特別編 興
さて、私達が語るのは、『愛発神楽』という名の幼子だ。
いや、この子を幼子と称するのは些か問題が生じよう。では子供にランクを上げておく。
一応警告しておくと、前回の神と私は別物である。ああ、別者と言うべきと思う人間もいるとは思うが、悪いが我々神は物であり者ではない。
愛発神楽。
私も興味深く、何度か見ていた相手だ。
皆は知らぬのだろう、この子がかつてなんと呼ばれていたか等。
『不運であり不遇であり不幸のカグラ』
地元ではそこそこ有名な通り名だ。通り名というには長いが、そこは置いておくとしよう。
不運であり。
不遇であり。
不幸な、神楽という子供。
その子は、私、神を楽しませるに足る子供だった。
遠足は雨が降り延期、延期になった日でも雨が降り結局中止。
新しいクラスでは友達一人できず。
友達と行った海でははぐれてバスに乗り遅れた。
これをおもしろいと呼ばずしてなんと呼ぼう?
しかし、通り名については否定しなくてはならないだろう。
神楽は、遠足など行きたくなかったのだから。
友達など、欲しくなかったのだから。
海は、友達が乗ったバスが危うく事故を起こしそうになって、結局神楽が先に着いたのだから。
そう考えてみると、どうだろうか。神楽はむしろ、幸運で、厚遇で、幸せな子供だったのではないだろうか?周りの主観でそうきめつけられていただけだろう。
そう思うと、更に面白い。
しかも初めての遠足で山の中で迷ったのに普通に合流したりと、方向感覚が異常に鋭いところがあった。
そして。
輪廻の輪から外れた子供。
そう思うと、私の口に笑みが浮かぶのが分かった。チロリ、と唇を舐める。
あの子と私は少なからず縁があったけれど、今になってみると神楽という名も皮肉だ。
神を楽しませる子が神楽だなんて、両親のセンスがずば抜けてるんだろう。まあ普通、神様を楽しませるというのは良い事だからな――この子が微妙なだけで。微妙というか美妙と言うか、この子は本当に美しく綺麗であると言わざるを得ない。
私ですら、妬んでしまう。私ですら、食べたくなる。ああ、物理的に。がぶりと。私の毒牙に――『蛇の毒牙』にかけ、永遠にそこから動けぬようにしてやろうか。
「まったくセプスはん、随分と考えてますなぁ」
「…何の用だニフテリザ」
私の背後に立っていたのは、私の配下ではない隣国の神。扇子を口に当てて、薄紫色の瞳でこちらを見つめている。
なんだこいつは…鬱陶しい!
「いいえ、なーんの用もありまへん。でもセプスはん、現世に手ぇ出すのは感心せぇへんなあ」
「手を出す?何の話だ?」
「私の眷属を良いように扱ってくれてるっちゅう話を聞いてたんやがなあ。まあ、勘違いやー言うんなら、考えなあかんなあ」
ニフテリザは、にこにこ笑いながら言った。私は内心舌打ちする。
なんなんだ、こいつは…つくづく嫌な事しかしないな!
「考える、とは?」
「ウチはあんたに借りがあるわけじゃないんやで?ただし、セプスはんはウチに借りがあるやろ」
「んんっ」
それは…今、持ち出すのか。それを交渉条件にして話す気か。神楽に対しては、私が権利を持つ…はずなのに。
「ははは、そこまで警戒する事ちゃうやん?まったく、ウチに対して警戒心強ない?」
「ニフテリザ、早く交渉を進めるんだ」
「まあまあ、急かす事もない」
「そうだな。ではとりあえずその似非関西弁をやめろ」
「ええ?これ癖になっとってなあ、というか結構気にいっとるんやわ。ウチにこれを止めろって言うて事は、あんたもラヂッテリアを手放すんやな。彩里がイラついてたやろ。知らんかったとは言わせん」
「ラヂッテリアを手放せだと!?」
私は立ち上がって、ニフテリザを睨みつける。ニフテリザはさして怯えたようでも無かった。私にはそれが苛立たしく、私ははあはあと息を吐いた。
ラヂッテリア…これだけは手放さない。これだけは――!
「ん?ああ、手放せっちゅう言い方はちゃうか。そうやな、『諦めろ』やな?」
「違う!私はもう手に入れた、放すつもりも諦めるつもりもない!」
「諦め悪いと嫌われんでー?実際あんた、嫌われとる節があるみたいやし。気付いてなかったわけとちゃうやろ」
急に真剣な口調になって、ニフテリザは私を見てきた。真面目な表情だ。私は見つめ返す。
「セプスはん、あんた、まさかやとは思うけど」
私は思わず唾を飲み込んだ。ニフテリザはなおも真剣な表情のまま問うてくる。
「――万智鶴はんもその子気に入っとんの、知らんの?」
「…っ、万智、鶴は…こんな事でとやかく言うような奴じゃあ」
「分からんで?今神様同士で取り合ってるその子に最初に目ぇ付けたんは万智鶴はんや。とやかくは言うと思うで」
「万智鶴は!」
「あんたが万智鶴はんの名に知ってんのか聞くつもりはあらへん。でも、万智鶴はんの根性舐めん事やんなあ。あの方、たまにやけどキレてすごい事になるから」
「万智鶴は、あの子の事を心配してっ!」
「ちゃうな。あの子が『神楽』やからや。神楽は神を楽しませる踊りの事やろ、確か。あの子は一生踊る運命なんよ。あ、悪いなぁ」
ニフテリザはわざとらしく、扇子をパチンと音を立てて閉じた。そして、意地の悪い目つきでこちらを見てくる。冷や汗の伝う、私の表情を見るように。
「運命なんて信じられへんのが、あんたやもんな?」
その言葉で、私は頭に血が上ったんだと思う。無謀ともいえる行いをしてしまった。
「失せろニフテリザ!二度と私の前に顔を出すんじゃない!」
大声で叫び、創造する。
ここは私の空間。私の好きなように弄れる。私はニフテリザと私の間に、大きな壁を創った。それでも。
「おっかないなぁ、セプスはん。怪我するところやったやないの」
その壁を悠々と飛び越えて、彼女はこちらに来た。およそ神様らしくない、蝙蝠の羽を背中に生やして。
「どちらにせよ、ウチの眷属に手ぇ出すなっちゅう事やな。どっちにしろ、あんたも彩里はんも、ウチには敵わへんのや」
余裕の笑み。余裕の振る舞い。私に勝てる隙など一ミリも無い。悔しいけれど、それ以上に腹立たしかった。
「悪いなぁ、セプスはん」
ピシッ
壁に、ヒビが入る。私の力の四分の一を費やした壁に。
「せっかく創った壁なのに」
バリン!
壁が、綺麗に粉々になって割れて行く。
「一分も経たない内に破壊してしもて」
壁は、粉々に砕けて散って行った。私はそれを見ながら唇を噛む。
あの子の好きな血が、今、私の唇から流れていた。
「もう、いい」
「ほんなら手ぇ出さんといて」
「それは…約束は、出来ないが…努力しよう」
「努力なんて言葉、ウチに通じると思わんといて。ウチは確約しか欲しゅうない」
「確約は…出来ない」
「そ。それがあんたの出した答えやっちゅうなら、何も言わんよ?あの子を欲しがるのは神様の性やからな」
「…ならば」
「だからって許容するわけとちゃうからな?ただ、今日のとこは見逃してあげようってだけで」
「そう…か」
今日、見逃してくれただけでもマシかもしれない。
「それにしたって、セプスはんの空間は雑やなあ。ウチみたいな余所者入れるくらいやったら、あの神楽を入れた方がマシやろに」
「そりゃ、誰だってそうだろう」
「せやな。あんな騒がしい空間創ってんのってウチぐらいのもんやしなぁ。そのくせガード固いて最悪やもん」
「はは…神楽でも入りたくないだろうな、あんたの空間」
「でもその神楽とか言う子は、失敗するやろなあ『夢魔退治』」
「な…不吉な事を言わないでくれ」
神の言う事は大体本当になる。運命の筋に触れない限り、神の言う事は絶対だ。そして神の中でも上位の存在になるニフテリザの言う事は必ず――当たる。本人に言わせれば、読んでるだけ、らしいが。
言っているから、本当になるんじゃなく、本当の事を言っているだけだ、と。
「ちょっとはしくじった方がええんちゃうん?神楽やからーゆうても、人間なんやし」
「神楽は…吸血鬼だろう」
「ああ、せやったせやった。ウチの眷属やのに、人間やなんて侮辱、あの子は許さへんよなあ。悪い事してしもた。人間なんて下位の存在…あの子がそうなったら、ウチ神様止めてもええで」
「なら早々に人間に成り下がって貰いたいものだ」
「あー、無理無理」
ニフテリザは空中で、扇子を広げて扇いでいた。その口元には可愛らしい笑みが浮かんでいる。
「あの子は世界の運命に直接組み込まれた存在なんやから、アホな事言うたらあかんで~。あの子は重要人物以上に重要人物なんやから」
「…あ、彩里が許さないぞ」
「んん~?ああ、なるほどな、確かに彩里はんは怒るやろな」
「そうだ。彩里は怒る」
「でもそれだけや。手ぇは出さへん。セプスはんと彩里はんの違うところは、度胸があるかないかやから」
「彩里の事を侮蔑するな」
「はは、ところでセプスはん、あの青髪の子なんやけど」
ビーッ!ビーッ!
警報ブザー?うちの管轄…じゃ、ないな。とすると、ニフテリザか?
「ああ、すまんなぁ、呼び出されてしもた。もうお喋りは止めや。青髪の子ぉの事はまた今度な」
「出来る事なら二度と関わりたくないな」
「そら無理やなぁ――じゃあな、また今度」
「ああ」
ニフテリザは、蝙蝠の羽をぶわっと広げて去って行った。
神を楽しませるあの子は、今度はどんな踊りを見せてくれるのだろう。
閲覧ありがとうございます。
神様のお話でした。神楽って名前、結構好きです。響きとか漢字とか、凄く良い名前だと思います。
次回、本編に戻ります。神楽もといミルヴィアのお話。一応名前はミルヴィアなので、そこのところ宜しくお願いします。




