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56 魔王の周り


「ミルヴィア!そろそろ皆さんが入ってくる!」

「皆さん?」


 お兄様の叫び声に首を傾げる。私はなんとなく王座に座ると、そのすわり心地の良さにうっとりした。

 あーっ、最高。やっぱりシリアス嫌いだわー。嫌だわー。

 にしても、皆さんって誰。


 ガコン、ガコン


 大きい音が鳴って、ものすごい数のメイドさんが入ってくる。ええ!?入り口に並んでた人って本当にごく一部だったの!?多くね!?

 そしてあのガコンガコンって音は、何かの道具を使ったノックと見た。


「失礼します魔王様」


 最敬礼をしながら、一番前のメイドさんが喋る。お、綺麗な声。取り立てて美人ってわけじゃないにしても、声は特別綺麗だな。


「舞踏会のためのお食事をお持ちしました。入る事を許可して頂けますでしょうか」

「え」

「ミルヴィア」

「あ、ああ、いいぞ」


 やば。きょどった。なに入る許可って。ユアンそんなの全然関係なく入って来るけど?つーか朝起きたら居るんですけど?

 マジ?もしかしなくてもユアンって相当無礼?いやいやいや、それは良くない。良くないよミルヴィアちゃん。そこは信頼の証って事で……でも私、ユアンと出会い頭に殴って気絶させられてなかったっけか?

 忘れよう。

 そうだ忘れてしまおう。うん。


 くだらない事を考えている間に、次々にワゴンに乗った料理が運び込まれる。

 んん!

 良い匂い!そういえば、ここ三日何も食べてない――んん?くらくらしてたのって空腹?

 あーそっかー、私空腹は中々自覚できないからなー。やっちゃった。

 でもいいか、今回の主役だとか気にせず、ばくばく食べちゃおう。


「魔王様、今回の舞踏会のメニューをご紹介します」

「あ、ああ……?」


 さっきから思ってたんだけど、この人、私の方を見ようとしないな。なんでだ?目が潰れるとか思ってないよね。傷付くよ私。


「サイレイヨ炒め、ユーグラフス野菜のサラダ、ラグスユールの煮込み……」


 やばい、何言ってんのか全然分からない!

 いろんな意味でやばい!っつーかサイレイヨとかユーグラフスとかラグスユールとかなんっじゃそりゃ!

 女の人が全部言い終わる頃には、私は全部忘れてました。はい。サイレイヨ?何それ美味しいの?


「では魔王様、そろそろ高位の貴族様がいらっしゃいます」

「ああ」

「私達はこれで失礼いたします」


 ズザーッ、と音がしそうなほど素早く、彼女らは消えて行った。消えて行ったという表現が一番正しいと思うほどいつの間にかいなくなり、扉は閉められていた。怖っ。警備のビサとか要らないんじゃない?

 それはともかく、貴族様、ねえ。やっぱり交流関係は持っておいた方が良いな。私は話が得意な方じゃないけどまあ、なんとかなるっしょ。


「貴族を迎え入れた後、挨拶する。高位の貴族以外には丁寧な挨拶はいらない。魔王と一言名乗ればいい。その後に下位の貴族や将来有望な若者が来る。接してコネを持っておくのも悪くないな」

「おおう、頑張って憶えたよ」

「そうか」


 エリアスが付いて回るのかな。私としては、美男子集団に囲われても困るんだけど。まあお兄様はお兄様で仕事があるだろうし、コナー君も貴族と接して悪い事はないでしょ。ビサは警備。って事になるとエリアスとアイルズとユアンで回るって事になる。


 でもそれは一番困る。

 アイルズとユアンは誰の目から見ても不仲だ。表面取り繕ったとしても、人選に鋭い貴族を全員欺けるとは思えない。何より言葉に秘めた皮肉が怖い。

 それにエリアスはお医者さんなのに付いて回るのも変でしょ。


「エリアスはどうするの?」

「お前の監視」

「監視っ!?ちょっと待って私の予想の斜め上……いいや斜め下!」

「その表現は微妙に違う」

「そういう突っ込みはいい!要らない!監視って何!」

「騒ぐな。外に貴族が居るぞ」

「む」


 脅し文句的な発言はともかくとして、何さ監視って。私監視されるような事したっけ?


「お前には何の問題もないが、周りが曲者なんだよ……」

「おお」


 そうか。

 お兄様は伝説の夢魔。

 ユアンは女ったらしの優男騎士。

 アイルズはユアンと同じ。ただし行動が大胆でもっと積極的。

 ビサは兵長、私の弟子。

 コナー君は公爵家の庭師で、私の、『魔王』のお気に入り。


 うおおおおお!

 最初の三人はご婦人が狙うだろうし、後の二人は取り入る人が続出しそう!?


「監視役お願い!」

「引き受けた」

「……さっき意図的にエリアス除外したけど、エリアスもイケメンお医者さんだからね?自覚持とうね?」

「俺は突き放せる」

「だろうけど!」


 なんだかんだ言って、皆押しの弱い性格してっからなー。お兄様は優しく断わって逆に勘違いさせちゃうし、ユアンもアイルズも引き受けるしビサは、ああ、ビサはきっぱり断るかな?

 一番の問題は。


「コナー君!」

「あ、何?」


 嘘、聞こえたの?耳良いな。


「舞踏会が始まっても、他の貴族のところに移ったりしないでね!」

「え、どうして」

「コナー君が取り込まれたら困る!あの庭、見納めなんて嫌だ」

「……良いよ、分かった。今日は気を付ける。アイルズさんと居るよ」

「あ、お、ありがと」


 案外あっさり承諾してくれたな、コナー君。コナー君だから頑なに断られたりはしないかなとは思ったけどさ。

 アイルズも別に嫌ではないらしく、丁寧にお辞儀した。

 

「お前はどうしてそう人の心を知らずにつらつらと……」

「何、エリアス」

「いいやなんでもない。なんでもない。お前、二度とその口開くな」

「早速開くけど、無理!」


 酷くないっすか!


 私とエリアスが話していると、ギイーッと扉が開く。外から大勢の高位貴族が入って来て、私を見て息を呑む。

 おっと、挨拶挨拶。


「いらっしゃい――私が当代魔王である、吸血鬼のミルヴィアだ」

閲覧ありがとうございます。

お料理は架空の物です。全部美味しいです。多分。

次回、魔王の自己紹介と皆の紹介です。

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