57 今代魔王
自己紹介が終わると、貴族達が恭しく一礼。これは敬愛の礼。その中の一人が発言。
白髪の、いかにも老熟した剣士って感じの男性。剣士の敬愛の礼は、剣を己の前に突き立てて膝を付く――って感じの礼だ。その歳でそれをやるとは、あの人何者だ?
「我々は魔王様に従いし貴族であります。どうかお見知りおきを」
「ああ」
あの人知ってる。ドラゴン討伐で大躍進したユマダ伯爵。ユマダ伯とか言われて、結構親しまれているらしい。国に対する貢献度も他の比じゃない。伯爵なのは、ユマダ伯がこれ以上は望まずこの地位に甘えそして技量を理解し人員を育てる事に勤しむと言ったせいだとか。どんだけ出来た人だよ。
「ユマダ伯、貴方の活躍は聞き及ぶ。これからも期待させてもらうとしよう」
ユマダ伯はぐっと喉になにか詰まったような顔をし、震えながら俯いた。
「ありがとうございます、魔王様!」
「いや、貴方の活躍を聞いた時、私は震えたぞ」
「いえ、本当に、お耳に入っているだけでも十分です」
「そ、そうか?」
なんでそんな感激してんだろ。私はただすごいねって言っただけなのに。
横でエリアスが深い深い、そりゃまたふかーいため息を吐いた。
「やめろミルヴィア。やたら滅多に人を褒めるな」
「どして?」
「分からないならいい。でもな、絶対聞け、ユマダ伯はまだいいが、付け上がる奴だって居るんだからな?」
「あー、うん、ごめん。気を付けるよ」
そうだよね、付け上がるよね、私魔王様だもん。
魔王様……良い響き。
なんちゃって。
そして気付いた。入って来たご婦人が、コナー君をガン見している事に。
私のコナー君が!
「ここ下りても平気?」
「別に良いが、もう少し後にしろ。威厳はどうした」
「だってコナー君がっ!」
無理に椅子から立ち上がろうとすると、エリアスに何かの魔法で抑え付けられる。
いっ、いた、痛い痛いっ!
「子供にぐいぐい行かないくらいの分別はある!過保護にもほどがあるだろ、カーティスの事言えないぞ!」
「うう、でも、だって」
「お前が一言貴族に言ってやりゃあいいだろ!」
「なんて?」
「そんぐらい自分で考えろ馬鹿!お前は俺に全部任せる気か!」
「あい。すんません」
魔法の圧力が徐々に抑えられ、私は前を見据える。ユマダ伯はこちらを見て何かを待っているようだった。あ、入れってのを待ってるのか。
「入ってくれ」
「は。いえ、して、陛下」
「陛下っ!?」
小声で叫ぶ。陛下って何!?さっきまでの魔王様はどこ行った!?
ああそうか、ある程度になると陛下とか呼ぶんだっけね。本に書いてあった。人族領とでは違うらしいけどさ。
ユマダ伯は鋭い目をして、壇の下にいる皆を睨み付けている。
「そこの方達をご紹介願いたい。私は陛下に尽くす身、陛下のご命令なら何でも聞き届けましょう。しかし二名を除き、知らぬ者が居るようだ」
「待て、剣を仕舞え」
知り合いだから!暗殺者じゃないから!そもそもそんなんが居たらエリアスが見逃すはず――は?
エリアスが見逃すはずないって、なんで?ユアンじゃなく?
なんとなくだけど、これはエリアスの領分だと思ったのだ。私、潜在的に何か思ってたりするのか?
いや、ないな。隣に居るのがエリアスだからそう思っただけだ。
てか、ユマダ伯が知ってるのってお兄様とアイルズだよね、多分。
「お兄様、アイルズは知っているだろう」
「は、存じております」
「ガタイの良いのがビサ。私の一番弟子だ」
「ああ、その方が。……聞き及んでおりますよ、魔王様に見込まれ弟子になった者と。その訓練の成果、是非とも見てみたいものですな」
ユマダ伯の目が危険に光る。これ、ビサの事認めてないな。てゆーか、一流の剣士が魔王の弟子を羨んでどうする。絶対実力としては上でしょうに。
ところが、ビサはそんな喧嘩を、無謀にも買った。
「よろしいですね。師匠は省いておられましたが、私も魔軍の兵長の肩書を持ちます。三秒は相手になるかと」
「ほう……」
「待て。私抜きで話を進めるんじゃない。ビサ、思い上がりも甚だしいぞ?」
ビサの勝気な態度に、思わず口を挟んだ。ユマダ伯も乗せられそうになっている。どっちかっていうとビサが乗せられてるんだけど。止めてほしい。せめてもっと成長してからにして。
私の言葉に、ビサが不満気に眉を寄せる。
「師匠、私に特定の敵としか戦う事を許してくれないと?私の欲求は止まりませんよ?」
「お前の欲求などいいのだ。問題なのは平民のお前が、貴族に挑む事だろう。――ビサ、まさか、そこらへん弁えてないとか言わないよね」
いつもの口調に戻って言えば、ビサがびくりと体を震わせた。
思ったんだけど、私が一番人を脅すのって、無表情で魔王様口調じゃなく、無表情でのいつもの口調が効く。だから使ってみたんだけど、まさかビサにまで効くとは。
「失礼したユマダ伯。私の弟子が出過ぎた真似を」
「いえ、元はと言えばこちらから誘ったのです。彼を責めるのはどうか勘弁を」
「ああ。ビサ、ユマダ伯に免じ、今日は大目に見る。だがお前、自分の任務を忘れるな」
「はい」
ビサは一礼すると、タッと駆け出して入口の警備に当たった。よし、一人目。
次は、そうだな、ユアンかな?
「青髪の騎士はユアン。私の――専属騎士だ」
「ユアンと申します。ミルヴィア様に心奪われ、騎士をしております」
「こっ……」
公衆の面前で何言いやがる!
激昂しそうになったのを必死に抑え、口を開く。
「すまない、軽口が好きなんだ」
「本気なのですが、ね」
「陛下に心奪われ……?」
ユマダ伯は、今度は怒気を顕わにしたりはしなかった。代わりにユアンの顔、腰、手つき、足、すべてを舐めまわすように見て、ふっと息を吐く。
「なるほど。陛下はいい騎士を持たれましたな」
「……ああ、そうだな」
実力を推し量ったの?ユアンが強いって察した?だとしたらビサって弱いのかな。ううむ、訓練メニューを厳しくせねば。
ビサの体が持つか心配になるメニューが、私の中で出来上がって行った。
「えー、そこの、あー、男の子は」
何て言えばいいんだろう。困るなあこういうの。
「うち専属の庭師だ。私の友人でもある」
「え、と、コナーです。家名はその、有りません。えと、ミルヴィ、魔王様にご贔屓にしてもらってますっ」
良く言い切った!拍手したい!
「友人ですか。私はユマダ伯爵と言う。小さいのに立派なものだ」
「……?」
やけに甘いな。ああ、そうか、ユマダ伯くらいの年齢だと、お孫さんはコナー君と同い年……とは言えないまでも、歳は近いだろうな。だからかな?歴戦の剣士も、孫には勝てないか。
「して、陛下」
「何だ?」
紹介は終わったでしょ?他に誰か居たっけ。
「そこの、隣の男は誰でしょう」
「……知らないか」
「存じませんな。そんな男」
マジか。お医者さんだし知ってっかかなーって思ったのに。やっぱ知らないか。貴族エリアスにお世話になったりしないのか。
「いし、むぐっ!?」
エリアスに口を押えられて、声が出ない。エリアスは真剣にこちらを見ていたけれど、こっちとしてはそれどころじゃない。
何故って?
ユアンとアイルズの殺気が怖いんだよ!
「俺の肩書は伏せろ」
「んんっ!」
分かったから、離して!?
そう思うと、エリアスがぱっと手を離す。やめてよもう、見苦しいじゃん。
「すまない。えー、エリアスだ」
「エリアス?そうですか。エリアス、な」
「どうかしたか?」
「見事に男性揃いですな」
「私も女性と関わりが欲しいさ。ただ、目覚めてからまだ一カ月しか経ってなくてな。人と知り合う機会は少ない」
実はこれ、用意してた台詞。角が立たないようにしたいからね。
「では、これで終わりだ。入ってくれ」
手を広げてそう言うと、皆がぞろぞろと入ってくる。うわ、高位の貴族って言ってもまあまあ多いの、ねえええ!?
そして私は見てしまった。
銀色の銀狐が、貴族の中に混じっている事に。
閲覧ありがとうございます。
ユマダ伯は剣士です。結構な功績を上げていて、歴戦の剣士と言われていますが、孫の前ではデレデレしちゃう普通のおじいちゃんです。
次回、招かざる客人、です。タイトルそのまま。




