エリアス編 『魔王様』
俺から見た魔王は、王座に座るときに随分堂々としていたと思う。そこらへん、カーティスにでも鍛えられてるのか、それとも天性の才能か。
魔王には伝えられていないが、実はこの舞踏会、正式な日時は決まっていない。魔王が目覚めたらなるだけ早くとは思うが、先代魔王はこんなに早く開かれなかった。子供っぽくて、魔王に甘んじるところがあったからだ。
それに比べて当代魔王は違う。
立場を理解して、名乗るべきところで魔王を名乗り、魔王に甘んじず鍛錬を怠らない。本当はもっと前に設定していたのだが、鍛錬が理由でカーティスにやんわりと断られた。鍛錬を理由にされては、強行も出来ない。
俺としてはいつでも魔王は準備が出来ていただろうと思うけれど、カーティスは過保護すぎる。それに甘えないのも魔王の特徴だ。子供らしくない、とも言える。
「……エリアス」
魔王が目の前をぼーっと見つめたまま言う。
「なんだ」
「すごい感動するんだろうなあって思ったんだけど、存外そうでもないや」
「そうか、神経図太いな」
「それは絶対褒めてないよね!」
いや、褒めている。とは、口が裂けても言わないけれど。
魔王は力を抜くと、ふっと微笑んでみせる。それを見て、下のアイルズとユアンが目を細めたが、まあ、気に留めるべくもない。ただの恋心だ。恋心ほど面倒な物はないだろうが。
「でも、高いなって思ったよ」
「それは合ってるな。その高さには誰も居られない」
「エリアスが居るじゃん」
「違うな、魔王と私では、まったく」
「エリアスってたまに俺と私が入り混じるよねえ。気を付けた方が良いよ、どういう基準で分けてるのかは知らないけどさ」
「…」
見抜かれてる……。
これはかなり恐いな。怖いというより、畏怖か。
そして今、ある意味名ばかりだった魔王が魔王となった。その衝撃は大きいはずなのだが、普通に会話できる辺りは普通じゃない。魔王の器、というよりかはこの魔王の適性の問題か。
前代魔王に比べて落ち着きすぎだ。筆談だったら成人と言われても疑わないぞ。
「それにしても、エリアスと二人ってのも寂しいね」
「そうか?俺はあまり悪くないと思う」
「そういうのを軽く言っちゃうのが、あんたたちが誤解されやすい要因だと思う」
「誤解?」
魔王は上半身を捻るようにしてこちらを向くと、両手で胸のあたりにハートのマークを作った。それからにこりと笑う。
「恋の誤解」
「お前のそれもどうかと思うぞ……」
年齢にしては大人びているし、こいつは知らないだろうが、魔族の中じゃ百五十年は対象年齢内だ。なのでユアンとアイルズがああ思うのも合法である。そういうのをしたり顔で言われたらな、分からなくもない。下でユアンとアイルズの殺気が増した気がするが、気のせいだ。
俺は年下趣味は無いので、まったく靡かないが。
それにしても、こいつだって伊達に最強の魔王じゃない。少しくらい誰かに勝ってもいいだろうと思うのだが、こいつが勝ってるのはビサと、あとギルドで少し戦ったくらいらしい。勿体ないにもほどがある。ユアンやカーティスが居るだけで、こいつは自分を過小評価している。そこに俺が加わる事は否定しないが。
勿体ない、だがどうする?何もするべき事などない。こいつが自分で誰にでも勝てると思えればいい。いいのだが、この点に関しては先代勇者の方がマシだ。先代勇者は自信過剰なところはあったが、こうまで戦いに消極的では決して無かった。
「お前、俺と戦う気はあるか?」
するりと口から飛び出た言葉に、魔王が目を丸くする。それから首を傾げて考えていた。
って、何言ってるんだ俺は?わざと負けてやろうとでも?それはいくらなんでも失礼すぎるだろう。魔王相手に何を――
「いいけど、エリアス、勝てるの?」
「は?」
「年上の威厳が保てなくなる可能性もあるけど?」
「それはない」
思わず言ってしまったが、魔王はにこっと笑っただけで何も言わない。
俺が、自信過剰だとでも?俺はこれでも強い方だ。
そして突然、魔王の影が揺れ、姿が消えた。
「まあ、エリアスが強いのは知ってる。私がまだまだなのも理解してる。でも、それくらいの気持ちで挑むなら、やめてほしいかな。ビサくらい真剣に掛かって来てくれないと、私だって危機感感じないよ?馬鹿じゃないとまでは言わないけど、エリアス、私の事舐めないでよね」
「っ!?」
いつの間にか後ろに回られ、首に短剣を当てられる。下でカーティスが一歩踏み出そうとして、躊躇っていた。こちらの会話は聞こえないのか。
「短剣、下ろしてきたんじゃないのか」
「血を吸うのに短剣は付き物っしょ」
「付き物ではないと思うがな。見縊っていたのは認めよう」
「エリアスさ」
魔王がそっと短剣を下ろす。後ろを振り返ると、目を細め、眉を寄せ、寂しそうな、悲しそうな表情だった。それは哀愁を誘う表情ではあったが、似合わない。
「そんな顔、するな」
「だってエリアスが、孤立しているから」
「は」
孤立?俺が?どうして、なんで、どういう意味だ?
訳の分からない考えが頭をよぎり、それを吹き飛ばすように魔王は次の言葉を続けた。
「だめだよ、孤立したままじゃ」
「……え」
「エリアスは秘密あるでしょ?お兄様もユアンも。だけどお兄様とは魔王城で雇うって約束したからちょっとは解せたとか自覚あるし、ユアンも――あの夜に、ちょっとだけ」
「夜?」
「変な事はしてないよ!」
いかがわしい、と思ったのと同時に魔王が全力で否定する。逆に怪しい。敬愛のキスぐらいされていても不思議じゃないな。
ユアンはあれで積極的だからな。
「だけどエリアスは、孤立、というか」
「お前は?」
「私だって秘密くらいあるよ?」
たくさん、と付け加える魔王は嘘を言っているようには見えなかった。どんな秘密か聞くのも、こちらも明かしてないのだから躊躇われる。
「エリアス、孤高と孤独と孤立は、全部、違うからね?」
ツキン、と胸が痛む。全部――違う。
ユアンは孤高。カーティスは孤独。俺は――孤立?
「なので、何かあったら頼る事。魔王として、エリアスくらいの面倒は見てやるよ」
「面倒、な。お前もまだ養われる立場だろうに」
「孤立をどうにかさせられるくらいならね」
そりゃあ、そうだろう。
アイルズを仲間に引き入れるなんて、思わなかった。それで好感度が引き上がったなんて気付いてないんだろう。
「エリアスも、お兄様も、ユアンも、コナー君も、ビサも――あと、狐ちゃん、と、少年も」
「狐ちゃん?少年?」
「この二人についてはエリアス、知らなくていいよ。と言うか知らないで。これ皆秘密持ってるとか、世の中馬鹿馬鹿しくてやって行けないよね」
「お前だって持ってるんだろう、秘密」
「まあね?でも私はどちらかと言うと、暴く側の人間だから」
ああ、そうだろう。
実際今だって、喋ってしまいたい衝動に駆られている。こいつは、本当に、別次元の人間だ。
「お前は何でも思い通りにするな」
「そうだったら苦労しないんだけど」
けれどそれは閉じ込めておく。
まだまだ、お前には言えないな。
「もっと話術を勉強してから、もう一度聞くといい」
閲覧ありがとうございます。
本日二度目の更新になります。ミルヴィア、一週間で随分強くなりました。何より鍛えられたのはビサとの連携だったりするのですが。
次回、舞踏会で皆さんを受け入れる準備です。




