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34 お泊り…?

 基本的に、この世界の住人は雨が降ったら外に出ない。止むまでどっかで雨宿り…が常識なんだって。

 どうしても外に出たいときは、雨合羽みたいなものを着る。風魔法で防水断水機能が備えられている布を被って出かけるとか。

 一般家庭にあるような魔導具じゃないらしいよ。その防水機能とかを付けるにはかなり精密な魔女文字を要求されるので、トィートラッセくらいにしか売ってないんじゃない?

 もっとも、私はトィートラッセ以外には行った事が無いので偏見だけど。


 ゴロゴロゴロゴロ、ドッシャーン!


「びぎゃっ!」


 思わず、頭を抱えて座り込む。お兄様は、どうしようかとおろおろしていたけれど、すぐにふらっと来たのか覚束ない足で何とか立っていた。それからエリアスに合図して、私に何か言ってから立ち去った。

 う、情けない。

 雷が苦手だなんて、本当に子供みたいじゃないか。

 最悪。

 だって雷ってうるさいじゃん!

 うるさいの苦手だし!

 てか嫌いだし!


「大丈夫か?これ、結構続くぞ」

「ええ。早いところ止んでくれたらいいんですけどね。あなたが帰れないでしょうし」

「俺は、雨の中でも帰れるぞ」


 二人は私を心配しながら、話す。

 心配するなら心配するで、遮音するとかしろよ!


「しゃ、しゃお…」

「遮音ですか?すみませんが私は魔力に関してあまり多い方ではないのですよ」

「え、エリア…」

「俺か?ったく、俺はお前を守る筋合いなんてないんだけどな」

「う、るさ…まも、れ」


 泣きそうで、声が小さくなる。そうは言いながらも、エリアスはバリア――いや、これは広範囲だから結界か――を張ってくれた。おかげで、雷のゴロゴロという音は聞こえない。

 エリアス、遮音結界を張れるとか…もしかして結構結界系得意だったりするの?得意じゃなかったら不言魔法で、しかも魔法陣抜きでなんて不可能でしょ。やっぱ霊魂族の使役種だし、魔力も多そう。私ほどではないにしろ、魔力は多いと思う。

 んま、どっちでもいっかあ。


「お兄様が『魅惑』に中てられちゃってるのはもうしょうがないので放置します」

「何気酷いな」

「お兄様なら平気です。あんなんでへこたれるようならお兄様に懐きません」

「ハードルが高いですね」

「それに、二人は大丈夫だったんだからお兄様が大丈夫ではないはずがありません」

「すごい信頼だ」


 ちょくちょく突っ込まれながら、私は立ち上がって本を一冊手に取ると、じーっと眺めて、もう一度本棚に返す。


「エリアス、泊まるよね?」

「は!?俺は泊まらな」

「泊まってね、そうじゃないと毎日病院に行って嫌がらせに勤しむ」

「嫌な勤しみだな…」

「でしょ?じゃ、泊まってね。服はそのままでいいよね」

「ふ、服は別に構わないが…寝るところが無い」

「お兄様と相部屋っていうのはどうかな」

「やめろシャレにならない」

「同じベッドで眠る幼馴染二人は、久々に同じベッドで眠る感覚に胸躍り、そして湧き上がってくる衝動を抑えきれなかった――」

「変なナレーションを入れるな!」

 

 ゴツッ!


「痛い!」


 本気で殴ったな!?痛いぞ、ただちょっと殿方同士の恋を夢想しただけじゃないか!


「夢魔より性質が悪い!何なんだお前は!そしてどうしてそんな言葉を知っている!」

「うう…五年も生きてたら、そりゃ」

「五年だろうがまだ五年!っていうか俺とカーティスが幼馴染と言う設定はどこから持ち出した!」

「あれ、違うの?」


 あら意外。絶対そうだと思ったのに。あの二人の会話って、旧知の仲って感じだった。

 私がきょとんとした顔で見ると、エリアスはぐっと詰まっていや…と口ごもる。

 

 ピーンと来た。

 エリアス、知られたくないんだ?お兄様と幼馴染だって、私に。どうしてかな?からかわれるからかな?それともそこから根掘り葉掘り調べられるからかな?


「幼馴染、ではない」

「じゃー何よ」

「あいつ…は」

「あー」


 なーる。

 エリアス、私がお兄様が夢魔および狼男だと知っていると言う事を知らないのね。


「お兄様の特性についてなら、私もユアンも知ってるし、遮音結界は中からの声も外には届かない仕組みだし。ビサには届かないって」

「は?特性って…それは」

「夢魔と狼男?」

「なんだ…知っていたのか」


 エリアスはほっとしたように、目を瞑った。それからしばらくして目を開け、私に向かって問う。


「しかし、どうして知っているんだ?カーティスから言うものじゃないだろ?」

「満月の夜、部屋に入っちゃったのよ~」


 ガタッ!


 軽い調子で言ったのに、エリアスは勢いよく立ちあがった。私は目を見開く。

 エリアスはそのままこちらまで来ると、しゃがんで私の肩を掴んで私の存在を確認するようにぐっと手に力を込めた。

 その顔は蒼白で。

 その顔は恐怖に怯えていて。

 その顔は、私の無事を確認するような顔だった。


「い、痛い、エリアス、痛いって」


 肩が。肩が、痛い。どれだけエリアスが本気なのかが良く分かる。

 

「何もされなかったか?」

「さ、されて、ない」

「本当か?襲われかけたとか、傷付けられたとか、何かないよな?大丈夫だよな?」

「っ、え、エリアス、痛い。肩、痛いって」

「本当か?何もされてないのか?」


 私の声など聞こえないほど、エリアスは切羽詰まったように私に聞いてくる。

 やっぱり、エリアスは火の玉だ。

 分からない。どうしてそこに在るのか、何も分からないほどぼんやりしてる。


「ミルヴィア、嘘を吐いてないか?兄を庇おうと思っていないか?」

「エリアス、どうしたの?大丈夫だよ?」


 てか、本当に痛いんだって!本気で掴んでるでしょ、その手!


「夢魔に何もされなかったか、狼男に傷付けられなかったか?」

「うん」

「本当か。ユアンに助けてもらったとかじゃないのか?カーティスが抑えたのか?」

「エリアス!」


 私はぺち、とエリアスの頬を両手で挟んだ。息が荒くて、本当に鬼の形相だ。鬼の私より鬼らしい。だけど、エリアスらしくない。


「大丈夫。私は、大丈夫。安心して、お兄様は何もしなかった。私は真読魔法で乗り切った」

「真読…魔法」


 そして今も、静穏の真読魔法を、不言魔法で出来る限りエリアスにかけている。ゆっくりと、エリアスの手から力が抜けていく。


「夢魔からは襲われてないよ。狼男から傷付けられていないよ。もちろん、お兄様からも何もされてないよ」

「…本当だな?」

「安心して、落ち着いて。お兄様が妹を襲うと思う?お兄様が妹を傷付けると思う?」

「…」


 エリアスの手から力が抜けて、私の肩からするっと落ちた。心底安心した表情だ。


「だいじょうぶ、お兄様は抑えれてたから」


 これはまあ、半分嘘なんだけど。

 お兄様が抑えきれてなかったら私は真読魔法を使う暇なく襲われてただろうし――

 お兄様が全部抑えられていたら、あの場で私に『魅惑』を使わなかっただろうし。


「エリアスがどんなふうにお兄様と接してきたのか知らないけどさ」


 私は、エリアスの顔を覗き込むように、しゃがんだ。


「もーちっと信頼してあげたら?可哀想だよ、お兄様」

「…お前、知らないのか」

「知らないって、何が?」

「カディス。伝説の夢魔。一日に千人を襲い、百年生きたと言われている、夢魔だ」

「夢――お兄様、が?」


 マジか。

 想像できねー。

 どっちかっていうと大人しく一日一人の精気を多少奪うって言うのが一番似合ってるかな。


「カディスは…本当に厄介なんだ。狼男に噛まれて良かったと思えるほど、あいつは、凄かったんだ」

「すご…へー…?」


 ますます想像できないんですけど。

 そんな夢魔が、ずっと『魅惑』使わないって…十五日後の満月が心配だな。あ、私が抑えてあげるって事になってるんだっけ?それはそれでアリかな。どーせならあいつらと話したい気もするけど。

 どっちかってゆーと、今は『私』と話したいや。


「ガディスが、あいつの真名…だ」

「ほう」


 今日聞いたばっかりのその言葉を、今ここで使われるとは思わなかった。

 でも、なるほどね。

 ガディス。

 そう呼ばれた時、夢魔であり狼男であるお兄様の本性が目覚めてしまう。


「真名って厄介だねえ」

「お前の真名は、何だ?吸血鬼なんだから知ってるだろう?」

「んー…知ってるけど」

「真名が無いと『眷属』は作れないぞ?」

「ん」

「血を吸う時、真名が発動するんだ。血を吸った後、明確に、真名を告げて詠唱する必要がある」

「んー、分かった」


 だとすると、真名、使えないから夢魔は倒す他ないかなあ。あの名前は『私』以外使っちゃいけないだろうし…そう言った意味でももっかい話したいけど、だめだろうなあ。こっちでの十日がほんの十数分だったんだし、あっちではまだまだ一瞬しか経ってないでしょ。


 私はするっとエリアスの頬から手を滑らせると、立って叫ぶ。その一瞬、声の波動を結界の波動と合わせる事によって遮音結界をすり抜けて声が外に届くのだ。

 実際、これは結界を創った術者本人でなきゃやり得ない事なんだけど、ま、そこは吸血鬼であり魔王である私がイレギュラーって事で、納得してね。


「ビサーッ!こーい!」

「――――」


 もぎょもぎょと聞こえた声は、遮音結界が張られている事を知らないビサの返事だと思われる。

 入って来たビサは、部屋の中に足を踏み入れた途端に目を見開いた。

 うっふふ、『あれ、ここはやけに静かだな』って顔だね。


「あれ、ここはやけに静かですね」


 本当にそう思ってたか。

 なんか私に勝手に読心術を使う三人の気持ちが分かった気がする。


「それくらいで分かった気になるな」

「上級者っ!?」

 

 まさかの『私がビサの考えを見抜いた』、『三人の気持ちが分かった』の二段読み!

 すごい、最早人間のレベルじゃない!

 

 …ふざけた事はともかく、ビサを読んだのは私の考えがあっての事だ。


「ビサ、私は今回の仕事内容を見て確信したね」

「は?」

「道中の魔獣は、すべてあなたが相手しなさい」


 ビッ、とビサを指差して言った。

 いやまあ、教育から言えば人を指差すなんて良くないんだろうけど。

 まー良いじゃない、この際。


 ところでビサ君はと言うと、告げられた内容にポカンとしていた。わ…我が弟子ながら間の抜けた顔。


「は…私が、ですか?」

「そう。魔力開放による威圧も無し。魔物は生き物の匂いにつられてやって来る。そこを、ビサ君には手加減抜きで剣でグサリ」

「グサ――」

「その剣には睡眠作用がありますが、急所を的確に突いた時のみ死なずに眠る事が出来ます。だからまあ、ガンバ」


 的確な言葉が思いつかなくて、最後が疎かになったけど、頑張れって思ってることは事実だし。


「ですが」

 

 そこで、しばらく黙っていたユアンが口を開いた。

 なんだろう、嫌な予感。


「私は付いて行ってもいいですよね、エリアス様?」

「はあ?いや、だめとは言わないけれど――内容に手出ししない限りは」


 あ、思ったよりマトモ。てか、私ユアン連れて行く前提で考えてたんだけど…。

 ………。

 やっぱりいつからだろうなあ。タメ口になってからかなあ?


「ユアンさん、私が夢魔のリーダーに手を出す時は何もしないでくださいね」

「何故敬語なのですか」

「ユアンさんに対する尊敬を失いたくないと思いまして」

「別に失われても構いません。私はあなたの側に居られれば良いのです」


 私は突然の言葉に硬直。

 エリアスはやれやれと言った感じでため息。

 ビサはおお、という感じで面白がる表情。


 って。


「やめなさい!」


 思わず子供を叱るような口調になったけど、本当にやめてくれ。

 これがエリアスだけだったならともかく、ビサも居るところでそんな事言われたくない。


「ビサ、誤解しないでよ、私は」

「分かっています、分かっていますよ、師匠。師匠の事情に深入りするつもりなどこれっぽっちもございません故安心なさってください」

「そうじゃないっ!」

 

 絶対分かってないだろ!

 絶対誤解してるだろ!


「違う、違うってばビサ!」

「何か違いが?私は思うままを言っただけですよ?」

「黙っとけ馬鹿!」


 大声で叫ぶ。およそ遮音結界などいとも簡単に突きぬけて行ったであろうその絶叫は、エリアスが片目を瞑り、ビサが驚くのに十分だった。

 ユアンだけが普通に笑ってたのがムカつくけど。


「えっと…師匠とユアン殿は恋仲ではないのですか?」

「違う。断じて違う。絶対無理。有り得ない。ユアンと恋仲とか考えるだけで虫唾が走る」

「ミルヴィア様、照れているのですね」


 どうしてそう、私をからかうためだけに自身を犠牲にしてるのかな!?

 

「あーもう、エリアスお願い収拾付けて!」

「ミルヴィアはお兄様が好きなので、ユアンと付き合ってるのは有り得ない」

「そのフォローの方向が違う!私がお兄様っ子なのは認めるけど、お兄様を恋人的に好きなのはない!」


 どうしてそっち方向に話を進めた!?


「鬼化するよ!」


 えーっと、これは説明が必要か。

 んっと鬼化(きげ)っていうのは吸血鬼が吸血鬼になる事を意味する。つまり、本能に従うというか。

 でも、正直言わなきゃよかったと後悔してます。


 ユアンは剣を抜き放たんばかりに私をねめつけ。

 エリアスは警戒するように一歩下がり。

 ビサは信じられずに硬直する。


 あーれー?

 鬼化ってもしかして本当に怖い物なの?マジで?やらない方がいいヤツ?


「ご、ごめん、冗談だよ。本当にやる気なんてないって。ね、ほんとに、ごめんね?」


 逆に物凄く戸惑う。特にユアンからそんな目を向けられると、夢魔から『誘惑』をかけられた時とは別の意味で固まってしまう。

 首に剣を当てられた時の恐怖が蘇る。

 なので、慌てて弁明する。


「ね、そもそも、私鬼化のやり方知らないし」


 その言葉に、ふわっと場の空気が緩んだ。今まで私を拘束し、逆に身を委ねていたくらいのその縛りが無くなると、ふらっとしてしまう。

 …空気ってここまでの拘束力あったっけ。

 そんな考えも、すべてユアンだからで片付いてしまうのが苛立たしい。


「迂闊にそういう事を言うなよ?」

「はあい」

「というより、気になっていたのですが、魔王は吸血鬼…なのですね、師匠」

「そうだよ」


 これ以上の言及は受け付けない、と言う意味を込めて、それだけで答える。目論見通り、ビサは何も言って来なかった。

 あんまり追求されても困るしね。吸血鬼について聞かれた時、なんて答えればいいのか、これからは考えておかないと。今度少年に付き合ってもらって予行練習を…なんだろうすごく虚しい。


「で、ビサはどうする?泊まる?」

「いえ、私はこのくらいの雨大丈夫ですので。もっと言えば、近くの宿に知り合いがいて、多少融通が利くので、一日くらい無文でも泊めてもらえるかと」

「一日で止むような嵐ではないけどな」


 エリアスが、静かに窓をコツコツと叩きながら言う。外はまだまだ雨が降っていて、しかも時折雷が鳴る。

 確かに、これが今日中に収まるとは考えにくい。

 この星の性質上、嵐は三日は続くと言うのが定説なのだ。


「後は金を払って泊めてもらいます」

「ふーん。ちなみにその宿ってどこ?」

「訓練場ならこういった時自由解放されているので、そこに寝泊まりします」


 うわ、懐が深い。さすが。ってか、ん?ビサってどうして兵長になれたんだ?

 

「ビサ、兵長になれるって結構すごいね。軽い調子で悪いけど、あなたって何者なのかな?」

「私ですか?私は…」


 一泊置いた後、さらりと告げた真実は、私の頬を引き攣らせた。


「人族・劣化種・ミリンド。人族からは追放された身です」

「…は?」


 人族が、平然とここに居る。

 人族が、平然と兵長などという地位についている。

 人族が、平然と居るのにそれを誰もが受け入れている。


 それはビサについて驚くべき事であり、魔族の懐の深さがうかがえるような気がした。


 …ここに普通の事情を持った人って住んでないのかな。

閲覧ありがとうございます。

エリアスはミルヴィアが心配だったのです。そうなのです。

次回、エリアスとお兄様の関係が明らかに。

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