59 狐ちゃん?
「ま、魔王なの?」
「魔王?じゃないよ。どうしてここに居るの!」
「ふにゃっ!」
「ふにゃっ!じゃない!それはあんたのお兄さんの特権でしょ!」
猫じゃなくて狐でしょ!
ちなみに、ここの会話はエリアスがさり気なく遮音結界で覆ってくれている。遮音結界恐るべし!
「だってお腹が減ってペコペコで、したらいい匂いがしたので人に見つからないようにそうっと忍び込んだの。連日の一日一食に死にそうなの」
「知らんがな!いいから戻れ、後で食事は届けてやる」
「嫌なの。もうおなかペコペコは勘弁なの。んー、このスウィーツ、美味しいのー!」
「スウィーツとかカッコ付けるな!それはただのスイーツだ!」
クイチ(クイチって言うのはキイチゴみたいな感じの甘酸っぱい果物)のムースを口に運んで、震えながらそう言う。私もつられてぱくっと食べる。ん、美味し。
「魔王がどう思おうと勝手なの。私は何も言わないし、知らないの。だけど魔王、私は今至福の時間なの。邪魔はしないでもらいたいの」
「う……ってなるか!いいから出て行け!捕まったら八つ裂きにされるよ!」
「大丈夫なの、お兄ちゃんが来るの」
「自分で戦って勝てるって発想は!?」
考えてみりゃこの子弱そうだしな!
でも、あー、どうしようかなあ。絶対動きそうにないし、少年呼ぶにしても後にした方がいい。今は抜けられそうにない。しょうがないか。面倒見よう。
「分かったよ、じゃあ私に付いててね」
「了解なの」
「お、物分かりいいじゃん」
「こっちがオジャマなのは分かってるつもりなの。でも礼儀作法とか知らないし、このドレスももらい物だからキツキツなの」
「そう。ならいっか」
案外素直なのね。考えてみれば友達だし、ある程度の融通は利かせてもらえるのかも――じゃない!違う!そもそもここに来ること自体だめなのだ!
あっぶねー、思考が自爆するところだった。狐ちゃんと話すと調子狂うんだよね。
「エリアス、結界を解いて」
「分かった」
フォン、と音がするような優しさで、結界が解ける。狐ちゃんはある意味厄介だ。
銀色の髪の毛。銀色の目。鈴の声に丁寧な仕草。子供なのに強気な態度、私とは正反対の配色。
ある意味私より男性受けはいい。
私周りに男ばっかいるから気付かないかもだけど、前世ではモテなかったんだよ?年齢=彼氏いない歴だったんだから。
「ミルヴィア様」
ユアンとアイルズが駆けてきて、私の隣に居る幼女に目を止める。狐ちゃんがこれ以上ないくらいの剣幕で睨んだ。小さい体だから怖くない……はずなのに、狐ちゃんから溢れる殺気は尋常な物じゃない。
私がユアンに目配せし、周りに動きが無いのを確認すると、初めてユアンに気付いたかのように声を出す。
「お、ユアン。エリアス、ごめん。好きにしていいよ」
「助かる。じゃあ所々で起きそうな言い争いを止めてくる」
「気を付けて」
エリアスも大変だな。エリアスが一番大変なんじゃないか?
ユアンに発せられる殺気は収まるところを知らない。そうだろうな。言葉の上では納得しても、心情までは納得できない。出来るはずがない。それでいい。とりあえずはね。
「魔王様、その幼女は?」
「友達。庶民だ。だめなら追い返すが?」
手で払う仕草をしてみせると、アイルズは数秒考えた後に首を振った。了承してくれるらしい。よかったよかった。
「アイルズ」
「え?」
狐ちゃんが小さく呟き、私の後ろに隠れる。私はまったく隠れられても構わないんだけど、アイルズがあからさまに顔をしかめた。
狐族ってばれてないよね?
「銀髪」
「知らんの。あんた臭いの。近寄ったら許さないの、魔王が」
「私!?」
「魔王と私は友達だから」
「そうだけど」
アイルズ相手じゃ勝てないよ?それに、アイルズも公の場じゃ攻撃しないだろうし。
そんな怯えなくても、アイルズ別にそんな多分恐らくきっと怖くないよ?
「魔王、黙るの。こいつ、臭いにもほどがあるの。なんなの、この臭い。あ、分かったの!女の匂いなの!」
「ちょっと黙っとけ!」
公の場で女の匂いだのなんだの言うんじゃない!これだから子供はっ!
私が狐ちゃんの口を塞ぎ、周りを見る。どうやら騒ぎに紛れて聞こえてないらしい。良かった。
私はユアンにこっちに来いと目配りし、コナー君にユアンの方に行くよう目で合図した後、ビサに騒ぎが起きているけれどこちらは放っておくようにと目線を送る。
ユアンがこちらに来て、コナー君がユアンの隣へ。ビサは何事もなかったかのように前を向く。
全部皆理解したらしい。
それを送れた私もすごいが、理解できた皆すごすぎないか!?
「狐ちゃん、ここは舞踏会だよ?もし静かに出来ないのなら、何であろうと追い出すよ」
「う……ごめんなさいなの。だってあいつ、本当に臭い。臭いの――可視化を行ってても、臭いは無理なの?」
「『五感強化』でもしない限り無理かなあ」
「すればいいの。したらあいつの発する馬鹿馬鹿しい匂いが分かるの」
馬鹿馬鹿しい匂いって。
なんじゃそりゃ。
「嫌だよそんなの。知らないだろうけど、『五感強化』ってすごい鋭くなりすぎて頭カチ割れるかと思うくらいなんだから」
「知らんの。いいから一瞬でも嗅いでみるの」
「しょーがないなあ。じゃあアイルズ、失敬」
『五感強化』、オン。
…………!
すげえ、全部が分かる。全部が感じられる。事実がすべてで、すべてが事実だと分かる。
人が多いとこんななんだ。すごい。頭カチ割れるとかならないかなとか思ってたけど、制御できてるせいか色々分かって面白い。
っとと、そうだ、アイルズの臭いか。
すんすん。
んー?
「別に、何も」
「魔王は表面の臭いしか嗅がないからだめなの。すうっと臭いを吸うようにしたら、あいつから女の臭いがするって分かるのよ」
「きつねちゃ、じゃなくて、えっと、あんたの前じゃ、浮気なんて出来ないね」
狐ちゃんはまずいか。なんて呼ぼう。
「狐でいいの。どうせ銀狐には遠く及ばないの」
「そ、そう?そうだよね、獣族・狐種だもんね」
話を合わせてくれるみたいだ。狐族としての誇りは我慢してくれるのか。よっぽどお腹が減ってるのね。僥倖かも。
狐族、誇り高い、プライドの高い貴族。人を見下す傾向がある、らしい。
「女の臭い。魔王の騎士も大概だったけど、こっちはもっとすごいの。酷いの」
「酷いって、それこそ酷いですね――ここは人前ですので、やり合うのなら適当な場所を用意しますが?」
狐ちゃんからの殺意を感じ取り、アイルズがにやりと笑う。うわあ、皆性質わりぃ。
「やめろアイルズ、子供相手にみっともない」
「私も一応子供ですが」
アイルズが両手を広げてアピールしてくるけど、全然説得力がない。女の臭いと言い剣の腕と言い。
私が狐ちゃんの前に立ち、アイルズを真正面から見る。睨むわけじゃないよ、もう仲間だから手加減はする。
「アイルズ、この子に手を出したらどうなると思う?」
「どうなるんでしょうね」
「ユアンとビサに殺させる」
「怖いですね。仕方ない、諦めましょう」
美幼女なのは認めるよこの子。
「だけど子供にまで手を出すとは、お前守備範囲広いな」
「ふふふ、そうでしょうか?この歳では普通なのでは?」
「そうだが、この子には手を出すなよ。……狐ちゃん、向こうにチキンっぽいのあったよ。食べに行く?」
「行くのっ!」
「……」
たんじゅーん。いいけど。楽だから。でもあんまり単純すぎると誘拐されちゃいそうで怖いわあ。
私は狐ちゃんといろいろまわって食事を楽しむと、ちらりと時計を見た。ひときわ大きい、王座の正面の壁(といっても滅茶苦茶距離がある。こういう時色での判別はすごい便利)に掛けられた時計。それはもう紫色に変わっており、まだダンスではないけどあと一時間だった。
「狐ちゃん、誰かと踊る?」
「あのチビッ子と踊るの」
「チビッ子……コナー君の事?」
「そうなの」
コナー君、狙われてますよ。
でもさてさて、誰と踊りましょっかなー!
閲覧ありがとうございます。
狐ちゃんは結構食べます。普段お腹を空かせていると言うのもあると思いますが、彼女の胃の許容量は半端ではありません。
次回、いろんな人と交流します。




