど、しょうがない。思い付かないし。


「まあお前が腕の立つ執事と言っても限度があるだろう」

「そうですね。あそこの警備には、負けませんが」

「私には?」

「……」

「負けるか、私には」

「ええ、魔王様ですから」

「――つまらない奴」


 そこで負けませんとか言えば、ユアンくらいには面白味があるのに。

 私は氷塊を消すと、すぐにユアンを振り返った。


「ユアン、後で話」

「分かりました」


 その途端、狐ちゃんがふらりとコナー君に歩み寄った。

 コナー君、健闘を祈る。

 

「チビッ子、踊るの」

「え、え、僕!?」

「ちょっとくらい踊れる」

「無理だよ、僕簡単なのしか、うわあ!?」

「行くの行くの」

「おい、何の騒ぎだ?」

「師匠、向こうで乱闘騒ぎが!」

「はあ!?抑えなよ!」

「無理です――!」

「チッ、エリアス行け!」

「なんで私なんだ!」

「仕事モードだから!」

「はあ―――――!?」


 まあ、会場の端っこでは、こんな風にわちゃわちゃしながら過ごしていた。

 

 ちなみに、コナー君と狐ちゃん、ステップは簡単な奴だけど超上手かった。

 負けられん。

閲覧ありがとうございます。

踊りませんでしたね……。踊る予定だったのですが、ちょっと次回に持ち越しです。

と言いたいところなのですが、次回は特別編挿みます。今回の事をちょっと説明する感じです。

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