特別編 妬
ウチはウチの神の間で、静かにひと時を過ごしていた。
あーっ、神の間で呑むビールは美味いなあ。何やこの美味さ!地球が羨ましいわ。力を費やさんでもええやなんて、羨ましすぎるやろ!
ウチの神の間は、薄紫の天蓋が付いたベッド、クローゼット、ドレッサー、お菓子棚などがある極めて特殊な神の間。最初の頃は色々と文句を言われたもんやが、偉うなってからもう何百年も経つんやなあ。段々と文句を言う人が減ってくのも慣れたわ。
……ん?
ああ、来おった。
「オジャマ~」
「……」
オジャマ虫が……来おったな?
「何やトワル。ウチに何の用?」
「意地悪だなあ。いいじゃんいいじゃん、盛り上げていこー!」
「嫌や。さっさと退場しぃ。ウチはもうあんたに口出ししたい事はないから」
「意地悪だなあ」
トワル。全身黒ずくめのドレスを着た、羽もないのに自由自在に移動する最高位の神。ウチが最近唯一負け続けている相手。
噂をすればとか地球にはそういうのがあるみたいやけど、まさにそれやな。
チッ、こいつ、ウチの事舐めてるみたいな行動するから嫌なんや。早う出てって欲しいなあ。
「トワル、今ならこのフィールドでウチを相手取らんでもええんで?」
「意地悪だなあ。こんなの楽勝だって!あたしの実力知ってるでしょ?ニフテリザくらいちょちょいのちょいだよ!」
「いつかその天狗になった鼻折ってやりたいなあ」
「怖いなあ。大丈夫だって、ニフテリザが強くなったらあたしはその三倍強くなるから!」
こう来たもんだ。天然もここまで来ると苛立たしい。
こいつ、摘み出してやろうかな。大方神楽の事で来たんやろ。この子は神の中では珍しい、神楽とは掠るほどの関係もない奴やから。大方、嫉妬してるんやろ他の神に。迷惑なやっちゃな。
「んで、何の用や」
「酷いなあ。分かってるくせにー」
「分かっとるけど、それは」
「いいなあ。分かってて何も言わないほど余裕があるんだもんね?あの子に関して、ニフテリザが一番の権利もちだもんね!」
「何言うとるん?ウチはあんたに対してあの子の事話す気ぃあらへんよ」
トワルの全身から、どす黒いオーラが溢れだす。マズイ、呑まれる。
ウチはすぐに神の間の家具を仕舞う。あっという間に、空間が真っ黒に飲まれてしまった。
マズイ。こいつの特性を忘れてた。
「楽しいんだろうなあ」
「ッ……トワル!仕舞うんや!」
「いいなあ」
「トワル!」
「羨ましいなあ」
「トワル!」
「妬んじゃうなあ」
「トワ」
「嫉妬しちゃうなあー」
「――――!」
やばい、殺され――
「ああでも勘違いしないでね、ニフテリザ」
黒の中で、すっとトワルが腕を動かし、黒が晴れる。出て来たトワルは、にっこりと笑って、手の中に黒を納めている。
……こいつの出す『糸』で紡がれる、圧倒的に黒い『繭』。それは嫉妬によって紡がれ、羨望によって紡がれ、劣等感によって紡がれ、とにかく負の感情によって紡がれる。
「ニフテリザが話してくれたら、あたしも何もしないから!」
晴れやかに言われても、ウチの中ではあんたは既に危険人物指定されてるからなあ。今さら猫被っても遅いで。
「すごいなーニフテリザは!すっごくすごいなー。神楽ちゃんを操ってるのってあなたなんでしょ?蝙蝠なんでしょ?」
「ウチの眷属っちゅーだけや。あとは何にもあらへん。セプスはんのところでも行ったらどうや」
「人間が小さいなあ。怖がってるから強くなれないってまだ気づかないんだもん!」
「うるさい奴や。何なら今すぐにでも追い出してやってもええんよ!」
グオオオオオ!
ウチの巨大な翼が、この空間ごと包み込む。そして物凄いプレッシャーを放った。
「だめだなあ」
ビリッ
痛い。痛い。だめだ、今すぐ羽を魔力体に変えないと。
そう思おてももう遅い。糸に羽を絡め捕られて、身動きが取れへん。
「あたし、何もしてないよ?」
「したやろ、繭を創り出して、どういうつもりや」
「鈍いなあ。最近の神様達の間の話題で、神楽ちゃん以外があると思うの?」
「ないな」
「でしょでしょ?分かってるじゃんニフテリザ!」
「やけどもなあ」
「あたしだって神楽ちゃんと関わりたいもん!」
「あー、分かった分かった、あんただって権利持ちのはずなんやけどなあ、転生時にあの子、あんたを拒絶したからなあ」
「酷いよねえ。あたしは感情の神様なのにさ」
「いいご身分やな」
トワルはコロコロと笑い、ニコニコと笑いかけてくる。その顔からは、邪気が一切感じられない。どこまでも天然な神。
神楽に拒絶されただけじゃ飽き足らず、殺されようとでも言うんか?あの残酷な黒髪の少女に?
「はんっ、有り得んな」
「分かんないなあ。何言ってるの?」
「何でもないで?それで、あの子の事聞きたいなら質問してくれへんと答えようがないで」
「考えちゃうなあ。そうだな、じゃあ、あの子って『何』なの?」
「…」
いきなり笑顔で難しい質問ぶつけてくる奴やなあ。
『何』と聞かれても、あの子は何でもあり何でもない。魔王だと言われればそうだし、名に縛られていると言われてもそうだし。
「『吸血鬼』」
「変だなあ。てっきり『何でもある』とかありきたりな事言ってくると思ってた」
「…」
うわあ、言わんで良かった……。そんなきょとんとした顔すんなや、当たってんのやから。
トワルはニコニコしながらも、どこか不思議そうだった。見様によってはとても滑稽だ。
「面白いなあ。予想外だなんて。じゃあじゃあ、あの子って誰の物?」
「所有権は誰も有さない。あの子はあの子だけの物や」
「気に食わないなあ――殺したくなっちゃう♪」
「やめとけ、あの子は神なんてものともせえへん。蚊でも叩くみたいに命令なんて無視される」
「つまらないなあ。あたしの思い通りにならないなんて」
そこが自分勝手やって。普通の神なら面白いと見守るところやろうに……神楽。
最近、面白い動き見せてくれへんのやなあ。
「楽しいなあ。そうか、あの子の周りの感情を弄っちゃえばいいんだ!」
「は?」
何言うとるん……?
トワルは良い案だと言わんばかりに顔をキラキラさせて前を見ている。
「思いついちゃったなあ。そうだよね、あの青髪の子とか、お兄さんとか、お医者さんとか、たくさんたくさん弄っちゃえばあの子も変わるよね?」
「トワル?」
「そうだよね」
トワルは心底楽しそうに笑いながらこちらを見て、手を差し出してきた。
「嬉しいなあ。あの子が思い通りになるなんて!」
「な、ならへん!やめとけ、あの子はどうにもならへん――」
「うるさいなあ」
また、空間が黒く包まれる。今度は一瞬だった。恐ろしく、一瞬たじろぐ。
なんや苛立ちか?ますます自由に出せるようになってきとるな。
「うるさいなあ。あたしはね」
ニフテリザは黒の中で、すうっと存在を消していった。紡がれる言葉も、段々と遠くなっていく。
「あの子が不幸になればいいのにって、そう思ってるんだよ?」
拒絶されたくらいでそんな、残酷な。
あんたが、どうしたってあの子は、動かへんよ。
そう思いながら、本当にそうだろうか、と黒の中でウチはずっと考えていた。
閲覧ありがとうございます。
神様サイドのお話でした。神様サイドのお話は、結構書いていて楽しいです。
次回、夢、です。




