表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/246

勇者編 ラードルという勇者

 僕は物心ついた時から、ある一言を言われ続けていた。


「あなたは勇者なんだから、とても強いのよ」


 僕は勇者。それを僕は当たり前に受け入れて、僕は勇者で魔王を倒す。そう思っていた。それに魔王はまだ「目覚め」ていない。その間に僕は鍛えるんだ。だって、勇者は魔王を討つ。それが決まりで、爺様もなさった偉業だ。逆に、魔王を討てなかった曾爺様は人族から敬遠されていたとか。

 

 情けないと思う。勇者が魔王を討てないなんて、そんなことがあってはならないというのに。


 勇者が勝って、魔王が負ける。魔王が勝つ物語を描く物書きが居れば、拷問の後処刑される。これが普通で、釈放されるとか執行猶予とか全くない。あるはずがない。そもそも、そんな不敬を成したのに処刑されないなんておかしいのだ。

 

 勇者の固有魔法(ユニークマジック)は「人望」。人族から慕われ、信用されるという魔法。対した魔王の固有魔法(ユニークマジック)は「統率」人の行動を把握するというもの。

 くだらない、なにが「統率」だ。僕の方がよっぽど優秀じゃないか。

 

「ラードル!さあ、訓練だぞ!」


 剣の師匠のデリック。師匠は魔王は強いぞ、といつも言う。馬鹿らしい。勇者が勝つのが当然なんだから、勇者の方が強いに決まってる。


「ラードル、温い!もっと鋭く!」

「はい!」


 ここは訓練場。勇者とその師匠のためだけに造られたところだ。広く、様々な剣がある。勇者は魔法があまり使えない。だから、剣の技で勝負するしかない。魔王と会ったら至近距離まで一気に近付いて魔王に魔法を使わせないようにするのが普通らしい。もっとも、僕なら遠い距離でも勝てるだろうけど。


「温い!私が本気を出すまでもない!」


 師匠はまさに筋骨隆々の戦士で、すぐに剣を弾かれてしまった。僕のは研ぎ澄まされた剣で、師匠のは木剣なのに、だ。だけどこれは、師匠が強いからだ。僕はもう同い年の子なら戦って勝てる。


「はっ…我が弟子がこの程度の実力とはな!」

「…」


 師匠は僕を罵倒する。大げさだと思う。だって、僕はまだ子供だ。もう少ししたら、師匠くらい強くなれる。でもそう言うと怒られるから、何も言い返さない。魔王なんて、もっと出来ないに決まってるんだ。


「怠惰な剣士だな、貴様も」

「僕は剣士じゃありません!勇者です!」

「勇者だあ?俺を倒せず魔王が倒せると思うのか!」

「だって魔王なんていつだって勇者にやられているじゃないですか!」

「馬鹿者!」


 パアン、と平手打ちが飛んできた。避ける間もなかった。僕はせめて歯を食い縛った。


「魔王が負けたその時の事が語り継がれていないだけだ。知らぬのか?先代の魔王は剣士で、剣で戦い勇者を打ち負かしたと。魔王が負けると言う事は、その代の魔族が弱いという事。実際、その代は人魔大戦争で魔族が負けている。しかし、魔王が勝った時、愚かしくも魔族に人族が手を出した。その時、魔族は戦力の一部――十分の一。それだけで、人族を壊滅させかけた。王が撤退命令を出さなければ、人族は完全に壊滅していただろう」

「い、言いすぎです!王子として、その発言は許せませんよ!」


 そう。僕は王子だ。王子であり勇者であり剣士であるのだ。王族もある意味種族であるため、固有魔法(ユニークマジック)は存在する。王族の固有魔法(ユニークマジック)は「禁欲」。生理的欲求以外、何の欲も封じられるというものだ。つまり、相手にこれを使えば心の無い人形のようになってしまう。どういった状況でも使う事は許されていないが。


「王子だあ?その王子が勇者なんだろうが。このままじゃあ、魔族に壊滅させられて終わりだ!」

「言いすぎです!はあっ!」


 不意打ちで剣で斬りかかる。師匠は無表情のまま剣を受け流すと、僕の腕を軽く斬った。


「痛い!」

「それくらいで声を出してどうする。ほら、治癒魔法をしろ。自分で」

「し、師匠が傷つけたんだから師匠がやってくださいよ」

「私は君に対して王族と扱わなくてよい、ただの弟子と扱えというお達しを受けている。お前は、この訓練場ではただの小僧だ」

「…!」


 師匠はいつだって僕を蔑ろにする。酷いだろう。僕は王子なんだぞ?才能もある。だから勇者なんだ。なのに傷をつけて謝らない!師匠は不敬者だ。父様と母様が何も言わないから僕も我慢してるけど、もし僕が王になった暁には、一番に処刑するのは師匠だと思う。


「切り傷を治せ」


 僕は魔力が弱い。だから複雑な詠唱をしても効果が表れない事が多い。数字で表すと、魔王が1000。僕が10。それくらい。本当に、剣で勝負するしかないのだ。何なら前の魔王が良かった。だって前の魔王は剣で戦ったらしいし。まあ、魔王なんていつだって勇者に殺されてきた。万智鶴の剣があれば余裕だ。


 万智鶴。その存在は聞き及んでいる。未だどこかに存在するのではと噂される、黒髪黒目の美人。笑えば周りの人間の傷は癒え、冷たく見下ろせば周りの人間は奈落の底へ突き落とされる。万智鶴は魔族の味方だった。そう、だった(・・・)のだ。勇者に唆され剣を渡すまでは。魔族の方から彼女を拒絶した。裏切り者に用はない、とかなんとか。そのおかげで万智鶴はどこかへ行ってしまい、今は神として崇められている。今の魔族は万智鶴を崇め、慕い、昔の許しをずっと希っているようだ。


 人は崇められる事で神となる。そういった言い伝えがある。だから聖人はいつしか神になるらしい。


「さあ立て」

「…」

「構えろ」

「…」


 僕は剣を構えた。


<デリック>


 この弟子はあからさまに私をなめている。いつか勝てると思い込んでいる。自分は勇者だからと驕り高ぶっているのだ。こういう奴が、私は一番嫌いだった。称号だけに振り回される者。


「はっ!」

「ふん」

 

 剣も力任せすぎる。何ならすぐに斬り殺せるくらいに隙があった。私は敢えてそこに剣を入れる事で意識させた。なのに、コイツは避けるばかりで剣で流そうとしない。上達しない一因だ。しかも突っ込む。それは剣じゃなくてレイピアの戦い方だろう。呆れて物が言えない。一直線だと避けやすい。相手も自分もレイピアなら問題ない。両方剣で突く戦い方をすれば、隙ばかり生まれてしまう。


「くっそ!」

「はあ」


 後半、自棄になるのも良くない。めちゃくちゃになって流派なんてあったもんじゃない。コイツを指導しろと言われても到底無理だ。

 

 才能があるのが両親を期待させる要因だろうが、才能を伸ばそうという気が無い。怠惰なのだ。サボろうという事しか考えていない。勇者に有るまじき行為だ。

 

 カキンッ!

 

 だから剣を弾く。確かに剣を落とすと振動で腕が痛くなる事があるが、コイツは腕を抑えて蹲った。こうすれば心配されるとでも思ってるのだろうか。

 私はそれを冷たく見下ろした。


「師匠、少しくらい手加減を…!」

「何故手加減をしなければいけない。早く立て。そして構えろ」


 悔しそうな顔で弟子が立つ。


 だめなのが、魔王を侮っているところだ。魔王の魔力は計り知れない。しかも、魔族領に潜入させている弟子からの情報によると、今代の魔王は吸血鬼としての能力も併せ持っているらしい。

 恐ろしい点はもう一つ。


 彼女は、黒髪黒目なのだ。他の色の気配が一切ない、真っ黒。


 魔力の量は髪と目の色で表される。その証拠に、王子は白髪だ。私も水色。決して多いとは言えない。だが、魔王は黒い。

 万智鶴と相応の魔力があると言える。それを上手く使えれば、万智鶴よりも強くなれる可能性があるのだ。


 勇者は驕り高ぶった横着野郎。

 魔王は大量の魔力を持ち、そして勇者に討たれるかもしれないという恐怖から努力するだろう。


 どちらが勝つか、今の状態では一目瞭然だった。

閲覧ありがとうございます。

勇者編でした。次回は通常です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ