エリアス編 エリアスから見た魔王
とりあえず俺は、この二人の責任者である魔王を正座させた。
カーティスは俺に何も言えない、ユアンも俺に何も言えない。そんな中、民導兵団の兵長のビサ。ビサはおろおろと魔王と俺を見ていた。言いたいらしい。
「あ、あの、エリアス殿、さ、さすがに魔王様にこのような」
「黙れ」
「は…」
いつもの勢いはないものの、逆に俺の迫力に押し黙るしかない。ビサはガタイはいいが、技術が拙いため兵長からの昇進は望めないと聞いている。だが、直属の上司として軍曹を選んだのは明断だったな。そこは評価すべきところだろう。
「え、エリアス、魔王としての貯金、あるんだよ、ね」
「あるぞ。大金貨が何千枚あるか分からない。先代魔王が使い切らなかった分も含まれてるから」
「そっから出すってのはどう?」
「八歳まで使えない」
バサッと切ると、魔王は更に顔色を悪くした。綺麗な顔が蒼白になり、つうっと冷や汗が伝っていた。美少女が正座で青い顔をしているのは、中々シュールな絵柄だったが、ユアンはどこか楽しそうに見ていた。まごう事なき鬼畜だ。
「…お兄様、の、貯金から」
「さすがに大銀貨五枚は持ってないな。ユアンは?」
「残念ながら」
「ツケって出来る?」
「だめだ。この訓練場はすぐに使う。使えない時の費用も合わせて大銀貨四枚+小銀貨九枚+大銅貨九枚、だ。というかこの訓練場の素材は魔窟に入らないと取れない高級素材の壊れにくいのに、どうやったら突き破れるんだ」
「お、う、ん、だ、え、あー」
魔王はキッと目の前を睨むと、シャインと鋭い音を立てて短剣を抜く。なんだ、と訝しげに見ていると、ビサがそっと後ろに下がったのが分かる。心配しなくとも、今の魔王に殺意はない。
魔王は逆手に短剣を持つと、自分の腹に先端を当てた。ビサが驚いて目を瞬く。
…何している。
「こ、こうなったら私の命を持って――」
「死ねないだろ」
「そうだったぁ!」
ぱっと魔王が短剣を離したので、しゃがんで拾う。ったく、危ない。これでまた床に傷が付いたらとか、考えないのか。
短剣を返すと、魔王はバツが悪そうにシュウッと綺麗な音を立てて鞘に短剣を納める。
「悪いが俺は忙しい。今だってお前らが問題を起こしたって言うから急いで駆け付けた。俺が自由に使える時間はあと十分。それまでにどうするか決めろ。最悪、利子有りの借金を考えろ」
「えっ…借金」
「…」
借金という言葉を知ってる事が驚きだ。借金は嫌い、とか、嫌だ、とか、借金するなんて、とか、色々ブツブツ呟いていたが、結局仕方ないと言うところに落ち着いたのか、はあ、と言うと頷いた。
「分かった。仕方ないね」
「どうしてそんなに偉そうなんだ。二週間で大銅貨一枚でいい」
「大銅貨一枚…分かった。何とかする」
大銅貨一枚も十枚集まれば小銀貨なのだが。分かってるのだろうか。返済が滞れば滞るだけ、こいつは自分の首を絞める事になるのだ。
「ってかお兄様もユアンも結構お金持ってますよね、持ってるよね!?」
そう。
問題は、金持ちのこの二人が払う気ゼロというところだ。しかも事の張本人であり、いくらユアンの雇用主で責任者である魔王であろうと、ユアンが持っているのならユアンが払えばいい。
「いや…だって」
「修理代なんて馬鹿馬鹿しくて」
「その馬鹿馬鹿しいのを私が肩代わりすんだよ!馬鹿!」
魔王が語気を荒げて訴えるが、無論カーティスは分かったよ、となだめるだけだし、ユアンに至ってははい、と返事しただけであとは何も言わない。
そりゃあ普段の訓練だったら国から払うだろうと思う。だが休場日の今日、番兵を魔王の職権乱用で脅して中に入り、しかも中を壊したとなればさすがに国金から出すわけにいかない。まあ、魔族がほかの国と取引する事はないので、今まで一度も国政が赤字になった事はないのだが。
「ごめんね、ミルヴィア。ちゃんと払うよ。でも、残念ながら僕のお金は父さんに管理されているから簡単には引きだせないんだ」
「私は今月の収入をミルヴィア様の情報代と腕輪に使ってしまいましたから」
「う」
両方仕方のない。だが、一応魔王も五歳である。大人っぽいとは言え子供なのだから、保護者が払うのは当然ではないだろうか。
その当たり前の感覚が、この二人は麻痺している。一応魔族は『持っている人が払う』の仕組みなのだ。もちろん魔王も持ってはいないわけだが。
「じ、じゃあユアンが借金してよ!絶対来月には入るんだからさ!」
「それはそうですが、二週間で利子が大銅貨一枚だと、返しきれない恐れが」
「そんなのどーだっていいから!私借金だけはしたくない!」
必死で叫ぶけれど、真剣に考えているのはカーティスだけに思える。そもそもユアンの保護者はカーティスであり魔王であり突き詰めれば親なのだから。
ユアンの親…想像できない。どれだけ厳しく育てたらここまで捻くれるんだ。逆に言えば、どうしてあんな捻くれ者の両親に育てられたのにカーティスと魔王はここまでマシなのだ。
「分かったエリアス!エリアスの仕事、手伝う!だからお願い!お願いだからエリアスが――」
「了解した」
「は?」
あんまりあっさり頷かれたので驚いたのだろう、魔王が手を合わせて懇願していたが、顔を上げるとポカンとして目を瞬いた。俺の書類処理は人手不足なのだ。魔王だろうと何だろうと、人手が増えるのは嬉しいし、そもそも魔王でこそ出来る仕事もあるのだ。魔王というより吸血鬼と言おうか。
「お前には、仕事をしてもらう。仕事の詳細を伝えるため、お前の家に行きたい」
「は…いい…けど…お兄様」
「あー、うん、いいよ」
「…」
カーティスは俺を嫌っているきらいがある。俺としても友好的に接したい部類の人間ではないが、こいつの体は心配している。
「私も仕事のためならば銀貨五枚など厭わない」
「…エリアス、月収いくら?」
「さあな。その二人と比べ物にならないほどだと思え」
ちなみに言うと俺は副業もあるから、そちらでもまあまあ稼げている。
魔王は気まずそうにそっぽを向き、頬をかく。
「えっと、いいんだけど、その仕事って何?」
「森の魔獣達を鎮火させる」
「どーして私にやらせるか!」
思わずか、立ち上がって魔王が訴える。俺は一歩下がって、説明した。
「血を吸えば『眷属』の固有魔法が発動するだろう」
「あれ、触れたら、じゃないの?」
「一般的にそういわれているが、そんなに都合よくは行かないな。仕事内容は十日後の夜、獲物を『眷属』にすればいい」
「む、無理だって…私戦闘能力とか皆無だし」
「僕と戦って勝ったでしょ?」
カーティスがにこりとして言うけれど、カーティスは家に縛られていて自由に使える金は小銅貨一枚たりとも無い。何かを買う場合は必ず両親を経由しないとだめなのだ。それがどれだけ不自由な事か、魔王にはまだ分かっていない。どこか楽観視しているところもある。まあ、八歳になれば魔王城に住むのだから当然と言えば当然だろう。
「ああ、そうだ、エリアス、僕、ミルヴィアが八歳になったら魔王城で雇ってもらう事になったんだ」
「はあ!?ミルヴィア、お前が決める事かそれ!?」
「エリアスが決める事じゃ、無いでしょ。それに私の意思で私の周りの人を集めてるだけ。いきなり軍を任せるつもりはないし、副官の秘書とか」
「それは嫌だな。僕はあんまり好きじゃない」
「へ、そうなんですか。…やっぱりイケメン同士って対立しやすいのかな」
最後の方は上手く聞き取れなかったが、何だかすごくくだらない事に思えたので聞くのをやめておいた。
そもそも、吸血鬼としての運動能力と魔王としての魔法を使えば楽勝だろう――と、そうか、こいつはまだ
全力では戦えないのだ。魔王としてのストッパーが、八歳まで続く。
「お前が全力を出せば楽勝だろ?」
「あのね、エリアス、それ、髪が黒いってだけで決めてない?私はまだ、あなた達には勝てないし――ま、そこの人には勝てるかな」
そこで魔王は、今まで影を薄くしていたビサを指差した。ビサは、指差されて激昂する様子もなく、カアッと顔を真っ赤に染めた。そして、右胸に左手を当てる兵士としての敬礼を取る。
「はっ!魔王様にそう申してもらい、恐縮の限りであります!」
「そーお?ま、あなたは伸びそうだから」
「伸びる?」
確かに、こいつは技術の方を訓練すれば結構な剣の使い手にはなるだろうけれど、昇進は望めない。こいつの拙い技術が向上する可能性は僅かたりともないからだ。
「エリアス、決めつけは良くないな。立っちゃったから失礼するけど」
魔王はニコリと笑って、ビサに飛び掛かるとビサの周りをクルクル歩く。何してるんだ。さっきから言ってばかりだが、この魔王の行動は予測できないところがある。
「丈夫な体、静かな物言い、大きな大剣も扱えそうな筋肉、そしてそれを微細に操る事すらできるかもしれない魔法も使える身長の高いえっと、何だっけ、階級」
「はっ、兵長を務めております!」
「おおー、良好良好。ね、エリアス、この子の指導、私にやらせて」
「あ?」
こいつの――指導?こいつ、もう百二十歳だろ。若いとは言え五歳に教わるのは屈辱なんじゃないか?そう思ったが、次のビサの一言は「お願いします!」だった。威勢がいいにもほどがある。
「だが…どちらにしろ、ビサに昇進は望めない、らしいぞ」
「ふふふ、私が昇進させてあげるよ、ビサ君」
そうっと後ろに回り込むと、誘惑するようにビサの顔を下から覗きこんだ。夢魔でもこんな艶めかしい動きは出来ないだろうに。ビサの顔がカアッと赤くなるのを楽しんでいるのか、それとも全く気が付いていないのか。後者だとしたら鈍感すぎるが、後者の可能性の方が高い。
「素質ある者を素質無き者として見るのは、ただ審美眼が無いだけだ。ビサ君、私はあなたに期待してるからね、三年後には魔王に直接指示を仰げるくらいの地位にしてあげる」
「は、しかし、私に素質があるとは思えませんが」
「あるんだってば。ほら、ね」
魔王は三歩離れると、短剣を抜いて思いっきり斬りかかって行った。ジャンプをして、上から重力の力も借りて短剣を振るう。遠慮など一切ない、恐らくすべての技能を使っているであろう一撃。俺だって、あれを不意打ちでやられたらバリアを張るしかない。
しかしビサは、それを大剣を抜き放って迎えると、的確に柄の部分をカキンと弾いた。そして、その短剣を魔王は空中でキャッチし、着地する頃には鞘に納めていた。なんだあれ。東方に居るとされる武士か?一応言っておくと、俺は武士について詳しくはない。
「エリアスだったら、バリアを張って凌ぐでしょ。だめなんだって、そーゆーの。怪我する危険があるのにバリアじゃなくて大剣を使って対向する辺り、好感が持てるね。自分を卑下するの、止めなさい」
「はい…」
まさか魔王の本気の一撃を弾けるとは思わなかったのか、呆然としたままビサが答える。
俺も、弾けるとは思わなかった。出来て受け止めるだけだろうと思っていた。魔王が本気でジャンプし、上から飛び掛かる。あの瞬間、弾くと言う選択をしたビサは、確かに勇敢だっただろう。
しかし、どちらかというとビサを傷付ける恐れのある確かめ方をした魔王の方が信じられない。どういう神経してるんだ、とまでは言わないが、結構すごい事だと思う。
「ね、ビサ君、十日後の森の中、一緒に来ない?」
「は…い、いいのですか?私ごときを連れて行ってもらっても」
ゴッ!
魔王が『風流』で下から風を巻き上げて高く跳ぶとビサの頭に拳骨を喰らわせた。どうやらかなり痛かったようで、ビサは頭を押さえて蹲ってしまった。
あーあ、としか言いようがない。
「卑下するのは止めろと言ったばかりのはずだ、ビサ」
さっきまでの甘やかしはどこへやら、魔王はビサを冷たく見下ろすとしゃがんで凄惨な笑みを浮かべた。
「言っておくと、私はスパルタだよ。十日で森の魔獣なんて物ともしないくらいに鍛えてあげる」
「…」
ビサはそんな魔王を見て、引き攣った笑みを浮かべながら僅かながら後ろに体重を移動させた。後退りしようものなら魔王から鉄拳が下る。
…てか、こいつをスパルタ教育に仕立て上げたのって絶対カーティスとユアンだろう。
閲覧ありがとうございます。
初めて、エリアス視点を描いてみました。そしてミルヴィアに弟子(?)が出来ます。ビサ君の成長も見守ってやってください。ちなみにこの間、下っ端二人は静観しております。
次回、ミルヴィア視点のお話に戻ります。ミルヴィアの家に皆来ます(下っ端を除く)。




