表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/246

36 夕飯

 私は、エリアスに魔法をぶつけられた箇所をさすりながらとぼとぼ歩く。

 痛いなあ…言ってなかったのは悪かったけど、本気でぶつけることないのに…。


 それにしても、真名、ねえ…。今日あたり体が熱くなったりしない?しないか。そうそう都合よくはいかないよね。

 さて…真名。

 真名。

 真の、名。


「あらち…」

「は?」

「んーん」


 やっぱ、使っちゃだめだよね。ね、『私』?おーい、『私』。聞こえてる?


 …シーン。


 ですよねー。だめか。どっちにしろ、名前は…言わないといけないよね。ちゃんと。

 何だかな、捨てたのにもっかい拾うって一番ひどい仕打ちだと思うんだよ。

 絶対捨てたらいけないものを捨てたのに、捨てちゃだめだよと言われたからもっかい拾う。多分、『私』だって許さない。謝ればいいって問題じゃないから…や、誤ればいいのかもしれないけど、それはそれでだめとゆーか。


「ところで、ミルヴィア様の真名は何なのです?」

「んー?なんだろねー」

「知らないのですか?」


 ユアンが驚いたような顔をする。んん、これも騙してる気がして気が引けるなあ。何か適当に…それは嘘になるからだめか。


「知ってるけど、ないしょー」

「何故です。意地悪ですね」

「ふふ」


 他にもたくさん、気になってる人居るだろうな。その人たちのためにも早めに明かした方がいいんだろうけど。でもここから先『眷属』を使う機会は多いだろうし、割り切った方がいいかも。


「あとで教えるよ…エリアスと一緒のときね」

「はい」

 

 ユアンは気をよくしたようで、ニッコリ笑うと私の自室に一緒に入って来た。バタン、と扉を閉める。しばらくしたらエレナさんがごはんを持ってきてくれるはず。で、そこから半分くらい三百…三号室?に持っていく。それでいいかな。


 それにしても、真名ねえ。

 私としては、あの名前に何か意味があるとは思えないんだけど…


 あらち――

 

「はあ…」

「どうかしました?」

「真名って、名前に何か意味があるもんなのかな」

「真名ではなくとも、あると思いますよ。大体の場合、意味なしでは名前は付けません」

「じゃあさ…ミルヴィアは?」

「さあ。分かりません。カーティス様に聞いてみてはどうですか?」

「そだね、そうしてみるよ」


 意味はないだろうと思うけど。ぱぱっと決めた感じだし。

 ん?

 私の真名って和名なんだけど。変じゃない?


「ユアン、ここら辺に『山田さん』っている?」

「ヤマダサン?いえ、知りませんね。どうしてです?」

「何でもない」


 やっぱり居ないよねえ、和名の人って。でも、真名が和名ってどうなんだろう。ありがちなの?いや、ないだろ。絶対ないだろ。和名って。

 私は椅子に座ると、丸い机を椅子の前に運んできた。ここに置いてもらおっと。

 和名ってのは悪目立ちしそうだし……誰にも言わない方が良かったりとかするのかな?ああでも言うって約束しちゃったしなー。言うっきゃないかー。


 コンコン


 お、来た来た。


「はあい」

「失礼します、お夕飯です」

「はーい」


 エレナさんが入ってきて、かちゃかちゃと音を立てながらお皿とコップ(ガラス)を私の前に並べた。ここに机を置いておいてよかった。ちょうどいいや。


「失礼します」

「あ、待ってエレナさん」

「はい?」


 エレナさんはふわっと振り向くと、首を傾げた。エレナさんも綺麗なんだよなあ。


「『山田さん』って分かる?」

「ッ!?」


 サアッ!


 あ、れ?

 エレナさんの顔が真っ青になる。震えながら、両手を胸の前で握って一歩下がる。


「どうして――どうして、その名を」

「知ってるの?」

「あ…い…え…」


 エレナさんがもう一歩、下がる。

 あれ。

 あれれ?もしかしてマズイ事言っちゃった?


「なにも…なにも、知りません。何もです。知らないんです――」

「エレナさ」


 細い手を伸ばすと、その手を避けるようにエレナさんは一歩下がった。う、ショック。

 私はさっと手を引っ込める。


「あ、えっと、ただの…勘、なんです、けど」

「あ――いえ、すみません、ミルヴィア様」

「いえ。すみません」


 や、なんで謝り合ってんだろ…いっか、別に。


「探るつもりも何にもありませんし」

「そうですかでは失礼します」


 ヒュバンッ!


「…」


 速い…。ヒュバンって擬音が聞こえるほどには速かったな。

 『山田さん』ね。知ってるっぽかったけど。

 私って好奇心はあれど探求心は無いからそこがいいところか。


 私は今なお笑顔を浮かべているユアンに向かって笑いかけた。ユアンはもう一度ニッコリと笑う。ったく、今の見てもその表情…変って言うより


「怖いよ、ユアン」

「はい…?

「なんでも…半分食べたらエリアスんとこ行こうか」

「はい」


 ユアンはにっこり笑うと、私はしゅるっとスープを掬って口に入れる。美味しい。ポタージュ?美味し。ここは美味しい食べ物しかなくって嬉しいなあ!

 次、パン。甘くはない。でもさっぱりしててパサパサではなくふわふわ。

 次、おかずの煮豆おお、豆か。私、豆あまり得意じゃないんだけど、んん!?


「ぐっ!」

「ミルヴィ様!?」

 

 豆マズッ!この世に恨みでもあるんじゃないかって思うほどマズイ!ぼろっぼろ!


「美味しくない美味しくない!要らない!」

「ミルヴィア様、大丈夫ですか!?」

「何この豆料理!?全っ然美味しくないんだけど!」

「ああ…エレナ様は豆料理が苦手でしたね。なんだ、それだけの事ですか。驚きました。いきなり悶え始めるので…」

「へへ」


 私は『豆料理以外』!『豆料理以外』!ね!それ以外の半分を食べて、お盆を持って部屋を出た。

 きょろきょろ誰も居ない事を確認して、ささっと三百四号室の隣室に向かう。途中途中、メイドさんに見つかりそうになると角に隠れたり、空き部屋だったら部屋に隠れたり。あ、これ忍者っぽくて楽しい。おっとメイドさん。でもあっちの角が部屋だし…よし、ダッシュ!


 タッタッタッ!ガチャッ!


「エリアス、ごはん!」

「おお」


 ドアを開けると。何だかひやっとした。よくよく見てみると、白い霊魂が三つ、フワフワと浮いていた。エリアスの頭の周りを取り囲むように、ぐるぐると。おい…なんで今ここで出してんの…。

 エリアスはベッドに座って霊魂と話していた。ベッド、机、椅子。それだけしかない簡素な部屋だったけど、無駄に広い。七人入っても余裕だと思うな。


「我ら、主様に栄養を与えられて至福なり」

「我ら、主様と食事を共にできて至福なり」

「我ら、主様を支えられる仕事で至福なり」


 おー…でた、我らトリオ。


「どっちでもいいんだけど、エリアス、ここ秘密なんだから…静かにしといてよ?」

「分かってる。ほら、早く飯」

「はいはい」


 ユアンにも入ってもらって、机にお盆を置く。何か、背徳感があって新鮮というか、ドキドキする。この後真名を言うのかと思うと、なおさら。

 エリアスは美味いな、と言いながら食べ進めて――豆料理のところで、手が止まった。


「何だ?これ」

「お豆。私豆嫌いだから、あげる」

「好き嫌いは良くない」

「いーじゃんいーじゃん!ほらほら食べて!」

 

 エリアスは一瞬怪訝そうな顔をしてから、豆をそっと口に運んだ。それから、ゆっくり咀嚼する。来るか来るか…と身構えたけれど、特にそう言った様子もなく飲み込んだ。

 あれ?


「エリアス、美味しかった?」

「ん?ああ、美味かった」

「…まさかの味覚音痴発覚」

「はあ?」

「なんでもない…何でもないよ、エリアス」


 エリアスはもう一回首を傾げて、夕飯を食べ終わった。エリアスが味覚音痴だとは、ショック。そういうのとは無縁の人だと思ってたのに。


「さて、話がある、ミルヴィア」

「えっ、はい!」


 改まって言われると、こっちも畏まってしまう。しかもまだ霊魂散ってないし…。

 エリアスは私に真剣な目を向けてきた。私は何が来るんだ、と息を呑む。


「お前の真名、本当に分かってるのか?」

「え…分かってる、よ?」

「じゃあ、教えてくれ。別に不都合はないだろう?」

「無いけど…うん…」


 まさかこんな形で言うとは。自分から切り出すつもりだったのに。主導権を握られた気分…いや、エリアスはそういう奴だ。握るつもりだったんだ、自分が。

 体が震えた。言っていいのか分からないし、そもそも、言うって怖い…どうしよう。思った以上に、怖い。


「私の、真名は」


 目の前がじわっとなった。言わなきゃ…言わなきゃ。


「あら――あらち」

閲覧ありがとうございます。

引っ張る形になってしまいました。まあ、一応のところ名字は言ってるような物なんですが。

次回、真名、です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ