32 エリアスの訪問
もしかして、だけど。
そう思って仕掛けてみたら、やっぱりリーダー、じゃなくってビサ君は素質があった。
何かと言えば。
それは殺し合いの素質で。
手合わせの素質じゃあない。
だから、森に連れて行くと決めたんだけど――
「いやあ、まさか魔王様から直々にそう申してくれるとは!嬉しい限りです!」
「…」
ぜっっったい、気が付いてない!私の覚悟などなんのその、訓練の始まる明日を楽しみにするばかり!あー腹立つ!もっかい小突いてやろうかな!?
私の家に向かう帰路の途中、そんなささやかな敵意を覚える。
「やめとけ、ビサが怪我するぞ」
「あー!なんでばれるかな!」
どうして皆読心術が使えるのでしょうか。教えてください。
「さっき不意打ちを二回やったんだ、次くらい見抜ける」
二度ある事は三度ある、じゃ、無いな。三度目の正直とでも言うのか。いや、でも前はエリアスは気配を見ようとしてなかったんだから、違うな。なんていうんだろう。こういう時、語彙力の低さが窺えるよね。悲しい事に。
「とりあえず、ビサ君、私ね」
「ビサで結構です!師匠!」
「ししょ…まあいいか。えっと、私はあなたに手加減抜きで戦う時のみの素質があるとみています」
『殺し合い』は物騒だから、『手加減抜き』と言い換えた。ビサく…ビサは気付かなかったみたいだけど、他の三人は気付いた様子。ちなみに下っ端は最後まで無言のまま私の家に来ることを遠慮した。いやまあ、私の家というよりあの男の家と言った方が正しいのか。ってか、ビサは兵長なのに氷魔法で不法侵入などしてよかったのだろうか――と、ぐるぐる廻る思案を打ち切って、ビサに説明を続ける。
ついでに言っておくと、一番前にお兄様、私の隣にエリアス、後ろにユアンとビサというなんとも奇妙な絵柄が出来上がっていた。
五人中三人がイケメンなもので、まあ、うん、目立ってないと居たら大嘘になる。
「そこでなのですが、明日の訓練では私に本気でかかって来て。私は形がとれているか確認した後、指導に移るから。あと、もし手加減したらその時は許さないから」
最後は無表情で振り返って言うと、ビサの顔が凍りついた。文字通り。私達が五歩くらい進んでも、取り残されてたもん。ああもう、じれったい。もうちょっと早く付いて来てほしいなあ。
「一般人はあんな感じですよ、ミルヴィア様」
「そうそう。じれったいとか思わない方がいいよ」
「早く付いて来てほしいとか、そんな事を考えてると嫌われるぞ」
「うるっさい、皆私の心を読むなあ!てかお兄様もいつの間にそのスキル身に着けたんですか!」
安心できない!いつも読まれてる気になるじゃないか!
しばらくしてビサが付いて来ると、私は説明を再開する。
「森の魔獣については、詳しくエリアスから聞くよ。臨機応変さも身に付けないといけないし、その時まで詳細は伏せとくね」
「は!」
「ビサって兵長なんでしょ?十日も軍を放っといて大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。私が居なくなったくらいで崩れるような、軟な訓練はしておりません。それに、訓練の指揮官は別に居ますので!」
「…ふーん」
指揮官が居なくても、頼れる人が居ないって結構不安なものなんだけどね。
あ、そーだ、何なら不意打ちで出てくる魔獣は全部ビサに任せて鍛えるって手もあるか。不安要素は唯一つ、ビサに命を奪う覚悟があるか、だけども――ま、そこは平気でしょ。眠気の魔法を纏う剣で戦えば、斬らなくても急所を突けばすぐにバタンだし。
私も出来れば、血は、見たくないしね。
魔獣の血を吸うとか、ホントは嫌なんだけど、ね。
「ところで師匠」
「五歳の女の子を師匠と呼ぶ件について」
「何の問題もありません!」
素直だね、ビサ。いい事だけどね、成人男性としてはどうかと思うよ、ね、止めない、その呼び方。通行人が変な目で見て来るんだよね。
「師匠、私は構わないのですが、師匠の予定は?」
「ん?だいじょう――」
「ぶ、とか、続けないよね、ミルヴィア?」
「ぶじゃないよー。明日はさすがにだめかなー。自分で言っといてごめんねー」
マズイ、めちゃ棒読みになってしまった。
いや、でもさ、実際ちょっと忘れてたしね。ごめんなさい、お兄様。
「あ、お兄様、ところで明日、どこに行きます?」
「そうだね、トィートラッセは決定として――どこに行こうか?」
「冒険者ギルドなんて、どうですか?」
「いいね、行こうか。いいけど、あんまり長居は出来ないよ」
「どうしてです?」
「冒険者ギルドは、荒くれ者が多いから。魔王が来るなんて事になったら、ね、勝負を申し出る人が居るかもしれない」
「居るんですか?って言うか、そもそも魔族ってすごく平和なんじゃ」
「魔王に戦いを挑むと言うのは、ほとんどイベントだからね」
「イベントなんですか」
「そう。魔王に挑戦して、魔王は強いんだって事を再確認したいんだよ。それが嬉しいんだって。僕は暴力を避けたいからね、荒くれ者が多い冒険者ギルドには長居したくない」
「はい」
そうだった。
お兄様は狼男。
お兄様は戦闘種族。
戦わないと、ストレスどころか魔力が滞る事もある――根っからの戦闘主義者。
実力主義でもなんでもない。
互角の相手と戦って初めて、その狼男としてのストレスは解消される。
…とは言ったものの、眠らないと溜まってしまう魔力の量とは比べ物にならないほど少ないから、現状、寝てさえいれば魔力は滞らないし消滅も大丈夫だろう。とにかく平和主義の魔族とは正反対なんだから、荒くれ者のいるところに行って戦いを仕掛けられたら――ホント、冗談じゃなく相手が死ぬ。
お兄様を人殺しにはしたくないし、ユアンと負けないくらい、さっきの戦闘を楽しんでた。ってか、ユアン以上に楽しんでたと言える。
ってかまあ兎にも角にも少なくともどうなろうとどうであろうと、明日ギルドに行くのに長居はしないに限る。
「では師匠、我々の鍛錬は明後日からと言う事でよろしいでしょうか?」
「ん、いーよ。ごめんね、明日は構えないけど――」
あ、やば、『魅惑』オフ。
うーん、なんかオンになりやすくなってるような気がする。お兄様に気付かれたら剣でぶった切られそうだし、気を付けなきゃね。
「明後日は、ね。ちゃんと訓練する。色々、教えてあげる」
………なんか若干いかがわしい匂いがする台詞だな。いっか。別に。
「はい!」
嬉しそうにビサが言う。純粋だな、犬っぽい。まあ見た目的にも、巨漢ではあれどフツーに若そうだしね。恋多き年頃でしょうよ。ビサの恋愛事情、気になるな。一応私も女子だしね、結構気になるもんなのよ。で、私は質問してみた。
「エリアス、エリアスって恋人とか居ないの?」
「何だ藪から棒に」
「いやあ、気になって。だってお兄様は居ないだろうし、ユアンは思いっっっきり論外だし」
「前から思ってはいた事ですが、ミルヴィア様、結構毒舌ですよね」
「誰かに毒されたんでね」
主に青髪緑眼の女ったらしに。
「俺は…」
一瞬間を置いた後、エリアスが答える。
「居ないな」
「何かその間が気になるね」
「お前、好奇心の塊だな」
「そうだよ?知らなかった?」
私のおどけたような口調に、エリアスはふうっと息を吐いてから続けた。
「カーティスが恋人がいない前提の意味が分からない。普通に人気だぞ、そこらの貴族には。というか俺のところに来る患者が『カーティス様の事を知らないか』と聞いて来るので厄介なんだ。どうにかしろ」
「ええ~、私のせいじゃないよ。強いて言うならお兄様の思わせ振りな態度のせいだよ」
「思わせ振り?僕が?」
まったく自覚が無いらしい。
えっとですね、お兄様。
普通の女の子は、イケメンの寝顔を見たりイケメンにお姫様抱っこされたりイケメンと出かけたりすると結構ドキドキするんです(『イケメン』が重要です)。
「想い人は?」
「古い言い方だな…居ない」
「本当?」
「嘘だったらどうするんだ?お前が取り持ってくれるのか?」
意地悪な笑顔で言われてしまうと、返す言葉が無い。唇をきゅっと結んで、悔しさを滲ませて睨み付ける。何か言い返したい――よし。
「絶対取り持つ。だから誰かを好きになったら私に言いなさい」
「何様だ。俺に借金する身だろう」
「だけどさ、本当に、言ってよ?これで結構頼れるんだから、私」
いつの間にか家の前に着いていて、中に入る。コナー君に会えるかな、とか思ったけど、庭に居なかったので会えなかった。ちょっと残念。
向かった先はもちろん、三百四号室。最早あそこは私の居間と化している。八歳になって魔王城に移る時も、あの部屋が使えなくなるのは少し残念かも。魔王城には十倍もの蔵書があると前にユアンから教えてもらっていたけれど、やっぱりあの心地好さは持っていけないだろうと思う。
三百四号室で、私達は一つの本を囲って座っていた――まあ、ビサに内容を聞かれてはいけないので外に出していたけれど。隣の空き部屋で本を読んでいたら、と提案したら、バッサリと『いえ、立って待っています』と言い切られたけど。
「これが、お前が戦う魔獣」
「――え」
それは、明らかに。
お兄様の表情からも分かるように。
露出の多い、言うなれば黒い下着姿のような格好をした。
『魅惑』を使い人を惑わし、夢の中で人を襲うと言われている。
「夢魔……」
夢魔族・女性種・ピストの、夢魔だった。
閲覧ありがとうございます。
ビサ君は殺し合い、もとい手加減抜きの場合のみ実力が発揮できる感じです。なので、訓練によって手加減しても強いくらいに鍛えられると良いですよね(他人事)
次回、ミルヴィアがちょっとだけ問い詰めます。




