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53 執事

 銀髪銀目の美少年に案内されるまま、宮廷の中へ。

 で、美少年の素性について尋ねてみると。


「私ですか?私は魔王様の執事を務めます」

「は、執事?」

 

 何それ聞いてない。ってか、執事なんて魔王に付くの?

 そう思ってお兄様の方を見ると、険しい表情で美少年を見ていた。首を傾げてユアンを見る。同じく。エリアスを見る。同じく。ビサを見る。同じく。コナー君を見る。こちらを見てにっこりと笑った。さすが癒し。


「どうして君が居るのかな?」

「どうしても何も、執事ですから」

「随分と偉くなったようですね、私のいない間に」

「そうですね、お陰さまでかなり楽しい毎日ですよ」

「お前、まさかとは思うがミルヴィアに何かする気じゃないな」

「何を言っているのです?私はなにも考えてはいませんよ。何かするだなんて、恐れ多い」

「師匠になにかしたらタダじゃおかないぞ、素性の知れぬ夢魔も及び腰になるほどの名を持つ執事!」

「しませんって。それにしても、師匠ですか。兵長様、偉くなったようですね。まるで魔王様に飼われる犬のようです」

「貴様――!」

「ビサ」


 剣を抜こうとしたビサを、寸でで止める。危ねー、昇進に響くじゃん、その場その場で行動するところを今度叱らなくっちゃな。


「やめろ」

「ですが、ししょ」

「やめておけ。敵わない」


 で、思ったんだけど、この執事かなり出来る。ユアンなら十三秒で切り伏せるだろうけど、ビサは敵わない。ビサが剣を抜こうとした時の眼光の鋭さ、兵長であるビサに堂々と軽口を叩く余裕のある佇まい。

 あーやだやだ、どうしてこんな強い人ばっかり集まるかねえ。


「執事、謝れ。今のはいくらなんでも失礼だ」

「ああ、申し訳ありませんでした。不徳の致すところです」

「……!」


 わざとらしくお辞儀する執事に、ビサは怒りに震えながらも剣の柄から手を離した。

 よし。よくやった、ビサ。

 そして、執事はくるりとこちらに向きを変えた。ペースが乱れるな。私の苦手なタイプかも。


「それにしても魔王様、綺麗なドレスを着ていますね」

「これか?ああ、屋敷の従者が選んでくれた」

「誰ですか?こんどお目にかかりたい」

「エレ――むぐっ!」

「ミルヴィア様、こいつに余計な情報を与えないでください」


 後ろから口を押えられて、上を向く。ヒールでその分背が高くなったせいで、余計にユアンの顔が近くなった。

 執事が、ぱちぱちと手を叩く。


「すごいですねユアン様。いつの間に魔王様とその距離まで近付けるように?私と居た時はそんな事無かったでしょうに」

「黙ってくれますか」

「いいえ黙りませんよ。魔王様、この人は変えた方が良いのではないですか?私は城の人選も担当しています故、かなりの審美眼を養っているつもりです」

「ミルヴィア様!」


 私はユアンに手を外させると、静かに執事を見据えた。余裕の表情。すごいな。私よりよっぽど長生きしているみたいに感じる。


「さて、問題だ」

「問題ですか。私は問題は好きですよ」

「前から付き合ってきた男と、今日初めて会った得体の知れない周囲の人間が警戒する男。信じられるのはどっちだと思う」


 執事は一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。艶然と。こいつ、お兄様が夢魔になった時より仕草の一つ一つが誘惑的だな。皆が警戒するのも分かる気がする。


「あなたは私が思ったよりも素晴らしい人のようだ」

「!」


 一瞬で至近距離まで近付き、私の頬に指を滑らせる。

 っ、気付かなかった。やば、こいつユアンでも勝てるかどうか……。


「私が観るに値しますね」

「……うるさい、離せ」

「嫌ですよ――もっとよく」

「あの」


 一歩、近付いた執事に、皆が固まる中、一人だけ、私に歩み寄って私の肩を掴んで引き寄せた。

 私は物か。ぐるぐるころころ弄んでくれちゃって。

 でもその手はすぐに退き、立ち向かうかのように私の隣に並んだ。


「ミルヴィアが嫌がってるから、止めてください」

「コナー君?」


 周りの皆は、感知出来ないまま執事が私に近付いた事に動揺していた。でもその道を極めたりしてないコナー君には「すごいなあ」みたいにしか思わなかったんだろう。

 だから動けた。彼を警戒しないまま、警戒していないから彼にも気付かれないまま、動いた。

 コナー君、私はあなたを尊敬するよ……。


「そうですね。失礼しました魔王様」

「いや、いい」

 

 それからユアンを見て、一言。


「慣れている」

「……」


 つまりは暗に「ユアンの物だから手を出すな」的な意味合いも含まれる。まあ、実際は全然違うけどね!逆に毎朝戦うような間柄ですがね!ユアンの物じゃないけどね!

 なんでユアンを選んだかって?

 

 お兄様は兄なので問題アリ。

 エリアスは執事より立場がどうなのか分からないので微妙。

 ビサは弟子だから大問題。

 コナー君はそういうタイプじゃない。

 そもそもこんなことするのってユアンくらいでしょ。


 って事でユアン。


「そうですか――ユアン、つくづくあなたは私の邪魔をする」

「ミルヴィア様のためならば何でもしますよ」

「すごい自信だ。守れないものだってあるでしょう」


 執事はにっこり笑い、私に目線を向けてきた。私はそれを真っ向から受け止める。妖艶な笑みは人を惹き込むようであったけれど、よく見てみると。


「うん」


 納得して、頷く。

 やっぱり。


「お兄様の方が綺麗だな」

「――!」


 皆が息を呑む。お兄様でさえ、驚いて目を見開いていた。ユアンはますます笑みを深め、驚きながらも嬉しそうだった。


「ところで執事、名前は?」

「アイルズと申します、魔王様」


 執事、アイルズはかなり興味深そうな視線で私を見ながら、そう答えた。そして途端、さっきまで漂っていた艶美な空気が消える。いきなりで、逆に警戒してしまうほど。

 アイルズって、本当に誘惑的なんだよな。てか男性陣が警戒する意味がちょっと分からない……。


「ユアン」


 アイルズがまた歩き出したので、少し距離を取って、ユアンに囁く。ユアンは何でしょう、と首を傾げた。ああうん、こいつも大概誘惑的だわ。


「どうしてそんなに警戒?」

「アイルズ様は、夢魔も廃ってしまうとまで言われた方ですので……」

「は?」

「いえ、その……お気を悪くされたら申し訳ないのですが」

「うん」


 ユアンは私の耳に顔を寄せると、くすぐったい距離で囁いた。


「女性には見境なく襲い掛かる節がありまして」

「ふーん」

「それだけですか?」

「だって私は別に襲われないもん」

「どうしてそう言い切れますか?」

「どうしてって、魔王だし、一応結構強いつもりだし、いざとなったら血ぃ吸うし」

「それだけならば、あの方には勝てませんね」

「?」


 何それ。馬鹿にしてるの?と言いたげな視線を向けると、ユアンはゆるゆると頭を振った。


「ユアンだって女ったらしじゃん」

「私は向こうから寄って来るので仕方なくですよ?」

「同じだ馬鹿」

「同じではないかと」


 私は良く分からないんですが。確かにアイルズの発する誘惑的な空気と雰囲気は相手を動かせなくするような作用があったかもしれないけど、私ユアンで免疫ついてるし。


「ミルヴィア様、本当にそう思っているのなら、絶対にあの方には近付かないでください」

「無理だよ。執事だもん」

「ミルヴィア、俺からも言っておく」

「うわっ!?」

 

 急に入ってくるなエリアス!驚いたでしょ!?


「アイルズは危険だ。お前が近付くべきじゃない」

「私だって抵抗できるもん」

「私に何かされるとき、固まって動けないじゃないですか」

「それで一瞬後に動くんだよな」

「私を馬鹿にしたいだけなら止めてくれる!?」


 そう言うと、ユアンが私の髪の毛を掬って唇に押し当てた。カアッと体が熱くなり、ユアンの手を振り払――!?


「だからその反応が遅いって言ってるんですよ」


 ユアンが無表情で、怒りさえ浮かべたような表情で私の手を掴み、そのまま、私の体を引き寄せる。今ばかりは、お兄様も手出ししないらしい。アイルズを目線で殺せればいいのにと言わんばかりに睨み付けている。私はユアンに抱かれたまま、身動きが取れない。どうしていいか分からずに震えるばかりだった。

 何が言いたいのかは分かった。分かったけど、ホント、心臓潰れそうだから勘弁して……!


「……訓練の時、本気出してなかったでしょ」


 負け惜しみのように言うと、ユアンが手を離した。ゆっくり離れる。そして。


 バッ!


「え、ミルヴィア?」

「ごめんコナー君許して」


 唯一の無害認定者コナー君に近付いて、手を握った。コナー君が顔を真っ赤にしてるけど、ごめん、これしかないんだ色んなのから身を守るには。


「あのね」


 ボソボソと、子供に聞かれてもいい範囲内でコナー君に話す。するとコナー君はきりっとした面持ちで、逞しく頷いた。


「分かった、ミルヴィアは守るよ」

「あ、ありがとう……」

 

 なんだろう。

 守られてばっかな気がする。そして、コナー君もアイルズを睨んだ。

 やったねアイルズ。もれなく魔王親衛隊(!?)に敵認定だよ!おめでとう!


 警戒心バリバリの私達を連れてアイルズがやって来たのは大広間というにはあまりにも広すぎるパーティー会場。恐らく私よりも大きいであろうシャンデリアがあり、きらきらと光っていた。円状に丸い会場で、一番奥に大きな椅子があった。立食式らしく、ところどころにある机には椅子が無い。そして料理もまだ運ばれておらず、いい匂いはしなかった。


 ほえー……なんだろう、圧巻?


「では魔王様」

「何だ?」


 アイルズが、また誘うような笑顔を浮かべて振り返った。コナー君の手が強く握られる。

 って、あれ。

 いつの間に恋人繋ぎになってるの?コナー君、もしかしてコナー君も緊張してたりする?

 あー、考えてみればそうだよね。コナー君は貴族じゃないんだからそりゃそうか。これは最優先事項かな?

 

 アイルズが私の方に歩いて来て、もう一度微笑む。

 

「試しに踊ってみましょうか」


 パンパンッ

 

 アイルズが二回手を叩くと、机がすべて端に寄った。

 へー、すごいな。風の魔法を上手く使って、バラバラにさせる事無く。私にも出来るけど、ところどころにある机を一斉にって言うのは難しいかな。


「じゃあエリアス、踊るって」


 なんでエリアスを指名したかっていうのは、正直条件反射だ。ダンス=エリアスっていう式が、私の中で成り立っている。そしてエリアスも私が差し出した手を握ろうとした。でも、その前に。


「だめですよ魔王様。慣れている相手ばかりと踊っても対応出来なくなるだけです」

「ん!?」


 シャラ……

 

 優雅な音楽が流れ始める。周りが止めようと足を踏み出した時にはもう遅く、私はアイルズに手を握られたまま、会場の真ん中へと踊り出した。

閲覧ありがとうございます。

嫌われ役の登場です。能力は高いですが、皆から嫌われているという子ですね。

次回、親衛隊に+1名です。

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