48 指導
「ビサはあれだね、自爆覚悟の特攻しかした事ないでしょ」
「は、はあ」
散々私に打ちのめされたビサは、気の抜けた返事を返した。ちょっと落ち込んでる風でもある。やり過ぎたかな。さすがにもう治ってるんだけど。
殺す事に慣れていなけりゃ傷付ける事もあまり慣れてない。
慣れれば普通に出来る事、だとは思ってたけど、昨日のプテラノドンの事があるからそうも言ってられないんだよなあ、私も。
そんな考えを打ち払い、ビサに向けてアドバイスと言う名の欠点探し。まあ、探さないでもたくさんあるんだけどね。
「ガードが甘い。打ち合ってる最中も私が気ぃ使わなかったら急所を四回はやられてた」
ああいや、四回は言いすぎか?でもまあ二回は死んでただろうしね。
ビサはずかずかと言う私に、本気で落ち込んでいた。うわあ、そんな風にされたら悪いなあって思っちゃうじゃん。訓練なんだから、訓練なんだからと自分に言い聞かせて、更に言う。
「あと攻めの時ね。力任せで技術が全然感じられなかった。我流にもほどがあるよ。流派とか全然知らなければ興味もないけど、そんな私でも流派とか無いんだろうなって思ったよ。我武者羅で、踏み込みが強い。だけどそれは技術が無いせいで当たらない――どんだけなのよ」
「……面目ないです」
「しかも私は素早さに重きを置くタイプなのね。でもビサは大きいでしょ。素早さが落ちる分その大きさを最大限利用して相手を威圧しなくてどうするの」
遠慮なく言う私に、ビサもだんだん肩を落としていく。あちゃー……しょうがないな、そろそろか。
私は一歩、ビサに近付いた。
「でも」
私の指導って、飴1:鞭9って感じかな。これは完全に私の趣向だけど。
「攻められたときは終わりかと思ったよ。そこまでの流れを修正すれば、結構イケるんじゃない?」
飴1を上げないとってのは面倒なんだけどね。
可愛い弟子のためですもん、褒める事くらい厭いませんよ。ちょーっと厳しめに行くけどね。
「本当ですか!」
ぱあっとビサが顔を輝かせる。単純……。からかい甲斐がある。クラスに一人は居るタイプ。皆から遊ばれてるあの子。
「んじゃまた手合せね」
「はいっ!」
ものすごくやる気が出たらしいビサと、また長剣で手合せ。
「遅い!踏み込む!」
「右が空いてる!これじゃすぐに突かれるよ!」
「そんなガードじゃ次に持っていけないでしょうが!」
「自爆特攻は今は諦めろ!とにかく防御に専念しろ!」
「私の空いてるところを突け!」
「そんなんじゃガードされるに決まってるでしょ!」
私とビサとユアン以外に誰も居ない訓練場に、私の怒号が響く。ビサは額に汗を浮かべながら、必死に私の訓練に付いて来てる。これくらいじゃあ折れないよね、ビサ。すごいね。
そう思いながら、表情は何も浮かべないまま訓練を進めていく。時々後退してタイミングを見計らい、自分のタイミングで突っ込んでいくのを勧めるのを忘れない。
そうする事、実に三時間。
ようやくビサの攻撃が止み、私も長剣を下した。
いっつ……絶対今夜筋肉痛だ。汗かいたなあ、早くお風呂入りたい。
「ミルヴィア様……」
「ん?何?」
若干引いたような顔をするユアンに、笑顔を向ける。
「五歳児の体力ではないのですが」
「あ~、それは私も思ってる」
何なんだろうねーこの謎の耐久力と体力。どっちかっていうと魔王より吸血鬼の特性って気がする。ビサは息切れと汗が止まらないのに、私は三十秒休んだだけでもうへっちゃらだもんね。
「ししょ、う、は、どうしてそんな、に、たいりょくがっ……」
「吸血鬼だからかな」
バッサリと言い切る私に、ビサは納得したようで、一つ頷いた。その頷きも結構弱々しく、どれだけ疲弊してるんだと言いたくなる。
まあ、長剣を三時間も振ってれば疲れもするかな?
そこで最後にクエスチョンマークがつく辺り、本当に吸血鬼なんだあと感慨深い。
「どっちにしろ、今日はここまでかな。私も回復したし」
「は!?」
「わっ」
ビサが勢いよく立ちあがった。さっきまでの疲れと息切れはどこに行った。
「そんな――仮にも魔王様に指導を付けてもらうチャンスなのに、たったの四時間で終わってしまうとは……!」
「そこまで?」
「そこまでですよ師匠!だめですよ、もう全快しました、何が何でも指導してもらいますからね!」
「えー」
なんか重いんですけど。いや、魔王って立場を考えたらこれくらい耐えられるようになっておかなきゃまずいのか。
「分かった、分かったよ。だけどちょっとくらい休ませてほしいんだ」
「だめです、先ほど回復したと仰っていたではありませんか。私は何が何でも魔王様にあと八時間は指導してもらうつもりです!」
「半日もやってどうするつもり!?」
さすがにそこまでのど根性見せつけられても……。私だってぶっ続けで出来るわけじゃないんだから、そこらへん考えてほしい。
それに今日はもう終わりにしたい。何故って?そりゃあ、着陸のコツを掴んだ飛行をやりたいからさ。私にだって趣味の一つくらいあってもいいでしょ?これからは、プロフィールの『趣味』の欄に『読書』じゃなく『飛行』と書くことも決めた私だもん。
「終わり終わり。あとは素振りで平気だよ」
「だめです、ではあと一回!一回だけ手合わせしてください!」
「ええ……」
ビサ、それ以上何もしゃべらない方が良いかも。
私の中であなたの好感度がガンッガン下がってくから。
「じゃあ、あと一回手合わせね」
「はい!」
ビサが目を煌めかせて、つーかギラつかせて、こちらを見てくる。
いい大人が五歳児を師匠呼ばわりだけじゃなく、まさか帰ると言うのを引き留めるのは……読者からも引かれてるかもよ、ビサ。
つまりは調子に乗ってる節があるって事だね?
私はにやりと笑い、ユアンを振り向く。
「ユアン」
「私ですか?」
「本気でやりなさい」
「本気でやれば訓練場が吹き飛ぶので、半減させますが」
「うん、そうして。私これ以上の借金は無理」
迷いなく言う。何さ吹き飛ぶって。お兄様との決闘は遊びか。いや、待てよ。ユアンが遊びって事はまさかお兄様も遊びじゃないよね?
……。
どうしよう、男性陣が思いのほか強い。
「師匠が良かったのですが……」
「師匠の騎士と戦えるんだから、ちょっとは嬉しがったら?私より数百倍強いから」
「師匠より強い方が居るなんて、信じられません」
ビサはふう、と息を吐くと、長剣を構えた。私もユアンに長剣を渡して、違った、返して、ユアンも構える。
ビサは余裕の表情だ。私に指導してもらったと言う事で、自信がついてるらしい。
即ちそれは。
「化物を相手取るには覚悟が足りないかなあ」
私の呟きは、直後ユアンによって変えられた雰囲気に消えていく。固く固められた空気は、鈍いビサでも気付くくらい明確な違いがあった。
私が一歩後ずさったのだ。
いや、うん、弱いとか言わないでよ。なんていうか、本当に怖かったんだもん今のユアン。
長剣を構えた時、目を瞑って愉しそうに笑ってるなんて怖すぎるでしょう?
「はじめ」
私の声が聞こえたのかは分からない。でも、まずはビサが掛かって行った。それでもユアンは動かない。目を瞑ったまま、流れに身を任せるようにしていた。
次の瞬間。
何が起こったのか、ビサの持つ長剣は宙に飛び、尻餅をついたビサの喉には長剣が突き刺さっていた。ユアンは目を瞑ったまま、衣服の乱れもなく、それどころか髪も風に揺られたりしていなかった。
ただ、ビサの表情は、畏れが浮かび、微動だにしなかった。
やばい!
ビサを案じてそう思ったわけじゃなくて、飛んだ長剣がそのまま行くと床に突き刺さる。さっきも言った通り、これ以上の借金は勘弁だ。
すぐに魔力を込めて羽を形成し、飛ぶ。空中で長剣をキャッチした後羽を消して、勢いは消せなかったので一回転してから着地。うん、我ながら見事。
そのまま、振り返らず背後の二人に伝える。
「ユアン、終わり」
「仰せのままに」
ユアンは長剣を鞘に納めた。ビサは、硬直したまま動けない。そんなビサに私は近寄り、長剣を差し出した。多分、私は楽しそうに笑ってたんだと思う。
「どう、うちのユアン。――強いでしょ?」




