49 舞踏会のために
私は帰ってくると、即行でシャワーを浴びて汗を流して汗の染みた洋服を着替えた。その際、エレナさんがお兄様が何か言ってたと言われたので、現在、タフィツトに移動中。
「何の用だろうねー」
当たり前のように付いて来るユアンに、そう問いかける。
ってか、引っ付き虫にもほどがあるでしょ。お風呂と就寝中しか一人になれないってどうなのよ?私一応十八歳よ?思春期真っ只中よ?
こういう時、外見五歳って面倒だよね。
「おそらく、一週間後の舞踏会の説明ではないでしょうか」
「ああ、ユアンがやっかんで私に誰とも踊るなとか言ったアレ」
「やっかんだわけではありません」
「ふーん?」
信じらんないな。やっかんだとしか思えないけど。まあ、ユアンが違うって言うなら言及はしないさ。私は心が広いからね、これくらい許してやらないと。
「私のミルヴィア様が、誰かと踊られるのが嫌だっただけです」
「誰がお前のだ!」
振り向きざまに蹴り。余裕で躱され、逆に手を掴まれて引き寄せられる。まずい、と判断して床を蹴ると、そのまま羽を生やして空中へ飛ぶ。すぐに着地すると魔力を蒸散させて羽を消す。
ここまで、約0.5秒。
そして許してやるからここまで、約1秒。
「ていうか、私エリアスとくらいだったら踊れるもん!」
「それはエリアス様の身長の低さを言っているのでしょうか」
「ばっ、違うよ!?」
確かにエリアスはユアンと比べたら身長低いかもしれないけどでも一般的に見たら十分長身な方だと思うしそれにエリアスはインテリ系だしそれにそれにそれに。
「何よりユアンみたいに人の事小馬鹿にしたりしないしね!」
「何の話ですか」
そんなこんなでやってるうちに、タフィツトに着いた。いつものように、お兄様の執務室をノックする。お兄様は出てくると、にこりと笑った。ああ、やっぱり邪気のない笑顔って素敵……。
「いらっしゃい。入って」
「はい、失礼します」
中に入ると、お兄様の机の前に一つだけ椅子が置いてあった。
なるほどお兄様、ユアンには座るなと。さすが兄上、分かってらっしゃる。
そんな悪代官みたいな事を考えながら、椅子に座る。ユアンは当然のように立っていて、恐らくにこにこと笑っている。
「今日の用件はね、一週間後の舞踏会の事だよ」
「ああ、やっぱり」
「分かっていた?」
「はい」
正確にはユアンが分かってました、というのは言わない。ユアンも、主人達の会話に入るのは無粋だと考えているのか何も言わないので、好都合だった。
まあ、うん、私のくだらない見栄だと思ってくれ。
「この前、ユアンはミルヴィアに誰とも踊るなと言っていたけれど……どうも無理そうなんだ」
「本当ですか!?」
本当!?あの私の見栄よりくだらない約束を破ってもいいと!?
思わず前のめりになる私に、お兄様は苦笑して続ける。
「うん。やはり魔王は主役だ。どうしても、ね」
「だって、ユアン。ね、ユアン、いいよね、ユアン、許してくれるよね!」
「仕方ないですが、少し腑に落ちないですねえ」
「いいじゃん!ユアンだって主が幸せな方が嬉しいでしょ!」
日曜日に父親へお出かけをせがむ子供みたいな事を言いながら、私はわくわくを抑えきれない。踊るのは初めてだ。どんな曲なんだろう。私まあまあ身体能力良いみたいだし、すぐ覚えられるかな?
「でも問題は、身長に見合う人が居ないって事なんだけどね」
「あ、それはしょうね……」
少年が居る、と言おうとして、やめた。どう考えても来てくれるとは思えないし、あの容姿から問題になる事間違いなしだ。まだ前代魔王の信者が居ないとも限らない。
そうなるとコナー君って事になってくると思うんだけど、さすがに使用人とは踊れないかな?あれ、いよいよ本当に誰とも踊れなくなってないか?
「まあ、そこらへんは来ている貴族の中から好きな人を選んで踊ると良い。自分を好いてくれたと勘違いするケースもあるけど、それは僕が上手くやるから」
そう言って、お兄様はニコリと微笑んだ。あ、これだめだ。下手なことしたらその人お兄様に殺されちゃう。冗談抜きでそう思った。
お兄様、筋金入りのシスコンだからなー。
「身長が合うんなら、大人とでもいいから。なるべく後腐れの無い人を選んでほしいけど……難しいかな?」
「はい、ちょっと」
私、貴族事情とか詳しくない。後腐れない人と言われても、困る。
ん、あれ?
「あのー、一週間後って、ビサとの訓練が……」
「うん、そこも問題の一つなんだよね」
お兄様はニコリとして言った。
八日後までビサと訓練→七日後に舞踏会→あと八日後に夢魔退治
て事はつまり、ダンスの練習?もしなきゃいけないわけでしょ、それと並行してビサとの訓練。
これ、まさか……。
「ここ一週間はミルヴィア、忙しくなるね」
「マジですか!」
それだけですべてを察した私は、orzしそうになりながら叫ぶ。
マジか!マジか!ダンスとかした事ないのにあと一週間ってマジか!
「しょうがないよ。僕は一週間後しか予定が空けられないし、重要人物のほとんどもこの日しか空いてないんだ。白虎月は時間にゆとりの出来る時期だけど、それでも業務が無くなるわけじゃないからね」
「そうですよね、分かってます、しょうがないって、分かってます……ッ!」
そう言いながらも、悲しさ何だか悔しさ何だか分からない感情に唇を噛みしめる。
落ち着けミルヴィア!しょうがないんだ!しょうがないんだよ!しょうがないったらしょうがないんだ!
文章になってない言葉で落ち着けようとして、逆に悲しくなってくる。しかも魔王だからむやみやたらと踊るわけにも行かず、たった一人のために!
文化祭だってこんな忙しくはなかった!
「ダンスの練習は訓練の後でいいよ。ごめんね、こんなハードスケジュールになってしまって」
「お兄様のせいでは……」
「魔王様ですから、忙しいのですよ」
「いっそお前のせいだと言ってしまいたい!」
ちくちく棘のある言葉を言ってくるユアンにそう叫ぶ。ユアンは心底楽しそうに笑った。
ハッ!
私はいつの間にかライバルを楽しませてしまった……!
「いつの間にライバルになったのかは分かりませんが、その立場も悪くないですね」
「ナニイッテルノ?ユアントワタシハショウシンショウメイノタダノコヨウカンケイデスヨ?」
すごい片言でそう言うと、何だかすごく疲れて肩を落としながらお兄様と向き合った。もうなんかいろいろ疲れて。
「それで、お兄様。ダンスの練習はいつからですか?」
私は疲れたままそう言った。順当にいけば明日からでしょ。覚えられるかなあ。高度なステップを五歳児に要求するとは思えないけど、やっぱりそれなりには踊れるようにならなきゃだめでしょ?大丈夫かなあ、明日は少しだけ訓練早めに終わらせよ。
「今日からだよ」
「は」
今日?今日って、今?ナウ?ビサとの初訓練が行われた、今日?疲れてる、今日?
「嘘ですよね冗談ですよね!?」
「いいや、今日からだ。もう先生も呼んでいるよ」
嘘でしょ!?お兄様いつから鬼畜になったの!?
「でも、今日私本当に疲れて……」
「うん、ごめんね。やっぱり、だめかな?明日からにした方が良い?」
うっ。
お兄様は悲しそうな顔をしながら困っている。少したじろぎながら、顔を逸らす。
その顔ズルいなあ。悪いなとか思っちゃうじゃん。お願い聞いてあげようかなーとか思っちゃうじゃん。仕方ないなあ、しょうがないついでに聞いてあげようかなあって思っちゃうじゃん。
「少し、なら」
「そう?ありがとうミルヴィア」
おい。
ちょっと待っておい。
さっきの困り顔はどこ行った。さては作ったな?
「お兄様……」
「ん?」
晴れやかな顔で振り向かれると、何も言えなくなる。すっごい丸め込まれた感がすごいし、後ろでユアンが笑いを堪えてるのが伝わって来るけど、何も言えない。
「もう、分かりましたよ……それで、講師の方って誰なんですか?」
「ミルヴィアも知ってる人だよ」
「?」
あれ?ダンスの講師に、私の知り合いなんて居たっけ?んー?ていうか私、知り合いの大人ってお兄様とユアンとエリアスとビサくらいしか……って。
「ちょ、お兄様、まさか」
「うん」
お兄様は晴れやかな笑顔のまま、私に言った。
「エリアスだよ」
こうして、私はスパルタ確実な講師と共にダンスを勉強する事になった。
閲覧ありがとうございます。
伏線を一話で回収する。それがミルヴィア。
次回、久々のエリアスの登場とダンスです。




