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3 吸血鬼の能力

 お兄様に魔法を浴びせられた後、近くにいたメイドさんがわあきゃあ言って押し寄せて来て、着替えを持って来たりタオルを持って来たりお湯を張ってきますと言ったりと廊下が人で一杯になってしまった。私はその波に任せるままお風呂の方向へ流された。


 うーん、風魔法で追っ払えないか? あ、だめだ。あんまり力を見せびらかすのも良くない。それに濡れたままっていうのも気持ち悪いし寒いし、お風呂には入っちゃおう。


 聞かなかったけど、お兄様は多分逃げ出した。一瞬だけど、あの人混みの中から魔法の気配を感じたから。あれは風魔法だった。どう考えてもお兄様でしょ。私が連れ去られた後は居なかったし。いいんだけど、私も連れてって欲しかったね。


「魔王様、銀風呂と金風呂、どちらに入りますか?」

「は?」


 銀風呂?金風呂?何その豪華そうなお名前。とりあえず、


「銀風呂」

「はい!」


 お母様とお父様にあんな口を利いちゃったんだから、使用人に丁寧な口を利くわけにはいかない。突き放すように言うと、心なしかメイドさんの声が上ずった。エレナさんには普通に話そう。


 銀風呂というところに連れて行かれた。銀風呂の、風呂場らしからぬ重厚なドアを開けると、その眩しさに、目を細める。


 純銀で出来たお風呂だった。壁の一面には大きな鏡。広い浴槽。それも純銀で、曇り一つなかった。見ていると頭がクラクラするくらい光ってる。

 脱衣所でメイドさんが脱ぐのを手伝おうとしてたけど、「いい」と簡潔に言って自分で脱ぐ。やっぱり体は子供なのね。生まれたばかりらしいから当然か。浴槽を指でなぞってみると、キュウッといい音がした。本物の銀なのかな。


 お風呂に浸かる。長い髪の毛はメイドさんがお団子に結んでくれた。私の髪の毛は黒くて、さらさらとしていた。浴槽から壁の鏡を見る。驚いて浴槽から飛び出す。


 目が。


 浴槽から出て、鏡の前に行って鏡に手を付く。前世と顔が何も変わっていない。ただ、髪の毛と目はインクで染めたように真っ黒で、前世の茶色っ気の混じった髪の面影はどこにもない。

 さっき手鏡で見た時より、印象がだいぶ違う。さっきは赤魔石ばかり見ていたから、自分の体の差異に気付けなかった。ただ、顔が同じだなと思っただけだ。


 前世と同じ顔。そう思っていた顔の中で、一つだけ違う物があった。

 目だ。前世と違って、目の中にある瞳孔すら見分けがつかない。それほどに、黒い。

 鏡に顔を近づけて目を見ると、真っ黒な、綺麗な、丸い目が見える。鏡の中にある目をなぞってみた。私の目がそれを追う。

 

 不気味。


 真っ黒な髪の毛と目のおかげか、前世よりも少し顔は綺麗になった気がする。自惚れるのも良くないと思うけど。


「魔王様」

「……エレナさん」


 後ろから声がしたので、鏡から確認する。エレナさんが、笑顔で立っていた。


「魔王様、お背中お流ししますよ」

「いえ、大丈夫です。自分でできますから」

「あら」

「え?」


 エレナさんが笑いながら意外そうな声を出したので、つられて声を出してしまう。

 なんだろ。


「前の魔王様は横暴で、あれをやれこれをやれとうるさかっ……賑やかだったんですよ。なので、皆さん慎重になっているんです」


 うるさかったって言えないのか。途中で言葉変えるなんて、器用だな。

 

「ああ……それであんなに至れり尽くせりなんですね」

「ええ。ですが、こればかりはやらせてください、魔王様。さすがに背中までは手が届かないでしょう」

「そりゃあ、まあ」


 エレナさんはニッコリ笑うと、柔らかそうな布を濡らして背中を擦ってくれた。マッサージみたいで気持ちいい。


 というか、そのままマッサージじゃないか? 気持ちいい~、寝ちゃいそう。


「魔王様、寝るのはお風呂から出てからにしてくださいね」


 ギクッ。


 ばれてる。エレナさんって不思議なところがあるよな。先代の魔王のお世話もしてたみたいだし。てか、何歳なんだろう。


「エレナさんっていくつなんですか?」

「あら。乙女に聞く事じゃありませんよ」

「気になって……だめですか」

「今年の羊月に三百四十歳になりますかね」

「え」

「変ですか?」

「わ、若くありません?」


 エレナさんはどう見ても二十代前半だ。私の顔が引きつる。

 

「魔族は基本的に歳を取りませんから。一般的に、死ぬのは五百歳くらいですかね。私は後百六十年ありますから、まだまだ死にません」

「魔王はどれくらいですか?」

「不老不死です。万智鶴様の剣でしか、死ねませんから」

「ああ、そうでした」

 

 自分たちが従うべき魔王が死んでしまう剣の持ち主だった万智鶴様に、『様』で呼ぶ辺り、万智鶴様が好かれてるのを感じるね。


 おー、気持ちいい。そこそこ。うほお、効くぅ~!


「おしまいです」

「ありがとうございました」

「いえ。……失礼します」

「はひっ!?」

 

 いきなり温かい水が背中にかかって驚いたけど、どうやらエレナさんがお湯をかけてくれてるらしい。不言魔法だから分からなかった。


 お湯を出すには、確か「熱泳」と「水流」の合わせ技だったか。詠唱はそう、


「温かき炎よ流れる水を温め、我が体を温め給え。温流」


 私の腕を、温かい水が伝う感覚がする。実際に水が伝っているわけじゃなくて、魔力の移動だ。手のひらから少し浮いたところから、お湯が出てくる。

 冷えてきてたから、ちょうどよかった。


「魔王様はとても頭が良いのですね」

「そうですか?」

「目覚めて一日も経っていないのに詠唱を憶えてしまうなんて、先代の魔王とは違います」

「へえ」


 そんなもんかな。私に前世の記憶があるのと関係あるとか…無いか。私が何かを憶えるのが好きなだけだと思う。


「先代の魔王はどんな方だったんですか?」

「うーん、どちらかというと剣技がとても上手い方でしたね。魔王様は魔法派でしょう?」

「魔法派…そうです。詠唱なしで、出来るでしょうか」

「慣れないうちは大変です。私も幼い頃、魔力が暴走して母に叱られました」


 幼い頃…って、三百年以上も前でしょ。想像すると気が遠くなりそう。


「やってみてもいいですか?」

「どうぞ」


 エレナさんは笑顔で答えてくれる。隠れてるつもりで脱衣所から覗いているメイドさんへ見せつけるつもりでやらねば。

 

 ええと、さっきの感覚は、温かい魔力が腕を伝って手のひらへ。精密にしたいから、指先に集めよう。


 うん、上手く行ってる。だけど、腕の途中に魔力が詰まってる感じがする。喉に魚の骨が刺さった時みたいな気持ち悪さがある。それを取り除いてから水を出さないと大変な事になりそう。


 私はそこに向かって意識を()てた。詰まっていた魔力が徐々に解れて行く。その代り、汗が出てきた。疲れるんだ。それでも、息を吐きながら魔力を詰まらないように慎重に、指先へ移動させる。後ろでエレナさんが心配そうに見ていた。大丈夫です。


 失敗なんて、しませんから。


 私の指先から温かいお湯が出てきた。


 よし、成功…アッツ!熱い!熱い!もうちょっと流水を追加しないと!

 ようやくちょうどいい温度になったけど、火傷したところには冷たい水を浴びさせる。


「ま、魔王様?」

「はい」

 

 ん?

 エレナさんの声が震えてる。私の事を恐がってるメイドさんみたい。

 怖くないんだけどなー。


「魔王様、今どうやったんですか?」

「え、イメージですけど」

「最初は魔力が詰まって暴走するはずなんですけど……一発でできましたよね」

「はい、魔力は詰まりましたけど、意識を充てたらすぐに解れました」

「それに気が付くのに、少なくとも三か月はかかるはずなのですが」

「そうなんですか?」


 意外。すぐ気づきそうなものなのに。意識を充てるのが難しいとか。いや、簡単だった。そこに集中すればいいだけ、というわけでは無いものの、ちゃんと充てる想像が出来れば簡単……ああ、充てる想像が難しいのかな?

 

「やはり、魔王様は天才です」

「魔王が天才なんて。私は吸血鬼ですよ」

「っ…」


 エレナさんが怯えたように後ずさる。う…悲しい。


「吸血鬼の固有魔法(ユニークマジック)は『吸血』ですから、血を吸いたいという気持ちが無いわけでも無いですが……」

「はい? 吸血鬼の固有魔法(ユニークマジック)はたくさんありますよ」

「え?」

「まず、仰ったとおり、『吸血』です。相手の種族の固有魔法(ユニークマジック)をコピーするという物ですね。次に、『眷属』。人間以外の動物を操れるようになるという物です。ただし、身体的接触がないと使えません。次に、『変身』。これは何度も練習しないと使えませんが、蝙蝠に変身できます。『五感強化』。文字通り、五感を強化できます。敏感になるんです。あとは異常な身体能力の高さ。これすべて、吸血鬼としての能力です――ああ、なるほど! だから魔力の詰まりをすぐに取り除けたんですね!」


 私は答える事が出来なかった。絶句してたからだ。

 魔王の能力は、真読魔法のみ。

 それに対して、吸血鬼の能力は?『吸血』、『眷属』、『変身』、『五感強化』、そして異常な身体能力の高さ?

 

 吸血鬼の方がチートじゃん! 魔王のアドバンテージとかないに等しくない!?


 やばい、私の中の吸血鬼としての自我が敗北を、魔王としての自我が勝利を、人間としての自我が困惑を訴えている!

 

「エレナさん、私、もう出ますね!」

「えっ?もうですか?早くないですか?」

「いいんです!」


 早く能力を試したいので!


 言いはしないけど、私は浴場を飛び出すと拭きますと寄ってくるメイドさんを「いい」と一蹴してからタオルで体を拭く。柔らかくて吸水性の良いタオルだったけど、感動してるヒマもない。拭き終ると用意されていた水色のドレスとはいかないまでも豪華な服に着替え、脱衣所を走って抜けた。

 

 あれ、待てよ。


 考えてみれば、どこで訓練すればいいんだろう。よし、こういう時は、まずはお兄様だな!


「そこの……えー、メイド!」

「ひゃっ、はい、なんでしょう魔王様!」

「お兄様、いや、カーティスの部屋はどこにある」

「え、いえ、カーティス様のお部屋は……」

 

 メイドさんは可哀想なくらい震えてた。

 誰がこんなに震えさせてるんでしょう。酷いわ。

 え、私? 関係ないない。声かけただけだし、多分先代魔王がよっぽど酷かったんだろうね。


「か、カーティス様は今、おそらく執務室です。えっと、西側のタフィツトにあります」

「タフィツト」

「あ、いえ、その、タフィツトは、カーティス・タフィツト・ピーヴィアス様が治める領地なので、そう、呼ばれています」

「タフィツト。ありがとう。そして、お父様とお母様に何か聞かれたら、言わないように言われたと言っておいてほしい」

「ひゃい!」


 まあ、多分言っちゃうと思うけど、保険ね、保険。


 私は西と言われたので、西はどっちかだけ聞くと自分の勘を頼りに歩き始める。次は右、次は左、ぐるーっと回って右左。

 するとなんという事でしょう!


 ホントに着いちゃった。


 その証拠に、目の前には『タフィツト領』の表札が。前世でも方向音痴ではなかったけど、まさかここまでとは。西側って聞いただけで来れちゃうなんて思わなかった。

 

 私は躊躇わずタフィツト(?)の扉を開けると、カツカツと音を響かせて歩……かない。ホテルの廊下っぽい床だから、足音が響かないのだ。匂いもホテルっぽい。すれ違うメイドさんもおとなし目で、私を見ても驚かない。珍しそうには見られるけど。魔王だって伝わってないのかな? ……すごく落ち着ける。

 

 部屋がぽつぽつとあったり、階段がすごくたくさんある。一度下に下りて上に上がってみると、かなりの近道になった。結構階段の近道は便利。問題は、お兄様がどこに居るか分からないって事か。


「そこのメイド」

「はい」

「お兄様の執務室はどこだ?」

「ここからまっすぐ行ったところです。金色のプレートが掛かっているので、すぐ分かると思います」

「ありがとう」


 ホントに怯えられない! スゴイ! やりやすい!


 感動しながら進んで行く。鼻歌でも歌いたい気分だ。変な子って思われるから歌わないけど。歌いたいけど。


 私はまっすぐ進んで、金色のプレートが掛かった部屋を探した。と、突き当りにある大きな部屋には金色のプレートが掛かっていた。


「おっ」


 感動で思わず声が出た。すぐにノックする。


 コンコン


「はい」

「お兄様、入っていいですか?」

「……ミルヴィア?」

「そうです」


 執務室の扉が開いた。お兄様は疲れたような顔をして、私を見ていた。


 なんでこんなぐったりしてるんだろ。


「ミルヴィア、どうしたの」

「お兄様に、お庭で魔法の練習をしていいかなって聞こうと思って」

「ああ、いいよ。ただ、衛兵が守ってるから魔王だと言うと良い」

「はい。……あの、どうかしたんですか?」

「ん? 何でもないよ?」

「……」


 じーっとお兄様の顔を見つめる。お兄様は笑顔を崩さないけど、どこか疲れてる。


「えい」

「!」


 お兄様に向けて温水をかける。お兄様はバリアの応用で、バリアをつくって水を溜めた。詠唱するとこういうのは出来ないけど、不言魔法だと可能。

 詠唱では、その詠唱の形にしかならない。

 だけど、不言魔法だとイメージだから自由に弄れる。形、出力、強度、材質等々。材質を変えると魔法の属性が変わるらしいけど。


「失礼」

「あっ、ミルヴィア!」


 お兄様がバリアを形成して水を溜めている間にできた隙間から部屋に入る。


 部屋の中は散らかっていた。書類は散らばり、本は本棚から出て、巻数はバラバラ。羽ペンは床に転がって、インクは赤い絨毯にぶちまけられている。机に飾ってあったと思われる花瓶は割れ、花は手折られバラバラになっていた。


「……お兄様?」

「っ、」

「何があったのですか?」


 静かに響く私の声。お兄様は気まずそうにしながら水ごとバリアを握り潰す。


 それだけじゃない。


 部屋の中に微かに広がる獣臭。犬とかに似てる。

 さて、なんだったかな?

 私は窓の外を見る。月が浮かびあがりかけていて、はるか彼方に見える月は下半分が隠れている。今日がどんな月の日なのか、分かりはしない。

 でも、一つだけ、浮かんできた知識があった。


 狼男は、たまに制御できず満月じゃない時にも爆発しちゃうんだったっけ。


 ちょうど、もうすぐ夜だしね。


「お兄様」

「ミルヴィア、見なかった事にして」

「出来ません。お兄様、お兄様は、」


 人狼ですね、と。


 静かな部屋に静かな声が響き渡る。お兄様は否定せず、俯いたまま唇を噛んでいる。


「お兄様、この事をお母様は……?」

「知らない。誰も、知らないよ」

「そうですか。黙っててもいいですよ」

「ありがとう」


 お兄様の心底ほっとしたような声。うーん、要求を言うのは躊躇われるけど、でも。

 

「ただし」


 こんな重大な事を黙ってるんだもん。

 

 何かしらの事はしてもらわないと。


「狼男の血、吸わせてもらえませんか?」

「え?」


 先ほどから、お兄様の指先に目が行く。多分花瓶を割った時に切ったんだと思う。血が滴っている。


 私の中の本能が。生理的欲求が。お腹が空いた時にご飯を食べたいと思うのと同じように。あの血を食べたいと叫んでる。


「いいですよね」

「ああ……まあ」

「では」

 

 躊躇わず、お兄様の手を取って指先を舐める。血の味が口の中に広がる。美味しい…例えるなら、リンゴかな。瑞々しく甘い美味しさがある。


「ミルヴィア、痛い」

「我慢してください」


 あれ。血の味が薄くなってくる。

 

 傷口がどんどん塞がってる。最終的に、傷は治っていた。


「?」

「吸血鬼の治癒能力は高いからね。傷口を舐めればすぐ塞がる場合もある。犬歯で噛み付いた場合は例外だけどね」

「なるほど」


 もうちょっと欲しかった。まあ、我がままは言うまい。


「これで、黙ってますよ」

「ああ」


 ドクン


 心臓が鳴った。緊張してる時と似てる。バクバクと心臓の音が聞こえる。


「っ、はー、はー」

「ミルヴィア?」

「だ、大丈夫です。飲んだ血の量が少ないから、大して変化はない、と思います」


 身体能力の変化は飲んだ血の量に比例する。本に書いてあった。

 

 さすがに暴走中の狼男の血を飲んだら効力が強すぎたか…いっ、痛、痛い!


「ミルヴィア!だいじょ――」


 日が沈む。私は冷や汗が出てきた。マズイ。雲の奥から月明かりが覗く。ま、満月!


「ぐっ!」

「お、お兄さ、ま――」


 お兄様は変身寸前。私は狼男の血を飲んだ事によって弱体化中。


 やばい。これ、詰んでね?

閲覧ありがとうございます。


捕捉です。ミルヴィアの世界では時と場合によって、満月が出る直前の黄昏時に狼男に変身してしまう場合があります。カーティスはまだ制御できないようなので、ピンチですね。

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