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33 問い詰め

 人はショックになると黙り込むみたいだね。

 

 お兄様は、黙り込んだまま何も言わなかった。何も言えなかったと言うのが正しいかもしれない。ユアンが、冷めた眼でお兄様を見ている。心配というより、人間観察としての興味、というか。

 本当に冷たい、冷めた、心配の欠片もない視線。

 まって、ユアン、その視線だけで人の心を跡形もなく崩壊させる危険がある。

 やめてくれ、私が悲しくなるから。


「エリアス、で、その夢魔と戦うんだよね」


 私はエリアスに不審なところを見せてはいけないと思い、そう言いながら写真の女性を指でなぞる。ほんっと、憎らしいくらいに綺麗なライン。

 あ。

 お兄様がイケメンなのって、あの両親関係なく夢魔だからなのか。うわ、当然の結論になぜ今まで行きつけなかったのか。我ながら迂闊だわ~…。

 夢魔に不細工は居ない。生きていけなくなるから。欲求をぶつけられて、エネルギーを満たされる事によって、夢魔は生きているから。

 男性型の夢魔(インキュバス)だろうと、女性型の夢魔(サキュバス)だろうと。

 人間だって、男性と女性のエネルギーの摂り方は同じってのと一緒。


「女だからな、お前が行くのはともかく、まあまあの戦力になるビサを連れて行くのはあまり賛成できないぞ」

「…そりゃ、そうだろうねえ…」


 ビサ、戦力としてはまあまあなんだね…。

 いや、十日――じゃなくて、九日で、『まあまあ』から『物凄い』に格上げしたげる!

 

 っと、話が逸れた。

 ビサをどうにかして戦力アップをするのはどちらにしろ今はどうでもいい。

 大事なのは、お兄様の精神面だ。夢魔だと言う事を隠してきたとはいえ仲間が討伐される。妹が仲間の血を吸い、眷属にしようとしているのだから。


「だけどエリアス、夢魔は(コア)があるよね?どうして魔獣なんて言ったの?」

「こいつらが『例外的種族』になるからだ。つまり(コア)がない珍しい個体だな。それが繁殖してしまったがために、こんな群れになるくらいになった。魔族の魔の手から逃れるためには群れになる。群れになるためには繁殖する――で、繁殖したんだろ」


 なんとも傍迷惑な。大人しく暮らしてればいいものを。とか考えるのは、人のエゴなんだろうね。地球の人間も、一人じゃライオンに太刀打ちできないからあんなでっかい群れを形成してるわけだ。

 

 だけど迷惑か迷惑じゃないとかはいいけど、夢魔は害あるものとして見做される場合がほとんどだからね。熊が森に居るだけで殺される。その熊は畑を荒らす事もままあるから仕方ないんだろうけど、一部の愛好者からしてみれば虐殺に近いらしい。

 人間なんてそんなもんだよね(私人間じゃなくて吸血鬼だけど)。


 うーん、正直この人達が生きていようがどっちでもいいってのが私の今の気持ちだ。

 でも、借金はだめ。

 だめ、絶対。

 私、前世では借金しないって決めてたの。だから将来のためにコツコツ貯金してたの。

 いやでも――

 起きた事(・・・・)を考えれば、貯金してなかった方がいいのかも。


「夢魔はリーダーを仕留めれば大人しくなる。大人しく、消滅だ」

「消滅…それって、そこまでしなきゃいけない事なの?」

「ああ。リーダーは別に大した事はしていないし、こいつだけなら見逃したって構わない。道行く人の精気を規定以内で少々奪って生きているだけだからな。だが」


 つい、と、エリアスが反対側から一番大きく映る綺麗なお姉さんの奥に居るお姉さんを指差した。

 どうやら、これが繁殖した結果の、ある意味夢魔の『眷属』らしい。


「こいつらはギルド内の男達を夢で襲っている。これは許可できない」

「待ってよエリアス」


 さっきから気になっていたエリアスの言い方に、私がストップを入れる。


「何、その『許可できない』って。宛らエリアスが決める立場にでもいるみたい」


 どうして夢魔退治の事をエリアスが知っている?

 どうして一介の医師がお兄様の収入を上回る?

 どうして私がお兄様を魔王城に入れると言った時、あんなに頭を抱えそうだった?

 どうして事件資料についての事をエリアスが語れる?

 どうして――


「そもそも、私達があの場で暴れて床や壁や天井が壊れた事を知ってたの?ビサ君が直属の(・・・)上司にでも報告したのかな?」

「…ミルヴィア、その辺にしておけ」

「私がエリアスについて懸念している事はかなりたくさんあるんだよ。例えばどうしてユアンを嫌っているのか。例えばどうしてお兄様を助けようとするのにお兄様はエリアスを嫌っているのか…ああ、ごめん」

 

 そこでわざと、会話をさり気なく違うところに誘導する。

 こうゆうの、苦手なんだけど。


「これじゃあ、エリアスの事じゃなくて三人の事になっちゃうねえ」

「…!」


 三人が驚愕の表情を浮かべ、三人が息を殺して私を見る。扉の外で、ビサ君が敏感に私が三人を眼で睨んでいる事を感じ取って、ビクリと震えた。


 ごめんねお兄様。

 ごめんねユアン。


 だけど、私は知りたいんだよ。

 なにせ、好奇心の塊なものでね。


「お前、五歳か?」

「あれ、他になんに見えます?」


 わざと…ね。

 お兄様を焦らせるため、ユアンとエリアスを驚かせるため、『魅惑』をオンにする。

 予想通り、お兄様は目を見張り、ユアンとエリアスは真っ赤にはならないけれどビクッと反応した。


「私が五歳だろうとどうだろうと――どこで学んだんだろうと」


 しっかり、私はエリアスを見据えた。目を細めて、笑みを湛えて。

 それだけで、『魅惑』をオンにしている私にエリアスも…ユアンさえ、対抗できない。

 お兄様だって凍りつくくらいなのだ、生粋の夢魔が、驚くくらい私の『魅惑』は強いのだ。

 当たり前と言えば、当たり前。


 吸血鬼で吸った能力を

 魔王として魔王の強さを利用して使用しているのだから。


「私は私だよ?エリアス、ユアン――お兄様?」


 三人が私を警戒じゃないけれど、怪訝そうに、いや、不思議そうに、いや、何か自分の目を疑っているように、見てくる。

 すぐに私は『魅惑』を打ち切った。三人は拘束が解けて自由に何でも言えるし何でもできるけれど、やらない。

 私の強さを知ったから。


 ………………。

 ごめん。

 だめだ。

 やっぱり私…


「シリアス無理…」


 そう言って、椅子に座ったままのけ反る。

 シリウスだかシリアルだか知らんけどー、私暗いトーンの話苦手なんだよね。


「いいよもう」

 

 ただ、立場を分かってもらいたかっただけだよ、エリアスに。

 医師より魔王が偉い、なんて、分かり切った事をさ。


「三人がどーゆー関係だろうと、どーゆー因縁があろうと、三人は三人じゃないですか、お兄様」


 急に話題を振られたお兄様は、困惑したように私を見る。私は、次はユアンに向けて視線を送る。


「種族なんて関係ないよねえ、ユアン」

「…ミルヴィア様、それは」


 うん。

 『魅惑』から抜け切るの、早いな。

 皮肉にも似た私の言葉に、ユアンが眉をひそめた。


「ユアンは強い。多分私の次に。いや、私の次はエリアスとお兄様とユアンかな?」


 この三人が、私は好きだ。大好きだ。

 だって強いから。強くて、教えてもらえるから。

 案外私って、年上好きなのかもしれないなあ。


 そして最後に、エリアスに視線を送った。


「エリアスがどういう立ち位置なのかは知ってるよ。お医者さんでしょ」

「そうだ。医師免許も持ってるぞ。何なら見に来るか?」

「え、いや、いいよ。絶対盗まれる。それでイベントが発生するんだ。そんなフラグが立ってる」


 君子危きに近寄らず。

 この場合、フラグが立ってるような気がしないでもないという極めて曖昧な理由だけど。

 ま、崖を好んで覗くよりかマシでしょ。


「お兄様が何であろうと、私はお兄様を魔王城で雇います」

「…うん」


 え?お兄…様?

 お兄様の顔が真っ青で、はあはあと荒い息を吐いていた。


「お兄様?」

「ごめ…ちょっと休んでいいかな?」

「は、はい、いい、です」


 ふらふらと立ち上がるお兄様を支えようと思ったけれど、思いとどまった。求めてないだろうし。

 それが言い訳だとしても、多分お兄様は私に触れられたくないと思う。


 自分が意識して、頑張って使って来なかった『魅惑』を。

 私はあっさり使ってしまって、お兄様に注意されて。

 それなのに。

 また、使った。


 それは、裏切りに近しいものがあったように私には思えた。


「ごめんなさい」

「うん?良いんだよ、ミルヴィア」


 そう思って小さい声で呟くと、お兄様はふらふらとした足取りで戻って来て、ポン、と私の頭に手を置いた。大きくて温かい、お兄様の手だ。


「ミルヴィアは、五歳だろうとどうだろうと、と言ったけれど、ミルヴィアは五歳なんだよ」

「それは、どういう」

「頼っていいんだ。甘えていいんだよ。無理して大人ぶらなくっても、いいんだ」


 初めて言われたその言葉に、ぶわっと涙が溢れそうになったけれど。

 私はあろう事か、風魔法を使って涙を引っ込めた。後ろの二人には気付かれてないだろうけど、お兄様には気付かれただろう。少し、風が舞ったから。


 あー、だめだな、私。ユアンを連れて行くかは勝負で決めるなんて言わなきゃよかった。嫌だな、私。何もしたくないなあ。本当ならこのまま、穏やかでのんびりと暮らしたいなあ。


「お兄様」

「ん?」

「今日お兄様の部屋に窺ってよろしいですか?」

「いいよ、おいで。タフィツトに居るから。ユアンは、だめだよ」


 これはユアンが反発するかな、と思って振り返ると、ユアンはいつもの明るい笑顔を浮かべていた。何だかいつもは苛立つ『いつもの』笑顔に、日常なんだと安心する。


「いいですよ。勝負に負けた身です、タフィツトの前で待っています」

「珍しー。ユアンがそんな事言うなんて。季節外れの吹雪か、はたまた桜吹雪だね。めでたいね」

「どうしてミルヴィア様が私に対してそこまで毒舌なのか、理解しかねます」

「私も、ユアンがどうして私に対して本音を言ってくれないのか、理解しかねますよ」

「!」


 一瞬、ユアンの目が危険を帯びる。例えるなら、院長や私に剣を当てた時のような。

 しかしそれも一瞬で終わり、いつもの笑みが待っていた。

 隠すの上手いなぁ…。そこが本音で話してくれないって言ってるのに。


「そうですね。騎士の身で、女性に思うままを伝えると言うのは出来ないのですよ?」

「そっかあ。ざーんねん」


 女性事情とか聞きたかったのになー、と、私は独り言のように呟いた。


 整理すると、こうだ(特に整理すべき点があるわけじゃないけど、一応)。

 ユアンは嫌われ者。私の『魅惑』に一番強い。

 エリアスはお兄様を助けてくれるつもりはあって、だけど私の『魅惑』に二番目に強い。

 お兄様は好かれている。ただし、何故かエリアスは嫌い。私の『魅惑』に一番弱い。


 って感じかな。

 そーいや、もう日が沈みかけてるな。エリアスは帰るのかな。


 そんな事を考えていた矢先。

 突如、窓を打つ大雨が訪れた。

 夕日が雲で覆い隠され。


 ゴロゴロゴロ、ズザーッ、と。

 

 およそ前世でも聞いた事が無かったくらいの大雨が、街を襲い屋敷を襲い、そして黄色い稲光が光った。


「ユアンがらしくない事するから!」


 私の大声は、大雨によって掻き消された。

閲覧ありがとうございます。

まあ…ミルヴィアはシリアスシーン苦手なので、真実が明かされるのはもう少し先です。知りたいのも事実なのですが、ミルヴィアはさほど知りたがらない性格です。「今が良ければいいじゃない」…みたいな。

次回、エリアスの台詞多めです。

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