35 関係
人族か、魔族か。
『魔族』には多数の種族が含まれるのだが、『人族』には生粋の人族しか含まれない。
その主たる条件は三つ。
不言魔法が使えない事。
人族の固有魔法以外使えない事。
変に神童で非ず、馬鹿でない事。
これらを満たしたものだけが人族領で暮らせる。それでも人族の量が魔族に匹敵するのは、単純に生きている年数だろう。
魔族は子孫を残すことを重要としない。何故なら今生まれてきた人だけで五百年は存続できるから。
人族は子孫を残すことを重要とする。何故ならそうしなければ魔族との戦が続けられなくなるから。
しかも魔族は異様に(魔族としては普通だけど)生殖能力が高いからなあ、子供を授かろうと思えばすぐ出来てしまうって言うのもあると思う。その分、控えて命を大切にする辺り温厚な魔族だなあって思うよ。
「私はすべてに当てはまりませんでした故」
「そう…なんだ。具体的には?」
「生まれつき不言魔法が可能でした。そして『天候予測』の固有魔法を持っていました。そしてまあ、自分で言うのもなんですが、かなり頭のいい方だったと思います。金貨銀貨銅貨の計算がすぐに出来ました」
「ほえー、全部規格外、つまり人族じゃないってわけだ。だからって追い出すなんて、酷いね」
「まあ」
ビサは苦く笑うと、恭しく礼をした。
なんだろう、ビサも決して不細工ってわけじゃないんだよね。お兄様達のイケメンっぷりに見慣れちゃってるけど、普通に見ればビサも十分カッコイイ。そんな人ばっかりいるとなると、本当…逆ハーにもほどがあるでしょう。
いいんだけど。
女子との付き合いは正直面倒くさいところもあるし。
かと言って、女子が一切いないってのはキツイから、狐ちゃんとエレナさんが居るのは有難いや。あの二人は無駄に気遣わないでいいし。
お母様?
論外論外。
でね、言っとくと『天候予測』は多分希少種しか持ち得ない固有魔法。文字通り、これからの天候を予測できる。
「では、失礼します。明後日の朝九時に、先ほどの訓練場まで行きます故!」
「うん、でも雷雨が止んでなかったらどうするの?」
「大丈夫です、今日明日降ったら止むでしょう!通り雨と見えますし、明日の午後はからりと乾いた晴天となると予想されます!」
「オオゥ…」
早速…。しかも正確。これで安心できるね。そして、一日続く雷雨が通り雨と称されるのがこの世界。ついて行けねー。ついてく自信がねー。
ビサはもう一回、丁寧に失礼します、と言うと部屋を出て行った。大丈夫か?なんか単純に雷に打たれても大丈夫そうな体してるけど、風邪とか引かないかな…。
では!ともう一度言って、タタッとビサは駆けて出て行った。早い!違った、速い!
「おっと、じゃあ」
くるっと体を反転させると、窓の外を眺めているエリアスを凝視する。気付けー、と半ば呪いのような呪文を心の中で呟きながら。そんな不吉な視線を受け取り、エリアスが振り向く。振り向いた途端にさっと呪い(笑)を止められるんだから、我ながら大したもんだと思う。
もちろんエリアスはそんな事気に留める風もなく、なんだ?と問うような視線を向けてくる。
…ていうか、エリアスって本当綺麗な顔してるよね。和服とか、案外似合うんじゃない?うんうん、眼鏡外してー、着物着てー、下駄とか雪駄とか履けば!
うん、絶対似合う!
「今度着てね☆」
「何の話だ!」
冴えた突込み。さすがエリアス、出来るねえ。
ま、おふざけはここまでとして、そろそろ本題に移らないと。
夜になったらお兄様のとこに行かなきゃいけないし、ね。
「エリアス、お兄様とユアンとあなたの関係を聞きたい」
「…それは」
「だめ?だめならいいんだよ、私は別に他人のプライベートをずかずか踏み荒らすような性格はしてないつもりだし。……人には」
覆面の銀行強盗。自分が数名の人達より上に立っていると錯覚し、銃を乱射して九人を殺した銀行強盗。
憎いと思うと同時に、憐れだと思う。
憐れで醜く劣情に溢れおそらく一生周りからの憤怒を背負って生きていくであろうあいつら。
もし地球に行って何をやると聞かれたら――あいつらを殺すと答えそうだな。
「いつまで経っても治らない傷って、あるからね」
「知ったような口を利くな」
「知ってる」
「は?」
「私の真名も、全部分かってる。全部無かった事になればいいのに」
あ、待って、違うよ?
この世界に来たくなかったとかじゃないよ?むしろ来れてヒャッハー!って感じだよ?
そうじゃなくてさ。
私が死んだ要因になったあいつらを、変えたいなあって。トラックに轢かれたとか、そういうののほうがまだマシだった。いや、それじゃトラックに轢かれて死んでしまった人に対して失礼だ。
失礼にもほどがある。
「で、ま、いいんだけど、言いたくなかったら。ただ、言ってもいいかなーって感じなら言ってほしいなって」
「分かった。じゃあ、ユアンも含め、座ろうか」
促されるまま、エリアスがそう言うなら、と私とユアンは二人掛けの方に、エリアスが向かい合うようにして座った。
…そういや、エリアスと隣り合って座った事ないなあ…。
「昔のカーティスはただの病弱だった」
淡々と語り始めるエリアスに、慌てて全部の情報を頭に入れるつもりで聞く。
「カーティスは公爵家の長男だから、なんだかんだ言って噂くらいは聞いていたんだ。まあ、俺の方が十五年ほど早く生まれたのだが」
その十五年も、寿命が五百年の魔族にとってはあまり変わらないのだから驚きだ。
私はそう言いたいのを我慢して、視線で先を促す。
「だが、カーティスが十歳になったある日、いきなり俺の家を訪ねてきた。ノックされて開けてみれば、青ざめて、というか、最早白い顔をした公爵家の長男が立っている。驚いたな。ちょうどその時両親は居なかったので、家に招き入れて温かいマドツを淹れ、気分を落ち着かせた」
それ、驚いたな、で済む話じゃなくない?
エリアス、結構優しいよね。
「聞けば、眠っていると侍女を襲った夢を見たらしい。自分がな、もちろん。そして、その侍女は寝る前にすれ違っており、その際に自分が何かを漂わせていた気がすると。そして朝になりその侍女のところへ行ってみると、その侍女はカーティスを見てカアッと顔を赤らめわざとらしく部屋から出て行ったとか」
「…それ、傷付くね…」
「当然カーティスは傷付いた。いや、あの時点ではもうカディスだったのかも分からないが…とにかくあいつは傷付いて、何故か知らんが俺のところに来た」
「知らないはずがないでしょう」
ピシャッと、ユアンから突っ込み?が入った。エリアスが眉を寄せる。
んん?何の話?
「あなたは幼少の頃から、操霊を思うままに使っていたのですから、下手をすればその辺の大人よりも頼りになったと思いますよ」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえないな」
「まあいいじゃないですか。ああ、すみません話を遮ってしまいまして。どうぞ続けて下さい」
どうも最近影の薄いユアンが、すらすらと意見を述べる。
んー、ユアン主要キャラのはずなのに影が薄い気が…気のせい?
とにかく、ユアンも色々知ってそうだな。あとで問いただすか。
そして、エリアスは話を続けた。
「俺のところに来た後、あいつは自分の真名を思い出した。いや、思い出して『しまった』。本当なら関わらなくてよかったはずの、上手くすればそれを回避しながら生きる事も出来たであろう真名を思い出した。真名は、『カディス』で、『カーティス』はその場で気を失い――翌日から『カディス』として生きた」
「それが、一日に千人を襲うカディス?」
「そうだ。あれでもなんとか抑えてる方だったんだが…あいつの目を見ると男女問わずに襲われる」
「あれ…じゃ、さっき言った私の妄想もあながち間違いじゃ、ってごめんなさい!」
エリアスが、本っ当に嫌そうな目で見てきたので、さすがに自己嫌悪に苛まれて謝った。
ごめんって…おふざけじゃん。でも、嫌な人も居るんだから気を付けないとなあ…。
小学生みたいな反省をしながら、エリアスの話を聞く。
「俺は大丈夫だった。まあ、俺は霊界の加護があるからな。操霊を使うものの中でも特殊だから、何とかその影響は受けなかった。でだ、今度は九十年後、またあいつが来るわけだ」
「お兄様ってもう百歳なのね…」
どことなく、遠い目をしながら私は呟く。
魔族って…。
「その時の相談内容は、こうだ。『人狼に噛まれた。だけど夢魔と狼男の能力が相殺されているようで、少し苛々するぐらいであまり変わらない』と。だから俺は、良かったな、で済ませた。カディス、いやもう違うな、カーティスが言っていた事は、俺にとって何の不都合もなかったからだ。俺にとっても、世間にとっても」
「なるほどね。じゃ、言ってしまえば二人は」
「患者と医者だな。この場合の医者は精神治癒を意味するのか知らないが」
精神治癒…ってなんだ。精神科医、みたいなものか?後で調べようかな。
「それだけだ」
「じゃ、ユアンは」
「こいつは…声をかけてくる女達全員を相手しまくってたから噂で聞いただけだ」
ジト目でユアンを見ると、ユアンは苦笑しながら首を振った。
「相手してたと言うのは、ただ単に返事していたというだけですよ」
「それも丁寧にな。勘違いしてしまうのも仕方ないだろう。カーティスぐらいに上手く捌け」
「ユアン、剣の扱いも女性の扱いも慣れてるんだね?」
皮肉っぽく言うと、にっこりと笑ってそっと私の手を取ると、手の甲にそっと口付けをした。不意打ち
で、手が震える。
な、な、な…!
「何が敬愛だこの女ったらしの浮気者!」
顎を下から殴るつもりで放った一撃は、易々と躱され、しかも宙で行き場を無くす腕を掴まれて引き寄せられた。そのまま、唇が触れそうになって。
ッ、避けられな………!
思わず目を瞑った。ギュッと、見たくないと言うように。そして。
スッ
ギリッギリのところで、ユアンがそっと避けて私をポスンと抱き寄せた。
「ドキドキしました?」
その、からかうような言い方が腹立つ。私は顔を真っ赤にさせて、唇を噛んだ後大声で叫んだ。
「お前は一生独身で居ろ!」
身体強化をかけて、ユアンのお腹を蹴飛ばす。蹴飛ばすという表記が正しいほどには、吹っ飛んだかと思う。椅子の肘掛に背中をぶつけたし。
痛そー。ってかカワイソー。誰かさんがあんなことしなけりゃあ、蹴らなかったんだけどなー。
っていうかさっき、唇スレスレでユアンの顔が過ぎた時――耳に何か当たらなかった?気のせいかなあ…。
「なあ、いちゃついてるところ悪いんだが」
「いちゃついてない!ユアンが勝手に」
「それはもうどうでもいい」
「酷い!弁解さえ聞いてくれない!」
「どうでもいいから、聞け」
「聞くけどさあ…」
「だから、俺はユアンが嫌いだ。大嫌いだ」
その言葉に、さすがに顔が引き攣る。…おい、ユアン。
「露骨だね。もしかして、ユアンが来てからモテなくなって、妬いてるの?」
「馬鹿言え、ただ普通に夢魔を抑えているカーティスに申し訳なくなっただけだ。猥らな行為に及ぶのは、極一部だけだったようだが」
「逆に極一部には手を出してた、と」
「出してません。エリアス様も誤解を招く物言いは止めて下さいよ。私はただ、ベッドに連れ込まれただけです」
「逆か!」
まさかの男女逆転現象!
さっすがユアン!女性役も難なくこなす!
ユアンは、苦く笑うともう一度座り直した。なんとなく読まれてる感じがするけど、もちろん、私は気にしない。
スルーは得意だからね!
「とにかくと言うか――とりあえず、ですね。とりあえず、もうここらへんでお開きにしませんか」
「どーして?」
「もう七時ですよ、ミルヴィア様。いくらミルヴィア様と言えども、まさか夕飯も食べないとは言いませんよね」
「あ、そっかあ、忘れてた。私、なーんかあんまりお腹空かないんだよね」
お腹をさすりながら言った。だから今日、朝食も昼食も食べてないのに平気なのだ。ちなみに、お兄様とユアンは藻塩を混ぜて握ったおむすびを食べてるから大丈夫。
ユアンは分からないと言うように首を傾げたけど、エリアスは「ああ」と言って頷いた。
「吸血鬼なら、主に血を飲めば生きられる。逆に言えば血を飲まないと本来の力を発揮できないから、気を付けた方がいいな」
私って、吸血鬼、だったね。
血を吸う鬼、で、吸血鬼。血を飲まないと、あんまりよくないってゆーか。むしろ体調を崩しちゃうきらいもあるし。私は魔王の部分が弱点を相殺してくれてるのもあるけど、まあ一週間持ったらいい方でしょ。色々、吸血鬼だからしょーがないってのがあって苛立たしいけど!
私はわしゃわしゃと自分の頭をかいて、はあっとため息を吐いてから手を叩いた。
「はい、じゃ、お開きね。エリアスの寝床は取りあえず隣の部屋。確か、ベッドがあったはず」
「ああ。悪いな、泊めてもらって」
「だけど両親には秘密だから、後でご飯持ってくるよ」
「…は?」
「ごめんね~」
「……聞いてないぞそんな事」
「あは、ごめんごめーん」
「もうお前の謝罪には誠意が感じられないな!」
エリアスはバンッ!と机をたたくと立ち上がった。
キレやすいと嫌われるよ、冷静に、冷静にね!
そういう意思を込めて微笑んだら、リアルに『玉土』で頭を攻撃されました…。
閲覧ありがとうございます。
ビサ君は近くの訓練場に行きました。雷雨の時は軽い避難所として一般開放されていますので。
次回、夕食とその後、です。




