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40 夜のお話

 夢魔は答えた後、ニッコリ笑って立ち上がった。


「じゃあ、ボクはもう寝るとしよう。――安心して、今日は乱暴には食べないから」

「乱暴じゃなくても、食べるな。お兄様が罪悪感に駆られるだろが」

「それは無理な相談かな?じゃあ一人だけにするよ」

「規定に従いその中で食べろよ」

「それは無理だね。ボクは強い分燃費が悪いんだから。じゃあね、可愛い妹君」

「むっ」


 名前を呼ばれないと激しい違和感が…やっぱり名前って大切なのかも。


「そうだ、魔王」

「なんだ、夢魔」

「君がカーティスに執着するのは、ただ単に、名前を付けられただけだから、だよ?」

「~っ!」


 その答えは、何の文句もない。ああそうかと納得した。でも。

 『名前を付けられただけ』。だけ…と言われると、イラつく。ユアンに斬れと命令しちゃいそうなんだけど…言い方に気を付けろとか言おうかな。嫌味ったらしく言おうかな!?

 私が言う隙も与えず、夢魔はすっと流れるような動作で部屋から出て行った。…いつかしばく。


「ミルヴィア様…そろそろ就寝の時間です」


 ユアンが、時計を指差してそう言う。

 あ、ついでだから、この世界の時計について説明しておこう。

 時計は大体白色で、パターンが無い。このお屋敷にあるのがそうだって事もあるかもしれないけど、城下町で見た時計も白かった。

 数字は書かれてない。真っ白の丸い球体で、それが色に染まるのだ。細かい時刻だけ、白の文字で数字で書かれる。でもこれも魔導具で、時計自体が高価なんだとか。

 色はこう。

 

 一時・赤

 二時・緑

 三時・青

 四時・黄色

 五時・紫

 六時・茶色

 七時・薄橙

 八時・灰色

 九時・ピンク

 十時・水色

 十一時・白

 十二時・黒

 

 …とまあこんな感じで。

 そして、今は水色だった。十時で就寝ってのも、五歳児にしては夜更かし過ぎる気もするけど。


「ん?あー、そういえば。エリアス、この隣の部屋だから分かるよね」

「ああ、分かる」

「私はもう寝…」


 そして、ユアンの顔を見て、気付く。目を爛々と輝かせ、笑顔を消す、ユアンの顔を見て。

 こいつ、寝かせる気ないな?


「…部屋に戻るから」

「分かった。無事でな」

「尽力します」


 正直、気付いてもらえてマジ嬉しい。私はエリアスにひらりと手を振ると、ユアンを連れて部屋から出た。パタン、と静かに扉が閉まり、いつの間にかユアンはいつもの笑みを浮かべていた。

 はあ…こいつが一番恐ろしいよね。

 

 私は部屋に向かう途中、自分からユアンに話しかけたりはしなかった。ユアンからは話しかけてこないので、必然的に微妙な空気のまま歩く事になってしまう。それも吹っ切り、かちゃっと静かな音を立てて自室のドアを開けた。中に入ると、扉をそのままにしてベッドに腰掛ける。かちゃ、と音を立てて扉が閉まったのが分かった。


 ユアンが私の隣に立ち、しばし沈黙。しかし、その沈黙も、私の発言で途切れた。


「どうして居るのかな」

「…?」


 私の台詞に、ユアンが笑顔のまま首を傾げる。あー、分かりづらいか。

 

「寝ようと思ったんだけどね」

「邪魔でしたら、すぐにでも出て行きますが」

「違うよ、話せって促してるの。始めたらどう?」


 ユアンの方を見てみると、ユアンが笑顔を消しているのが分かった。ゾクッと鳥肌が立つ。この表情、本当に怖い。

 今回は、シリアス苦手、とか言ってらんないな。


「…あの夢魔を、どうして殺させてくれなかったのですか」

「どうしてって、あいつを殺したらお兄様も死んで」

「そうではなく!」


 そして、エリアスにしては珍しく、私の前に向かい合うようにして立った。私がベッドに座ってるのも含めて、結構な身長差がある。


「あれが考えている事は、カーティス様と同じ事です。例えカーティス様とあれが別者だったとしても、半分の思考はあれと共有しているはず!それが、あのような…!」

「ユアン」


 私は、ユアンの手を握った。ユアンがこんなに取り乱すのは珍しい。てか、珍しいどころじゃない。百年に一回といってもいい一大行事だ。 

 言っとくと、魔族って五百年くらい生きるんで、計五回は取り乱す計算になる。…そんなにあるとも思えないけど…。


「あの人、私がお兄様を好きって言うのが『可笑しい』って言っただけだよ?あれは私に対してじゃなく、お兄様に対する不敬と見做すべきじゃ」

「違います」


 ピシャリと言われて、口を閉ざす。手を振り解きかねない勢いだったけれど、ユアンはそれを見てただ悲しそうにしただけだった。ユアンが悲しそうと言うのも、珍しい。そのまま、ユアンは俯いた。


「違うんです、ミルヴィア様。私はあの方が、ミルヴィア様が好きなカーティス様とミルヴィア様の好意を、『可笑しい』と言った事に対して、怒ったんです。…身勝手な怒りですみません。ですが、あれは……!」

「ユアン!」


 私が呼ぶと、ユアンは顔を上げた。依然として暗い顏のままだけど。


「…似合わないなあ」


 思わず、ポツリと呟く。私はベッドの上で立ち上がると、ユアンの頬をぺちんと両手で挟んだ。


「どうして、私にそんな風に尽くしてくれるのかな?」

「…助けられたからです」

「?いつ?」


 ユアンは一瞬迷ってから、告げた。


「あなたが、あの路地裏で私の代わりに戦った時からです」


 ユアンが、私の頬に触れながら言う。私の頬を撫でるその手は、お兄様から受ける親愛と似ていた。

 

「――え、だって、あれは、だってユアンが倒れそうだったから」

「騎士なんて、使い捨てですよ。あんな風に倒れそうになれば、主は問答無用で騎士をダシにして逃げます。普通です。普通が違うんです、あなたは」

「そりゃそうだよ」


 いきなり『盗賊事件』を持ち出されて、途方に暮れる。だってあれは、主として当然と思ってやっただけなのに。


「だからです。上辺だけで付き合って、故郷のじけ」

「…」


 ユアンは続きを言わず、ふっと笑った。その笑顔を見たとたん、あ、ユアンだ、と思った私は、もう結構毒されてるのかもしれない。


「ただただ、あなたは誰からも慕われる性格だから」

「今はこの性格だからそうだと思うけど、普段は違うよ?限った人にしか、こんな砕けた口調では話さない。魔王としての威厳とか、くっだらない事を考えてるから」

「五歳としては異常と言っても過言ではないでしょうね」

「自覚はある。ありすぎるくらいにある。ただし、実際それを言われると傷付く」


 ユアンは私の頬から手を離し、そうでしょうね、と苦笑した。うん、やっぱりユアンは笑顔が似合う。

 怖い場面で笑うのはホント止めてほしいけど。あれは怖い。


「明日のお出かけは、同行しては行けないんでしたよね」

「うん」

「相手が夢魔であっても?」

「うん」

「襲われる可能性があったとしても?」

「うん」

「そうですか…分かりました。主の決定には従いましょう」

「そうしてください」


 悪戯っぽく笑いながら言うと、ユアンは跪き、私の手を取って手の甲に唇を当てた。

 …さらっとやるの、なんかすげぇ。


「私の敬愛を、あなたに」

「う、えっと――はい」


 こんな真面目にやられると、反応に困る。何とか返事をしても、ユアンは柔らかい笑顔のままだった。そして、そのまま手を離す。


「一年前、あなたに与えられたすべてを、いつか返します――」

「…?」


 一年前…って。

 私、何かしたかなあ。何もしてない気がするんだけどなあ。

 てか。


 その頃、私まだ自我芽生えてないんですが…?

閲覧ありがとうございます。

ミルヴィアの発言を一つ正しますと、魔王の『目覚め』は自我の確立ではなく言葉が話せるようになるという事なのですが、ミルヴィアはまだ知りません。

次回、夢魔といろいろ行きます。

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