4 ピンチ…?
やばい。魔法の詠唱が出来ないくらい痛い。苦しい。涙が出そう。
慌てて部屋の隅っこに移動して、近くにあった大きな毛布を被る。部屋の中に冷気があふれる。寒い! 痛い! 頭がガンガン痛い! 『吸血』ってこんなにデメリットがあるの? 冗談でしょ! 嘘でしょ!
ドアの方を見てみると、ロックが四つもかかっていてその上大きな鍵で施錠されている。
「人の匂いがする。女の匂いがする」
しかもばれてるし! 見つかりそう! スンスンと匂いを嗅ぐ音がして、こっちの方に歩いてくる気配がする。
どうしようどうしよう怖い痛い声が出ない!詠唱できない、動けない!た、助けて――!
いや、いっそ、こうなったら!
私は毛布を思い切り投げ捨てた。角に追い詰められたら絶望的だから。その瞬間見えたのは、犬耳の生えた、大きな尻尾の、髪の毛と目が茶色に染まったお兄様。
そこで私が抱いた感想は。
狼男って狼に変身するんじゃないの?
「見つけた」
「!?」
その笑顔は私を硬直させた。絶対おかしい! 狼男だよね? 人狼だよね? おかしくない!?
キラキラとした笑顔を浮かべ、私を見ながら近付いてきた。無理。赤面して動けない。
お、お兄様、なんでこんな!? 狼男にこんな作用あったっけ?
……いや、違う。確か、こうなる固有魔法は、『魅惑』。『魅惑』を持っているのは――
「夢魔!」
「当たり」
狼男と夢魔のハーフとか強くね?
分かった。私がこんなに苦しいのって、狼男と夢魔の血を同時に吸っちゃったからだ。能力の吸収が追い付いてないんだな。
「さて。君は?」
「吸血鬼。そして、魔王! わ、私にさ、逆らわないで!」
「君が言うの?ボクに逆らうなって」
「来ないでください、お兄様」
動けないのに。胸の奥から湧き上がる痛みと熱が抑えられない。どうしよう、詠唱が出来ない。
「私の心よ、夢魔の魅惑を振り払い給え! 願わくば、正気を取り戻さん事を!」
魔王級・真読魔法!対象、自分!
私の意識が捻じ曲げられる。吐き気がするけど抑えて、お兄様を睨み付けた。もう、夢魔の影響はない。お兄様が「へえ」と感心した声を出す。
「ボクの精神攻撃に耐えるなんて、すごいねえ」
「お褒め頂き光栄です、お兄様」
「ボクの血を吸ったうえ、魔法を使うなんて。スゴイ精神力だね?」
「…………」
いや、実はもう結構キツイ。足が震えて動けないくらい。頭も痛いし。てゆーか、そもそももう魔法使えない。けど、あのままだったら夢魔の魅惑に引きずり込まれていた自信がある。だから、無駄だったとは言えないけど。
「もう動けないかな。ボクがこうなった理由、知りたい?」
「はい、是非教えてください」
チャンス。
この隙に、枯渇した魔力を回復させないと。時間を置けば回復するみたいだし。実際、今、水乱を使えるくらいには回復した。だけどもう少し溜めて、あの大技をやりたい。試したいってのもあるけど、私の力がどれくらいupされてるのか知りたい。お兄様が話してる間に回復させないと。
「狼男は、ボクが保護に出た時に人狼に噛まれたんだ。夢魔は…生まれつき。抑えてるんだけど、月に一度に我を忘れちゃう。だから、いつもここに籠ってる。狼男になってからは、狼男になると同時に、だけど」
「……お兄様が夢魔だって事は、お母様とお父様は知ってるんですか?」
「知らないさ。でも、知られなくったっていい。ボクが何をしようとどうなろうと、二人には情報が行かないんだから。二人も興味無いしね」
「夢魔なのに、大丈夫なんですか」
「普段はね。ただ、血を吸われて力が蘇った気分だよ」
うーわー。
血、吸わなきゃよかった! 相手の力が蘇るって、襲撃して血吸ったら秘められた力が蘇って反撃されるって事でしょ?めちゃ致命的じゃん。
と、そうこうしてる間に魔力も微妙だけど回復してきた。まだあれを使えるほどじゃあないけどね。
「お兄様? 私を襲うおつもりですか」
「まさか」
お兄様はコロコロと笑った。可愛い。元々イケメンで、しかも犬耳が生えてるから可愛すぎる。
「あ、でも、ちょっとは責任とってよ。君のせいで目覚めちゃったんだからさ。まあ、夢魔だったおかげで本格的な狼男にはならずに済んだんだけど」
「……へー」
お、魔力回復。完全まで回復したな。自分の中の魔力のゲージが分かるなんて、便利だねえ。
「お兄様、楽になりたいですか」
「そうだね」
「じゃあ、楽にして差し上げます」
私は思いっきり床を蹴ってお兄様の後ろに着地した。お兄様が振り返る直前に横に移動し、お兄様の視界に映らないようにする。
吸血鬼の能力に加えて、狼男の身体能力の高さ。これが最高レベルとは思えないけどね。
私は、自分でもびっくりするほど冷静だった。あちらに行ったらお兄様は向こうの方に視線を向ける。その間に魔力構築を完成させないと、と。お兄様の行動が手に取るように分かったのだ。
後から知ったけど、これは魔王の『統率』という能力らしい。人の行動を把握する。もちろん自分の指先一つ、精密に動かせるというもの。つまり、人の動きが分かる上に器用。吸血鬼の『眷属』と合わせて使うと最高なんだとか。
「君、何をしてるんだ――っ!」
「…………」
答えるほど馬鹿じゃありませんよ、お兄様。ごめんなさい、私、まだ負けるわけに行かないんです。お兄様の方が長く生きている事を差し引いても、私は魔王なんです。負けれません。
「君、同じ動きを繰り返してるだけだよ。気付いてる?」
「…………」
答えない。気付いてないとでも?
「そろそろこちらも行動を起こさせてもらおう」
「…………」
お兄様の動きが分かる。でも、避けない。僅かに体を横にずらし、腕を掴まれるのを防いだだけ。
「ボクの動きを読むなんて、やるね!」
「……負けてられない」
お兄様の目が恐怖に見開かれる。
私の無表情ってそんな怖いかなあ。前世とほぼ変わらない見た目なんだから、前世も滅茶苦茶怖かったんじゃ……いやでも、友達は居たし。居たし。趣味の友達だったけど。友達と言えるのは三人だけだったけど。
あ、いけない。涙が……。
「お兄様、私の名前は、ミルヴィアです」
「え?」
「ミルヴィア。呼んでくださいませ」
いきなり、お兄様の足元がガクリと崩れた。は?
「い、嫌だ。呼びたくない!」
「どうしてです」
おかしい。
明らかにおかしい。お兄様は私の名前を平気で呼んでたはずだ。なのに、どうしてこんなに嫌がるんだ?
「その名前は、嫌だ!」
「どうして? お兄様が付けた名前ですよ」
「嫌だ! 呼びたくない!」
はあ???
お兄様は頭を抱えて蹲った。勘弁してくれ、と言わんばかりだ。
「ボクはその名前だけは呼びたくない!」
「どうして」
「ボクが抑えられて、僕が出てくる…」
「ふむ」
なるほどね。お兄様が出てくるって事だ。
ラッキー。思わぬ新情報。あれ使わなくて済むじゃん。というか、言い方がちょっと違うだけなんだけどね。性格は性根から違うからね。早いとこ戻ってもらわないと、こっちが部屋から出れなくて困る。
「呼びなさい!」
「嫌だ!」
埒が明かん。ええい、使っちゃえ。
「真の心よ現れよ。偽の心は奥に仕舞い込み、満月の夜は私の心と同一せよ」
つまり訳すと、お兄様の心を引きだして、狼男と夢魔の心を奥に押しやる。ついでに、満月の夜は私が抑えますって事。ま、最後のはホントのついでだけど。
「くっ、あ、止め、ろ!」
「あれ」
マジ? 一発成功? えー……なんか萎えるわー。弱いわー。いくら得意な固有魔法だからと言って、狼男まで正気に戻せちゃうわけ?いや、嬉しいんだけどさあ。
「お兄様」
「くっ!」
「お兄様、もう戻るのですか?」
「戻りたくない」
何それ。今、この状況で「戻りたくない」?何言ってるの。主導権は私が握ってる。それどころか、生殺与奪権も私が握ってる。何なら今すぐ殺せるんだ。
あの強いお兄様が? 私に負ける?
「ああ、嫌だ。疲れた。もういいですよ。勝手にしてください」
私はお兄様の心を縛っていた糸を解いた。お兄様が驚愕する。
分かる? この気持ち。強いな、凄いな、って思ってた相手が、私に屈服しかけてる状況。ああ嫌だ。疲れた。もうどうにでもなれば? どうせ負けないんだし。暴れられたって殺せばいいんだ。
「私以上に弱い人に興味ない」
「……!」
お兄様の犬耳と尻尾が光を出す。
戻るかな。もうどうでもいいけど。
予想通り、犬耳と尻尾は引っ込んだ。元のお兄様に戻って、私を膝をついたまま見上げている。私は冷静に見る。
「……ミルヴィア」
「お兄様、お目覚めで」
お兄様の目は理性で保たれ、笑顔はふわりと優しかった。そこで確信した。
あの狼男と夢魔には楽勝だけど、お兄様には勝てない。
その瞬間、私の中でお兄様の評価がぐっと上がった。そうだ、お兄様はお兄様。あの二匹とは違う。私より強いのが、お兄様。
「良かった」
「戻してくれてありがとう」
「いえ」
私はいつもお兄様に向ける笑みを浮かべ、疲れているお兄様に治癒魔法を施した。
閲覧ありがとうございます。
補足です。カーティスは狼男と夢魔に変身していましたが、ミルヴィアの真読魔法で心を操り正気を取り戻させました。でも、簡単に成功してミルヴィアは物足りなかったんです。