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5 お兄様と魔法訓練

 正気に戻ったお兄様は、庭で一緒に訓練しようと言って下さった。なんでも私は吸血鬼だから、夜の方が力が出るだろうとか。


 私が昼でも平気なのは、魔王としての力が働いてるからなんだって。お兄様と同じ。お兄様は夢魔(インキュバス)のおかげで完全な狼男にはならない。狼男のデメリットを消してくれる。私は魔王だから吸血鬼のデメリットを消してくれる、って事。ハーフってお得。


「お兄様、どのような魔法を教えてくれるんですか?」

「教える事はないなあ。精度とか威力とか、あとは不言魔法のコツとか。満月の日はいつも相手出来ると思うよ。あー、ミルヴィアが抑えてくれれば、だけど」

「いいですよ。私もあの二匹を相手するのは嫌でしたから」

「どうして?」

「弱すぎるので」

「…」


 お兄様は笑ったまま何も言わない。


 来る時は迷わないように必死だったから気付かなかったけど、タフィツトと本邸の間には渡り廊下があるらしい。中から見れば異常に長くて窓がいくつかぽつぽつ置いてあるだけの廊下なので、気付く人は滅多にいない。外から見れば明らかに渡り廊下だって分かるんだけど。


「ミルヴィア」

「なんですか?」


 渡り廊下を物珍しいので見ていると、お兄様が固い声で声をかけてきた。お兄様の方に目をやる。

 

 あれ、なんかすごい顏が強張ってる。


「僕の事、黙っててくれるんだよね」

「もちろんです」

「じゃ、お願いね?」


 お兄様が視線を向けた先に、メイドさん十二人を従えたお母様が待ち構えていた。


「…」

「カーティス、満月なのにお仕事をしないの?」

「ミルヴィアが魔法を教えてほしいとせがんできたので」

「あら残念。ミルヴィアちゃんとお話したかったのに」

「断る」


 あの顔大っ嫌い。全然違うはずなのに、銀行強盗とすごく似てる。もしかして次元の違うきょうだいなんじゃないか?

 

 お母様の顔があからさまに引き攣り、周りのメイドさんが少し離れるのが分かった。お母様、まさか強いなんて事ないよね。私が勝てるかな。どさくさに紛れて血を吸う…いや、だめだ。生まれて数時間の吸血鬼としてのプライドが許さない。


「ミルヴィアちゃん、でも、少しくらい優遇してくれても」

「私が優遇するのはお兄様だけ。自惚れるな」

「…ミルヴィア?お母様の言う事が聞けないの」


 凄まれても怖くないんですよ。さっきのお兄様の方がずっと怖かった。冷静になってからは全然怖くなかったけど。て言うかあの二匹も私が真読魔法使えなかったら勝てなかった。やばかった。夢魔(インキュバス)に取り込まれて狼男に食べられてたと思う。魔王ゆえに取り込まれなかったと言うのか。


「聞かない。退いて。何なら一気に蹴散らす」

「ミルヴィア。お母様は退きませんよ」

「なら、退かす」


 使えるかな?うん、使える。


 周りの空気を掻き回すイメージ。その掻き回した魔法を一気にお母様軍団の方へ飛ばす。


「キャアアアア…!」


 お母様軍団が遠くへ飛ばされる。私は緩めなかった。むしろ風を強くする。


 弱い。本気を出すに値しない。

 

「ミルヴィア!」


 お兄様の一声で、止めた。お兄様の言う事なら聞きます。

 お母様は遠くで伸びて喘いでいた。


「あっ、ううっ!」

「母上」


 私はお母様に近付くと、お母様は怯えてズザーッという効果音が聞こえてきそうなほど勢いよく後ろに下がった。


「私は、お兄様の、言葉しか、聞かない」


 お母様は可哀想なほど頷き、私はお兄様の方に戻った。


 ふう。疲れた。真読魔法を使った後だし仕方ないか。いつかあれも不言魔法として使えるようになると良いけど。そうなったらすごい便利だし。


「ミルヴィア、やりすぎじゃ」

「怪我してる人、いますか?」


 お兄様の言葉を遮るように、私は言った。人を傷つける精神は持ち合わせてないよ。


 メイドさんたちは驚きながらも首を振った。一人だけ、そろそろと手を挙げて怯えた目をしている人を発見。直ちに治療します。

 患者は腕に切り傷を負っている様子。何者かが風魔法で吹き飛ばした時に窓枠に当たったのが原因と考えられます。

 何者かが、です。


「風で切られしその腕を治癒せよ。叡癒」

「へ」


 メイドさんの腕が光に包まれた。ふわあ、と私の指先が熱くなる。メイドさんからするすると光が解けて行き、きっちりと切り傷は治っていた。


「お兄様、行きましょう」

「う、うん…」


 お母様の方には視線をやらず、お兄様と歩き始めた。

 

 道すがら、お兄様から質問を受けた。


「さっきの魔法は何?風魔法の、どの魔法なの?」

「えーっと、多分竜巻の応用編です。極々小さな竜巻を巡回させる事で自由に風を起こした…あれ、これってすごく便利ですよね」

「どうして?」

「説明するより実践した方がいいです。お庭に行きましょう」


 百聞は一見に如かず、って言うからね。


 お兄様はそわそわしながら私の方をちらちら見てきた。

 そんなに気になる?ちょっとした応用なんだけど。


「ここだよ」


 お兄様は衛兵に会釈すると、ガラスのドアを開けた。ガラスのドアは綺麗に彫られていて模様が付いていた。思わず庭の方ではなくガラスのドアを見つめてしまう。


 ほぇー、すごい綺麗な彫り物。職人技って感じがするね。


「ミルヴィア?」

「あ、今行きます…?」


 外を見ると、思わず固まってしまった。


 庭を取り囲むような花壇。それは種類別に植えられていて、小さな花が大きな花を引き立てている。素人目にも凄腕の職人さんが整えているのだと分かる。

 草も若葉で、息を吸い込むと夜の湿った匂いと共に若葉の匂いがする。真ん中から十字型に分かれている道は石で舗装されていて、靴で踏んでみるとカツンといい音がした。


「すごいだろう。僕が庭師の人選を担当したんだ。気弱そうな子だったけど、腕は良かった。周りからは評価されなかったが、技術じゃなくて心が惹かれた。この子は、決められたテーマで作ったらだめだろうと思って自由にさせたら、こんな庭になったんだ」

「綺麗です…」


 語彙力が足りないのか、それくらいしか言えない。呆気にとられて、この素晴らしさを表す言葉が思い浮かばなかった。


「向こうの方で練習しよう。万一焼け焦げたらさすがに直せないからね」

「はい」


 案内されるまま、庭の端っこに行った。そこまで手入れが行き届いているから、ますます失敗しちゃいけない感が出ている。

 プレッシャーがやばい。

 

「じゃあ、さっきの竜巻の応用をやりますね」


 私は近くの小石をターゲットに定めた。


 小さく空気の渦をつくる感覚。指で空中に円を描くのと似てる。上手く真ん丸になるようにして竜巻ミニ版を作り上げた。それを小石の方へ持っていく。小石が巻き上げられる。周りの砂は巻き込まないように、そこだけを巻き上げる。


「おお」

「これで完成です。これを、」


 スーッと空中で移動させる。ただ、不安定すぎる。上下に動いたり、少し風が吹くとブレる。改良が必要みたいだな。


「なるほど。なら、これも出来る?」

 

 スパンと石が割れた。破片が飛び散るのを何とか風を駆使して防ぐ。

 不言魔法で石を割るとかどんだけ強いのよお兄様!?


「これは?じゃあ、これ」


 次々と割られていく道端の邪魔な石を、私は風魔法だけで防いで見せた。

 いい加減疲れてきた。でも、お兄様が何をやらせたいのかも大体、分かった。

 お兄様は、私に魔力の分担の仕方を教えたいんだと思う。


 小さい破片には、小指の先ほどの魔力を。

 大きい破片には、手のひらほどの魔力を。

 

 その時々で魔力の量を調整しないとすぐに疲れる。魔力は精神力を使う。集中しないと細かく分けられないのだ。


 いや、分かってるよ?分かってるんだけどさ。


「周りの石全部割るって無茶すぎません!?」


 物凄い勢いで周りの石が割れていく。それすべてをバリアじゃなく風だけで防ぐ私の身にもなってほしい。私の身になったところで、お兄様なら余裕なんだろうけど。

 

 しばらく地味な攻防が続いた後、私は一瞬油断した。お兄様が魔力のわずかな隙間から破片を飛ばした。


「イタッ!む、無理…」


 そんなのがいくつも。私は周囲に気を配れなくなってきた。魔力も底を尽きかけている。ピシピシと細かい破片が私に当たった。地味に痛いんだよ、これ。


「お兄様!もうやめて下さい!」

「なんだ。もう終わり?」


 あっさり止んだ攻撃に、目を瞬かせる。あれだけたくさんの石を割って破片を飛ばし、私の風の隙間から隙間を投げ入れる余裕があったのに、お兄様の息は切れていない。それどころか笑っていた。


「もうちょっとやれると思ったんだけどな。期待外れだ」


 期待外れ。

 私が?

 吸血鬼で

 魔王の

 私が期待外れ?


「…へえ」

 

 期待外れか。

 ごめんね、期待に副えなくて。お兄様ほど強くなくて。

 でもさ。

 

 私は、魔王なんだから。


「負けられない」


 一番強い人が、魔王にならないといけないんだから。

 魔王になったら、一番強くならなきゃいけないんだから。

 

 グワ…


 私の周りの石が巻き上げられる。私を中心に、石が私を取り囲みながら回り始めた。洗ったばかりの髪がふわふわと舞う。不思議と塵はつかなかった。私が操っているから。塵一つ、見逃さないほど、周囲に気を配れているから。魔力は底を尽いているのに。


「…まずい」

 

 お兄様の声が聞こえなかった。目の前が良く見える。お兄様が笑顔を消してたじろいだのも分かった。私は右腕を挙げる。右腕を囲うように石が回る。


「彼の者の腕を傷付けよ。乱石」


 詠唱を端折る。石はお兄様に向かって飛んで行った。大小関係ない、隙間なんて生まない、適当な乱石。だと言うのに、お兄様は防ぎ損ねた。すぐにそこも補って成功させるが、苦しそうだ。


「本気を出してないよ。お兄様、本気を出したら?」


 お兄様が腕を一振りする。石が飛び散ったのが確認できた。更に追い打ち。


 温い。温いよ、お兄様。私はもっともっと強いんだ。本気を出さないと、やられるよ?


 私が攻めて、お兄様が守る。さっきとは真逆の攻防。でも、こっちが優勢。でも、お兄様はもっと強い。こっちだって、これから本気を出さないと。

 

 そう思ってたのに。

 

 唐突に、私の石は弾かれた。飛んでくる石をパシッと受け止める。弾かれるのが数回続いた。

 カキン、カキン、と音がする。魔法じゃなく、剣で弾いている。だけど、お兄様は剣なんて持ってなかった。私は弾かれる石を防ぐため石で周りを固める。目には目を、歯には歯を、石には石を。


「ミルヴィア様、とても面白いご遊戯でした」

「!」

 

 気付かなかった。

 気付かないうちに、石を全部弾かれ、間近まで迫られていた。慌てて石を当てようとしても、剣で弾かれる。綺麗な剣だった。石を弾いていたのに傷一つ付いていない。


「ですが」

 

 気絶する直前に見えた、男の顔。

 目が覚めるような青色の髪、宝石のように光る緑色の目。綺麗な顔。


「本気を出さないと、実践では役に立ちませんね」


 低く甘い男の声を遠くで聞きながら、私は気を失った。

閲覧ありがとうございます。

さて、ミルヴィアが本気の六分の一を発揮しました。これだけで、普通の人族は倒せるんですけどね。

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