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54 魔王親衛隊新入隊員一名

 アイルズは最高難度のステップを踏んできた。しかも曲調が早いので難しくはないけど混乱しそうになる。アイルズがリードしてくれているから形にはなってるけど、慣れないフィールドだからか調子が狂う。

 私がステップを踏みながらアイルズとくっつきそうになるのを避けていると、その十歳の体からは想像が出来ないほど強い力で引き寄せられた。


「ダンスをする相手に失礼ですから、気を付けてもらいませんと」

「お前に」

「私に?」

「主導権を……握られている気がする」

「よくお分かりで。あなたほど純粋な方ですと、十秒もあれば落とせますよ。試してみますか?」

「試すのはダンスで十分だ」


 なんだこいつ。どうしたんだこいつ。私を落としてどうしようと?魔王の旦那の地位欲しさか。だとしたら無駄だな、お兄様が絶対許さないから。

 トン、トン、とステップを踏む音が響く。身長の問題で、エリアスよりも踊りやすい気がする。どちらかというと細かい所はエリアスが上手いけど、如何せん背が高い。これは単純に相性の問題だと思う。相性と言うと、私とこの曲は相性が悪いから違う曲にしてほしい。リズムが早すぎてもう。


「お上手ですね」

「お前も何故か上手い」

「執事ですから。大体の事は出来ますよ」


 憎ったらしいな!いいなそれ!私一週間必死で練習したんだかんな!

 あ、この曲短いんだ。もうちょっとで終わりそ、う、

  

 フッ……


 あれ?

 体勢が崩れる。一瞬、目の前が揺れたような。ああ、揺れたけどアイルズが支えてくれたのか。お礼、言わなきゃな。


「ありがとう」

「いえ、いいんですよ。お礼くらいしてほしいですけどね」

「?しただろう、今」

「そうじゃなく。そうだ、ユアンは騎士として口付けの意味を重視するんでしたっけ」

「それが何だ?」


 悪い予感しかしない。


「一つ、質問を良いですか?」

「何だ。早くしろ。曲が終わる」

「あなたはユアンの物なんですか?それともエリアスの?それとも兵長殿の?それともあの子供の?」

「子供と言ったらお前も子供だな」

「私は違います。で、どうなのですか?」

「愚問だな。私は私だけの物だ。誰の物になる気はない」

「それは良かった。堂々と何でもできますね」


 そしてアイルズの顔が近付き、避けようと後ろに仰け反る。それも引き寄せられ、アイルズは、私の晒された肩を掴んで私の鼻先に唇を押し当てた。

 うわっ!?


「やめろ!」


 突き放そうとして――その必要が、なくなった。

 抜き放ったユアンの剣が、アイルズを襲ったのだ。アイルズはそれを軽々と腰に隠していたナイフで弾き、にやりと笑う。


「騎士の所業じゃありませんね」

「うるさいですね。私のに何してくれてるんです」

「何ってただのキスじゃないですか。唇じゃなかっただけ良かったと思って下さいよ。それにあなたの物ではないと言っていましたよ?」

「あなたは……!」

「ストップ、ユアン」


 私が止めると、ユアンが私を驚いたように見る。

 驚くユアン、うん、面白い。アイルズ相手だと、皆の知らない面が見えて楽しいな。


「私は平気」

「私が平気じゃ」

「ユアン、ご本人が良いと仰っているんです。庇いすぎるのも大概になさってはいかがです?」

「っ!」

「ユアン」

「あなたは、私が、どういう気で――」

「何?」


 やばい。ユアン、混乱してる。マジか、こいつこんなに狼狽えるんだ。でも、まずいな、ユアンに動揺されちゃうと皆に響く。


「分かったって」


 はーもうしょうがないなあ。子供みたいなんだから。

 私は頭をちょっとかくと、いつもの表情に戻った。即ちアイルズとかに向ける表情じゃなく、リラックスした表情。それでにっこり笑って見せる。


「しょうがないから、今度一緒にお出かけしてあげる」

「え、」

「どこが良い?考えといてね」


 終わり、とばかりにパチンと手を叩いてみると、ユアンが剣を仕舞う。

 焦ったあ。仲間内で警戒とか私が疲れるからやめてほしいな。


「ミルヴィア、大丈夫か」


 後ろからエリアスに声をかけられる。そしてアイルズは、ナイフを仕舞ったとたんに硬直した。アイルズがそっと近くに目をやると、お兄様が仁王立ちで立っていた。


「ミルヴィア、平気?」

「ん、だいじょぶ」


 コナー君が駆け寄って、心配そうに私の全身を見る。本当に心配そうだった。てか今にも泣きそうだ。ああ優しい、癒されるー。

 体がカッと熱くなったり目の前が揺れる感じがするけど、なんて事はないな。ただの照れだと、思うし。


「アイルズ」

「何でしょう、カーティス様」

「次ミルヴィアに手を出してごらん、総出で襲うから」

「ははは、それはそれは手厳しい」


 殺気全開のお兄様にも、アイルズは笑っているだけだった。

 すげえなアイルズ。嫌われ役もここまで来るとすげえとしか言いようがない。お兄様はシスコンだからと言えるけど、ユアンとエリアスまでこんな警戒するとかありえないでしょ。


「アイルズ、お前今まで何やった?」

「何とは」

「とぼけるな。皆が警戒する奴は私も警戒するぞ」

「そうですか。では言いましょう」


 皆身構える。コナー君は私と手を繋いでくれていた。安心するなコナー君は。連れて来てもらってよかったかも。


「ほんの三年前の事ですよ」


 アイルズは目を閉じて、すらすらと言葉を紡ぐ。三年前。私がまだ二歳かそこらの頃だ。


「私は女性に目が無いと伝えられ、私自身もそれを肯定しておりました。もっとも、その噂を聞き付けた貴族が寄ってくることがほとんどだったんですが、それでも悪く広まります」


 コナー君が怯えるように半歩下がった。コナー君からしてみれば、この会話は訳分かんない上にピリピリした雰囲気で怯えるには十分だよなあ。

 私は大丈夫と伝える代わりに、手を強く握った。


「そして、ユアンが来たのです」

「は?」


 待て、数段すっ飛ばしてるから。なんで来たとか、そこらへんが知りたいんだけど?


「ユアンは私の噂を聞いて、あなたに関して保険を掛けました」

「?」

「とても美しい方ですが、執事であろうと手を出さぬようにと」


 思わずユアンを見ると、ユアンは苦笑した。

 へー、ありがとうと言っておこう。後で。


「私は頷きましたね。ですが契約をした覚えはありませんよユアン」

「約束を破るとは」

「執事の美学には反しますが、まあ良いでしょう。ですがもちろん私は何もしませんよユアン。魔王様からこちらを誘うのを待つだけです」

「ならそれは有り得ないな」


 みんなして私をどうこうって本人のいないところでごちゃごちゃと……!


「執事、失礼」


 あー、ドレス動きにくいな。まあ大丈夫でしょ。

 私はビサに目配せしてから一歩踏み出すと、執事の懐からナイフを取り上げた。アイルズが顔をしかめる。そりゃまあね。見えなかったでしょ。


「ビサ」

「はい」


 だって私の風魔法とビサの風魔法で身体強化をかけてるからね。

 ナイフはビサに投げる。ビサは器用にキャッチして仕舞う。訓練で鍛えられた連携だ。ん?言ってなかったか?私とビサは連携してユアンに立ち向かった事が何度もある。その時、お互いに補助魔法をかけあっていたからね、慣れちゃった♪

 アイルズはまた不敵に笑う。


「兵長様はどうやら魔王様のお気に入りらしいですね。妬ましい事この上ないです」

「ふん、お前には師匠に気に入られる資格など」

「いや、気に入ったぞ」

「はあ!?」


 その場の私とアイルズを除く全員が声を上げる。私はアイルズと同じように不敵に笑い、近付いた。


「お前、やるばかりでつまらないだろう」

「何を」


 アイルズは私に近付かれて、目を見開いて一歩後退りする。ああ面白い。ドS属性移ったかな?ユアン辺りから。


「私はお前を選ばない。お前も私を選ばない。執事として、私はお前を認める」

「認められるだけで満足する私ではありませんよ」

「ならば私を落としてみろ。私を落としてビサを退け、コナー君を泣かせ、ユアンを負かし、エリアスを跪かせ、お兄様に認められた後、私の隣に来るがいい」

「ッ、私は!」

「負けた事が無いのだろう?悪いがな」


 私は皆のところに戻って両手を広げる。笑ったまま。

 ごめんねアイルズ。私、結構あなたが好きなんだよね。鼻先へのキスって『愛玩』だっけ?

 じゃあせいぜい可愛がられてやるよ。


「私は皆が大好きだ。お前はここには来れないな」

「――ユアンに負けるなど、私は」

「許せないと?笑わせるな。そのちっぽけなプライドを捨てられるなら、そして新しい誇りを持てるなら、私の隣に来てもいい」


 両手を広げたままそう言い、手を差し出す。

 皆が驚いたまま固まってるけど、気にしない。この際こいつも仲間にしてやる。


「さあどうする、魔王の隣に来ないか?」

「わ、たし、は」

「執事は」


 まだプライドに縛られてるらしいアイルズに向かって、更に言い募る。


「隣に居るものだろう?」


 そしてアイルズは唾をのみ、震える手を私の手の上に重ねた。

閲覧ありがとうございます。

アイルズ君追加になりまーす。

次回、アイルズ君について(?)語り合います。


追記:すみません!予定を変更して次回は王座になります!

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